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知的財産×ガバナンス──知的財産への取組みにかかるコーポレートガバナンス・コードの改訂

はじめに

2021年に2回目の改訂が行われたコーポレートガバナンス・コード※1では、補充原則4-2②と補充原則3-1③において、知的財産への投資等に関する取締役会の監督と情報開示について記載されました(ページ下参照)。本稿では、今回のコーポレートガバナンス・コードの改訂で知的財産(知財)が取り上げられた背景と対応策について考察します。

なお、文中における意見は、すべて筆者らの私見であることをあらかじめ申し添えます。また、本稿の記載内容は2021年12月15日時点の状況に基づいております。

補充原則4-2②

取締役会は、中長期的な企業価値の向上の観点から、自社のサステナビリティを巡る取組みについて基本的な方針を策定すべきである。

また、人的資本・知的財産への投資等の重要性に鑑み、これらをはじめとする経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うべきである。

補充原則3-1③

上場会社は、経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべきである。また、人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである。

特に、プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである。

1 知的財産に対する投資の重要性の高まり

2021年改訂のコーポレートガバナンス・コードでは、改訂の主要な項目の1つとして、サステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)を巡る課題への取組みが取り上げられ、関連する補充原則として、補充原則4-2②と補充原則3-1③が設けられています。補充原則4-2②と3-1③においては、サステナビリティを巡る課題として特に注目されている気候変動だけでなく、人的資本や知的財産への投資についての記載も盛り込まれています。

補充原則4-2②は、取締役会に対して以下の事項を求めています。

  • サステナビリティを巡る取組みについての基本的な方針の策定
  • 人的資本・知的財産をはじめとする経営資源の配分等の実効的な監督


また、補充原則3-1③は、上場会社に対して以下の事項を求めています。

  • 自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示する
  • 人的資本や知的財産への投資等について分かりやすく具体的に情報を開示・提供する
  • プライム市場上場会社は、気候変動が自社に与える影響について、TCFD等の枠組みに基づく開示を行う


コーポレートガバナンス・コードの2021年改訂において、人的資本と知的財産が強調されたのは、知的財産をはじめとする無形資産(知財・無形資産)が企業の国際競争力の源泉として重要な経営資源となっていることが背景にあります。さらには、デジタル化・グリーン化の進展により、企業の価値創造に結びつく知財・無形資産の中身が変革し続ける状況において、知財・無形資産を生み出す人的資本の重要性も高まっているためです。

図表1は、経済産業省が設置した検討会資料の抜粋ですが、主要な株価指数について1990年末を100として、2019年10月末までを指数化したものです。日経平均は非常に狭い範囲の変動に留まっていますが、米国のNASDAQやNYダウは、2000年代終わりの世界金融危機の際に落ち込みがあるものの、その後大きく上昇しており、この間に企業価値が拡大したことが読み取れます。一方で、米国のOcean Tomoが2020年に公表した“Intangible Asset Market ValueStudy”によれば、企業価値に占める有形資産と無形資産の割合を比較すると、米国の主要企業(S&P 500企業)は無形資産の価値が向上しており、最近では有形資産が1割、無形資産が9割に達しているなかで、日本の主要企業(日経平均企業)は無形資産の価値が伸び悩んでおり、最近でも有形資産が7割程度、無形資産が3割程度に留まるという調査結果もあります。

すなわち、日本企業と米国企業を対比すると、近年、米国企業は企業価値を大きく拡大しており、拡大した企業価値の構成要素としては、無形資産の重要性が有形資産を大きく上回る状態になっています。一方、日本企業は諸外国と比べると企業価値が伸び悩んでいますが、図表2が示すように、諸外国に比べて日本企業は依然として有形資産への投資を重視する傾向にあり、無形資産投資の対GDP比は欧米に比べて格段に低い状況です。

すなわち、日本企業が激しい国際競争で諸外国の企業と伍して、中長期的な企業価値向上や持続的成長を実現するためには、価値創造ドライバーとしての重要性が高まっている無形資産に積極的に投資を行い活用することが今まで以上に強く求められているという現状があるといえます。

図表1: 先進国株価指数の推移
図表2: 無形資産投資の現状

2 知的・無形資産への取組みへの実効的なガバナンス

図表3は、無形の価値と企業価値評価の関係を図示したものです。左側に企業、右側に株主・投資家がいます。企業の経営陣は、中長期的な企業価値の創造のために、財務諸表に計上される資産や負債だけでなく、財務諸表には反映されない無形の価値や将来のリスク等に対しても、投資を行いリスク管理を行います。また、このような取組みを財務諸表や非財務情報として情報開示しています。取締役会は、経営陣による投資、リスク・機会の管理、情報開示への取組みを適切に監督することが期待されます。一方、株主・投資家等は企業が提供した情報やその他の情報に基づいて、企業価値を評価しています。さらに、中長期的な企業価値向上や持続的成長に向けて、株主・投資家等と、経営陣・取締役会は対話を行います。

図表3: 無形の価値と企業価値評価の関係

1で述べたように、経営環境の変化とそれを踏まえたコーポレートガバナンス・コードの改訂により、これまで以上に知財・無形資産へ取り組むことが企業に求められています。内閣府の「知財投資・活用戦略の有効な開示及びガバナンスに関する検討会」が2021年9月に公表した「今後の知財・無形資産の投資・活用戦略の構築に向けた取組について 〜改訂コーポレートガバナンス・コードを踏まえたコーポレートガバナンス報告書の提出に向けて~」※2では、これから知財・無形資産の投資・活用戦略の構築に本格的に取り組もうとする企業のプロセスを以下のように整理しています。

1.自社の現状のビジネスモデルと強みとなる知財・無形資産の把握・分析

a.自らのビジネスモデルを検証し、以下について把握・分析する

i.なぜ知財・無形資産が自社の経営に必要か
ii.自社の競争力や差別化の源泉としての強みとなる知財・無形資産(IPランドスケープ※3等を活用する)
iii.価値創造やキャッシュフローの創出への知財・無形資産の貢献

2.知財・無形資産を活用したサステナブルなビジネスモデルの検討

a.知財・無形資産を活用し、サステナブルな企業価値向上につなげるビジネスモデルの検討


3.競争優位を支える知財・無形資産の維持・強化に向けた戦略の構築

a.自社の強みとなる知財・無形資産の維持・強化に向けた投資戦略の構築(損失リスクに対する方策も考慮する)

i.今後必要となる知財・無形資産の投資の検討
ii.知財・無形資産を保護するための方策の検討(他社による侵害への対応等)

b.知財・無形資産の維持・強化に向けた戦略について、客観的説明や定量的KPIによる補強されたロジックの構築

4.戦略を着実に実行するガバナンス体制の構築

a.知財・無形資産の投資・活用戦略の構築・実行に向けたガバナンスの仕組みを構築する

i.社内の関係部門が横断的かつ有機的に連携し、取締役会による適切な監督が行われる体制を構築
ii.あるべき取締役会の監督体制を検討する(知財・無形資産の投資・活用戦略を投資家・金融機関に説得的に説明できる骨太な議論へと昇華させる意義を考慮する)

知財・無形資産の投資・活用戦略の構築・実行に向けたガバナンスの仕組みの構築においては、取締役会による適切な監督体制について言及されています。経営陣を監督する取締役会に期待される役割は例えば以下のように整理できると考えられます。

  • 知財・無形資産への取組みを含む経営戦略等について、議論し方向性を示す。
  • 財・無形資産への取組みについて、経営陣に委任する範囲を定める。
  • 知財・無形資産への取組みに関する、内部統制やリスク管理体制(取締役会への報告プロセスや頻度を含む)が構築されることを確保する。
  • 知財・無形資産への取組みのKPIに基づいて、進捗状況をモニターする。
  • 知財・無形資産への取組みに対する経営陣の貢献を評価し、経営陣の報酬や選解任を検討する。
  • 知財・無形資産への取組みについて、株主・投資家等と対話を行う。

上記のような役割を実効的に果たしながら、経営陣による知財・無形資産の投資・活用戦略の構築・実行を適切に監督することで、中長期的な企業価値向上や持続的成長を支えることが、取締役会には期待されています。

3 知的・無形資産への取組みに関する情報開示

図表3で示したように、非財務情報として企業の知財・無形資産への投資・活用戦略を積極的に開示することは、株主・投資家等が企業価値を分析・評価すため、さらには、株主・投資家等による企業への資金供給のために不可欠です。

コーポレートガバナンス・コード補充原則3-1③では、知的財産への投資等についての情報開示が求められています。2021年10月末までに公表されたコーポレートガバナンスに関する報告書(CG報告書)について、補充原則3-1③をコンプライしている旨の開示は48件ありました。遅くとも2021年12月30日までに2021年改訂コーポレートガバナンス・コードを踏まえたCG報告書の開示が求められているため、補充原則3-1③をコンプライする開示も増えていくと思われます。

一方で、どのように知財・無形資産への投資等に関する開示をすべきかわからないという企業も少なくないと思われます。非財務情報の開示については、国内外でさまざまなガイドラインが公表されているものの、原則主義的な内容もあり、ガイドラインの適用も容易ではないのが実務的な悩みだと思われます。

このような状況を踏まえ、内閣府は「知財投資・活用戦略の有効な開示及びガバナンスに関する検討会※4」を設置し、「知財」・「知財投資」の対象範囲、開示範囲・内容、ガバナンスの在り方、指標の在り方等について検討しています。同検討会は、「価値協創ガイダンス」※5や「経営デザインシート」※6のアプローチも参考にしながら、知財・無形資産への投資・活用戦略についてのガイドライン(「知的財産投資・活用戦略に関する開示ガイドライン(仮称)」)を公表する予定です。

4 おわりに

上場企業は2021年改訂のコーポレートガバナンス・コードに沿って、知財・無形資産への取組みを進めることが期待されています。中長期的な企業価値の創造や持続的な成長のために、知財・無形資産の投資・活用の重要性が高まっているというコーポレートガバナンス・コード改訂の趣旨を踏まえ、企業は、知財・無形資産の投資・活用に関して、現状の認識、戦略の立案・実践、取締役会による監督について検討することが必要であり、また、開示については、知財・無形資産への投資等について、経営戦略・経営課題との整合する内容で具体的な情報を開示・提供することが求められています。非財務情報である知財・無形資産への取組みに関する情報の開示は、企業にとって大きなチャレンジですが、「知財投資・活用戦略の有効な開示及びガバナンスに関する検討会」による「知的財産投資・活用戦略に関する開示ガイドライン(仮称)」も活用して、ぜひ前向きに取り組んでいただければと思います。


※1 東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード ~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために~」(2021年6月11日)
https://www.jpx.co.jp/news/1020/nlsgeu000005ln9r-att/nlsgeu000005lne9.pdf

※2 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/tousi_kentokai/pdf/corporate_governance.pdf

※3 IPランドスケープの定義は以下のとおり(知財投資・活用戦略の有効な開示及びガバナンスに関する検討会(第3回)の事務局説明資料より)。
「経営戦略又は事業戦略の立案に際し、(1)経営・事業情報に知財情報を取り込んだ分析を実施し、(2)その結果(現状の俯瞰・将来展望等)を経営者・事業責任者と共有(※)すること」
(※)ここでの共有とは、分析結果を提示することをきっかけに、経営戦略又は事業戦略の立案検討のための議論や協議を行ったり、分析結果に対するフィードバックを受けたりするなどの双方向のやり取りが行われることをいう。

※4 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/tousi_kentokai/index.html

※5 「価値協創ガイダンス」(経済産業省、2017年5月公表)は、企業と投資家との間の対話や情報開⽰の質を⾼めるための基本的な枠組みを提⽰し、⾃主的・⾃発的な取組の「指針」となることを期待して作成・提案されました。

※6 「経営デザインシート」(内閣府 知的財産戦略本部、2018年5月公表)は、企業が、環境変化を見据え、自社や事業の「これまで」の理解に基づき将来を構想するための思考補助ツール(フレームワーク)として作成、公表されました。


執筆者

久禮 由敬

PwCあらた有限責任監査法人
パートナー 久禮 由敬

手塚 大輔

PwCあらた有限責任監査法人
ステークホルダー・エンゲージメント・オフィス
ディレクター 手塚 大輔