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2025年3月5日、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)がサステナビリティ開示基準を公表した。またこれに先立つ2月26日には、欧州委員会がCSRDオムニバス法案を発表した。その結果、従前はサステナビリティ開示は欧州の子会社を中心に推進されることが多く見られたが、今後は日本本社が主導してグループ全体としての開示活動を通じた「企業価値の最大化を目指す取り組み」として各社の活動が加速すると考えられている。
本稿では、上記の背景を踏まえて、日本企業がSSBJ対応を単なる法令順守にとどめることなく、企業価値の最大化を志向する経営への変革を図るために求められる、本質的な「サステナビリティ開示の歩き方」を解説したい。
特に、「価値創造経営」のマネジメントサイクルを「戦略」「基盤・体制」「レポーティング」を3つの要素に分解し、「開示のための開示」ではなく、「企業価値向上に資する本質的なサステナビリティ開示(価値創造経営のための開示)」を実現するためのステップを提示したい。
多くの読者がご承知のとおり、企業と企業を取り巻く環境は加速度的に変化している。
これは、毎年S&P500リストで多くの企業が市場価値の低下や大企業による買収を理由に入れ替わっていることからも自明である。また、S&Pが2年ごとに発表している企業寿命に関する調査結果である「Corporate Longevity Forecast」からも、企業寿命は長期的に短縮傾向にあることが明らかになっている。1970年代後半のS&P500企業の平均寿命は30-35年だったが、2020年には20年に短縮された。さらに、S&Pによる次の10年間の変化予測によれば、2020年に比べて2030年には平均して5年以上短くなる可能性があると予測されている。
市場の喪失や新規創出が頻繁に生じるだけでなく、地政学の影響による不確実性の増加や、業界の垣根を越えた新たな競争相手の台頭などによって、企業寿命は短縮傾向が続いている、と解釈できよう。
また、コロナ禍や生成AIの勃興など、企業価値に影響を与える昨今の地殻変動は、経営がこれらの変化に能動的に対応しない限り、経営ライフサイクルを短縮させ続けるとも解釈し得る。
企業には従来のように「収益や利益を追求する」だけではなく、さまざまな価値観を持つ多様なステークホルダーの間で「バランス良い舵取り」が求められる。
経営管理が「結果管理・経済価値管理」に留まることなく、環境・社会価値の重要性の高まりに応じて「社会的価値創出」を表現し、「中長期な視点で価値最大化に資する、戦略性のある価値創出活動を管理する状態」に至ることが急務であると言える。
図表1:企業を取り巻くステークホルダーの変化
図表2:企業価値の構成要素
サステナビリティ開示に対する最新動向は本誌他稿を参照いただきたいが、これらが「任意開示」から「要請」「法令開示」へと変化しているのは、「開示すること自体」を目的としているためではなく、「結果でしかない財務数値や今期または来期という短期の業績管理に多くの時間を費やし、その代わりに価値創造のための長期的なシナリオや基盤に相当する無形資産に十分な関心が払われていない」という状況に対する問題提起、いわば「旧来型経営管理へのアンチテーゼ」だと捉えるべきではないだろうか。
東京証券取引所が2023年3月31日に全上場企業に要請した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」においても、金融担当大臣が2024年2月19日に金融審議会に対して発出した「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関する検討」の諮問文においても、その目的として資本市場の一層の機能発揮に向けた中長期的な企業価値向上に触れていることを忘れてはならない。
経営の本質が「企業価値を高め、企業の未来を創ること」であるならば、不確実性が高まる中で、経営は、果たして「過去の延長に未来がある」という前提に立ち続けて良いのだろうか。
前述のとおり、サステナビリティ開示の本質は「企業価値の最大化」であるにもかかわらず、ESG起点で議論が喚起されすぎた経緯が影響してか、日本では、誤った認識と行動に繋がっているのではないか、と筆者は懸念している。
目的を正しく捉えれば、サステナビリティ開示の狙いは、「事業・活動を通じた持続可能な社会への貢献」ではなく、「持続可能な社会への貢献を通じた企業価値の最大化」であるべきである。
また、重視する指標は、「ESG指標」ではなく、「戦略指標」であるべきであり、取り組みは、ESG推進部門などの単一部門による「単独競技」ではなく、経営層を監督として、関連する無形資産を主幹する多様な部門が相互に連携し、パスを回し合う「チーム競技」であるべきである。
図表3:「よくある論調」と「コトの本質」
多くの日本企業が統合報告書を用いて価値創造ストーリーを開示しているが、起点が何であるか、終点が何であるか、に注目いただきたい。
左辺にESG指標が起点として並び、それが右辺で企業価値という終点に収斂される右向きのツリー構造になっていないだろうか。
これでは、「ESG指標の企業価値に対する貢献」は示せても、「企業価値の向上に向けたESG指標を含む経済的・社会的価値の連鎖全体の表現」には至らない。
本質的には、左辺に企業価値が起点として置かれ、そこから右辺で各価値構造が連鎖的に展開される左向きのツリー構造で表現されるべきである。
この構造では、売上高や営業利益、ROICといった中間指標ではなく、「企業価値そのもの」を最上位の目標として設定し、それを戦略目標に分解することになる。さらに、戦略目標の達成に向けて、どのような価値の連鎖が必要か明らかにすることで、どの無形資産をどう強化すべきか、どれにどれだけ投資するのが適切かを判断できる状態を創出することになる。また、価値創造ストーリーを実行体系に落とし込むために、各要素にKPIを設定し、KPIツリーとして経営管理体系を構築し、その進捗と結果を開示し、建設的な対話に活用すべきである。
図表4:「企業価値」を起点とした価値構造の連鎖
図表5:価値創造ストーリーを実行するためのKPIツリー
では、開示の本質を捉えて企業価値を最大化するためには、どのようなパス回しが必要なのだろうか。
筆者は、企業価値最大化の実現には、「①戦略の高度化(Strategy)」「②戦略実現に向けた基盤・体制の強化(Transformation)」「③ステークホルダーの信頼獲得につながるレポーティングの高度化(Reporting)」という3種類の軸を設定し、各々を連携させた非財務情報管理のマネジメントサイクルを構築することが肝要だと考えている。
図表6:企業価値向上につなげる経営サイクル(マネジメントサイクル)
また、サイクルを円滑に回転させるためには、各サイクルで想定される代表的なペインポイントと解決のアプローチ(案)を踏まえて、ペインポイントを解消することが肝要である。
例えば、「①戦略の高度化(Strategy)」では、「データを用いたマテリアリティ選定の合理的説明」や「マテリアリティと整合した全社・事業部戦略の策定」が実行施策となるが、「マテリアリティを競合他社の設定状況と比較・参照して設定するに留まり、自社らしさが組み込まれていないこと」や「CSRD/SSBJで要求されるインパクトとリスク・機会(IRO)を考慮せず、トピックのみの検討に留まっていること」が課題として想定される。
図表7:経営サイクルにおける“Strategy”
企業価値の重要性を定性・定量情報にて検証し、次に合理的理由に基づいた設計を行うという一連のプロセスを推進するために、前者には、自社の理念・ビジネスモデル・強みを突き詰めて、どのような社会問題に対して価値を提供できるかを明確にすることが打ち手となるだろう。後者には、外部の信頼できる機関から得たデータを基に、企業価値に影響を及ぼしている非財務的な要因を定量的に特定することが打ち手になろう。
同様に、「②戦略実現に向けた基盤・体制の強化(Transformation)」ではどうだろうか。価値創造経営を各事業部に落とし込むために、企業価値との連関が定量的に説明できる指標の設定と管理を実施するべく、「価値創造ストーリー構築・KPI構築」や「ダッシュボードによる管理・投資妥当性の検証」が実行施策となる。
ここでは「全社と事業部の価値創造ストーリー、指標に関連性がないこと」や「KPIを設定する際に、企業価値とKPI間、各KPI間の因果の理由を検討せずに成果KPIのみを抽出していること」が課題として想定され、課題解決には、「非財務活動から企業価値までの連鎖構造を因果探索で検証すること」や「非財務領域に対する情報収集基盤を具備すること」が打ち手となり得る。
図表8:経営サイクルにおける“Transformation”
さらには、「③ステークホルダーの信頼獲得につながるレポーティングの高度化(Reporting)」では、単なる開示に留まらず、開示作成時の気づきや投資家の意見を経営層にフィードバックし、戦略をアップデートするプロセスを構築するべく、「レポーティング/格付けの高度化」や「価値創造経営の現状把握」が実行施策となる。
ここでは、「投資家から開示改善の意見のみで、戦略改善の意見を引き出せていないこと」や「投資家からの意見の活用方法が明確ではないこと」が課題として想定される。これには、効果的なエンゲージメント実施のために、各開示媒体の目的・想定読者・アピールポイントを整理し、また、目的に応じて適時発信を可能とする情報収集・開示検討体制を整備することや経営層の投資家エンゲージメントへの参加の検討と経営層へのフィードバック方針を具備することが解決策になり得るだろう。
図表9:経営サイクルにおける“Reporting”
いずれにせよ、「自社のビジネス・強み・勝ちパターンを考え切る」という主観に、「合理的に説明するためにも、データを使って、モニタリング・検証する」という客観を加え、それらを「グループ全社に浸透させる」という視点でマネジメントサイクルという名の「パス回し」を推進することが要諦となる。
なお、このようなマネジメントサイクルと各サイクルにおけるアクションは、常に連動し、継続するパス回しであり、画一的な始点は定義されるものではない。例えば、中期経営計画策定時期にあたる企業であれば、中計策定プロセスの見直しとともに、中計策定時の各事業部に対するコミュニケーション・判断の軸として、「マテリアリティの見直し」から着手することになる。反面、中計策定時期ではない企業であれば、現行中計を効果的に推進するために、マテリアリティの見直しよりも、「価値創造ストーリー構築・KPI構築」「ダッシュボードによる管理・投資妥当性の検証」「レポーティング/格付けの高度化」にまず着手すべきだろう。
最後に、サステナビリティ開示に不可欠な非財務情報基盤を構築する上で欠かせないポイントを解説して本稿を締めたい。
非財務情報の基盤整備には「本社のガバナンス体制」「保証を支えるプロセス整備」「非財務情報の統合管理」という3種類の視点を加味することが肝要である。
開示対応である以上、経営陣に適時かつ正確な非財務情報を提供するためのグループガバナンス体制を構築することが要諦となることは自明だが、関係部門の多寡を踏まえて、いかに各社や部門に周知し、共通の理解を促進するか、という「自分ゴト化」の視点が欠かせない。
また、限定的保証でも分析的手続きと内部統制の整備状況は確認されるため、開示要件に従い、第三者による保証に耐えられる情報収集プロセスを構築することは避けて通れない。
さらには、開示制度対応だけでなく、経営管理自体への活用を見据えるならば、非財務情報をワンファクトで管理するデータプラットフォームを構築することもポイントとなる。
図表10:非財務情報の基盤を構築する際に求められる3つのポイント
会計ビッグバンや連結会計の適用に携わられた読者であれば覚えがあると考えているが、財務会計・連結会計領域において日本企業は、期限内の正確な連結情報を作成するために、長い歳月をかけて本社ガバナンスの下で自律的・効率的な報告体制を構築してきた。
これに対して、財務と異なり、情報および関係者が環境・人事・安全など幅広く、また限られた時間の中での対応が求められる非財務領域で速く正確な収集/開示をするには、特に、報告体制の整備と役割・責任の明確化・浸透が重要となることには否定の余地がないだろう。
加えて、第三者保証に求められる高いカバレッジに対応するためには、プロセスに業務統制とIT統制の組み込みが不可欠であることも言わずもがなである。
ともすると、経営判断から事業の運営・法定開示までが統合管理され、それらの非財務情報がワンファクトで管理できる基盤構築が、決算日から有報報告まで最終的に3か月間で正確に到達するためのIT統制のカギとして欠かせない。
図表11:非財務情報のデータ管理・収集
併せて、本社主導でサステナビリティ経営の基盤構築を進める際には、サステナビリティ要件の多様性、社内関係者の広がり、データ統合管理の難度の3点を課題認識すべきである。これは、「非財務情報はマテリアリティとともに変化することを前提にすること」、「幅広い関係者の巻き込みには大義名分が求められること」、「ITを活用したシステム連携は容易になった反面、データ統合には課題があること」を踏まえることが前提である。
図表12:サステナビリティ経営の基盤構築を進めるうえでの3つの課題
そのためにも、縦軸に「戦略」「法規制対応」「基盤整備」の推進タスク3領域を、横軸に期間を取った上で、これらの3種類の課題が影響するタスクや取り組みを想定発生時期とともに捉えてサステナビリティ活動全体と整合した「全体地図」を中長期のロードマップとして当初から具備することが肝要だと考えている。
図表13:プロジェクトアプローチ(時価総額1兆円超企業の例)
本稿では、サステナビリティ開示の本質的な目的が「企業価値の最大化」であることを振り返った上で、企業価値の最大化に貢献するマネジメントサイクルを「パス回し」に準え、「戦略」「基盤・体制」「レポーティング」の3種類の要素に対して想定されるペインポイントと解決策、企業の状況によって着手する順番が異なることを解説した。
また、マネジメントサイクルの活動を下支えする非財務情報基盤構築においては、3種類のポイントからどのような視点で基盤整備すべきか、を解説した。
「サステナビリティ開示」の歩き方は、法令対応に留まらない。本稿が読者の「価値創造経営実現」の一助となれば幸いである。
※本稿は、Disclosure & IR Vol.34(株式会社宝印刷D&IR研究所)に寄稿した記事を転載したものです。
※発行元の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
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