ガバナンスの枠組みで進化するAIエージェントの可能性

  • 2025-09-30

AIエージェントとは何か

過去2年間、人工知能(AI)の導入は主に生成AIが中心でした。しかし現在は、AIエージェント/Agentic AIという新たな技術がテクノロジー業界に大きな変革をもたらしており、「Agentic=エージェント型」という用語は、近いうちに一般にも浸透する可能性が高まっています。AIエージェントには、図表1に示すような特徴があるとされ、今後AIエージェントがどのように進化し、私たちの生活やビジネスに影響を与えるのかが、非常に注目されています。

図表1:AIエージェントに関連する特徴

特徴

概要

⽬標の複雑さ

より複雑で⻑期的/より抽象度の高い⽬標を順序立てて実行する

環境認識と柔軟性

複雑な状況を理解し、未知の状況や変化する条件に柔軟に対応しながら適切な判断を下す

適応性と学習能力

環境の変化、新しい状況や予期せぬ状況に適応し対応でき、過去の経験やデータを基にして、自らのパフォーマンスを向上させる

独立した実行

非常に少ない人間による介入・監督で、信頼性を持って目標を達成する

協調性

他のエージェントやシステムと連携して、共通の目標を達成する

AIエージェントは、従来のAIの枠を超えて自律的に目標を達成する能力を持つとされています。ここでの自律的とは、人間からの明示的な指示をほとんど必要とせず、独自に判断を下し、行動を実行することができることを言います。このような技術は数十年前から存在していましたが、主にチェスや囲碁、ロボット義肢の制御といった限られたタスクに特化していました。しかし、技術の進化に伴い、今後はより複雑なタスクや新しい応用分野においてもその能力の発揮が期待されています。

ここで、AI活用の「第2の波」とされた生成AIと、「第3の波」と言われているAIエージェントの違いについて図表2にまとめました。

図表2:生成AI、AIエージェントの比較

観点

生成AI

AIエージェント

現状

今後

自律性

自律的な行動は行わず、ユーザーの入力に基づいて反応。

自律的にタスクを実行する能力があるが、事前定義されたルールに従うことが多い。

高度な自律性を持ち、明示的なガイダンスなしに複雑で多段階のタスクを自律的に実行することができる。

環境認識と学習能力

環境を認識する能力はなく、入力に基づいて出力を生成する。また、過去のデータからパターンを学習し、新しいコンテンツを生成する。

環境から得られた情報を基に、過去のインタラクションから学習し、パフォーマンスを向上させ適切な行動を選択する。

環境を認識し、フィードバックを基に自己改善し、適応することでリアルタイムに情報を処理する。

意思決定能力

ユーザーの指示に基づいて出力を生成するが、独自の意思決定は行わない。

事前定義されたルールに基づいて意思決定を行う。

制御された環境内で動作し、既存のソフトウェアまたはワークフローの拡張機能となる。

特定のタスクを実行するだけでなく、環境との相互作用を通じ複雑な状況においても独自に意思決定を行う。

プロアクティブな行動

ユーザーの入力に反応するのみで、積極的な行動はしない。

限定的にプロアクティブな行動を取ることがあるが、主にリアクティブ。

環境の変化に応じて積極的に行動を調整する。

複数エージェントの協調

単独で動作し、他のエージェントとの協調は行わない。

他のエージェントと連携してタスクを実行することが可能。

複数のエージェントが協力して複雑なタスクを処理する。

生成AIは主にコンテンツ生成に特化しているのに対し、AIエージェントは自律的な意思決定や環境適応能力を持ち、業務の効率化や問題解決に寄与します。AIエージェントは生成AIとは異なり、自律的に行動し、複雑な問題を解決する能力を持つ新しいAI技術です。これにより、企業は業務の効率化や問題解決において、より高い柔軟性と適応力を得ることができます。例えば、AIエージェントは旅行プランを提案するだけでなく、実際に外部のサービスと連携して飛行機のフライトやホテルの予約を行うことができるようになります。このように、AIエージェントは、複雑なタスクを外部システムと広範にインタラクションを持ちながら自律的に進めることができるため、「第2の波」において注目された生成AIによる対話型AIや、外部の情報源から関連するデータを検索し、その情報を基に文章を生成する従来のRAG(Retrieval Augmented Generation:検索拡張生成)とは一線を画しています。

AIエージェントの活用とリスク

生成AIとAIエージェントのリスクを比較すると、それぞれ異なる特性とリスク要因が浮かび上がります。最大の特徴として、生成AIはユーザーがコンテンツを生成するためのツールとして利用する場合が多いため、生成されたコンテンツの使用に関しては主に利用者が責任を負うことが一般的です。AIエージェントは、しばしば特定のサービスを提供し、組織の一部として機能するため、その運用を行う組織が責任を負うことになることが多くなります。また、AIエージェントは自律的に決定を下すように特別に設計されており、人間の介入を必要としない場合が多く、この点が生成AIの一般的な使用方法と大きく異なります。ここで、生成AIと異なる注目すべきリスクを挙げ、それぞれがどのように企業に影響を及ぼすかを考察します。

自律的な意思決定による誤作動

AIエージェントは自律的に判断を下す能力を持つため、誤った決定を行うリスクがあります。このような誤作動は、AIの学習データやアルゴリズムのバイアスによって引き起こされることが多く、適切な監視とフィードバックメカニズムが必要です。生成AIは主にコンテンツ生成に特化しているため、生成AI自体が意思決定の自律性は持つということはなく、ユーザーの指示に基づいて動作します。

不正利用や悪意ある使用の可能性

AIエージェントは、その機能が悪用されるというリスクを抱えています。悪意のある第三者がAIを利用して詐欺行為や情報漏えいを引き起こす可能性があり、これにより企業や個人のプライバシーが侵害されるおそれがあります。したがって、AIエージェントの導入に際してはセキュリティ対策を強化し、アクセス制御を厳格にすることが求められます。生成AIも悪用される可能性がありますが、それは主に生成されたコンテンツの誤用に関連しています。

制御不能のリスク

AIエージェントが自律的に行動することで、予期しない結果を引き起こすことがあります。特に、AIの判断が人間の意図と異なる場合、重大な問題を引き起こす可能性があります。このリスクを軽減するためには、AIの行動を監視し、必要に応じて人間が介入できる体制を整えることが重要です。生成AIは通常、ユーザーの指示に従って動作するため、制御不能のリスクは相対的に低いと考えられます。

システミックリスク

複数のAIエージェントが連携して動作する場合、一つのエージェントの問題が他のエージェントやシステムに波及し、全体の機能不全を引き起こすリスクがあります。これは特に金融システムや大規模な業務プロセスにおいて顕著であり、全体の業務が停止する可能性があります。したがって、システム全体の健全性を保つためのリスク管理が必要です。生成AIは通常、単独で動作することから、システミックリスクは大きくないと判断されます。

透明性と説明責任の欠如

AIエージェントの意思決定プロセスがブラックボックス化していることから、判断の根拠がはっきりせず、問題発生時の責任の所在が不明確になるリスクがあります。このため、AIの判断がどのように行われたかを説明できる仕組みを整えることが求められます。生成AIも同様に説明責任の問題を抱えていますが、主に生成されたコンテンツの品質に関するものとされています。

自己進化によるリスク

AIエージェントが自己学習を行う過程で、自己進化のプロセスが適切に管理されないと、AIが偏ったデータや誤ったアルゴリズムに基づいて進化し、望ましくない状態に至る可能性があります。これを防ぐためには、継続的な監視と評価が必要です。倫理的な考慮事項を進化プロセスに組み込み、倫理基準を逸脱しないようにガイドラインを策定することが必要とされています。

業務統制上の課題と対応

AIエージェントは、これまで述べたとおり、その活用範囲と同時にリスクも高度化します。特にビジネス活用においては、業務統制上の課題が高まることが懸念されています。人的作業の自動化の観点では、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)も同様ながら、AIエージェントはRPAよりもさらに高度な機能を持ちます。AIエージェントによるタスク実行は上述のとおり以下の特徴を有しています。

  • 人間の介入が最小限
  • 複雑な問題解決のための状況認識と推論
  • 変化する環境への適応と外部と協調したタスク実行

このように、「非定型業務や複雑なタスクを処理」する能力を持つAIエージェントは、「定型的な作業の効率化」というRPAの限界を超えた、より高度な自動化を可能にします。同時に、人的作業の代替性が高まるゆえに、人間と同水準の業務統制も念頭に置いたガバナンス体制整備が求められていくでしょう。AIエージェントのより複雑な意思決定や、自律的な行動に伴うリスクを管理する必要があることから、AIエージェントのガバナンスを考える際には、「戦略」「体制」「人材」「プロセス」「基盤」の5つの観点が参考になります(図表3参照)。これらの観点を考慮することで、AIエージェントガバナンスは、複雑な課題に対応しつつ、企業の業務効率化や価値創出に寄与することが可能となります。さらに言えば、AIエージェントは人以上のデジタル処理能力を有するという点で、デジタル面では人以上の統制が求められるとも言えます。この対処法としては「ガーディアンエージェント」のように、AIエージェントがAIエージェントを管理するという業務統制環境の整備も必要になってくるでしょう。

図表3:AIエージェントガバナンスの構成

また、AIエージェントの導入により業務プロセスの自動化や情報の収集・分析が進み、意思決定に必要なデータをより迅速かつ正確に提供できるようになることから、組織内での人間の役割が指示出しから承認にシフトしていくことが予想されます。その場合、人間の役割はAIエージェントの提案や提示された結果についての承認や最終決定が主となり、高次の判断力や倫理的な判断が求められるようになるでしょう。一方、AIエージェントは従業員と同様に働くことになるため、未来の従業員はAIと協力して業務を遂行する方法を学ぶ必要があります。

さらに、AIエージェントの自律性・機能や、AIエージェント間の連携が高度化してくると、AIエージェントが人やAIエージェントを業務に応じて最適な形で組み合わせ、動的に業務プロセスや結果をオーケストレーションする役割を担うことが予想されます。つまり、これまでの固定化された業務ではなく、AIエージェントが動的に再編する業務環境では、従来のピラミッド型組織構造からフラットで流動的な形態に変化する可能性があります。

このように、AIエージェントの導入は業務の自動化を進める一方で、適切なガバナンス体制を整えることが不可欠と言えるでしょう。企業はAIエージェントの特性を理解し、リスクを管理するための戦略を策定する必要があります。これにより、AIエージェントがもたらす利点を最大限に活用しつつ、潜在的なリスクを軽減することが可能となります。適切なAIエージェントガバナンスがなければ、これらのリスクが顕在化し、企業の信頼性や業務の継続性に深刻な影響を及ぼすかもしれません。以下、ガバナンスがAIエージェントの信頼性に与える影響を考察し、各観点について説明します。

責任の所在

AIエージェントが自律的に意思決定を行う場合、誤った判断が生じた際の責任が不明確になることがあります。結果として、利用者や関係者の信頼が損なわれるおそれが生じます。責任の所在を明確に定義することで、利用者は安心してAIエージェントを活用できるようになるでしょう。

倫理的考察

AIエージェントの運用において倫理的な問題が考慮されていない場合、差別的な結果が出たり、不正確な意思決定がなされたりするリスクがあります。倫理的なガイドラインを整備しそれを遵守することで、AIエージェントの信頼性が向上し、社会的にも受容されやすくなります。

監視と介入

AIエージェントの運用中に問題が発生した場合、迅速に対応できる監視体制が整備されていることが信頼性を高めるために重要となります。エージェントの行動を監視する「ガーディアンエージェント」を設置し、定期的な監査や評価が行われていることで、異常が早期に発見され、必要に応じた適切な介入が可能です。これにより、利用者はAIエージェントの安全性を感じることができ、信頼性が向上します。

このように、AIエージェントの導入においては、リスクを適切に管理し、信頼性を確保するためのAIエージェントガバナンスが不可欠です。企業は、これらの観点を考慮しながら、AIエージェントの導入を進める必要があります。

最後に

AIエージェントは、今後の技術革新により、自律的な意思決定や高度なタスク処理能力を持つ存在へと進化していくことが予想されています。特に、次世代の大規模言語モデル(LLM)やマルチモーダルインターフェースの進化により、AIエージェントはより高度な推論能力や柔軟性を持つようになるでしょう。一方でこのような進化は、ガバナンスの重要性を一層高めることになります。
また、AIエージェントの自律的な行動能力が高まることで、責任の所在が不明確になり、意思決定の透明性が損なわれる可能性も指摘されます。このため、AIエージェントの導入にあたっては、適切なガバナンス体制を整えることが重要です。AIエージェントは、RPAなどの従来のルールベースのシステムとは異なり、予測不可能な行動を取ることがあります。AIが人間の生活やビジネスに深く関与する中では、倫理的なガバナンス基準についても設けることが求められるでしょう。さらに、複数のAIエージェントが連携して動作する場合、相互の調整や競合を管理するためのフレームワークが必要です。これにより、全体の機能不全を防ぎ、効率的な運用が可能になります。AIエージェントは人間と協力し、信頼できるパートナーへと進化し、良い意思決定を支援する存在となることが期待されているのです。

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