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「オンチェーン金融」は、現時点で必ずしも広く定着した用語ではなく、その対象範囲も文脈によって異なります。政府は「経済財政運営と改革の基本方針2026」において、オンチェーン金融を、「ブロックチェーン上で、トークン化預金やステーブルコイン等による資金決済が、商流・物流等のデータ管理とプログラムによって連動・一体化される金融」と定義しています。製造業における受発注・納品データの管理、貿易実務における書類管理、金融分野における証券決済などでの活用が想定されています(1)。
本稿では、この政府定義を起点としつつ、対象をより広く捉えます。具体的には、マネーや資金決済だけでなく、株式、債券、ファンド、ローン、実物資産などの資産・権利をブロックチェーンなどの共有台帳上で表現し、取引、権利移転、決済、データ、コンプライアンスをプログラムによって連動させる金融の仕組みを「オンチェーン金融」と呼びます。
近年、その活用領域は、暗号資産やDeFi(分散型金融)から、銀行、証券会社、資産運用会社、中央銀行、金融市場インフラが関わる既存金融へと広がりつつあります。預金、証券、ファンド、ローン、担保、外国為替、決済などを対象に、資産やマネーのトークン化、共有台帳の活用、既存金融システムとの接続に向けた基盤整備や実証が進んでいます。オンチェーン金融は、既存金融を単にブロックチェーンへ置き換えるものではなく、新たな金融市場を支える基盤の一つとして注目されています。
もっとも、オンチェーン金融を、株式、債券、預金、決済などをブロックチェーン上へ移す取り組みと捉えるだけでは、その本質を見誤ります。その可能性は、既存業務の効率化にとどまりません。これまで市場で取引されにくかった実物資産、債権、事業キャッシュフローを新たな運用対象へ変え、資産を持つ企業と世界の投資家をつなぐ、新たな金融市場を形成し得るからです。
2026年4月公表のIMF Note「Tokenized Finance」で、IMFのTobias Adrian金融顧問兼金融市場局長は、トークン化を限界的な効率改善ではなく、決済、流動性、リスク管理、信頼の配置を変える金融アーキテクチャの変化と指摘しています(2)。取引、権利移転、決済、リスク管理の一部が、個別金融機関の帳簿や取引後処理から、共有インフラとプログラマブルなルールへ移る可能性を指摘しています。
この変化は、金融機関を直ちに不要にするものではありません。一方で、金融機関が従来一体的に提供してきた商品組成、引受、販売、権利記録、保管、決済、流動性供給、コンプライアンスなどの機能を分解し、それぞれを異なるプレイヤーが担うことを可能にします。
実物資産や事業キャッシュフローを持つ事業会社も、単なる資金調達者から金融商品のオリジネーター、すなわち原資産を供給し、商品組成の起点となる主体へと役割を広げ得ます。その結果、金融機関の競争相手は、他の金融機関だけではなくなります。
金融機関に問われるのは、オンチェーン金融に参入するか否かという二者択一ではありません。新たな市場の形成者になるのか、特定の金融機能を提供するのか、それとも顧客と外部市場をつなぐ接続者になるのかという、将来のポジショニングの選択です。
図表1:オンチェーン金融は、これまで市場で流通してこなかった資産と世界の投資家をつなぐ
オンチェーン金融が本格的な金融市場として機能するには、「アセット側」と「マネー側」の双方をオンチェーン化し、相互に接続する必要があります。
アセット側では、国債、社債、ファンド、不動産、ローン、売掛債権、プライベートクレジット、インフラなど、トークン化の対象が広がりつつあります。
マネー側でも、ステーブルコイン、トークン化預金、ホールセールCBDC、トークン化された中央銀行マネーなど、複数のデジタル決済資産が並行して発展してきました。
ただし、いずれか一方だけでは十分ではありません。アセットをトークン化しても、代金決済が従来の銀行振込に残れば、資産移転と資金決済の間に時間差や照合作業が残ります。反対に、デジタルマネーだけが普及しても、投資や担保に利用できるオンチェーン資産が乏しければ、金融市場としての用途は限られます。
両者が接続され、資産移転と代金決済を同期するDvP(Delivery versus Payment、証券などの引渡しと代金支払を条件付ける決済)や、異なる通貨間の決済を同期するPvP(Payment versus Payment、異なる通貨の支払を相互に条件付ける決済)が可能になることで、オンチェーン金融のプログラマビリティが発揮されます。
もっとも、アセットとマネーの双方が存在するだけで、市場が完成するわけではありません。法的権利記録、カストディ、ウォレット、取引市場、流動性、外部データ、本人確認、AML、リスク管理などの機能が、資産の組成から償還まで一貫して接続される必要があります。
図表2:アセットとマネーの接続がオンチェーン金融の市場効果を引き出す
オンチェーン化の対象は、既存の株式や債券に限られません。
今後は、例えば以下の資産や事業キャッシュフローが、新たな投資商品となる可能性があります。
これらは、これまでも証券化やファンド化の対象となってきました。しかし、商品組成、権利管理、販売、決済に必要なコストや関係者が多く、一定規模以上の資産でなければ経済合理性を確保しにくかったといえます。
権利、取引条件、投資家資格、分配、償還などをプログラム可能な形で管理できれば、これまで金融商品化が難しかった資産についても、市場へ供給できる余地が広がります。
ただし、トークン化によって技術的に移転できることと、経済的な流動性が生まれることは異なります。技術的に24時間いつでも移転できることと、公正な価格で24時間いつでも換金できることは同じではありません。
投資家、価格情報、マーケットメーカー、決済資産、カストディ、償還手段が存在しなければ、トークン化された資産は流動性の低いままとなります。
オンチェーン金融の進展により、実物資産や事業キャッシュフローを持つ事業会社が、自ら金融商品のオリジネーターとなる可能性があります。
従来、事業会社は、銀行から資金を借り入れる、証券会社を通じて債券や株式を発行する、保有資産をファンドやSPCへ売却するといった方法で金融市場に参加してきました。
今後は、資産保有企業が自社の実物資産、債権、商流、事業キャッシュフローを起点として商品を構想し、必要な金融機能を外部から組み合わせるモデルが現実味を帯びます。
資産保有企業は、以下の機能を全て自社で保有する必要はありません。
変化の本質は、「金融機関が商品をつくり、事業会社が資金を調達する」という一方向の関係から、「資産を持つ企業が商品を構想し、金融機関や専門事業者が必要な機能を提供する」という分業関係への移行にあります。
事業会社は、金融機関にとって単なる顧客ではなく、共同オリジネーター、共同事業者、場合によっては競争相手となります。
オンチェーン金融に対する金融機関の選択肢は、「参入するか、しないか」ではありません。
自社の顧客基盤、商品組成力、決済機能、海外ネットワーク、リスク許容度を踏まえ、どのポジションを目指すかを選択する必要があります。
有望な原資産を持つ事業会社と共同で商品を組成し、投資家、決済、流動性、カストディなどを接続して市場を形成します。
決済、信用補完、カストディ、権利記録、流動性、コンプライアンスなどの特定機能を、複数の市場・プラットフォームへ提供します。
国内顧客を海外のオンチェーン市場へ安全に接続し、外国為替、決済、保管、規制対応などを提供します。
3つのポジションは相互排他的ではありません。対象顧客、資産、地域によって複数を組み合わせることも考えられます。
しかし、個別のPoCや技術選定を始める前に、自社が将来どのポジションを目指すのかを明確にする必要があります。
図表3:金融機関は、自社が確保する機能と戦略的ポジションを選択する必要がある
オンチェーン金融は、資金決済や資産・権利をブロックチェーンなどの共有台帳上で取り扱い、取引、権利移転、決済、関連データをプログラムによって連動させる金融の仕組みです。既存金融の効率化に加え、これまで市場で取引されにくかった実物資産や事業キャッシュフローを新たな運用対象へ変え、資産を持つ企業と世界の投資家をつなぐ可能性があります。
本稿では、オンチェーン金融が金融機関の経営課題となっている背景を整理したうえで、資産とマネーの変化、新たな市場参加者、日本の政策環境、金融機関にとっての機会とリスクを考察します。
オンチェーン金融は、暗号資産やDeFi(Decentralized Finance/分散型金融)だけのテーマではなくなりつつあります。
銀行、証券会社、資産運用会社、中央銀行、金融市場インフラが、預金、国債、社債、ファンド、ローン、担保、外国為替などを共有台帳上で取り扱うための基盤整備や実証を進めています。
IMF Note「Tokenized Finance」でTobias Adrian氏は、トークン化を既存金融への限界的な効率改善ではなく、金融アーキテクチャの変化と位置付けています。アトミック決済、継続的な流動性管理、コンプライアンスの取引ルールへの組み込みが可能になる一方、金融取引の高速化、ネットワークの集中・分断などが、新たな金融安定上の課題を生み得ると指摘しています(2)。
この変化の本質は、ブロックチェーンという新しいデータベースの採用そのものにはありません。
従来、金融取引に対する信頼は、規制された金融機関、各機関が保有する帳簿、取引後の照合、決済までの時間、法的な契約などによって支えられてきました。
これに対し、オンチェーン金融では、取引の執行、権利移転、決済、リスク管理の一部を、共有インフラとプログラマブルなルールが担う構造も想定されます。
金融機関が直ちに不要になるわけではありません。しかし、どの機能を担い、どこから収益を得るかは、改めて問われることになります。
国際決済銀行と国際金融協会が進める「Project Agorá」は、その代表例です。
複数の中央銀行と民間金融機関が参加し、トークン化された中央銀行準備と商業銀行預金を用いた、複数通貨・複数法域間のホールセール決済を検討しています。
2026年5月に両機関が公表したプロトタイプの検証結果では、クロスボーダー取引をアトミックに決済できる技術的可能性が示されました。また、中央銀行が自国通貨と業務に対する権限を維持しつつ、相互運用可能な共有プラットフォーム上で決済を行うレイヤー型のアーキテクチャも提示されています。
さらに2026年7月には、一部の中央銀行と民間金融機関が実価値を表章するトークンを用いたテストを実施し、企業・銀行間支払やPvPを含む複数の取引シナリオを検証しました。もっとも、テスト用環境での検証であり、既存のRTGSや勘定系システムと全面的に統合された商用サービスではない点には留意が必要です(3)。
これは、直ちに既存の国際決済網が置き換わることを意味しません。
技術的に実行できることと、法制度、流動性、業務、ガバナンスを含めて商用化できることは区別する必要があります。それでも、検討対象が概念実証から、実際の資金、取引、責任を伴う段階へ移り始めていることは重要です。
図表4:オンチェーン金融は個別実証から市場形成へ進みつつある
金融業界は、既に高度に電子化されています。では、なぜ新たにオンチェーン化が必要なのでしょうか。
この問いに答えるうえで重要なのが、電子化、デジタル化、オンチェーン化の違いです。
電子化は、紙の書類や手作業を電子データやシステムへ置き換えることです。
業務の処理速度や検索性は向上しますが、取引プロセス、組織の境界、参加者ごとの帳簿は基本的に維持されます。
デジタル化は、データやAPIを利用して業務プロセス自体を再設計することです。
企業間でデータを連携し、手作業を削減したり、取引から会計までのプロセスを自動化したりします。ただし、各参加者が個別のシステムと帳簿を持ち、最終的に相互に照合する構造が残る場合も多くあります。
オンチェーン化は、権利、資産、マネー、取引条件などを共有台帳上で表現し、複数の参加者が共通の状態を参照しながら、定められたルールに基づいて取引を実行できるようにすることです。
その可能性は、以下の点にあります。
オンチェーン化は、既存金融のデジタル化を否定するものではありません。これまで個別システムの中で進められてきたデジタル化を、組織や業界の境界を越えて接続する選択肢です。
ただし、オンチェーン化しただけで、24時間365日運用、法的ファイナリティ、DvP、流動性、リスク削減、コスト低減が自動的に実現するわけではありません。
図表5:電子化・デジタル化・オンチェーン化の違い
オンチェーン金融が本格的な金融市場として機能するためには、アセット側とマネー側の双方がオンチェーン化され、相互に接続される必要があります。
アセット側では、国債、社債、株式、ファンド持分、不動産、ローン、売掛債権、コモディティ、インフラ事業に関する権利など、トークン化の対象が広がっています。
これにより、発行、保有、移転、分配、償還を一貫して管理できる可能性があります。ただし、資産だけをトークン化しても、代金決済が従来の銀行振込に残る限り、資産移転と資金決済の間の時間差は解消されません。
マネー側では、以下の複数の選択肢が並行して検討されています。
これらは、発行主体、法的性質、信用リスク、償還方法、利用者、利用可能なネットワークが異なります。
デジタルマネーだけが普及しても、投資、担保、資金調達に利用できるオンチェーン資産が不足していれば、金融市場としての用途は限定されます。
アセットとマネーが接続されると、資産移転と代金決済を同期するDvPや、複数通貨の交換を同期するPvPが可能になります。
さらに、取引、権利移転、決済、担保管理、コンプライアンスを連動させることで、オンチェーン金融のプログラマビリティが発揮されます。
ただし、両者の間には、法的権利記録、カストディ、ウォレット、取引市場、流動性、オラクル、本人確認、AML、リスク管理などの機能が必要です。
オンチェーン金融の進展は、1つの技術や規制変更によるものではありません。資産、マネー、市場インフラ、AI、参加者という5つの変化が同時に進み、相互に影響し合っています。
トークン化の検討対象は、国債や社債、MMFを含むファンド、株式、不動産など、さまざまな金融資産・実物資産へ広がりつつあります(4)。
今後は、ローン、プライベートクレジット、インフラ、売掛債権なども、トークン化・金融商品化の候補となり得ます。
競争力を左右するのは、単にトークンを発行できるかではありません。具体的には、以下の点が重要です。
ステーブルコイン、トークン化預金、中央銀行マネーは、1つの方式に収れんするとは限りません。
個人間送金、企業間決済、証券決済、銀行間決済、クロスボーダー決済などの用途によって、求められる信用力、プライバシー、ファイナリティ、流動性、規制が異なるためです。
金融機関にとって重要なのは、自社が何を発行するかだけではありません。顧客が利用する複数のデジタルマネーを、預金、決済、外国為替、資金管理の各機能にどのように接続するかです。
オンチェーン金融では、約定後に権利移転、決済、照合を順番に行う市場構造から、これらを同期させる構造への移行が想定されます。
担保移転、マージン管理、レポ、外国為替、ファンドの申込・償還などを共通ルールに基づいて処理できれば、業務コストや決済不履行リスクの抑制につながります。
その一方で、決済や清算の高速化は、ネッティング、流動性準備、人手による停止・修正に利用されてきた時間を縮小させるおそれがあります(2)。
AIエージェントが契約条件、在庫、資金残高、市場価格などを確認し、発注、検収、支払、外国為替、短期運用を連続的に実行する世界では、人が金融機関の画面を操作することを前提としたシステムだけでは対応できません。
将来的には、金融サービスがAIから利用可能なAPIと機械可読な取引ルールとして提供される可能性があります。
同時に、AIエージェントの本人性、代理権、取引権限、責任分界、緊急停止などを設計する必要があります。
将来のオンチェーン市場では、金融機関や資産運用会社だけでなく、インフラ、エネルギー、不動産、商流、物流、モビリティ、通信などの事業会社が金融商品のオリジネーターとなる可能性があります。
これらの企業は、差別化された実物資産、継続的な事業キャッシュフロー、商流・物流データを持っています。
オンチェーン金融の進展によって、こうした企業が自ら商品を構想し、権利管理、投資家募集、カストディ、決済、流動性、コンプライアンスなどの機能を外部から組み合わせるモデルが現実味を帯びます。
図表6:5つの構造変化が相互に作用し、新たな金融市場を形成する
オンチェーン金融によって、これまで投資対象として取り扱いにくかった資産が金融商品となる可能性があります。
例えば、以下の資産や事業キャッシュフローが考えられます。
実物資産を持つ事業会社にとって、専業フィンテックが容易に模倣できない原資産へのアクセス、商流・物流情報、継続的な資産供給力が、新たな競争優位となり得ます。
ただし、原資産が存在するだけで投資商品になるわけではなく、少なくとも以下の事項を設計する必要があります。
従来、事業会社は銀行借り入れ、株式・債券発行、資産売却、証券化などを通じて金融市場に参加してきました。商品設計、販売、決済、管理では金融機関が中心的な役割を担ってきました。
オンチェーン金融では、資産を保有する事業会社が、自社の実物資産、債権、商流、事業キャッシュフローを起点として商品を構想し、必要な金融機能を外部から選択・接続する可能性があります。
これは金融機関の完全な排除を意味しません。
オンチェーン金融がもたらすのは、従来一体化していた以下の機能が分解され、再構成される変化です。
実物資産を持つ事業会社は、金融機関にとって単なる顧客ではなく、金融商品の共同開発者、共同オリジネーター、共同市場形成者となり得ます。
一方、金融機関が対応を遅らせた場合、事業会社が海外のプラットフォームや投資家と直接つながり、金融機関が商品組成や顧客接点から外れる可能性もあります。
図表7:原資産保有者が必要な金融機能を組み合わせる市場へ
日本では、オンチェーン金融が短期間に政策上の重要テーマとして扱われるようになりました。
その背景には、複数の政策・市場環境の変化が重なっています。
日本のオンチェーン金融政策は、暗号資産の利用者保護や規制整備だけでなく、成長資金の供給、資産運用立国、金融市場の高度化、商流・物流と決済の一体化へ対象を広げています。
政府は2026年7月に、オンチェーン金融を資産運用立国や成長投資を支える金融インフラ政策の一つに位置付けました。「成長投資を促進するための金融戦略」では、ステーブルコインやトークン化預金などのオンチェーン決済手段の実装・普及に向けた環境整備を進め、利用者保護を前提に、物流・商流・決済の一体化を図る方向性が示されています(5)。
AIエージェントが企業や個人に代わって取引を実行する世界では、APIで接続され、取引条件を機械が理解できるマネーと金融資産が必要になります。
自由民主党の政策提言でも、AI時代を見据えたオンチェーン金融と、商流・物流・決済の連携が論点として扱われています(6)。
ドル建てステーブルコインや海外プラットフォームが拡大した場合、日本企業の決済、資金調達、投資家アクセスが、海外の通貨、技術、ルールに依存する可能性があります。
問題は、円建てデジタルマネーが存在するかだけではありません。次の点が問われています。
日本では、不動産を裏付けとするセキュリティ・トークンを中心に、社債などへ対象資産が広がり、商品組成、販売、投資家管理に関する実務が蓄積されてきました(7)。
もっとも、アセット側のデジタル化が先行し、代金決済が既存の銀行振込に残れば、アセットとマネーの分断は解消されません。
今後求められるのは、発行件数を増やすことだけでなく、決済、流動性、カストディ、法的権利、グローバル販売を接続し、市場として発展させることです。
日本企業は、国内外にインフラ、エネルギー、物流、不動産、モビリティ、知的財産などの幅広い資産を保有しています。
これらを透明性と信頼性を確保しながら金融商品として組成し、アジア・中東を含む世界の投資資金と接続できれば、オンチェーン金融は新しい資金調達、資産回転、事業開発の手段になり得ます。
日本にとって問われているのは、国内決済の効率化だけではありません。日本企業が持つ資産、技術、データ、事業キャッシュフローを新たな金融商品へ転換し、グローバルな投資資金と接続できるかです。
図表8:複数の政策・市場要因が2026年に収れんする
オンチェーン金融は、金融機関に以下の新たな事業機会をもたらします。
法人顧客が保有する債権、実物資産、事業キャッシュフローを棚卸しし、投資可能な商品へ転換します。
原資産の信用評価、倒産隔離、優先劣後構造、保証、流動性補完を組み合わせ、投資家が評価できる商品を設計します。
国内投資家だけでなく、海外の金融機関、資産運用会社、政府系ファンド、ファミリーオフィスなどへ商品を提供します。
トークン化預金、ステーブルコインとの接続、DvP、PvP、外国為替、償還、企業のキャッシュマネジメントを提供します。
秘密鍵の管理だけでなく、取引権限、承認、分別管理、資産管理、担保利用を統合します。
マーケットメイク、レポ、レンディング、担保評価、流動性供給を通じ、トークン化資産を実際に利用可能な金融資産へ変えます。
投資家名簿、権利記録、本人確認、AML、制裁対応、移転制限などを通じて、市場に信頼を提供します。
対応が遅れた金融機関は、以下のリスクに直面する可能性があります。
図表9:同じ構造変化が、金融機関の対応によって機会にも脅威にもなる
AIとオンチェーンデータの接続は、金融機関の与信・モニタリング機能にも変化をもたらします。
従来の法人与信は、決算書、事業計画、銀行口座の入出金、経営者との対話などを中心に行われてきました。これに契約、発注、納品、請求、在庫、物流、入出金、返済などのデータを継続的に組み合わせれば、企業の状態をより高い頻度で把握できる可能性があります。ただし、これら全てのデータをブロックチェーン上に記録する必要はありません。オンチェーン記録と、信頼できる外部データや既存システムを適切に組み合わせることが前提です。AIを利用することで、以下の業務が高度化する可能性があります。
金融機関の競争優位は、取引情報を自社内に囲い込むことから、複数の真正なデータを組み合わせ、信用評価と金融サービスへ転換する能力へ移る可能性があります。
同時に、データの真正性、プライバシー、利用同意、AIモデルの説明可能性、責任分界などを設計する必要があります。
オンチェーン金融は、リスクを消滅させるものではありません。リスクの発生場所、顕在化する速度、管理方法を変えます。
決済、担保移転、マージン要求が即時化すると、平常時の資金効率は改善する可能性があります。
一方、ストレス時には流動性需要や資産売却が短時間に集中し、市場変動を増幅する可能性があります。
IMFは、既存金融における決済期間やバッチ処理には、エクスポージャーのネッティング、流動性準備、市場や当局による対応のための時間を確保する側面もあると指摘しています(2)。オンチェーン環境では、こうした時間的バッファーが縮小する可能性があります。
異なる台帳、デジタルマネー、カストディ、ID基盤が相互運用できなければ、複数の閉じた市場が形成されます。
ネットワーク間を接続するブリッジ、オラクル、仲介機能が、新たな集中リスクや障害点になる可能性もあります。
資産の組成と販売が容易になるほど、オリジネーターがリスクを早期に投資家へ移転し、審査や継続モニタリングの規律が弱まる可能性があります。
そのため、原資産情報の継続開示、利益相反管理、サービサーの責任、データ検証、投資家保護などを設計する必要があります。
ノンバンクが発行するデジタルマネーへの資金移動は、銀行の預金基盤や流動性管理に影響を与える可能性があります。
一方、トークン化預金は商業銀行の預金債務をデジタル台帳上で表現するものであり、銀行以外の主体が発行するステーブルコインとは、発行主体、保有者の権利、信用リスクなどが異なります(8)。
業務がスマートコントラクトによって自動化されるほど、事後的な確認よりも、事前のコード審査、権限管理、取引上限、緊急停止、変更管理が重要になります。
コード通りに実行された取引が、必ずしも契約当事者の意思や法的効果と一致するとは限りません。
技術上の記録と法律上の権利が不一致となった場合の正本、訂正、補償、紛争解決を定める必要があります。
図表10:オンチェーン化はリスクの消滅ではなく再配置をもたらす
2026年に金融機関が判断すべきことは、特定のブロックチェーンやトークンを採用するかだけではありません。
より根本的な問いは、次のとおりです。
オンチェーン金融は、制度や技術標準、市場の主要プレイヤーがまだ確定していない領域です。
したがって、特定の基盤へ早急に賭けることよりも、9レイヤー全体を見渡し、自社が確保すべき顧客接点、信頼機能、戦略的コントロールポイントを選択することが重要となります。
オンチェーン金融は、既存金融をブロックチェーンへ置き換えるだけの取り組みではありません。
その本質は、資産とマネーをプログラマブルな形で再設計し、これまで市場に出てこなかった資産を運用対象へ変え、資産を持つ企業と世界の投資家をつなぐことにあります。
新たな市場に参加するのは金融機関だけではありません。実物資産、商流、データ、顧客を持つ事業会社や、各種の金融機能を提供するプラットフォーマーも、重要な担い手となります。
金融機関にとっては、顧客接点や既存収益を失うリスクを伴う一方で、原資産の発掘、商品設計、信用補完、決済、カストディ、流動性、コンプライアンスを提供し、新しい市場の形成者となる機会でもあります。
ただし、アセットのトークン化やデジタルマネーの発行だけで、市場が成立するわけではありません。法的権利、保管、取引、決済、流動性、コンプライアンスを接続し、資産の組成から償還まで一貫して機能させることが不可欠です。
私たちは、オンチェーン金融を構成する機能を9つのレイヤーに整理しました。
次回は、このフレームワークを用いて、新たな市場を構成する機能、各レイヤーの代表的なプレイヤー、価値と収益の帰属、金融機関が確保すべき戦略的コントロールポイントを明らかにします。
図表11:【第2回予告】オンチェーン金融を構成する9つの機能レイヤー
(1)
内閣府,2026.「経済財政運営と改革の基本方針2026『責任ある積極財政』元年~日本の挑戦を起動する!~」9頁,注33, 2026年7月21日閣議決定.(2026年8月27日閲覧)
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2026/2026_basicpolicies_ja.pdf
(2)
Tobias Adrian. 2026. “Tokenized Finance.” IMF Note 2026/001, International Monetary Fund, Washington, DC, April 2026. Accessed August 27, 2026.
https://www.imf.org/-/media/files/publications/imf-notes/2026/english/insea2026001.pdf
(3)
Bank for International Settlements (BIS), 2026. “Project Agorá: a shared programmable platform for wholesale cross-border payments.” BIS Innovation Hub Project Report, May 27, 2026. Accessed August 27, 2026.
https://www.bis.org/publications/project-agora-shared-programmable-platform-wholesale-cross-border-payments.pdf
Bank for International Settlements (BIS), 2026. “Project Agorá – Real Value Testing.” Accessed August 27, 2026.
https://www.bis.org/about/bisih/topics/fmis/agora/rvt.htm
(4)
Financial Stability Board, 2024. “The Financial Stability Implications of Tokenisation,” October 22, 2024. Accessed August 27, 2026.
https://www.fsb.org/uploads/P221024-2.pdf
(5)
内閣官房(日本成長戦略本部事務局),2026.「成長投資を促進するための金融戦略-資産運用立国のアップグレード-」2026年7月21日.(2026年8月27日閲覧)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/nipponseichosenryaku/kinyu/pdf/financialservicesstrategy2026.pdf
(6)
自由民主党 政務調査会 デジタル社会推進本部 次世代AI・オンチェーン金融構想PT,2026.「次世代AI・オンチェーン金融構想PT提言」2026年5月19日.(2026年8月27日閲覧)
https://storage2.jimin.jp/pdf/news/policy/213248_5.pdf
(7)
BOOSTRY, 2026.「【詳細版】国内セキュリティ・トークン市場総括レポート(2025年度)」2026年4月2日.(2026年9月14日閲覧)
https://boostry.co.jp/blog/st-market-fy2025j
(8)
Tobias Adrian, Yaiza Cabedo, and Tommaso Mancini-Griffoli, 2026. “The Rise of Tokenization Deciphering New Trends in Payments and Asset Tokenization.” IMF Note 2026/006, International Monetary Fund, Washington, DC, July 2026. Accessed August 27, 2026.
https://www.imf.org/-/media/files/publications/imf-notes/2026/english/insea2026006.pdf
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