地政学が「技術の地図」を塗り替える──CTOに突き付けられたチャレンジ

 
  • 2026-05-18

エグゼクティブサマリー
──2024年、世界の技術戦略は「白紙」に戻された?

トランプ政権の再来、欧州の産業政策の急転回、中国の内向化。これらは単なる政治ニュースではありません。産業構造そのものの地殻変動であり、企業のCTO(最高技術責任者)や研究開発部門に、「何に投資するか」を根底から問い直すことを迫る事態ともいえます。

本稿では、この地政学的激変が技術開発の戦略にどう作用し、次の技術戦略をどう考えるべきかを、モビリティ産業の技術アーキテクチャの組み替えを事例に、産業構造→製品構造→要素技術という3層に分解して考察します。内燃機関のメインメタルの鉛フリー化からMaaSプラットフォームの覇権争いまで、具体的な技術アジェンダの変化を事例とともに描き出します。

そして、この複雑な問いに伴走するために、PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)が構築した技術経営/技術戦略構築支援サービスの全体像を紹介します。

1. 世界は「多極化」ではなく「流動化」している
──前提が崩れた、2024年以降の風景

各企業が、自社の戦略、特に中長期的な視点が重要となる技術戦略を検討する局面では、地政学的な動向を分析するにあたり、えてして「このトレンドはいつまで続くのか?」を問いとして設定してしまいがちです。しかし、こうしたダイナミックな地政学的トレンドの変動は、今後も継続的に発生すると捉えておく必要があります。
そのため、「この流動性そのものが常態となった世界で、自社の技術投資はどうあるべきか」を検討していく事が必須となります。

2. 経済安全保障:「守り」が「攻め」に変わるとき
──国家戦略のかじ取りに伴い、技術戦略の振れ幅が激しくなる時代

従来は、技術戦略の構築は、R&D部門の技術的な視点からの検討が中心でした。しかしいま、それは経営戦略、ひいては国家安全保障の視点までも踏まえた検討が求められています。

一方で、国家間の力学だけで産業の地図が書き換わるわけではないことも認識しておく必要があります。国家間のパワーゲームと、各企業・プレイヤーのビジネス戦略が交差し絡み合いながら、産業アーキテクチャそのものが、計画的/工学的ではなく、有機的にエコシステムとして組み替わっていく。これが、いま起きている変化の本質です。

したがって、この「戦略の見直し」は、単に政府方針への追随や補助金の活用にとどまる視点では不十分です。国家戦略と企業戦略の交差がもたらす構造変化を見据え、中長期の競争力の源泉をどこに定めるかを見極め、技術投資戦略を構築していくことが求められています。

3. なぜ「知の統合」は、これほど難しいのか
──必要な組織・機能

技術戦略の構築に必要な機能を列挙すると、非常に多くのケイパビリティが必要となることが分かります。

  • シンクタンク機能:地政学的動向の分析と未来シナリオの構築
  • 産業アーキテクチャ分析:産業構造の変化を構造的に洞察する力
  • 技術アーキテクチャ分析:技術動向を俯瞰し、変化の兆しを見極める力
  • 統合戦略策定:地政学的制約、他社の技術保有状況、自社のケイパビリティを掛け合わせ、ナラティブかつ定量的に戦略を描く力

ただ、個別の専門機能を強化するだけでは不十分です。今の時代に求められているのは、外部環境動向を見据えた未来シナリオの構築から技術戦略への接続、産業・技術アーキテクチャ分析によるプレイヤーマッピング、そしてMake/Buy・Open&Close戦略の策定までを一貫した視座で貫く統合的なアプローチです。加えて、この取り組みは一度で完結するものではなく、変化し続ける環境に対して継続的に回し続ける仕組みとして構築する必要があります。

本稿ではモビリティ領域を題材に、地政学→産業アーキテクチャ→技術アーキテクチャ→要素技術という4層の連鎖を、具体例を通して解き明かしていきます。

4. EV一辺倒の終焉:モビリティ産業の「地殻変動」
──産業アーキテクチャは、誰を頂点に据え直すのか

脱炭素に対する科学的な疑義が提示されつつある中、各地域ブロックは産業競争力の回復というモチベーションから、自動車のEV化の方針見直しを進めています。一方で、この5〜10年のEV車の技術進展は確かに著しく、一部の領域では既存の内燃機関車を凌駕する機能が実装されていることも事実です。

さらに、制御・モーター・バッテリーの基礎技術の進展は、EVだけでなく、AAM(先進エアモビリティ)、ドローン、海のモビリティといった多様な移動手段を次々と生み出しており、今後、モビリティは適材適所で用途別に使い分けられると考えられます。

この転換は、産業アーキテクチャそのものを組み替えます。

【変化の方向性①】各モビリティのインテグレーターを頂点とする従来構造から、バッテリー・モーター・内燃機関といったコア要素技術を持つプレイヤーのポジションが向上していく構造への転換。

【変化の方向性②】多様なモビリティを統合管理するシステムや、そのデータを利活用するプラットフォームが産業の頂点に立つ構造への転換。

交通が公共性を伴う以上、後者では官民連携のプラットフォーム構築が加速し、デファクトを取ったプレイヤーが圧倒的な競争力を持つことになると考えられます。

5. 動力の「適材適所」:内燃機関の意外な復権
──バッテリーに求められる機能が、根本から変わる

この「適材適所」が以下のように進むと、技術アジェンダは劇的に書き換わっていくことが想定されます。

  • EV:モーターとバッテリーの特性上、短距離・発進と停止の繰り返しに最適
  • 内燃機関:エネルギー変換効率が最も高く、中長距離に適する。ただし実運行で加減速を多く伴う場合は、ハイブリッド型が理想的
  • ニッチEV:近距離輸送に特化した廉価EVが多数参入する可能性

さらに、フィジカルAIの台頭も見逃せないトレンドです。半導体がモビリティの中核コンポーネントとなり、計算量が爆発的に増大する中、消費エネルギーの問題は深刻化の一途をたどります。動力装置の効率化・最適化のニーズは、AI時代においては重要性を増していきます。

6. エンジンの「中身」が変わる:要素技術への連鎖反応
──メインメタルの鉛フリー化から、ガスエンジンの復権まで

内燃機関が定回転・定出力率での運転を主体とするようになると、その影響はエンジンを構成する全ての設計項目(燃焼、冷却、トライボロジなど)に波及します。

このようなトレンドを先取りすることで、他社に数年のアドバンテージを得ることが可能となります。

さらに、コア技術やコアパーツの変化に伴い、サプライチェーン上のチョークポイントの見立ても大きく変わる可能性があり、その際は地政学的リスクを踏まえた調達戦略の見直しも必要となります。

このように、地政学の動向、産業構造、製品・コンポーネント、要素技術は、複層的に相互に影響しあい、技術戦略の構築および見直しにおける重要因子になります(図表1)。

図表1:複層的なアーキテクチャの変化により技術戦略の見直しが必要に

出所:PwC作成

7. 「正解のない問い」に向き合い続けるということ
──戦略の見直しと継続的取り組みの必要性

技術戦略の変更は、大きなアーキテクチャ変化を伴うものであり、一度描いた戦略が「正解」であり続ける保証はありません。

したがって、以下の三つのアクションが重要となります。

  1. 見極め:この地政学的トレンドがいつまで続くのか、自社に優位な環境をどう構築するか
  2. 定点観測:一度見定めた方向性を定期的に見直すチェックポイントの設定
  3. 仕組み化:それを属人的な判断ではなく、組織として回し続ける仕組みの構築

本稿では、脱炭素の動向がモビリティ産業に与える影響を、産業構造から各コンポーネントの要素技術まで、アーキテクチャを複層的に分解して考察しています。

今後の技術開発戦略の構築には、マクロ環境の専門性から要素・基礎技術の専門性まで、幅広い知見が必要となっていきます。

PwCコンサルティングは、この課題を正面から解くために、技術戦略構築を支援する組織横断型のソリューションを構築しました。その特徴は、「インテリジェンス機能の民主化」にあります。政府系機関や一部商社のみが保有していた情報収集・分析機能を、各企業の技術戦略向けに再構築し、以下を一貫して提供します(図表2)。

  1. 外部環境の動向を踏まえた未来シナリオの構築とナラティブな技術戦略への接続
  2. 俯瞰的・定量的な技術トレンド分析
  3. 産業・技術アーキテクチャ分析によるプレイヤーマッピングと、Make/Buy、Open&Close戦略の策定
  4. 仕組み構築から実行、定着に向けた教育までの伴走

本稿を執筆している最中にも社会動向は変化し続けており、問題は複雑化の一途をたどっています。私たちはさまざまな専門性を持つコンサルタントの知見を結集し、日々これらの問題に向き合い続けています。

PwCコンサルティングは、こうした活動を通じ、先端テクノロジーの着実な実装を実現し、産業界の活性化およびより良い社会の実現に貢献していきます。

図表2:技術経営/技術戦略構築支援サービス

出所:PwC作成

地政学が「技術の地図」を塗り替える──CTOに突き付けられたチャレンジ

( PDF 1.73MB )

執筆者

椿 祥隆

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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