創薬地図を塗り替える中国製薬企業と、日系製薬企業への羅針盤

第1回 中国製薬企業は今どこまで来たのか――創薬力の向上、バイオ医薬品へのシフト、グローバル展開の舞台裏

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  • 2026-10-16

中国製薬企業に対する見方は、この10年で大きく変わりました。かつては「巨大市場」「低コスト製造拠点」「ジェネリック中心」「原薬や、その製造に不可欠な中間体・化学原料の供給地」といった文脈で多く語られていましたが、現在の中国製薬企業は、そうした理解だけではもはや十分ではありません。中国は、今や新薬研究の担い手であり、グローバル製薬業界における有力な取引相手でもあります。

図表1のとおり、中国の医薬品市場規模は、2030年に2兆9911億元(約4,420億米ドル/63兆円)に達すると予測されており、米国に次ぐ世界第2位の市場として、拡大が続く見通しです1。

市場規模の拡大に加えて、医薬品カテゴリーの構成も変化しています。バイオ医薬品の構成比は2016年の14%から2025年には35%へ上昇しました。中国伝統医薬品(詳細は図表1の注釈を参照)および化学合成医薬品は、今後も市場規模を維持・拡大するものの、安定成長局面に移行し、全体に占める構成比は相対的に低下すると見込まれています。一方、バイオ医薬品は、年平均成長率が2016~2022年の約18%から2022~2030年には約9%へ鈍化するものの、市場全体を上回る成長を維持し、2030年には構成比43%に達すると予測されています。

ただし、市場全体が拡大を続ける一方で、中国製薬企業にとっては、薬価抑制や医療保険財源の制約、過剰処方の抑制、ジェネリック医薬品をめぐる競争の激化などにより、従来の製造・販売モデルだけで収益を拡大することは容易ではなくなっています。中国製薬企業が市場全体の拡大による恩恵を得るには、価格競争に依存するのではなく、革新的医薬品の研究開発、製品の差別化、海外市場への展開が求められるようになりました。こうした市場環境の変化が、製造・販売中心の事業モデルから、研究開発とグローバル展開を重視する事業モデルへの転換を促す一因となっています。

この10年の変化を端的に言えば、ジェネリック中心から新薬研究重視へ、量の拡大から質と差別化の競争へ、中国国内市場中心からグローバル展開へという転換です。以下では、この3つの変化と、その背景にある人材・環境整備・資金の要因を整理します。

図表1:2016年から2030年の中国医薬品市場規模と市場構成の変化

図表1:2016年から2030年の中国医薬品市場規模と市場構成の変化 ,

1. この10年で中国製薬企業はどう変わったのか
―製造・模倣の時代を越え、創薬力と国際競争力を備えた産業へ―

ジェネリック中心から新薬研究重視へ

10年前までの中国製薬業界は、ジェネリック医薬品や既存品の製造・販売が中心であり、多くの企業にとっては生産能力や価格競争力が最大の武器でした。もちろん研究開発に取り組む企業もありましたが、産業全体の主軸が創薬にあったとは言い難い状況でした。

しかし、この10年で中国製薬企業は明確に新薬研究へと軸足を移しました。中国政府も医薬産業を国家戦略分野として位置づけ、イノベーションを重視する政策を継続的に打ち出してきました。2016年の「Health China 2030」、2017年の審査承認制度改革、2019年の薬品管理法などは、いずれも創薬力の強化、研究開発環境の整備、国際競争力の向上を狙ったものでした。

本稿では、医薬品製造許可を保有し、商業化された製品パイプラインを有する企業を「製造型製薬企業」と定義します。これには、化学医薬品・中成薬・生物医薬品の製造企業に加え、原薬メーカーやCMO・CDMOなどが含まれ、その数は約3,200社とされています2。

一方、医薬品の研究開発を主たる事業とし、自社で医薬品製造を行わない企業を「研究開発型製薬企業」と定義します。主にバイオテック企業(Biotech)や創薬ベンチャーが該当し、広義にはCROなどの研究開発支援企業も含まれます。その数は約5,000社に達しています2。

これは、中国製薬産業の重心が、従来の「作る産業」から、研究開発を通じて「生み出す産業」へと広がってきたことを示しています2。

さらに、研究領域の広がりも見逃せません。中国企業は現在、低分子医薬や抗体医薬に加え、ADC、細胞治療、遺伝子治療、二重特異性抗体といった新規モダリティにおいても存在感を高めています。世界の新規モダリティ開発パイプラインでは、30%~50%以上を中国が占めており1、すでに先端領域においても大きな存在感を示すプレイヤーになっていることが分かります。

図表2:新規治療モダリティの開発を牽引する中国バイオテック企業

新規治療モダリティの開発を牽引する中国バイオテック企業 ,

量の拡大から品質の向上と革新の創出へ

(1)品質の向上:

現在、中国企業の競争力を評価するうえでは、研究開発案件の量に加えて、臨床試験の設計・実施能力、データの信頼性、製造工程の再現性、品質管理、規制対応能力など、医薬品開発全体の「質」が重要になっています。

中国の有力企業では、国際共同治験やグローバル同時開発が増加し、米国・欧州を含む各国・地域の規制当局が求める水準の臨床データを取得する動きが広がっています。臨床試験においては、適切な患者選択、バイオマーカーの活用、統計解析、データ管理などが重視されるようになり、中国国内での承認取得だけでなく、複数地域の規制当局による評価に耐え得る開発体制の構築が進んでいます。

また、CMC(Chemistry, Manufacturing and Controls)、GMP、品質保証、サプライチェーン管理など、製造・品質面での体制整備も進展しています。グローバル製薬企業によるライセンス導入では、候補薬の有効性だけでなく、臨床データの再現性、製造の安定性、品質管理体制、知的財産権、規制当局への対応能力まで厳格に評価されます。中国企業のアセットがこうした取引の対象となる機会が増えていることは、多くの企業が研究開発から製造、品質管理に至るまで、国際的な基準に耐え得る水準へ到達しつつあることを示しています。

(2)イノベーションの創出:

品質の向上に加えて、近年の中国創薬では、模倣にとどまらない独自性のある研究開発を志向する動きも広がっています。

2025年に中国で開始された新薬開発案件は1,373件に達し、米国の1,809件に次ぐ世界第2位の規模となりました3。また、図表3のとおり、世界の新薬開発パイプライン規模上位25社のうち5社を中国企業が占めています。

過去の中国創薬では、海外で有効性が確認された標的や作用機序を追随する開発が多く、先行薬と類似したme-too型や、先行薬を改良して有効性・安全性・利便性などの向上を目指すme-better型の医薬品が中心となる傾向がありました。しかし現在では、未充足医療ニーズの大きい疾患領域において、新規標的、新規作用機序、新しい治療概念、あるいは既存治療を大きく改善するモダリティを追求する企業が現れています。これは、中国企業が「海外で成功した薬をいち早く開発する」段階から、「自ら新しい価値を創出する」段階へ移行しつつあることを意味します。

図表3:研究開発パイプライン規模上位25社

研究開発パイプライン規模上位25社 ,

さらに重要なのは、中国の有力な創新薬企業では、特定の技術や疾患領域に経営資源を集中し、First-in-Class(FIC)やBest-in-Class(BIC)を目指す研究開発が進められています。例えば、中国生物製薬(Sino Biopharmaceutical)は、腫瘍、希少疾患、siRNAなどの領域で次世代パイプラインを展開し、江蘇恒瑞医薬(Jiangsu Hengrui Pharmaceuticals)は、腫瘍、代謝・心血管領域などで複数のモダリティに取り組んでいます。また、康方生物(Akeso)は二重特異性抗体を基盤とするがん免疫領域、栄昌生物(Remegen)はADC、百済神州(BeOne Medicines)は血液がん領域の標的薬に注力しています。

こうした取り組みは、中国企業における創薬イノベーションの広がりを示しています。

中国国内市場中心からグローバル展開へ

従来、中国製薬企業の主な成長源は、中国国内における製造・販売規模の拡大でした。しかし現在では、研究開発の段階から海外での臨床開発や承認取得を視野に入れる企業が増えています。中国国内での承認・販売だけを目指すのではなく、海外の規制当局や製薬企業による評価を受けることを前提に、開発計画や事業体制を構築する企業が現れています。

この変化は、海外展開の手段が多様化していることにも表れています。中国企業は、海外企業とのライセンス契約や国際共同開発に加え、海外NewCo※の設立、海外での承認取得、自社販売、クロスボーダーM&Aなど、複数の手段を組み合わせて国際化を進めています。

中国企業が創製・開発した医薬品の海外承認実績も蓄積されています。なかでも、2019年に百済神州(BeOne Medicines)が開発したBTK阻害薬zanubrutinib(BRUKINSA)は、中国製薬企業が創製・開発した革新的医薬品として初めてFDAの承認を取得しました。その後も、2023年には和記医薬(HUTCHMED)が開発したフルキンチニブ(fruquintinib、FRUZAQLA)6、上海君実生物医薬(Junshi Biosciences)が開発した抗PD-1抗体toripalimab(LOQTORZI)7、2024年には百済神州の抗PD-1抗体tislelizumab(TEVIMBRA)が米国で承認されています8。これらを含め、欧米で承認された中国企業発の革新的医薬品は、2026年9月時点で11品目に達しています。

一方、日本でも、微芯生物(Chipscreen Biosciences)のツシジノスタット(ハイヤスタ)9、海和薬物(Haihe Biopharma)のグマロンチニブ(ハイイータン)10、和記医薬のフルキンチニブ(フリュザクラ)11、百済神州のザヌブルチニブ(ブルキンザ)12が挙げられ、2026年9月時点で4品目が承認されています。

これらは、中国企業が中国国内市場向けの医薬品を開発する段階から、米国、欧州、日本など複数の海外市場での承認・販売を前提に研究開発を進める段階へ移行していることを示す具体例です。

このように、中国製薬企業の重心は、中国国内市場で製品を製造・販売する「中国国内型」から、研究開発成果を海外市場でも展開する「グローバル型」へと移りつつあります。

2. なぜその変化が起きたのか
―中国が構築した創薬エコシステム―

では、なぜ中国でこれほど多くの研究開発型製薬企業が生まれ、創薬志向が強まったのでしょうか。医療政策の転換に加え、「ヒト、仕組み、カネ」の3つの要因があります。

(1)ヒト:海外人材の還流が形成した創薬人材基盤

第一の要因は、人材の還流です。2005年以降、欧米大手製薬企業で経験を積んだ中国人の研究者や事業開発人材が、相次いで中国に帰国しました。

こうした人材の帰国を促した背景には、まず、中国政府による人材誘致と経済支援があります。中国政府は医薬品産業を国家戦略分野と位置づけ、海外の研究者や起業家に対して、研究資金、競争力のある報酬だけではなく、住居、子どもの教育環境までを提供してきました。その結果、帰国した研究者が自ら研究室や創薬ベンチャーを立ち上げやすい環境が整いました。

もう1つの背景として、海外で経験を積んだ人材が、帰国後にその経験を生かせる機会が大きく広がったことが挙げられます。欧米企業で研究や経営の中枢を担うまでには一定の時間を要する場合があります。

一方、中国に帰国すれば、自らバイオベンチャーを設立し、CEOやCSOとして経営に携われるようになりました。また、欧米で臨床開発、規制対応、事業開発、提携交渉を経験した人材は、中国発新薬のグローバル展開を進めるうえで重要な役割を担うことができました。中国人にとって帰国は、研究者や事業開発者から起業家・経営者へとキャリアを広げる選択肢にもなったのです。

彼らが中国に持ち帰ったのは、研究技術だけではありません。創薬テーマの選定、臨床開発の進め方、FDAをはじめとする海外規制当局への対応、グローバル提携、事業開発など、国際的な製薬企業で培った実務や知見そのものです。こうした人材が、中国国内の研究機関、投資家、CRO・CDMOなどと結びつくことで、研究成果を事業化し、海外展開まで見据えた創薬企業が生まれるようになりました。

代表例として、百済神州、信達生物(Innovent Biologics)、上海君実生物医薬、栄昌生物、康方生物などが挙げられます。

グローバル標準を知る人材が中国に戻り、その経験を基に創薬企業を育てたということです。この人材基盤こそが、中国創薬の質的向上の出発点だったと言えます。

(2)仕組み:政策・制度・事業環境が築いた創薬エコシステム

第二の要因は、MAH(Marketing Authorization Holder)制度の導入や薬事審査制度の改革に代表される、創薬を支える仕組みが整備されたことです。

1. MAH(Marketing Authorization Holder)制度

医薬品市販承認取得者(MAH:Marketing Authorization Holder)制度は、中国で2016年に試行導入されました。同制度は、医薬品の承認を保有する者と、実際に医薬品を製造する者を分離できる仕組みです。従来の中国では、医薬品の承認保有者が自ら製造設備や品質管理体制を整備することが基本でした。

この制度は、単に製造を外部委託できるようにしただけではありません。研究開発型製薬企業が、創薬、臨床開発、承認申請などに経営資源を集中し、製造や品質管理を専門企業と分担する、分業型の創薬モデルを可能にした点に意味があります。その結果、研究者やスタートアップにとって、創薬への参入に必要な初期投資や固定費が抑えられました。

ただし、こうした分業型の創薬モデルは、MAH制度だけで成立したわけではありません。中国では同時に、薬事審査制度の改革、CRO・CDMO産業の発展、知的財産・医薬品登録制度の国際化など、創薬を支える周辺環境も整備されました。

2. 薬事審査制度の改革

2015年以降、中国では審査体制の強化、審査期間の短縮、ICHとの整合化が進みました。IND(治験新薬申請)の審査期間は平均27カ月から60営業日へ1、NDA(新薬承認申請)は平均26カ月から12~18カ月へ短縮されています1。

審査・承認の予見可能性が高まったことで、創薬企業や投資家は開発期間や承認時期を見通しやすくなり、研究開発投資を判断しやすくなりました。また、中国の審査・承認環境が国際基準に近づいたことで、中国企業は中国国内承認だけでなく、米国・欧州での承認取得や海外企業との提携を見据えた開発計画も立てやすくなりました。

3. CRO・CDMO産業の発展

制度改革と並行して、探索研究、非臨床試験、臨床開発、CMC、製造などを支援するCRO・CDMO産業も拡大しました。CRO市場は、2016年の220億元(約33億米ドル/4,623億円)から2025年には1,583億元(約236億米ドル/3兆3,242億円)へ拡大しました(図表4)。

これにより、研究開発型製薬企業は、高額な研究設備や製造ラインを全て自社で保有しなくても、外部の専門企業を活用して創薬を進められるようになりました。MAH制度による機能分担と、CRO・CDMOによる実行基盤が組み合わさることで、創薬企業の設立・成長に必要な負担が軽減されたのです。

さらに、ICHへの参加や医薬品登録制度の整備を通じて、知的財産・薬事制度の国際化も進みました。これにより、中国企業は、国際的な規制基準を意識した研究開発や、海外での承認取得・ライセンス取引を進めやすくなりました。

このように、承認保有者と製造者の分離を可能にするMAH制度を軸に、薬事審査制度、CRO・CDMO産業、知的財産・医薬品登録制度が整備されたことで、研究開発型製薬企業が参入・成長しやすい環境が形成されたのです。

図表4:中国CRO市場、前臨床・臨床試験を中心に2016~2025年で約7倍に拡大

中国CRO市場、前臨床・臨床試験を中心に2016~2025年で約7倍に拡大 ,

(3)カネ:IPOとVCが完成させた「中国版NASDAQ型」創薬成長モデル

第三の要因は、バイオ医薬品分野への投資資金が拡大し、創薬企業が研究開発資金を調達しやすくなったことです。

2016年以降、香港・上海・深圳の株式市場では、研究開発型製薬企業の上場を促す制度整備が進み、創薬企業がIPOを通じて資金を調達する機会が拡大しました。具体的には、商業化前・未収益の企業にも上場の道を開く制度や、研究開発力、技術革新性、成長性を重視する上場審査が導入されました。特に、2018年に香港証券取引所がバイオテック企業向けの上場制度を整備し、2019年には上海証券取引所に科創板(かそうばん、STAR Market)が開設されました。ハイテク・イノベーション企業向けの市場である科創板では、従来の市場に比べて研究開発投資や技術力を重視した上場審査が行われ、一定の条件を満たす未収益企業にも上場への道が開かれました。

創薬企業は、医薬品の承認・上市まで長期間を要し、その間に安定した売上を得にくい特徴があります。そのため、こうした上場制度の整備は、臨床試験や研究開発を継続するための資金を、VCや政府系ファンドによる投資だけでなく、株式市場からも調達できる環境を形成しました。IPOによって調達した資金が研究開発に投入され、研究開発の進展やライセンス契約によって企業価値が高まり、それが次の資金調達や投資を呼び込む循環が生まれたのです。

こうした資本市場とベンチャー投資の連動を背景に、2021年には中国製薬企業のIPO件数が過去最高となり、募集額は約1,000億元(約149億米ドル/2兆3,690億円)に達したとされています4。特に、バイオ医薬品や遺伝子治療など、将来の成長性が期待される分野が主要な投資対象となりました。

この資金環境は、中国にNASDAQに近い創薬ファイナンスの土壌を生み出しました。創薬企業は、短期的な利益ではなく、将来のパイプライン価値を基に資金を集めることができ、それがさらに企業の増加と研究開発投資を後押ししたのです。

さらに近年では、欧米を中心とするグローバル製薬企業との提携やライセンス取引が、中国創薬企業にとって新たな資金調達手段となっています。中国企業が開発した医薬品の中国国外における開発・販売権をグローバル製薬企業に供与する、いわゆるライセンスアウト取引が急増しています。

図表5のとおり、2025年の中国製薬企業による海外向けライセンスアウトは115件に達し、総額は約70億米ドルとなりました1。特に、三生製薬(3SBio)とファイザー、信達生物と武田薬品工業、恒瑞医薬(とGSKとの取引では、契約時に支払われる一時金だけでも数億米ドルから10億米ドルを超える規模となっています4。これらの取引は、単なる販売提携にとどまらず、中国企業が臨床開発や研究開発を継続するための重要な資金源となりました。

図表5:中国の製薬企業による海外企業へのライセンスアウト遷移

中国の製薬企業による海外企業へのライセンスアウト遷移 ,

3. グローバル進出の加速が意味するもの
―中国国内市場を越え、米国承認と多地域展開で実現する研究開発投資の回収戦略―

こうした人材、事業環境、資金の基盤の上で、中国製薬企業は中国国内市場中心の存在から、グローバル市場で価値を実現する存在へ変わりつつあります。現在、中国企業は積極的に海外展開を進めており、ライセンスアウト、共同開発、海外NewCo設立、クロスボーダーM&Aなど、多様な手段を通じて、自社アセットの価値をグローバル市場で向上しようとする動きが広がっています。

その背景には、中国国内市場だけでは研究開発投資を十分に回収しにくくなっている現実があります。中国市場は巨大ですが、2015年以降の中国全国規模の医薬品集中購買による薬価引き下げ、医療保険基金の持続可能性を確保するための支出管理(日本における医療費抑制の考え方と類似している)、中国国内競争の激化などにより、国内販売だけで高い収益性を確保することは容易ではなくなっています。さらに、新薬開発に必要な臨床試験や規制対応などの投資負担も大きくなっています。そのため、中国企業にとって海外展開は、成長の選択というよりも、研究開発投資を回収し、持続的な成長を実現するための重要な経営課題となっています2。

その中でも、多くの中国企業は、米国での市場承認取得を優先する、あるいは中国と並行して進める戦略を採っています。米国市場は世界最大の医薬品市場であり、価格形成や投資回収の観点からも魅力が大きいためです。中国企業にとって、米国で承認を取得し、そこで収益機会を得ることは、研究開発に投じた資本を本格的に回収する重要な手段となっています。

こうした米国志向を支える要因の1つが、FDAによる迅速審査制度です。FDAは、画期的治療薬指定(Breakthrough Therapy Designation: BTD)、優先審査(Priority Review)、Fast Trackなどの仕組みを整備し、革新的な医薬品については承認審査を迅速化する制度基盤を持っています。中国企業にとっては、こうした制度を活用することで、グローバル市場での上市時期を早め、資金回収のタイミングを前倒ししやすくなります。

その代表例として挙げられるのが、Legend BiotechのCAR-T製品であるciltacabtagene autoleucel(製品名:Carvykti)です。同製品は2019年にFDAから画期的治療薬指定(BTD)を受けており、この指定により規制当局との対話が密になり、審査プロセスの迅速化が可能になりました。結果として、患者への早期提供と市場投入の前倒しにつながり、中国発バイオ医薬品がグローバル市場で価値を実現する1つの象徴的な事例となっています。また、百済神州(BeOne Medicines)が開発したBTK阻害薬zanubrutinib(BRUKINSA)5や、上海君実生物医薬(Junshi Biosciences)が開発した抗PD-1抗体toripalimab(LOQTORZI)7も、FDAの画期的治療薬指定(BTD)や優先審査(Priority Review)などを活用し、米国での承認取得に至っています。これは、中国企業がもはや中国国内承認だけを目指しているのではなく、最初から米国を含むグローバル市場を前提に開発戦略を設計していることを示しています。

一方で、米国市場は中国企業にとって無条件に開かれた機会ではありません。米中間の地政学的緊張の高まりや、サプライチェーン、データ、先端技術をめぐる規制強化は、中国企業の米国展開に新たな不確実性をもたらしています。特に、米国で議論・推進されてきたバイオセキュア法(BIOSECURE Act)は、米国政府と「懸念されるバイオテック企業」との取引や、そうした企業のサービスを利用する事業者への政府資金の供与を制限する方向性を示したものです。対象企業として、中国系のCRO・CDMOなどが念頭に置かれているとされ、医薬品の研究開発、製造、臨床試験における中国企業との協業に影響を及ぼす可能性があります。

このため、中国企業にとって米国進出は、単にFDAの承認を取得すれば実現できるものではなくなりつつあります。米国での臨床開発、製造委託、データ管理、知的財産の保有主体などについて、米国側の規制や安全保障上の懸念を踏まえた設計が必要になります。また、米国の規制環境が将来さらに厳格化する可能性を考慮し、欧州、日本、東南アジアなど複数地域での開発・販売体制を構築することや、海外NewCoを通じて中国本体とグローバル事業を一定程度分離することも重要な選択肢となっています。

4. 中国製薬企業はこれからどこを目指すのか
―単独成長を超え、世界市場で価値を創出する「共創」の時代へ―

ここまで見てきたように、中国製薬企業は、ジェネリック中心の製造企業から新薬研究を担う企業へ、また中国国内市場中心からグローバル市場を意識する企業へと変化してきました。今後は、研究開発案件や海外取引の数を増やすだけでなく、国際市場で持続的に価値を生み出す能力が問われることになります。

1. ライセンスアウト中心からグローバル商業化へ

これまで中国企業にとって、海外企業へのライセンスアウトは、自社アセットを海外市場へ展開する有力な手段でした。グローバル製薬企業に開発・販売権を供与することで、海外の臨床開発力、規制対応力、販売網を活用できるためです。

今後は、ライセンスアウトによって海外パートナーに権利を供与するだけでなく、自ら海外で開発・承認・販売する能力の構築が重要になります。具体的には、国際共同治験の設計・実施、各国の規制当局への対応、マーケットアクセス、医療機関や医師との関係構築、上市後の販売・安全性管理など、グローバル商業化に必要な機能を蓄積することが求められます。

もちろん、全ての企業が自社で世界各地の販売体制を構築する必要はありません。資産や地域ごとにライセンス、共同開発、NewCo、販売提携などを使い分けることも有効です。重要なのは、単にアセットを外部に導出するのではなく、どの地域で自社が主導権を持ち、どの機能をパートナーと分担するのかを明確に設計することです。

中国企業が「有望なアセットを提供する企業」から、「世界市場で製品を育て、収益化する企業」へ発展できるかどうかが、次の競争段階における重要な課題となります。

2. 単独成長から国際的なエコシステム形成へ

今後の中国製薬企業は、研究開発、製造、販売の全てを単独で抱えるのではなく、国内外の企業・機関と連携しながら成長する方向へ進むと考えられます。

連携の相手は、グローバル製薬企業に限りません。海外の投資家、大学・研究機関、CRO・CDMO、医療機関、規制・知財の専門家など、さまざまなプレイヤーとの協業が重要になります。共同研究、国際共同開発、海外NewCo、製造委託、販売提携などを組み合わせることで、自社に不足する機能や地域基盤を補完できます。

特に、地政学的な緊張やサプライチェーン上の制約が強まる中では、特定の国や企業に過度に依存しない体制を構築することが重要です。米国、欧州、日本、その他のアジア市場など、複数地域に研究開発、製造、販売の基盤を分散させることで、規制変更や市場環境の変化に対応しやすくなります。

このように、中国企業の成長モデルは、単独で全機能を内製化する形から、国内外のパートナーと役割を分担し、国際的なエコシステムの中で価値を創出する形へ移行しつつあります。今後は、個々の企業の技術力だけでなく、適切なパートナーを選び、国境を越えた開発・製造・商業化ネットワークを構築する能力が競争力を左右するでしょう。

おわりに

この10年の中国製薬企業の変化は「製造中心の国内産業から、創薬を志向し、質と差別化で競争し、グローバル市場で価値を実現しようとする産業への転換」を進めていると言えます。その背景には、海外経験を持つ人材の還流、事業環境の整備、そして資本市場の後押しがありました。そして現在は、その延長線上で、中国発アセットがグローバル市場で評価される局面に入っています。

日本では現在、創薬力強化に向けて「共創」や「エコシステム」の重要性が改めて強調され、政府もその形成を後押ししています。一方で、中国の場合、この10年で人材、制度、CRO・CDMO、VC、IPO市場、そして海外ライセンスアウトが相互に結びつき、創薬企業を生み出し、成長させ、グローバル市場で資金を回収する仕組みがすでに動き始めています。言い換えれば、中国は創薬エコシステムを構想する段階から、産業システムとして実装する段階へ進んだと言えます。ただし、それは成熟しきった完成形ではなく、量の拡大から質の向上へ、ライセンスアウトから自社によるグローバル商業化へ、そして国内中心の連携から国際的なエコシステム形成へと進化する途上にあります。

もちろん、中国製薬企業を一括りに高く評価するのは適切ではありません。同質化競争、資金調達環境の変化、商業化の難しさなど、課題も少なくありません。それでもなお中国を「低コスト市場」「製造拠点」とだけ見る視点は、すでに現実からずれています。日本製薬企業にとって中国は、引き続き重要な市場であると同時に、新薬研究の提携先であり、ライセンス導入元であり、将来的な競争相手でもあります。

次回は、この変化を前提に、「日本製薬企業は中国発イノベーションをどのように取り込むべきか」を考えたいと思います。

脚注・出典

※NewCo(ニューコ)とは、M&Aや事業再編、合弁事業の設立などの際、正式な社名が決まるまでの「新会社」を指すビジネス用語(New Companyの略)です。

1. PwC中国、2026、“China Biopharma Innovation and Cross-border Transaction Trends”

2. PwC中国、2023、「中国制药工业的企业结构现状及发展趋势白皮书」

3. Citeline, 2026, “Pharma R&D Annual Review 2026”

4. PwC中国、2025、「2025年企业并购市场回顾:中国医药和生命科学行业」

5. U.S. Food and Drug Administration, November 14, 2019, “FDA approves zanubrutinib for mantle cell lymphoma.” Accessed September 10, 2026.
https://www.accessdata.fda.gov/drugsatfda_docs/nda/2019/213217Orig1s000Approv.pdf

6. U.S. Food and Drug Administration, November 8, 2023, “FDA approves fruquintinib for metastatic colorectal cancer.” Accessed September 10, 2026.
https://www.fda.gov/drugs/resources-information-approved-drugs/fda-approves-fruquintinib-refractory-metastatic-colorectal-cancer

7. U.S. Food and Drug Administration, October 27, 2023, “FDA approves toripalimab-tpzi with chemotherapy for metastatic nasopharyngeal carcinoma.” Accessed September 10, 2026.
https://www.fda.gov/drugs/resources-information-approved-drugs/fda-approves-toripalimab-tpzi-nasopharyngeal-carcinoma

8. U.S. Food and Drug Administration, March 14, 2024, “FDA approves tislelizumab-jsgr for unresectable or metastatic esophageal squamous cell carcinoma.” Accessed September 10, 2026.
https://www.fda.gov/drugs/drug-trials-snapshots/drug-trials-snapshots-tevimbra

9. 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構, 2021年11月10日, 『審議結果報告書』, 2026年9月28日閲覧.
https://www.pmda.go.jp/drugs/2021/P20211119001/672230000_303000AMX00293_A100_1.pdf

10. 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構, 2024年5月29日, 『審議結果報告書』, 2026年9月28日閲覧.
https://www.pmda.go.jp/drugs/2024/P20240704003/641726000_30600AMX00158_A100_1.pdf

11. 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構, 2024年8月16日, 『審議結果報告書』, 2026年9月28日閲覧.
https://www.pmda.go.jp/drugs/2024/P20240924001/400256000_30600AMX00245_A100_1.pdf

12. 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構, 2024年11月5日, 『審議結果報告書』, 2026年9月28日閲覧.
https://www.pmda.go.jp/drugs/2024/P20241205001/701738000_30600AMX00282_A100_2.pdf

執筆者

ヴィリヤブパ プルック(エディ)

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

堀井 俊介

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

船渡 甲太郎

マネージングディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

許 楽

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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