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今年で6回目を迎えるPwC Japanグループと一般社団法人スカイラボ(以下、スカイラボ)の女子高校生向けSTEAMリーダー育成プログラム「Design your future」。2024年は「Technology for Good ――より良い社会づくりのためのテクノロジー」をテーマに、全国各地から参加した36名の女子高校生がデザイン思考を学び、社会課題に対する解決策のアイデアを共有しました。本稿では芝浦工業大学准教授の平田貞代氏を迎え、スカイラボ共同代表の木島里江氏とヤング吉原麻里子氏、そしてPwCコンサルティング合同会社の坪井りんとともに、今年のDesign your futureを振り返りつつ、理工系分野におけるジェンダーダイバーシティの現状と展望を語ります。ジェンダーダイバーシティの実現がもたらす新たな視点と、分野を越えた知識の融合が、いかにイノベーションを加速させるか。「Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Art(芸術)、Mathematics(数学)」を意味するSTEAM人材育成の必要性が指摘される中、これからの教育、キャリア、そして社会の変革にどのようなポジティブな影響があるのか。第一線で活躍する専門家たちが熱く語りました。(以下、本文敬称略)
(左から)坪井りん、木島里江氏、ヤング吉原麻里子氏、平田貞代氏
対談者
芝浦工業大学大学院理工学研究科 准教授
東北大学大学院工学研究科 特任准教授
SCSK株式会社 社外取締役
平田貞代氏
一般社団法人スカイラボ共同代表
スタンフォード大学国際相互文化教育プログラム (SPICE) 講師
東北大学工学部大学院技術社会システム専攻客員教授
ヤング吉原麻里子氏
一般社団法人スカイラボ 共同代表
トロント大学マンク国際問題研究所助教授
木島里江氏
PwCコンサルティング合同会社
シニアマネージャー
坪井りん
―― 最初に平田先生に伺います。文部科学省が2019年8月に公開した「令和元年度学校基本調査」※によると、理系学部の女子学生比率は27.9%、工学系では16.3%です。男子と比較し、理系に進学する女子が圧倒的に低い原因はどこにあるのでしょうか。
平田:理工学系に進学する女性の割合が低いのは、日本だけではありません。しかしながら、特に日本では、女子学生自身の親や教員などに、理工学系の女性が少ないことが、理工学系への進学を検討する機会をさらに押し下げていると考えられます。この状況には、産業界や研究界の理工学系部門でも、管理職や指導的立場に、理工学系の女性が少ないことも影響しています。家庭、教育現場、産業界、研究界の全てにおいて理工学系の女性の数が少ないために、女子学生にとっては、理工学系をいかして働くことがイメージし難く、女性は理工学系に向かないといったバイアスも加わり、理工学系への進学という選択が少なくなってしまいます。
平田 貞代氏
―― バイアスの問題は深刻です。親や祖父母の世代から「女の子は大学に行かなくてもいい」といった考え方が根強く残ってきました。このような状況をスカイラボはどのようにご覧になっていますか。
木島:日本社会には、ジェンダーに基づいた学習専攻の方向性に関する強い意識が根付いています。メディアや家族、教育現場からの影響が蓄積された結果、多くの生徒に内面化されています。
さらに、日本の特徴的な課題として挙げられるのは、女子生徒がSTEAM分野に興味を持っても実際に経験する機会が非常に限られていることです。これらの社会的なバイアスと実践的な機会の不足が、女子の理系進学率の低さにつながっているのではないでしょうか。
平田:私はSCSK株式会社の社外取締役を務めていますが、同社が開催し続けている小学生向けのコンピューティングセミナーを観察すると、性別に関係なく生き生きと創造的にプログラミングやロボット制作に取り組んでいます。こうした機会が成長を通じて豊富にあれば、理工学系に進学を希望する女子が自然に増えるのではないでしょうか。
そして、女子による進学や就職の自然な選択の妨げとなる、日本に根強いジェンダーバイアスや伝統的性別役割分担を排除する必要もあります。
坪井:「役割分担という名のジェンダーバイアス」があるというのは、本当にそのとおりだと思います。日本では主流から外れることに勇気がいります。「工学部は男性的」というイメージがある中で、女性がそれを選ぶことは「変わったこと」になってしまいます。
特に中学・高校の自己発見の段階で「マイノリティになる選択をする」ことは、それ自体が負担になります。こうした状況を打破するにはマイノリティの割合を増やすか、「変わったことをしてもいい」というマインドセットを持てる環境を醸成することが大切です。
ヤング:国際的な学力調査を見ると、日本の15歳は男女を問わず世界トップクラスの数学・科学的素養を示しています。しかし、大学での理工数系(STEM)専攻者は、男女ともに少なく、こと女子においてはOECDメンバー国で最下位という状況です。
この背景には、戦後日本社会の構造的要因があります。法学や経済学など人文社会科学系の人材がが政府や企業に積極的に雇用されリーダーシップをとってきた傾向があり、STEAM領域が「出世コース」として認識されにくかったことがその一つでしょう。さらに大学院に進学すると就職の道がせばまるといった後ろ向きな風潮はまだ根強く、さらに高学歴の女性は婚活に不利といったジェンダーバイアスも加わって、STEAM領域を選択する女性が極めて限られてきたのが現状だと思います。
ヤング 吉原 麻里子氏
―― ヤングさんが指摘されたとおり、日本企業は会計や総務といった部門出身の経営層が多い印象です。平田先生に伺います。先生は「技術経営のアプローチ」に注目されていらっしゃいます。まず、「技術経営」とは何かをご説明いただけますか。
平田:会計、財務、マーケティング、人材管理などを中心に扱う経営学は良く知られています。これに対し、「技術経営(Management of Technology)」は、企業が、技術の特長をいかして経営を成長させるための一層実践的な知識として、技術戦略、研究開発、イノベーション、オペレーション、知財などを加えて扱います。技術が関わる事業では、従来の経営学の知識を適用するだけでは十分な成果が得られないことがあります。こうした失敗事例の積み重ねから、失敗を克服し成功へ導くために、経営学に新たに上乗せされた知識体系が技術経営学です。
技術経営の歴史をひもとくと、その起源は非常に興味深いのです。第二次世界大戦後、米国から学んだ技術である、コンピュータや自動車をはじめとする産業の新興により、日本は高度経済成長を遂げました。その頃、貿易収支で、日本が米国に逆転した時期がありました。驚いた米国は、日本の製造業現場を詳細に分析した結果、日本には、米国にはない品質や生産性の向上を追求するオペレーション技法があり、それが「暗黙知」として継承されていることに気づきました。米国はこの暗黙知を「形式化」し、米国が得意とする技術戦略や知財などと組み合せて、大学で技術経営教育として国民に普及させました。米国は、技術経営学をいかし、生産性を高め、その対価として生活水準も高め、貿易収支もほどなく挽回することができました。さらに、人間中心設計として性別差を考慮するジェンダードイノベーションの視点を加え、女性特有の健康問題をテクノロジーで軽減するビジネスにも発展し、誰もが安全に働き生活する循環型の経済環境の整備に注力しました。一方、日本は、同じ期間、モノ造り中心のまま失われた数十年が過ぎ、「技術で勝ってビジネスで負ける」と揶揄されるようになってしまいました。日本では少子高齢化が進み、生産力を一層拡大しなければならないにもかかわらず、大学、企業共に技術経営がさほど知られていません。
―― 技術経営とSTEAMは密接な関係にあるのですね。
ヤング:技術経営分野の立役者の一人である児玉文雄・東京大学名誉教授が提唱した「需要表現(Demand Articulation)」という概念があります。これは、顧客自身もまだ気づいていない潜在的なニーズを企業が汲み取って明確にし、技術開発につなげていくプロセスを指します。この概念も、1970年代以降の日本の製造業を対象にした分析から生み出されたものですよね。
平田:おもてなしや暗黙知など、日本が得意な、そして、女性の特性がいかされる「需要表現(Demand Articulation)」もあります。「需要表現(Demand Articulation)」の検証や実装に技術経営を組み合わせれば、価値や成長の持続性が高まります。戦略、イノベーション、オペレーションをはじめとする技術経営の実践により、文化や性別の特徴を差別ではなく、価値に転化していく重要性を積極的に伝えていきたいです。
―― 次に大学教育について伺います。STEAMや技術経営を担う人材の育成は、理系/文系という従来の枠組みでは限界があります。今後、大学には新たな学部編成が求められるのではないでしょうか。
平田:そうですね。大学は産業界から「即戦力となる人材を育成してほしい」と求められています。例えば、世界中でデータサイエンスによる産業の革新が重視され、多くの大学がデータサイエンスコースを設立しました。一方で、「数学や統計だけではデータサイエンスはできない」という批判もあります。これは既存の学問の枠組みと産業界のニーズと不整合の一例です。データサイエンスによりビジネスの目標を達成するには、縦割りの学問の境界を越えて、数学や統計以外に、心理学、社会学、工学、そして「技術経営」にも橋渡しする必要があります。
私は企業の部門名がよく変わることに注目しています。例えば、人間中心設計が注目されれば「ヒューマンセントリック事業部」ができたり、データサイエンスが重要になれば「データサイエンス事業部」ができたりします。こうした産業界の柔軟なアプローチは現在必要な人材やテクノロジー、予算を集中させる方法として適切だと思います。
同様に、大学も必要に応じてカテゴリーを変更したり、統合したり、分解したりすべきです。また、一人の学生が文理の境界を越えて多様な科目を選択できるようにすべきです。このような考え方により、大学の学部編成も変わりつつあります。
―― 坪井さんは前職で製造業向けソフトウェアの開発を手掛けていたとのことですが、大学の専攻は文系ですよね。その経験から「理系・文系」の区分けをどのように考えていますか。
坪井:私は文系学部を卒業しましたが、アルバイトを通じてエンジニアリングやプログラミングに触れたことがきっかけで、ソフトウェア開発の仕事に就きました。今、大学時代を振り返ると、具体的な科目の内容よりも、さまざまな領域の知識を体系的に得られたことが糧になっていると感じています。学生時代にさまざまなことに好奇心を持ち、自ら問いを見つけ、諦めずに追究するというマインドセットは、テクノロジーやSTEAM的なスキルの獲得につながると思います。
ヤング:教育界では東京大学College of Design(仮称)構想など、文理融合を目指す新しい動きが起きています。しかし、受験に向けた中等教育のアプローチや、領域ごとの自治といった大学経営のあり方など、その動きには制約要因があるでしょう。そこで、教育や人材育成の新しいアプローチとして、「越境して回遊する」という考え方を強調したいと考えています。
これは、自らの専門分野を越えて全く関係のない領域に飛び込んで回遊してみて、そこで新たな視点や切り口を学んで、また自分の分野に応用しに戻ってくるという循環を指します。自分が慣れ親しんだ領域を一歩でれば見知らぬ経験が待ちうけているわけで、最初はうまくいかずに、失敗や挫折の連続でしょう。しかし心地よい領域からあえて自分を押し出してやり、全く異質な考え方や手法に触れてみることで、おもいもよらなかった新結合の切り口や発想がうまれます。コンフォートゾーンから出て越境し回遊する・・という考え方をものづくりに携わるエンジニアだけでなく、サイエンティストやマネジメント人材、政策立案者など、あらゆる分野の人々が心がけることで、型にハマらない発想が生まれる環境、エコシステムが生まれていきます。
企業のマネジメント層がこの考え方を理解し、推進することが大切です。「越境と回遊」の文化が構築されることで、従来の文系・理系という固定的なカテゴリーを越えた、柔軟で創造的な人材育成と組織運営が可能になるのではないでしょうか。
―― 次にジェンダーバイアスと女性同士の連携について伺います。先のDesign your futureプログラム参加者の皆さんのアンケートを見ると、「横のつながりができた」「自分の意見が否定されなかったことが嬉しかった」という感想が多数寄せられました。STEAM教育において「横のつながり」や「意見を尊重し合う環境」はどのような意義があるのでしょうか。
木島:スカイラボのSTEAM教育プログラムでは「Give it a try(試してみよう)」や「failing forward(失敗を通じて前進する)」といったコンセプトを重視しています。これらのマインドセットは、生徒たちの「self-efficacy(自己効力感)」を向上させることを目的としています。「No way (ありえない)」ではなく「Yes and (そうかもだよね)」のアプローチを採用し、互いのアイデアを肯定しながら発展させていく過程を重視しています。グループ内での対話や協働を通じて、生徒たちは困難な問題に直面しても、チームで一緒に前進できるという経験を積み重ねます。
木島 里江氏
―― 坪井さんは以前、白人男性が多数を占める欧州企業のソフトウェア開発部門で働いていましたよね。「女性」「有色人種」というダブルマイノリティの立場で女性同士のつながりを持つことが困難だったり、意見を聞いてもらえなかったりといったことはありましたか。
坪井:私は女性、有色人種に加え「経験が浅い」「若い」とマイノリティの要素が多すぎました。ですから厳しい扱いを受けることがあったとしても、どの要因が原因か分からないほどだったんです。ただし、小さな声であっても、それが重要なものであれば大きく取り上げてくれる環境でした。今考えると、恵まれていたと思います。
一方で、ロールモデルには課題があると感じます。女性だからといって女性管理職が若手女性社員のロールモデルになるとは限りません。組織内で役職が上がるほど、社内の政治的な動きが重要になってくる場面もあると思います。自分の仕事だけに集中したい女性の中には、組織の中で“成功”している上の世代の女性は「自分とは違う」と違和感を持つ人もいるのではないでしょうか。
坪井 りん
――ロールモデルの不在は深刻な問題だと考えられます。平田先生はこの現状についてどのようにお考えですか。
平田:企業の女性活躍をテーマにした講演で、よく「社内に女性のロールモデルがいないため女性が育ちにくい」という意見が出ますが、ロールモデルとする人の性別は関係ないと考えています。結果的に私のロールモデルの多くは殆ど男性でしたが、私が見習っていたロールは性別ではなく、リーダーシップ、意思決定力、分析力、といったことでした。
ロールモデルとは「この人のこういうところが良い」「尊敬できる」「真似したい」と思えることだと思います。性別を限定する必要はありません。
また、一人の完璧なロールモデルに限る必要もありません。仕事や分野によって異なる複数の人の各部分を組み合わせてロールモデルとすることもできます。それぞれの分野で優れた点を持つ人々を見つけ、そこから学ぶことが大切だと考えます。
木島:私はロールモデルよりもメンターの必要性を感じています。ロールモデルは単なる憧れで終わってしまう可能性があります。「こうなりたい」という目標は示してくれますが、そこに至るまでの具体的な道筋を示してくれるわけではありません。一方、メンターは自分の成長過程を見守り、適切なアドバイスをくれる存在です。人生を振り返ったとき、「あの人のサポートがあったから、この決断ができた」と思えるような人がメンターです。
坪井:若い人たちにとって重要なのは、世の中にある既存の「正解」ではなく、自分たちで新しい道を作っていくことだと考えています。Design your futureに参加した学生さんたちも、このプログラムをきっかけに、自分たちで道を切り開いていけるようになれば素晴らしいと思います。
―― 最後に今後の展望について伺います。STEAM分野でジェンダーダイバーシティを実現するために、企業や社会にはどのような心構えが必要でしょうか。
平田:マインドセットの重要性は言うまでもありませんが、技術経営の観点で言うと企業は「マイノリティには戦わずして勝つビジネスチャンスがある」ことにもっと目を向ける必要があると考えます。例えば「他の人が持っていないものを先に手に入れたい」というユーザーニーズを満たすためには、マジョリティの価値観にとらわれずにマイノリティを理解し、独自の価値を創造し提供すること。そうした思考がビジネスでも教育でも重要です。
ヤング:「STEAM」という概念を、単に教育のアプローチととらえるのではなく、社会を変えていくために私たちが共有すべき方向性ととらえることが大事だと考えています。生徒の科学技術リテラシーを高めるだけでなく、なぜ「STEAM」を学びイノベーションを生み出すことが大切なのか、自らパーパスをもって考え行動する力を育む。そうした環境で育った人材は、未来のビジネスや社会のあり方を大きく変える可能性を秘めています。
多様な視点を受け入れ、分野を越えて協働することに喜びを感じる人材が増えていくことで、従来では思いもつかなかったような革新的なソリューションが生まれ、世界をさらに優しい場所にしていってくれるのではないでしょうか。
若い世代には、STEAM教育を通じて培う「探究する力」と「共感する力」を大切にしてほしいと思います。そして、それらを活かして社会の課題に向き合い、新しい価値を創造していってほしいと願っています。
- 本日はありがとうございました。