PwC Intelligence ―― Monthly Economist Report

一筋縄ではいかない中国の「反内巻」運動(2025年8月)

  • 2025-08-29

国内外の厳しい経済環境の下で先行き楽観しがたい状況にある中国において、ここ最近は「内巻(ネイジュアン)」と呼ばれる厳しい過当競争に対する動きが注目されている。「内巻」とは、限られた資源や機会を巡って生じる過度な競争によって参加者が消耗してしまう状況を示す言葉で、中国の企業や個人の活動にみられるものである。中国ではここ数年長引く不動産不況や消費の伸び悩みが続いているなか、過剰で非合理な競争による弊害が深刻化しており、最近はこれを抑止し、健全な社会や経済を目指した「反内巻」に向けた動きが積極化している。

2025年上半期における中国の実質GDP成長率は前年同期比+5.3%となり、政府当局の目標である「+5.0%前後」を上回る経済成長を実現し、まずまずの水準で上半期を折り返した。しかし、2025年7月単月の動きをみると、消費小売や固定資産投資、鉱工業生産などの主要指標には鈍化傾向が顕在化しており、先行きは楽観しがたい状況にある。こうしたなか、中長期的な観点から中国が持続的な成長を遂げるためにも、「反内巻」の動向が注目されるが、先に結論を述べると、中国の社会や経済に根深く定着している「内巻」の傾向を払拭するのは容易でないように思われる。中国政府当局は経済と産業の健全な発展を睨みつつ、不条理で行き過ぎた価格競争を回避するため監督管理するとともに、企業各社の競争環境の維持を目指すといった難しい舵取りが求められることになろう。以下では、足元で減速感が顕在化している経済の動向も確認しつつ、中国における「反内巻」運動の現状と、中国経済への影響や今後の見通しについて筆者の見解を述べていく。

1.中国の社会に根深く存在する「内巻」

近年、中国では「内巻(ネイジュアン)」という言葉が多く聞かれている。「内巻」とは英語の「involution」に由来する社会学用語でもあるが、過酷な競争状況を表すインターネットスラングとして、2020年頃から学生や若者の間で広まった言葉である。限られた資源や機会を巡って多くの企業や人々が集中するが、ここで生じる過度な競争を経ても誰も得をせず、皆が疲弊し消耗してしまう状態を指す言葉として定着している。労働者や学生など個人の間では、職場での過度な労働や成果主義、受験戦争の中での過酷な競争に巻き込まれ、最終的に誰も勝者にならない状況を揶揄するものとなっている。競争に参加しないと取り残されるといった不安もあり、やむを得ず努力を続けるが、厳しい競争を経ても成果が見込みがたいような状況が「内巻」として表現されている。「内巻」が激化することにより、現代の中国において日々の生活の閉塞感や社会的ストレスの増大、ひいては就業意欲も含めたやる気の減退や創造性の低下といった事態を招いている。

こうした「内巻」の傾向は個人間のみならず、企業活動でもみられるもので、中国社会で象徴的とも言える。中国では「五か年計画」などを通じて、国家としての産業政策の方向性が示され、そこでどの産業を奨励、制限、淘汰するかというリストが作成される。中央政府や地方政府は、経済成長の目標を達成するために補助金や税制の優遇措置などを活用し、奨励される産業への企業の誘致や進出を積極的に支援する。その結果、新たなビジネスチャンスを求めて多くの企業が次々と参入することになる。さらに、地方政府同士が企業誘致の競争を繰り広げることで非効率な重複投資が発生し、地域ごとに分断された非効率なサプライチェーンが形成されてしまい、これが過剰な設備投資や生産活動、ひいては激しい価格競争の原因となることもある。過去を振り返ると、鉄鋼や自動車など多くの産業で、こうした激しい競争の中で多くの企業が淘汰されてきた。しかし、その過程を勝ち抜いた企業が高い競争力を持つリーディングカンパニーとして成長するといった構図が、中国では深く根付いている。


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執筆者

薗田 直孝

シニアエコノミスト, PwCコンサルティング合同会社

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