自動創薬社会と未来の医療社会(上)

創薬機能の社会化と日本創薬基盤の再設計

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  • 2026-10-15

本稿で描く「自動創薬社会」は、単にAIが人間や医薬品企業に代わって新薬を生み出す社会ではありません。

その本質は、医薬品企業、アカデミア、スタートアップ、医療機関、患者、規制当局、保険者、資本市場などに分散する科学、技術、データ、資金、臨床、製造、制度を接続し、創薬プロセス全体が継続的に学習・改善する仕組みをつくることにあります。本稿では、この構造変化を「創薬機能の社会化」と捉えています。

希少疾患が示す、従来モデルの限界

この変化は、特に希少疾患や個別化医療で重要になります。患者数が極めて少ない疾患や、同じ疾患でも患者ごとに原因となる遺伝子変異が異なる場合、従来の大規模ランダム化比較試験や商業モデルだけでは、試験設計や投資合理性の確保が難しくなります。

患者固有の遺伝子変異に応じて治療法を設計するN-of-1医療は、研究、データ、製造、規制、医療提供を患者単位で接続する必要性を端的に示しています。AIやリアルワールドデータ(RWD)は、この接続を支援し、仮説生成、候補設計、試験設計、患者アウトカム評価を連続的な学習プロセスへ変える可能性があります。

医薬品企業の役割は「保有」から「統合」へ

図表1に示すように20世紀の医薬品産業では、大手医薬品企業が基礎研究から臨床開発、製造、販売までを自社内に保有する垂直統合型モデルが、競争力の源泉でした。その後、アカデミアやバイオベンチャーが新たな創薬シーズやモダリティを生み出し、医薬品企業はライセンス、共同研究、投資、M&Aを通じて外部の革新を取り込むようになりました。

現在、創薬機能はさらに社会全体へ広がっています。疾患理解や標的探索はアカデミア、技術実証や新規モダリティ開発はスタートアップ、臨床開発、薬事、製造、市場アクセスは医薬品企業や専門事業者、上市後の価値検証は医療機関や患者も担います。

したがって、これからの競争優位を決めるのは、全ての機能を自社内に抱えることではありません。分散した機能を見極め、接続し、患者価値へ統合する能力です。医薬品企業の役割は縮小するのではなく、外部の科学、技術、データ、人材、資本を患者価値へ変換する統合主体として、むしろ重要性を増していきます。

図表1:創薬機能の分散と医薬品企業の役割変化

創薬機能の分散と医薬品企業の役割変化 ,

日本には、基礎科学、高品質な医療・臨床現場、製造・品質管理能力、国民皆保険制度、医療データなど、創薬を支える重要な資産があります。

一方、研究成果を知財化し、起業、資金調達、非臨床・臨床開発、薬事、製造、国際共同治験、市場アクセスへつなぐ各段階には、依然として分断が残ります。国民皆保険制度や迅速な保険収載は、日本で承認された医薬品へのアクセスを支える強みですが、革新的な医薬品が日本で開発されず、国際共同治験にも早期から参加できなければ、その強みを患者アクセスへ結び付けることはできません。

つまり、日本の課題は、個々の資産が存在しないことではありません。科学的成果を開発、承認、医療提供へつなぎ、患者価値へ転換する一連の仕組みが、十分に一体化されていないことです。

リアルワールドデータを、次の創薬へ戻す

この循環を支えるのがRWDです。RWDは、電子カルテ、レセプト、患者レジストリ、患者報告アウトカムなど、日常診療や生活の中で生み出されるデータです。ただし、データを集めるだけではエビデンスにはなりません。データの品質、標準化、比較可能性、バイアス、同意、解析方法を適切に設計し、医薬品の有効性、安全性、患者アウトカムに関するリアルワールドエビデンス(RWE)へ転換する必要があります。

重要なのは、研究成果を患者へ届ける一方向の流れで終わらせないことです。実臨床で患者価値と新たな課題を検証し、その知見を次の疾患理解、研究開発、治療改善へ還元する「閉じた学習ループ」(図表2)を形成する必要があります。

図表2:RWDを介した患者価値の検証と次の研究開発への循環

RWDを介した患者価値の検証と次の研究開発への循環 ,

日本の創薬基盤を「社会のオペレーティングモデル」へ

日本では、創薬ベンチャー支援、医療DX、シェアラボ、サイエンスパーク、産学連携ネットワークなど、多様な取り組みが進んでいます。しかし、拠点や施策を個別に増やすだけでは、創薬エコシステムとしての競争力にはなりません。

今後の創薬競争は、優れた研究所や技術を持つ企業同士の競争にとどまらず、科学、データ、資本、臨床、薬事、製造、患者を、最も速く適切に統合できるエコシステム間の競争へ移っていきます。

日本の創薬基盤の再設計とは、新たな施設や制度を追加していくことではありません。既に存在する科学、医療、データ、資金、制度を、1つの学習循環として動かすための「社会の創薬オペレーティングモデル」を構築することです。

自動創薬社会の成否は、AIの進化だけでは決まりません。社会に分散した創薬機能を患者価値へ統合し、その成果を次の創薬へ還元できる仕組みを日本が構築できるかどうかにかかっています。

自動創薬社会と未来の医療社会(上) 創薬機能の社会化と日本創薬基盤の再設計

( PDF 2.03MB )

執筆者

柚⽊ ⼤介

マネージングディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

宮崎 勝年

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

Email

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