コンプライアンス対応業務におけるデジタルツールやAIの活用

第2回:生成AIで進化するコンプライアンス対応――兆候把握から真因分析、経営提言へ

  • 2026-05-19

第1回はこちら

コンプライアンス対応に求められる役割は、いま大きく変化しています。法令や規程の違反防止に加え、職場に潜む違和感や業務負荷の偏り、相談しづらさといった兆候を早期に捉え、問題が深刻化する前に組織として手を打つことが重要になっています。こうした要請に応えるための有効な手段となるのが、生成AIを活用したコンプライアンス関連データの分析です。散在する情報を横断的に整理し、傾向、関連性、背景要因を読み解くことで、単なる事象把握を超え、真因の抽出、対応方針の整理、さらには経営判断に資する提言の導出まで支援する可能性が広がっています。

1.コンプライアンス対応の高度化が求められる背景

従来、コンプライアンス対応は、違反や不正の防止、発生事案への是正対応といった「守り」の機能として位置づけられることが多くありました。もちろん、その重要性は今も変わりません。

しかし、現在の企業経営においては、それだけでは十分ではありません。事業環境の変化、働き方の多様化、社会からの期待の高まりにより、コンプライアンス上の課題は、より複雑で見えにくいものへと変化しています。

今日、組織にとって重要なのは、明確な違反や不祥事が起きてから対応することではなく、その手前にある兆候をどう捉えるかです。例えば、声を上げにくい空気、ルールと実態のずれ、業務負荷の偏り、部署間の認識差といった要素は、単体では小さな違和感に見えても、蓄積すれば大きな問題へと発展し得ます。

そのため、これからのコンプライアンス対応に求められるのは、発生後の対処ではなく、兆候の把握、背景の理解、そして早い段階での対応方針の明確化です。

図表1:コンプライアンス対応の進化

2.高度化の鍵――コンプライアンス関連データを「読める形」に変える

こうした高度化を実現するうえで鍵となるのが、組織内にすでに存在するコンプライアンス関連データの活用です。多くの企業には、アンケート、相談・通報記録、ヒアリングメモ、監査結果、会議記録、事故・トラブル報告など、さまざまな情報が蓄積されています。これらの情報には、現場の不安、制度運用の実態、リスクの偏り、組織の温度感、統制の実効性など、組織課題を読み解くためのヒントが含まれています。

一方で、こうした情報は部署ごとに分散している場合が多く、形式も必ずしも統一されているとは限りません。多くは自由記述やメモのような非定型(非構造化)データであり、人手だけで横断的に読み解き、意味のある示唆へと変換するには限界があります。その結果、個別案件への対応はできても、「どの論点が繰り返し現れているか」「どの課題が複数部署に共通しているか」「どこに優先的に手を打つべきか」といった組織横断の論点を捉えることが難しくなります。

つまり、コンプライアンス対応の高度化を阻んでいるのは、「データ不足」ではありません。必要な情報はすでにそろっているにもかかわらず、それが断片のまま散在し、「経営や実務的に判断できる形」に変換されていないことこそが本質的な課題なのです。

図表2:コンプライアンス関連データ活用における典型課題

ここで重要になるのが、生成AIをはじめとするデジタルツールです。生成AIは、大量の非構造化データを横断的に読み解き、論点を整理し、類似する声や記述を束ね、背景にあるパターンや関係性を可視化することに強みを持ちます。従来、人が時間をかけて読んでいた記録群を、一定の観点で構造化し、分析可能な状態へと変えることで、蓄積してきたコンプライアンス関連データは初めて「使える情報」になります。

3.生成AIを活用した高度な分析が、真因把握と経営提言を支える

生成AIを活用してコンプライアンス関連データを分析する価値は、単なる効率化や情報整理にとどまりません。本質は、散在する情報を構造化し、背景要因を捉えることで、兆候把握を真因分析へ、さらに真因分析を経営提言へとつなげられる点にあります。

例えば、複数拠点の従業員アンケート自由記述と内部通報の相談記録を生成AIで分析した結果、「ハラスメント相談」と「業務負担不満」は別カテゴリでも、実は組織再編による指揮命令系統の曖昧さが共通の背景要因として見つかる場合があります。このようなケースでは、個別のハラスメント対応にとどまらず、組織設計そのものの見直しという経営レベルの打ち手につなげることが可能になります。

また、定量データと定性データを組み合わせて読むことで、単なる件数の増減だけでは見えない変化や、現場で生じている兆候を立体的に捉えることも可能になります。

このような分析は「何が起きたか」を把握するだけで終わりません。「なぜ起きたか」という真因を整理し、「どこに優先的に手を打つべきか」「どの領域に組織的な見直しが必要か」といった判断材料を導くことができます。さらに、それらを経営の視点で再整理することで、改善や再発防止に向けた提言へと発展させることが可能になります。

こうした分析に基づく提言は、経営判断の質を高めるだけでなく、取締役会やリスク委員会への報告の精度向上、ステークホルダーへの説明力の強化、さらにはレピュテーションリスクの未然防止にも寄与します。コンプライアンス対応の高度化は、単なる管理機能の改善ではなく、企業の経営基盤そのものの強化につながるものです。

図表3:生成AIを活用したコンプライアンス高度化の全体像

4.企業が今取り組むべきこと――生成AIを活用したコンプライアンス高度化の実践視点

生成AIの活用によって、コンプライアンス対応は、個別事案への対処や事後的な是正にとどまらず、兆候把握、真因分析、経営への提言などにも広がりつつあります。もっとも、その価値を引き出すためには、単にツールを導入するだけでは不十分です。重要なのは、自社の課題と業務の実態に即して、活用の前提を整えることです。

  1. コンプライアンス関連データの棚卸
    アンケート、相談・通報記録、ヒアリングメモ、監査結果、会議記録、事故・トラブル報告など、どのようなデータがどこに存在し、どの程度分析に活用できるかを把握することが出発点になります。自社のコンプライアンス関連データのうち、デジタル化されていないもの、特定の担当者しかアクセスできないものがどの程度あるかを確認することから始めると、棚卸の解像度が上がります。
  2. 分析目的の明確化
    分析目的によって、見るべきデータも整理の観点も変わります。目的が曖昧なままでは、分析は単なる情報整理に終わりかねません。たとえば、「特定テーマのリスク兆候を把握したい」のか、「組織横断で共通する課題構造を明らかにしたい」のかによって、必要なデータの範囲や分析の粒度は大きく異なります。
  3. 生成AIの位置づけの明確化
    生成AIは人の判断を置き換えるものではなく、判断を支えるものとして位置づける必要があります。コンプライアンス対応には、事実確認、組織文脈の理解、関係者との調整など、人が担うべき役割が多くあります。生成AIは、膨大な情報の中から兆候や論点を抽出し、判断材料を整える支援基盤として活用することが適切です。自社のコンプライアンス業務のうち、どの工程に最も時間がかかっているか、どこに属人的な判断が集中しているかを整理することが、生成AIの適切な活用領域を見定める手掛かりになります。
  4. 分析結果を意思決定につなげる運用設計
    分析結果を経営や現場の意思決定にどうつなげるかを設計することも欠かせません。レポートを作成して終わるのではなく、経営会議、リスクレビュー、コンプライアンス委員会、現場改善など、どの場でどう活用するかまで見据える必要があります。現時点で、コンプライアンスに関する分析結果が経営会議やリスク委員会にどのような形で報告されているかを振り返ることで、改善すべきポイントが見えてきます。
  5. スモールスタートによる段階的な展開
    最後に重要なのは、スモールスタートで実効性を確かめながら広げていくことです。最初から全社一律で展開するのではなく、特定テーマや特定データ群から始め、得られた示唆や運用上の学びを踏まえて段階的に拡大していくことが現実的です。まずは直近のアンケート結果や一定期間の相談記録など、範囲を限定したデータセットで試行し、「どのような示唆が得られるか」「その示唆は実務的に意味があるか」を検証することが有効です。

おわりに

これからのコンプライアンス対応に必要なのは、事案への対処ではなく、兆候を捉え、真因を見極め、先手を打つ力です。生成AIを活用する意図は、散在するコンプライアンスデータを構造化し、現場の声を経営判断につながる示唆へと変えることにあります。

コンプライアンスを、守りの管理機能にとどめるのか、経営を支える高度な判断基盤へと進化させるか。その選択が、組織の信頼性と持続的な成長を左右する局面に差しかかっています。

執筆者

竹内 秀輝

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

Email

笠井 涼

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

Email

吉澤 豪

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

Email

星野 ほさき

マネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

Email

東 峻一郎

マネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

Email

本ページに関するお問い合わせ