Skip to content Skip to footer
Search

Loading Results

デジタル化・グリーン化する世界で企業に求められる知財投資・活用戦略

はじめに

インターネットを利用したネットワーク化やAIによるデータ解析を通じて、個々人のニーズに合致した「コト」を提供するサービスが次々に生まれています。消費者が求めるものの比重が「モノ」から「コト」に移り、有形資産よりも知的財産をはじめとする無形資産が、競争力の源泉としてより重要な経営資源になってきています。

しかし、日本では諸外国に比べ、依然として有形資産への投資を重視する傾向にあり、日本の企業価値に占める無形資産の割合は、欧米に比べて格段に低い状況です。今後、日本が激しい国際競争を勝ち抜くためには、企業による知的財産をはじめとする無形資産の投資・活用の促進により、企業の稼ぐ力を強化し、イノベーションの活性化を図る必要があります。また、投資家から適切に評価されるように、企業の知的財産に関する投資・活用戦略を見える化し、企業価値の向上を図り、さらなる知的財産への投資に向けた資金の獲得につながるような仕組みの構築が重要になります。

本稿では、イノベーション創出の核心となる知的財産について、国が掲げる戦略の変遷と企業を取り巻く環境の変化から、日本の国際競争力を強化するために企業に求められる知的財産の投資・活用戦略について考察します。

なお、文中における意見は、すべて筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

1 日本における知的財産戦略の変遷

2000年代初頭、低廉な労働コストと生産技術の向上を背景にしたアジア諸国の台頭および情報通信技術の急速な進歩を受け、日本では、経済・社会システムを、加工組立式・大量生産型の従来のものづくりに最適化したシステムから、付加価値の高い無形資産の創造に適応したシステムへの変容が求められていました。日本における産業の国際競争力を高め、経済・社会全体を活性化するために、2002年に掲げられた国家戦略が「知的財産立国※1」です。知的財産立国の実現に向けた政府の基本的な構想は「知的財産戦略大綱」として策定され、持続的な経済成長に必要なイノベーションが絶え間なく生み出される仕組みを整える改革が進められました。

知的財産立国で目指していたのは、知的財産というツールを用いて日本を強くすることです。しかし、①価値観・社会状況の変化によるイノベーションの変質、②AIやブロックチェーンなどの新技術の進展と浸透、③国際関係における環境変化という従来の想定を超える急激な変化を踏まえ、日本は、知的財産戦略の見直しを行う必要性が高まりました。そして、2018年6月、社会全体の変化の方向性を踏まえた中長期の知的財産戦略についてのビジョンとして策定されたのが「知的財産戦略ビジョン」です。知的財産戦略ビジョンは、2025~30年頃を念頭に、目指す社会の姿を「価値デザイン社会※2」として掲げ、その目的に資する知的財産を考えるというアプローチを取ります。知的財産戦略ビジョンで掲げた大きな方向性は今も変わらず、「知的財産推進計画2021※3」に引き継がれています(図表1)。

図表1: 日本における知的財産戦略の変遷

2 企業に求められる知的財産の投資・活用戦略

世界はデジタル化・グリーン化を基軸とした経済・社会を変革する競争に突入しており、イノベーション力が改めて試される状況です。日本は、コモディティ商品分野においてはコスト競争で打ち勝つことは困難です。したがって、イノベーションによって商品の差別化を図り、知的財産の公開・秘匿を使い分けるオープン&クローズ戦略で有利な地位を確保することが必要です※4

また、変化の激しい時代においてスピードは重要な要素であり、必要な知的財産を短期間に確実に獲得することが求められます。そして、知的財産の獲得を目的としたM&Aや外部人材の登用、オープンイノベーションなどを行うための資金獲得競争が、イノベーション競争の鍵を握っています。

しかし、日本は、企業による知的財産投資・活用戦略の積極的な公表を通じた資金調達活動と、投資家や金融機関によるイノベーティブな企業への投資が十分になされていないという課題に直面しています。この課題解決に向けてまず取り組むべきことは、企業が知的財産投資・活用戦略を積極的に開示し、投資家や金融機関が分析・評価できる環境の整備です。

2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードでは、知的財産に関する規定が初めて明記されました。コーポレートガバナンス・コードの改訂により、企業の知財投資・活用戦略の見える化が進むだけでなく、企業の経営戦略における知財投資・活用戦略の重要性をより認識する契機になることが期待されています※5

3 おわりに

AIをはじめとするテクノロジーの活用は、横断的な課題に対して大量のデータ処理から解決手段を提示し、既存の産業構造にとらわれない新たな事業領域の創出を可能にしました。デジタル化の進展が大幅なゲームチェンジを企業に迫り、あらゆる企業がデータ資本の獲得競争にさらされています。さらに、先進的な技術の社会実装を加速させ、日本企業による海外展開の促進や国際市場の獲得の重要な手段となるデファクトスタンダードの創出については、自国に有利な標準化を目指し、官民を挙げて標準の活用に向けた取り組みを進めるとともに、国際標準化機関の主要ポストの戦略的な獲得を目指す動きが活性化しています。

このような経済環境において、企業には、自社の競争力の源泉である核心部分をしっかり秘匿しつつ、特許権侵害などの知財紛争解決に向けた体制を整備した上で、知的財産の適切な保護・活用を通じて持続的な成長を実現するという高度な知財投資・活用戦略を構築することが求められています。

PwC Japanグループでは、知的財産に関する知見と幅広い専門性を活用し、さまざまな企業に価値を提供していきます。


※1 「知的財産立国」とは、発明・創作を尊重するという国の方向を明らかにし、ものづくりに加えて、技術、デザイン、ブランドや音楽・映画等のコンテンツといった価値ある「情報づくり」、すなわち無形資産の創造を産業の基盤に据えることにより、我が国経済・社会の再活性化を図るというビジョンに裏打ちされた国家戦略である。その実現には、ものづくり基盤の再構築と併せ、経済活動のグローバル化や情報化の進展、雇用の流動化等に対応して、政府・大学・企業・個人等、あらゆるレベルでの知的創造活動を刺激するとともに、その結果として得られた発明や著作物等の成果を知的財産として適切に保護し、製品・サービスの付加価値の源泉として、有効に活用する経済・社会システムを構築することが必要である。
出典:知的財産戦略会議「知的財産戦略大綱」2002年7月3日https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki/kettei/020703taikou.html

※2 2018年に知的財産戦略本部が公開した「知的財産戦略ビジョン」では、「価値デザイン社会」を次のように説明しています。

そこで多様な個性が多面的能力をフルに発揮しながら、『日本の特徴』をもうまく活用し、様々な新しい価値を作って発信し、それが世界で共感され、リスペクトされていく」。さらに「日本が『価値デザイン社会』として世界をリードすることができれば、世界中からポテンシャルを持った異能が集まる」ことになり、そこから「さらに新しい価値を生み、発信し、定義してしまう力は増し、好循環が生まれ」ていく。

知的財産戦略本部「知的財産戦略ビジョン ~「価値デザイン社会」を目指して〜」2018年6月12日:38ページ
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/chizai_vision.pdf

※3 知的財産戦略本部「知的財産推進計画2021」2021年7月13日
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/chizaikeikaku20210713.pdf

※4 知的財産と経営戦略に関する考察については、本特集の記事「知的財産×戦略──高収益企業のビジネス戦略の実現のための知的財産を活かした事業開発・アライアンス戦略」を参照してください。

※5 知的財産とコーポレートガバナンス・コードに関する考察については、本特集の記事「知的財産×ガバナンス── 知的財産への取組みにかかるコーポレートガバナンス・コードの改訂」を参照してください。


執筆者

伊藤 嘉昭

PwCあらた有限責任監査法人
執行役(マーケット担当)
パートナー 伊藤 嘉昭

上野 史久

PwCあらた有限責任監査法人
アシュアランス・イノベーション&テクノロジー部
シニアマネージャー 上野 史久