現場を変えるチェンジマネジメントの方法とは 第3回 成功事例から見えるチェンジマネジメントの真髄

2021-04-28

SFA(Sales Force Automation)の業務標準化・システム定着化が進まずに悩んでいた消費財メーカーA社では、「3W1H」を活用した業務・システム定着化ワークショップにより、飛躍的かつ持続的な定着化率の向上を実現しました。A社が何に悩んでいたのか、それに対してどのようなアプローチを実施したのかをご紹介するとともに、事例からチェンジマネジメントの本質についてご提示します。

SFA定着化事例の概要

前稿では、「業務標準化・システム定着化」に必要な6つの手順と「3W1H」を活用した具体的なアプローチについてご紹介しました。本稿では、この手法を実際に用いて著しく業務標準化・システム定着化の率が向上した消費財メーカーA社の事例をご紹介します。

まず、A社の概要は下記のとおりです。

  • 商材:消費者(一部事業者も)が活用する耐久消費財
  • チャネル:A社が自グループの卸企業を介して小売に販売(セルイン)し、小売が消費者に販売(セルアウト)
  • 営業拠点:日本全国に約300拠点
  • 営業担当者数:約1,200名
  • 営業スタイル:ルート営業

SFA定着度合いのばらつきの原因と対応策

A社では、2019年からSFAのシステムを導入しました。主たる機能は、日々の営業活動で得た得意先情報・商談情報を営業担当者が営業所のマネージャーに共有し、マネージャーが承認およびコメントの記入を実施するというものです。それまでA社では表計算ソフトをベースとした日報で業務報告を実施していましたが、デジタル化が必要であるとの本社営業企画部門の判断からSFAを導入しました。

しかし、導入後に全国で操作説明会を実施したものの、活用率はなかなか向上しませんでした。下記グラフは、支社ごとのシステム活用率、すなわち顧客訪問後の日報・得意先情報入力を一定以上の割合で実施している営業担当者の割合を示したものです。半数の支社でシステム入力率(業務実施率)が30%を下回っていることが分かります(赤のグラフは活用率30%以下の支社)。

全体的に、一定程度活用できている支社とほぼ活用できていない支社が明確に分かれており、ほぼ0%の支社も存在しています。この状態を鑑み、まずはシステムが活用されていない原因を探るために、活用率が30%を下回っている支社の営業所に対してインタビューを実施し、現状業務の正確なプロセス(本社が想定している業務フローとの乖離箇所)やシステム活用上の課題、普段から感じている業務の課題等を明確化しました。

その結果、主に3点が明らかになりました。

チェンジマネジメント実施前のA社のシステム活用率 (赤は30%以下の支社)
  1. システムには、特段使いにくい、また、分かりにくい点はない
  2. マネージャーも営業担当者も、システムの「操作方法」は理解しているが、どのように活用すれば業務が効率化、高度化するかは理解していない
  3. 業務が支社、営業所ごとにばらばらであり、標準化されていない

これは前稿で言うところの「深刻度3」に当たります。営業担当者どころかマネジメント層でさえ、業務高度化にシステムがなぜ必要なのか、そもそもあるべき業務の姿とは何かということに対する認識が形成されていない状態でした。そこで、業務フローのレベルではなく、会社としてあるべき営業業務の姿を営業企画部門で描き、「どのような業務を実施すべきか」「システムはどのように活用すべきか」を提示する必要があると結論付けました。

しかし、単にあるべき業務の姿を提示するだけでは、現場の納得感は醸成できません。したがって、該当業種が今後5~10年でどのように変わっていき、それにより現在の販売チャネルにどのような影響が出るのかを提示したうえで、売上を維持・伸長させるためにという文脈であるべき業務を提示する業務・システム定着化ワークショップを設計しました。

また、A社の組織構造にも課題を見出しました。A社は支社の権限・独立性が強く、本社からのガバナンスが効きにくいため、業務・システムを標準化しにくい構造となっています。これが上記③の業務がばらばらな状態を醸成していました。支社から営業所へのガバナンスが効いていないと、いくら現場に対して声高に定着化を叫んでも十分な効果は得られません。したがって、現場だけでなく支社のマネジメント層に対しても同様の定着化が必要であると判断し、業務・システム定着化ワークショップに巻き込むことにしました。

会社としてあるべき 営業業務の姿

業務・システム定着化ワークショップの設計

ワークショップの設計に際して、まずはあるべき業務・システムの姿を描くところから始めました。営業活動のPDCAを循環させるためのあるべき姿を描く際は、現状の業務フローを参考にしました。

営業活動の PDCA

続いて、なぜこのような業務を実現する必要があるのかを「腹落ち」してもらうために、業界動向や技術トレンド等の調査をもとに、人口減少、需要減少、競合の増加、チャネル構成の変化、代替商品の登場等の観点から「このままでは売上が落ちていってしまう」という業界・業種の未来の姿を明らかにしました。

これらの題材をもとに、「3W1H」の観点から業務・システム定着のためのメッセージとワークショップのアジェンダを構成しました。特に工夫したのは、「Who」と「How」の部分です。先述のとおり、ガバナンスが効きにくい構造のため、「支社長→支社マネジメント層→営業所マネージャー→営業担当者」というマネジメントがしっかりと実施されるように、支社と営業マネージャーを主たる対象としました。また、「How」のワークショップでは、定着化に向けた課題だけでなく、目標のコミットメントを実施することで、より強い当事者意識の醸成を目指しました。

実際のワークショップでは、システムそのものより、システムを使う意義・目的の提示に時間を使い、その後のシステムを活用した業務の変化が「腹落ち」するように丁寧な資料構成・説明を心掛けました。また、グラフやイラストの活用はもちろん、システムを活用した業務の流れとマネジメントの方法をパワーポイントのアニメーションを駆使して提示するなど、分かりやすさや親しみやすさを重視したコンテンツを作成しました。下図は「3W1H」の構成と実際のワークショップの標準アジェンダです。

業務標準化・システム定着化のための 「3W1H」
ワークショップ 標準アジェンダ

飛躍的な活用率の向上

このようなワークショップを、システム活用率が30%を下回っていた15支社で実施しました。2019年の7月から9月で実施し、ワークショップ実施直前の週の活用率とワークショップ実施後の9月までの活用率の最高値を数のとおり比較しました(1支社のワークショップ実施が9月であったため、下図では集計対象外)。

ワークショップ実施前後の 活用率の比較

効果の高い支社では、活用率が約90%伸長しており、平均しても約56%活用率が伸長するという結果となりました。特に初期の活用率が低い支社ほど効果が高い傾向にあり、実施したワークショップが非常にインパクトの大きいものであったと推測されます。また、特筆すべきは、ワークショップからしばらく経った翌年1月になっても効果が持続していることです。ワークショップ実施直後より数値がさらに伸長している支社も見られることから、ワークショップの効果が持続していることが分かります。

さらに、単にシステムを活用するようになっただけでなく、基本的な活用方法をベースとしながらも各々の工夫した使い方を実践する支社、営業所が登場し、社内での活用事例発表を実施するなど、より高度な営業業務を創造しようという動きも活発化しました。

チェンジマネジメントの本質とは

A社の事例は、チェンジマネジメントには下記の要素が必要であることを物語っています。

  1. 業種の今後の変化をもとに、あるべき業務の姿および売上向上に寄与することを伝えること
  2. 「3W1H」をもとに、その会社の文化、業務、事情に適合した定着化のプログラムを構成すること
  3. 現場にとって受け入れやすい、分かりやすいコンテンツを用意すること

定着化に成功したA社は、SFAの機能拡張をスムーズに実施し、現在は計画・見込立案業務の改革というさらに高度な業務改革に取り組んでいます。単に「システムを使ってください」というメッセージやシステムの操作方法ではなく、多少の時間や労力がかかったとしても、本社があるべき業務の姿を描き、それを現場と共有することで真の意味でのチェンジマネジメントが実現するのです。

本稿は、SalesZineにて2021年3月18日付で掲載された記事を転載したものです。

執筆者

奥山 友貴

マネージャー
PwCコンサルティング合同会社

2010年に国内シンクタンク系コンサルティング会社に入社。主に食品メーカーや消費者向けサービスの業種において、新規事業企画、CRM関連の業務・システム改革構想策定のプロジェクトに多数従事。

2016年にPwCコンサルティングに転職後は、金融・インフラ・通信・モビリティ等の多様な業界において新規事業企画、マーケティング戦略立案、営業改革等のプロジェクトに従事。昨今は消費財メーカー・販社に対する営業戦略立案・営業業務改革のほか、営業関連の業務高度化やシステム定着化を目的としたチェンジマネジメントのプロジェクトに従事し、PwC独自のチェンジマネジメントサービスの企画を主導している。

※法人名、役職などは掲載当時のものです。

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