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国連欧州経済委員会(UNECE:United Nations Economic Commission for Europe)傘下の自動車基準調和世界フォーラム(WP.29)では、ここ数年、自動運転車の国際的な安全基準づくりが進められています。
これまでWP.29では、高速道路など限定された条件での自動運転レベル3(UN-R157:Automated Lane Keeping Systems、以下「ALKS」)や、レベル2の運転支援(UN-R171:Driver Control Assistance Systems、以下「DCAS」)といった、レベル2/3システムを対象とする規則が制定されてきました。
一方で、自動運転システム(ADS:Automated Driving Systems)については、今後社会実装が本格化するレベル3~5相当の自動運転も視野に入れ、車両に搭載されるADS全体の安全性を包括的に規定する規則の整備が進められてきました。
こうした中、2026年6月23日から26日にかけて、スイス・ジュネーブのパレ・デ・ナシオンにおいて、WP.29(第199回会合)が開催されました。この会合では、自動車規制の国際調和に向けた議論が行われるとともに、自動運転システムに関する国連グローバル技術規則(UN GTR:United Nations Global Technical Regulation)として「ECE-TRANS-WP29-2026-139(Document Symbol:ECE/TRANS/WP.29/2026/139、以下「ADS GTR」)」が採択されました。
本稿では、ADS GTRの概要および既存規則との関係性を整理するとともに、各国・各地域における今後の法制化や、車両メーカー・サプライヤーの開発方針にも影響を及ぼし得る本規則の位置づけと方向性を踏まえ、企業に求められる対応の視点について考察します。
2026年1月に、スイス・ジュネーブで自動運転・コネクテッド車両を扱う専門分科会であるGRVA(Working Party on Automated/Autonomous and Connected Vehicles)の第24回会合が開催されました。この会合において、新たに公開されたのが、一般道での利用を含む幅広い道路環境を想定した自動運転システム(ADS)向けの国連規則案「ECE-TRANS-WP.29-GRVA-2026-03e(以下「ADS法規規則案」)」です。
ADS GTRは、こうしたGRVAにおける検討成果を踏まえWP.29に提出された国連グローバル技術規則であり、ADSの安全性に関する技術規則として統合的に整理されたものです。
WP.29における規制整備は、基本方針(Framework Document)、機能要件(FRAV:Functional Requirements for Automated Vehicles)、評価手法(VMAD:Validation Methods for Automated Driving)といった段階的な検討を経て規則化に至る構造を有しており、ADS GTRはその最終段階に位置付けられます。
また、ADS法規規則案は1958年協定に基づく国連規則(UN Regulation)の案であるのに対し、ADS GTRは1998年協定に基づく国連グローバル技術規則(UN GTR)の案であり、両者は同一の検討プロセスの中で並行して策定されてきたものです。
従来の規則が個別機能単位、または限定された運行条件を対象としていたのに対し、ADS GTRでは、動的運転タスク(DDT:Dynamic Driving Task)を中心に、運用設計領域(ODD:Operational Design Domain)、リスク低減状態(MRC:Mitigated Risk Condition)を含め、システム全体としての安全性を対象としています。
また、ADS GTRは、混在交通環境における安全性確保を目的としており、「有能で注意深い人間運転者と同等以上の安全性」を安全水準として設定しています。この考え方は、UN-R157など既存の自動運転規則において用いられてきた評価の枠組みを踏襲したものです。
本規則の特徴として、車両に搭載されるADSの技術要件に加え、車両メーカーにおける安全管理システム(SMS:Safety Management System)、安全論証(Safety Case)、および市場導入後の監視(ISMR:In-Service Monitoring and Reporting)を含め、ADSのライフサイクル全体にわたるシステムおよび組織的プロセスを対象としている点が挙げられます。
さらに、ADSに関するソフトウェアの取り扱いについては、運用中に自己学習により挙動が変化することを前提とせず、開発環境において検証されたソフトウェア更新により機能改善が行われる枠組みとなっています。
今回公開されたADS GTRは、技術的根拠および規則本文から構成されています(図表1)。
第I部「技術的根拠および妥当性」では、背景、技術的前提、規則策定の原則、既存規制との関係などが整理されています。
第II部「規則本文」では、適用範囲(Scope)、定義(Definitions)、一般要件(General requirements)、ADSの性能要件、製造者に対する要求事項、適合性評価および検証方法などが体系的に規定されています。
さらにAnnex(別添)として、報告対象事象の一覧、短期報告および定期報告のテンプレート、しきい値定義、ODDに基づく行動能力およびシナリオ特定アプローチに加え、データ記録装置(DSSAD:Data Storage System for Automated Driving)に関する要件などが整理されています。これらの別添は、市場導入後の監視(ISMR)を含む運用段階で必要となる詳細事項を規定するものです。
このように、本規則は技術的背景、規則本文、Annexを含めた構成となっており、ADSの技術要件に加え、検証および運用に関する事項まで統合的に整理されています。
図表1:今回公開されたADS GTRの章立て
ADS GTRにおいて、主な要件は一般要件、ADSの性能要件、製造者要件、および適合性評価に関する規定に集約されています。具体的には、ADSの機能・性能、製造者の安全管理体制、ならびにそれらをどのように評価・確認するかといった観点から体系的に整理されています。
ここで挙げる9つの主な要件(図表2)は、これらの構成の中から、ADSの安全性を実際に設計・運用・評価する上で軸となる項目を整理したものです。
図表2:ADS GTRの主な要件
これら9つの要件は、ADSという「機能単体」ではなく、車両全体とそのライフサイクル、さらには組織的な安全管理プロセスを含めた「全体安全マネジメント」の骨格を示すものと位置付けられます。
特に今回のADS GTRの特徴的な点として、車両メーカーが担う要件と、それとは独立した認証当局および指定技術サービスが担う評価・監査の要件が、それぞれ明確に整理されている点が挙げられます。
本規則では、製造者側に対しては、ADSの設計・開発・生産・運用に至るライフサイクル全体を通じて安全性を確保する責任が課されており、SMS、リスク管理プロセス、安全論証(Safety case)の構築、ISMRといった枠組みを通じて、安全を「作り込み続ける」体制が求められています。
また、この中には車両メーカー単体にとどまらず、ADSの構成要素に関与するサプライヤーを含めたサプライチェーン全体における安全確保も含まれており、安全上重要な機能やプロセスについては、適切に管理・評価されていることが前提となります。このため、サプライヤー側においても、自社の開発プロセスや品質管理体制、データ管理の仕組みが、車両メーカーからの監査や評価に耐え得る水準で整備されていることが求められる可能性があります。
一方で、認証当局および指定技術サービスに対しては、製造者が構築したこれらの体制やプロセス、ならびにそれを裏付ける証拠(安全論証等)について、その妥当性および信頼性を多面的に評価・監査する役割が明確に与えられています。
このように、本規則では
が、それぞれ明確に分担されています。
従来の車両規制が、個別機能や試験条件を中心とした適合確認に重点を置いていたのに対し、ADS GTRでは、こうした「プロセス」「証拠」「ライフサイクル全体」の観点を含めた評価体系へと拡張されている点が大きな特徴と言えます。
このような規制の転換により、車両メーカーにおいては、単に技術仕様を満たすだけでなく、システムとしての安全性を説明可能な形で構築する能力が求められるとともに、サプライヤーを含めた体制整備やデータ管理、継続的な改善プロセスの確立が重要になると考えられます。また、認証プロセスにおいても、従来の試験中心の適合確認に加え、Safety caseの評価や組織的プロセスの監査といった新たな観点への対応が必要となる可能性があります。
ADS GTRは、車両側の技術要件にとどまらず、安全性を多角的に担保するための枠組みとして、既存の国連規則および国際標準と密接に関係付けられています。
従来の自動車規制では、機能安全やソフトウェア品質、サイバーセキュリティといった個別領域ごとに規制・標準が整備され、それぞれの観点から車両の安全性が担保されてきました。ADS GTRにおいてもこれらの枠組みは前提として位置づけられており、それらを統合する形で、ADSを搭載した車両全体の安全を確保する体系が構築されています。
具体的には、サイバーセキュリティおよびソフトウェア更新に関しては、ADS GTR自体に要求事項が規定されており、UN-R155*1およびUN-R156などの既存枠組みとも関連する領域として整理されます。これにより、車両全体としてのサイバーセキュリティマネジメントシステム(CSMS)およびソフトウェアアップデートマネジメントシステム(SUMS)の整備が前提となり、ADSの安全性もこれらの基盤の上に成り立つ構造となっています。
また、設計・開発段階における安全性確保の観点では、ISO 26262(機能安全)およびISO 21448(SOTIF:意図した機能の安全)*2が重要な役割を果たします。これらの標準に基づくシステム設計や安全分析、検証結果は、ADS GTRで求められるSafety caseやSMSの中で統合的に活用されることが想定されています。
さらに、自動運転機能に関する既存のUN規則としては、UN-R157(ALKS)*3やUN-R171(DCAS)*4があり、それぞれレベル3およびレベル2の自動運転・運転支援における安全要件を規定しています。
これらの規則はいずれも、特定の機能および利用条件における安全確保を対象として設計されていますが、ADS GTRはこれらを前提としつつ、それらを包含する形で、より広範な自動運転システム全体の安全を対象としています。
また、自動運転の評価手法としては、ISO 34502*5に代表されるシナリオベース評価手法の重要性が高まっており、ADS GTRにおける複数手法による検証の考え方とも整合します。さらに、ISO/TS 5083*6などは、Safety caseや安全アーキテクチャ設計の補完的な指針として参照され得る位置付けにあります。
このように、ADS GTRは
といった既存の枠組みを前提に、それらを横断的に連携・統合することで、「機能」「組織」「運用」を含めた全体安全マネジメントを実現しようとする規制であると位置付けられます。
図表3では、これらの主要な関連法規および国際標準とADS GTRの関係性を整理しており、各要素がどのように全体の安全確保に寄与しているかを俯瞰的に理解することができます。
図表3:関連する代表的な法規および標準文書
自動運転および運転支援に関する代表的なUN規則として、UN-R157(ALKS)およびUN-R171(DCAS)が挙げられます。これらは、ADS GTRとの比較により、対象範囲や責任分担の違いを理解する上で有用な規則です。
UN‑R157およびUN‑R171はいずれも安全確保という目的はADS GTRと共通していますが、対象はあくまで自動運転レベル2/3ということで、その適用範囲が限定的なことが重要です。
UN-R157(ALKS)およびUN-R171(DCAS)とADS GTRを主要な観点で比較すると、自動化レベル、対象範囲、安全確保のアプローチにおいて明確な違いが確認されます。
これらの比較結果を整理したものが図表4です。
図表4:主要観点に対する比較
本図に示すとおり、UN-R171はレベル2の運転支援を対象としており、DDTは常にドライバーが主体となって担うことを前提としています。そのため、安全確保の中心は、ドライバーの関与維持(HOR/EOR)や誤用防止、段階的な注意喚起といったヒューマンファクター設計に置かれています。
一方、UN-R157はレベル3の自動運転機能を対象としており、特定の運用設計領域(ODD)においてはシステムがDDTを実行することを前提としています。ただし適用範囲は限定されており、安全確保は特定機能および利用条件内で完結する構造となっています。
これに対してADS GTRは、レベル3からレベル5に至る幅広い自動運転を対象としており、個別機能ではなく「ADSを備えた車両全体」を規制対象としています。
そのため、従来規則のように機能単位で安全を担保するのではなく、
といった要素を統合することで、設計から運用に至るライフサイクル全体において安全を確保する枠組みとなっています。
このように、
という関係に整理することができます。
言い換えれば、ADS GTRは、従来の機能単位・条件限定の規則を包含しつつ、それらを上位レイヤーで統合した「全体安全マネジメント規制」として位置付けられる点が最大の特徴です。
以上を踏まえると、UN-R157やUN-R171、さらにはUN-R155・UN-R156への対応経験がある企業であっても、ADS GTRにおいては、従来以上に「組織として安全をマネジメントする力」が問われることが分かります。
従来の対応を基盤としながら、ADS全体の安全アーキテクチャ、Safety case、ISMRを含めたライフサイクル安全への拡張が求められます。
具体的には、個別機能単位の安全分析を車両全体へ統合し、システムレベルのSafety caseとして整理すること、さらに、プロジェクト単位ではなく組織全体としてSMSを運用し続ける体制を構築することが重要です。
また、データ収集・分析とソフトウェア更新を前提としたISMR体制を整え、「運用しながら安全性を維持・改善する」ライフサイクル設計が不可欠となります。
加えて、製造者と認証当局・技術サービスの役割分担が明確化され、「安全を作る責任」と「安全を検証する責任」が分離されている点も重要な変化です。
このように、企業には単なる技術対応を超え、「安全を継続的に説明・証明する能力」が求められる段階に移行しているといえます。
この変化を踏まえると、ADS GTRへの対応は単なる規制適合ではなく、開発・品質・サービスを横断した全社的な変革テーマとして捉える必要があります。
特に、
といった領域では、全体設計の見直しが不可欠となります。
そのため、自社プロセスを俯瞰的に整理し、現状と要求のギャップを可視化することが重要となります。こうした取り組みを通じて、安全性を競争優位性として確立していくことが、今後の自動運転ビジネスにおいて鍵になると考えられます。
*1 UNR155(WP29/CSMS)対応支援サービス:
https://www.pwc.com/jp/ja/services/digital-trust/cyber-security-consulting/unr155-wp29-csms.html
*2 ISO 21448 SOTIF(Safety of the intended functionality)意図した機能の安全性―概要編―:
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/automotive-research-and-development/iso-sotif.html
*3 UNECE WP29 GRVA―自動車線維持システム(ALKS)法規基準への対応:
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/automotive-research-and-development/vol01.html
*4 UNECE WP29 GRVA―UN-R171―ドライバーコントロール支援システム(DCAS)法規基準への対応:
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/automotive-research-and-development/unece-wp29-grva-un-r171.html
*5 ISO/DIS 34502 自動運転システムにおけるシナリオベース安全性評価フレームワーク:
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/automotive-research-and-development/iso-dis-34502.html
*6 ISO/TS 5083:2025 自動運転システムの安全性:
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/automotive-research-and-development/iso-ts5083.html
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