{{item.title}}
{{item.text}}
{{item.text}}
前回8月号では、「企業価値の最大化に資するサステナビリティ開示の歩き方」と題し、サステナビリティ開示の本質的な目的が「企業価値の最大化」であることを踏まえて、日本企業がSSBJ対応を単なる法令順守に留めることなく、企業価値の最大化を志向する経営に変革する機会と捉えるための考え方を解説した。また、その際には、企業価値の最大化に貢献するマネジメントサイクルを「パス回し」に準え、「戦略」「基盤・体制」「レポーティング」の3種類の各要素を連動させながら施策推進することが要諦であることを指摘した。本稿では、8月号に続く「サステナビリティ開示の歩き方 第2弾」として、これらのマネジメントサイクルを踏まえながら、「投資家視点」を組み込む上で考慮すべき視点、投資家との認識ギャップを埋める上での考慮事項を解説する。
図表1:企業価値向上に繋げる経営サイクル(マネジメントサイクル)
詳細は前号を是非参照いただきたいが、前号では、企業価値の最大化に貢献するマネジメントサイクルには「戦略」「基盤・体制」「レポーティング」の3種類があり、これらを連動させて推進することが企業価値の最大化に繋がることを解説した。
ただし、企業が自らのマネジメントサイクルを高度化すれば、自ずと企業価値が最大化するか、と問われれば「否」である。
前号で、マネジメントサイクルを「企業価値の最大化に貢献するもの」「企業価値の最大化に繋がるもの」と表現し、「企業価値を最大化するもの」と表現していなかった背景はここにある。
では、企業価値の最大化に向けて、どのような視点をさらに加味すべきなのだろうか。それは、「投資家の視点」だと筆者は考えている。
企業価値の1つとも言える時価総額を評価する主体は市場・投資家であり、企業自身ではない。故に、企業が自らのマネジメントサイクルを高度化し、企業価値の向上に繋がる施策を実施したとしても、それが、投資家が求める活動や視点と合致しなければ評価に繋がらず、時価総額の向上にも至らない。
だからこそ、企業はマネジメントサイクルの高度化に加えて、投資家が何を求めているか、投資家との間に認識ギャップが生じていないか、を常に意識することが重要であり、これが、昨今「投資家との建設的対話」が要請されている所以である。
では、投資家と対話する前段として投資家のニーズはどのように推し量ればよいのだろうか。投資家のニーズは、3種類のフレームワークを用いて推し量ることがカギだと考えている。
1つ目は、「IRフレームワーク/価値協創ガイダンス」として公表されている統合思考フレームワークである。
2つ目は、市場の要請を言語化した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」、3つ目は、国際・国内の開示法令である「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)/SSBJ」である。
これらは、それぞれ異なる視点と要求を持つが、いずれも投資家の視点を踏まえて企業価値向上に繋げるための要素を具備している。企業はこれらを的確に理解し、解釈し、統合し、マネジメントサイクルの中に組み込むことで、「自社が考える価値創造」に対する投資家の理解が促進され、それが投資家の信頼に繋がる、と考えている。
例えば、1つ目の「IRフレームワーク/価値協創ガイダンス」はどのように活用できるだろうか。既に多くの企業が、統合報告書を作成するにあたり、IRフレームワークや価値協創ガイダンスを参考にしていると認識している。これらのフレームワークでは、短期的な財務情報への偏重から脱却し、ESG(環境・社会・ガバナンス)情報を統合した報告を求めており、これによってステークホルダーとの豊かなコミュニケーションを図り、統合報告を通じた、持続可能な価値創造の実現を目指している。企業にとっては、統合思考の視点から重要な未財務情報をどのように管理、開示しているかを意識する指針として活用すべきものだ、と言えるだろう。
2つ目、東京証券取引所からの要請である「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」も意識すべき指針であることに議論の余地はない。この要請は、ROEが8%未満、PBRが1倍を下回る企業が多いという日本企業の現状を踏まえて、企業価値の向上を促すことを目的としている。株価向上の観点から、持続可能な成長に向けた知的資産と無形資産の創出、投資およびポートフォリオの見直しを企業に求めている。また、企業価値に関連する未財務情報をどのように管理するか、にも言及しており、企業が意識すべき「投資家の視点」として示唆に富む内容になっている。同時に公開されている事例集と併せて活用することで実効性の高い対応が可能となる。
最後3つ目の「CSRD/SSBJ」は、開示制度である以上、これらを企業が意識すべきなのは自明だろうが、その本質は、「統合思考に基づき、投資家が比較可能な形で企業の長期的な持続可能性と社会的影響を評価できるように透明性ある情報開示を行うこと」を企業に要請しているものである。故に、多様な未財務情報のフレームワークと規制の存在を理解し、「持続可能性を確保するために、未財務情報がどのように連動・連鎖しているか」が要諦だと認識することが、開示制度の受け止め方として適切だろう。
図表2:投資家のニーズを推し量る3種類のフレームワーク
このように、3種類のフレームワークは異なる視点と要求を持つが、いずれも投資家のニーズを言語化したツールであり、企業価値の評価者たる市場・投資家の視点を理解し、自社のマネジメントサイクルに組み込むことがマネジメントサイクルの高度化による成果を促進し、企業価値向上の実現への一助となる、と筆者は考えている。
では、投資家の要請を具体化した3種類のフレームワーク・法令を意識したとして、それでも企業と投資家の間に生じ得る認識のギャップにはどのような事例があるのだろうか。筆者は、生じ得るギャップを「価値創造ストーリーの認識ギャップ」と「株主資本コストの認識ギャップ」という2種類に大別している。
前者が前述の3つのフレームワークのうち、「IRフレームワーク/価値協創ガイダンス」に関連するギャップ、後者が「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関連するギャップである。価値創造ストーリーが企業にとって重要な役割を果たすことは既に自明であり、多くの企業が価値創造ストーリーを用いて長期的な価値評価や建設的な対話を推進している。しかし、多くの企業がこの領域で複数の課題に直面している。これが「価値創造ストーリーの認識ギャップ」であり、このギャップは、4種類の「不足」によって生じていると筆者は考えている。
1つ目は、「バックキャスト思考の不足」である。いまだ多くの企業が現在の実績に基づく報告に重きを置いており、未来の長期戦略に基づいた価値創造の表現が十分でない状況が見受けられる。この不足を解消するために、企業は理念と長期経営計画、マテリアリティ(企業にとって解決すべき重要な社会課題)、中期経営計画の関係性を見直すことが求められるだろう。
2つ目は、「必要要素の不足」である。これは、価値創造ストーリーに必要な要素が十分に組み込まれていないことを意味する。特に、マテリアリティを中心に据えた価値創造ストーリーの整理に不足が生じていることが、「企業が独自の価値を社会に示すこと」を難しくしており、投資家との認識ギャップに繋がっている。企業価値向上のために取り組むべきマテリアリティを総花的ではなく、定量的な根拠と意思に基づき峻別して設定することが価値創造ストーリーを効果的に伝え、投資家と共通認識を創出する上でのカギになるだろう。
3つ目は、「要素間の連携不足」である。全社レベルと事業レベルでの整合性の欠如が、価値創造ストーリーの信頼性を損ない、投資家との認識ギャップの原因となっていないだろうか。企業価値向上に向けた取り組み同士の関係性が整理されておらず、各要素の深掘りが不十分では価値を効果的に訴求することは叶わない。ステークホルダーとの対話の価値を維持するためには、全社戦略と事業戦略、事業戦略と未財務戦略など複数の要素の連鎖・整合性を明示することが要諦となるだろう。
最後4つ目は、「戦略進捗度の発信不足」である。価値創造ストーリーが検討されている一方で、戦略の進捗度を表現するための指標が十分に準備されていない企業が多いのではないだろうか。進捗指標の不足は、企業と投資家の対話において具体的な根拠を提示し難い状況を招き、認識ギャップの原因となり得る。「測定できないものは管理できない」「管理できないものは改善できない」という原則に基づき、進捗状況を把握・開示することがギャップ解消に繋がるだろう。
これらが、2種類に大別されたギャップの1つ目「価値創造ストーリーの認識ギャップ」である。
では、2つ目のギャップとは具体的にどのようなものだろうか。
読者の中には、投資家との対話の際に、「東証要請通りに、企業が考えている株主資本コストとその根拠を提示しているにもかかわらず、投資家からの合意を得ることに苦戦している」、より具体的には、「投資家の要求する株主資本コストの方が高い」という経験をお持ちの方もいるのではないだろうか。これが2つ目のギャップ、「株主資本コストの認識ギャップ」である。
このギャップは、企業と投資家の株主資本コストの算定方法の違いに原因の1つがある、と筆者は考えている。資本コストの評価にはさまざまなアプローチがあり、最も広く使用されているモデルにはCAPM(資本資産評価モデル)と残余利益モデルがあると認識しているが、この2つのモデルはそれぞれ異なる視点から資本コストを評価していることを、正しく理解することが肝要だろう。
CAPMは、投資家が株式を保有することによって期待されるリターンを決定するためのモデルであり、主に市場の過去の長期間データを基に株主資本コストを算定している。過去データを用いて算定するため、算定が容易であり、多くの企業が採用している。
対して、残余利益モデルは、企業が資本コストを超えて創出する将来の経済的利益(期待利益成長率)を基にした評価方法であり、評価する際、市場価格がどのような株主資本コストを内包しているかを逆算している。この算定方法は、将来視点の株主資本コストを把握できるため、投資家の視点に近いものとなるとも言えるが、算定難易度が高く、採用している企業は少ないと理解している。
同一の用語でも算出方法が異なる点を踏まえて、この違いによって生じるギャップを理解することが、より意味のある投資家との対話を実現し、資本コストに関する合意形成を促進する手助けとなるのではないだろうか。企業には、投資家の視点を考慮して双方にとって納得できる評価方法を検討することが求められると筆者は考えている。
ここまでに、投資家のニーズを推し量るには3種類のフレームワークを活用すること、企業と投資家の間に生じるギャップは2種類に大別されることを解説してきた。
では、企業価値向上を目指す過程で実際に企業と投資家の間で認識ギャップが生じた場合、企業はどのようにアクションすれば良いのだろうか。筆者は、ギャップを埋めるためには、「企業価値がどのように構成されているか」を確認することがヒントになる、と考えている。これは言い換えれば、「企業活動がどのように株価上昇に繋がるのか」を見極めることとも言える。
企業の株価に影響を与える多様な要素のうち、一般的に注目される指標は収益性、効率性、投資・配当、資金調達などの財務指標群である。しかしこれらは結果として可視化される指標であり、株価を向上させるために必要な活動とは、単にこれらの指標を改善する活動だけではなく、その背景にある多様な戦略要素が重要であることに議論の余地はないだろう。
この際、戦略要素を「全社戦略」「事業戦略」「財務戦略」「未財務戦略」「ガバナンス戦略」の5種類に分解して検討してはどうか、と筆者は考えている。
全社戦略では事業ポートフォリオの最適化が、事業戦略では各事業におけるビジネスモデルの再構築が、財務戦略ではキャッシュ・キャピタルアロケーションが、未財務戦略ではマテリアリティ(重要な社会課題)の解決を中心にイノベーションや環境・社会への配慮といったサステナビリティが重要な検討要素であり、最後のガバナンス戦略ではこれら全ての戦略を統括する役割が検討すべき要素である。また、これらの5種類の戦略要素はいずれも独立しているわけではなく、互いに連携し合うことで価値創造が実現されるため、各戦略が個別に検討・進捗するのではなく、全体として新たな価値を生み出すストーリーを形成することが肝要である。
図表3:企業価値の構成要素 全体像
企業が持続的な成長と価値創出によって企業価値を向上させるためには、氷山の一角として水面上に可視化されている財務指標の改善に留まらず、水面下に潜む多様な戦略要素が要諦であり、これらを相互連携したアプローチが不可欠だろう。
では、各戦略要素ではどのような取り組みがギャップ解消に役立つだろうか。
例えば、未財務戦略では、CSRD/SSBJでの未財務情報開示要求から、投資家が「未財務情報が資本コストに影響を与える要素」を重視していることが明らかである点を踏まえて、先進企業では、未財務要素が企業価値に与える影響を定量的に分析し、その結果を活用する手法が採用されている。
これは、企業価値の向上を図るため、資本市場を通じて財務および未財務属性が株主価値に与える影響を適切に評価することで、投資家の視点を加味した財務・未財務要素のマネジメントサイクルに繋げたい、という考えに基づくギャップ解消アクションの一例である。
先進企業の活動では、資本市場を通じて株主価値に与える財務・未財務属性値の影響をTOPIX Core30や業界他社と相対比較して優位点と劣位点を見定め、統計的に改善機会やマテリアリティを証明することに取り組んでいる。
この取り組みでは、財務・未財務要因が企業価値に与える影響を、投資家視点で定量的に分析・把握・可視化する分析モデルを用いて投資家が評価する企業属性を特定すると共に、自社の現在位置を他社との相対比較によって評価し、どの部分において競争上の優位性を強化すべきかを特定している。
図表4:資本コストのインパクト分解と企業間比較
投資家が注目する企業属性に対して、自社の現在位置を競合相手と横比較することで、「優位点」と「劣位点」に基づく改善機会を特定
これは、価値創造の過程で合理性や説明性を強化するために、財務と未財務要因の影響を定量的に分析・把握・可視化することによって、PBRの構成要素に対する統計的推定結果として企業価値に影響を与える要因を企業が自己評価・立証する取り組みとも言える。
このような取り組みは、改善機会を特定し、企業の長期的な持続可能性と成長を支える基盤を構築するためのカギとなり得よう。
企業と投資家の認識ギャップを埋めることが、建設的対話の推進、さらには企業価値最大化のカギになることに疑いの余地はない。本稿では、マネジメントサイクルの高度化に加えて着眼すべき要素に「投資家視点」があることを指摘した上で、「投資家視点」を「投資家のニーズを推し量る3種類のフレームワーク」と「2種類に大別される認識ギャップ」を通じて読み解き、ギャップ解消アクションを「5種類の戦略要素」に区分して実施すべきであることを解説してきた。
企業は、氷山のうち水面下に潜む未財務情報を含む戦略要素と、氷山のうち水面上に表出した財務成果を結び付けた価値創造ストーリーを通じて、持続可能性への取り組みを投資家に示すことが求められている。また、資本コストの視点の違いを理解し、共通の基準を築くことで、投資家と有意義に対話することが求められている。
ギャップを解消した上で、前号で解説したマネジメントサイクルを実現することで、本稿が、読者が持続可能な未来に向けた新たな価値創出に踏み出し、「価値創造経営実現」を進めるうえでの糧になれば幸いである。
※本稿は、Disclosure & IR Vol.35(株式会社宝印刷D&IR研究所)に寄稿した記事を転載したものです。
※発行元の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
{{item.text}}
{{item.text}}