【第8回・完】 脱炭素に関する今後の注目ポイントは?

※本稿は、2023年7月1日号(No.1681)に寄稿した記事を転載したものです。
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この記事のエッセンス

  • 情報の信頼性は、脱炭素を含むサステナビリティ情報全体における課題と考えられる。サステナビリティ情報の信頼性を重視するのは、情報の利用者であり、この利用者の期待に応えるため、サステナビリティ情報の作成者、第三者による保証の実施者、およびESG評価・データ提供機関は、それぞれの役割を果たす必要があると考えられる。
  • 脱炭素は、ESGの一部であり、またサステナビリティにおける課題として取り扱われており、脱炭素の取組みは着実に継続的に進んでいくとの期待がある。今後の取組みにおける、主な留意すべき事項については、国際的な基準設定の動向、国内における政策、サステナビリティ開示基準、要求事項の高度化、リソースなどが考えられる。

はじめに

有価証券報告書においてサステナビリティ情報の開示が義務化されるなど、カーボンニュートラルを目指した脱炭素の取組みが待ったなしの状況となっている。経理部門は、気候関連の情報開示やグリーンボンドによる資金調達など、脱炭素の取組みに関与する機会が増えると予想され、ある程度の知識が必要となる。しかし、伝統的な財務会計に基づく情報の開示とは異なる分野であるため、理解が進みにくい状況にあると推察される。

そこで、脱炭素の基礎的な事項および経理部門に関連する事項を、わかりやすいQ&A形式で解説していく。第8回は、脱炭素に関する今後の注目ポイントについて解説する。なお、記載については、筆者の私見であることをあらかじめ申し添える。

Q1 脱炭素に関する情報は信頼性のある情報なのか

脱炭素に関してさまざまな情報があるが、その信頼性についてどのように考えればいいのか。

情報の信頼性は、脱炭素固有の問題ではない。環境、社会およびガバナンス(以下、「ESG」という)に関する情報やサステナビリティ情報全体の信頼性における課題と考えられる。サステナビリティ情報に関する信頼性を重視するのは、情報の利用者である投資家およびその他の利害関係者(以下、「利用者」という)である。この利用者の期待に応えるため、図表1のとおり、サステナビリティ情報の作成者、第三者による保証の実施者、および企業のESGに関する取組状況やグリーンボンド等のESG関連債やESGに関連した融資の適格性等について情報を収集および提供し、評価を行う「ESG評価・データ提供機関」は、それぞれの役割を果たす必要があると考えられる。

次に、3つの主体別に説明を行う。

図表1 サステナビリティ情報の信頼性に関する関係図

(1)サステナビリティ情報の作成者

脱炭素を含むサステナビリティ情報を有価証券報告書の記述情報として開示する金融商品取引法上の要求事項の確定からまだ間もない。十分な準備ができているかどうかは、従前より、金融商品取引法以外の法律等における要求事項に対応するため開示を行ってきた企業とそうでない企業とでは、異なる可能性がある。

いずれにせよ、開示環境が変化するなかで、情報作成者の果たす役割が大きくなっている。

① 第1段階:内部統制の整備

求められる情報を作成するためには、さまざまな部署から情報が収集され、整理が行われる。ここで必要とされるのが、内部統制の整備である。開示する情報の整理、情報の作成プロセスの整理、目標の設定、情報作成プロセスにおける統制の設置、作成された情報のモニタリングおよび分析を踏まえて、どのような内部統制をすべきか検討し、適切な対応の実施が必要になる。

情報の信頼性を高めるためには、システム化も必要になる。情報開示のために社内の各担当者からさまざまな情報を表計算シートなどで収集するには限界がある。担当者の労力を割くほか、担当者の変更があった場合に判断が異なる集計が行われる可能性もある。既存のデータベースや社内業務システムなどと連繋し、いかに情報を自動的に集計するかが重要になってくる。

② 第2段階:内部統制の効率化等

作成および開示される情報への正確性、信頼性に加え、継続的に開示を行うなかで、情報開示の効率性も要求される。加えて、「業務」の有効性と効率性および適用される法律および規制への「コンプライアンス」を考慮する必要も生じる。この場合、内部統制は、企業における経営者、取締役会およびその他の要因により実行されるプロセスへの拡張が求められると考えられる。

③ 第3段階:全社的リスク管理

気候関連財務情報開示タスクフォース(以下、「TCFD」という)が作成し公表した最終報告書(以下、「TCFD提言」という)は、気候関連のリスクと機会がもたらす当該組織の事業、戦略、財務計画への現在および潜在的な影響の開示や、気候関連リスクについて、当該組織がどのように識別、評価、および管理しているかについて開示を求めている。また、将来予測情報に関する開示やシナリオ分析も含めた開示を行うようになれば、内部統制に加えてリスクについての対応が重要になる。

このような開示情報の性質を考慮すると、全社的リスク管理が必要になると考えられる。

④ 要求事項に内在する固有の課題

脱炭素に関する開示情報のなかには、信頼性の向上のための内部統制の整備が困難な開示項目もある。それは、温室効果ガス(以下、「GHG」という)のスコープ3の開示である。

GHGの開示が要求される範囲がサプライチェーンであるため、企業の支配力の及ばない企業も開示の範囲に含まれる。情報の信頼性向上のために、統制手続の設定やシステム化などを試みたとしても、情報作成主体の支配力の範囲を超えているため、信頼性向上には困難を伴うであろう。

⑤ COSOにおける議論

2023年3月30日に、米国トレッドウェイ委員会支援組織委員会(以下、「COSO」という)は、1992年に公表され、その後2013年に改訂された「内部統制―統合的フレームワーク」補足ガイダンスである「サステナビリティ報告における効果的な内部統制の達成:COSO内部統制―統合的フレームワークによる信頼と信用の構築」を公表した。組織や実務者が財務上およびサステナビリティの情報に関する効果的な内部統制システムの確立および維持に向けた取組みを開始または継続する際に、重要ないくつかのテーマを示している。

(2)第三者による保証の実施者

上場企業の財務諸表については、独立した第三者である監査人による監査が求められている。この財務諸表と同水準の信頼性を確保するため、脱炭素化を含むサステナビリティ情報に対する独立した第三者による保証について議論されている。

第三者による保証は、報告された情報が、信頼度が高くかつ信用できる情報であるための要素の1つであると考えられている。

① 第三者による保証の必要性

投資家は、気候変動の広範囲に及ぶ経済的影響について懸念を強めており、企業の気候変動対応にも注目している。気候変動リスクを管理するためのコストは、さまざまな形で発生する可能性がある。結果として生じる財務上の影響も、事業内で変更を加えるために必要な営業および資本的支出から、顧客の需要の減少や法的禁止による工場の閉鎖まで、さまざまである。利益、キャッシュ・フロー、流動性および支払能力は、いずれも影響を受ける可能性がある。

保証は、開示される情報が、信頼度が高くかつ信用できる情報であると説明するために必要とされ、情報の質の向上を支援し、意思決定の改善に役立つと考えられる。また、戦略と変革を改善するための継続的な反復プロセスの設定にも役立つとも考えられる。さらに、、グリーンウォッシュや都合のよい部分だけを選択して開示する対応の防止につながる可能性も考えられる。

② 第三者による保証の国際的な議論の動向

現在、国際監査・保証基準審議会(以下、「IAASB」という)は、サステナビリティ情報に関する保証のための包括的な基準を策定するプロジェクトに取り組んでいる。これは、適時に、高品質のサステナビリティ保証の一貫した適用を支援する、公共の利益の観点からの基準の必要性に対応しているためである。

脱炭素化を含むすべてのサステナビリティ項目、それらの項目について開示された情報、および報告フレームワークについて検討している。検討のスケジュールは、図表2のとおりである。

図表2 サステナビリティ情報の保証に関する基準の検討予定(2023年6月時点)

③ 第三者による保証の国内における議論の動向

金融庁金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ(以下、「DWG」という)は、2022年6月および2022年12月に公表した報告において、サステナビリティ情報に対する第三者による保証について言及している。

2022年6月の報告ではサステナビリティ情報についての信頼性確保を求める投資家の声の高まりから、企業が、監査法人等から任意で保証を受ける動きについて言及し、今後サステナビリティ情報に対する保証の検討を進めるにあたっての要点を説明している。

  • 保証の前提となる開示基準が国際的に議論の途上である
  • サステナビリティ関連情報の保証基準については、今後、具体的な議論が行われる
  • 保証に必要な知見・専門性、独立性等の観点から、適切な保証主体についてはさまざまな意見が存在する

国内における対応は、前提となる開示基準の策定や国内外の動向を踏まえたうえで、中期的に重要な課題として検討を進めていく必要があるとしている。

2022年12月の報告では、有価証券報告書において、わが国の開示基準に基づくサステナビリティ情報が記載される場合における、高い信頼性の確保に対する投資家のニーズや、国際的に保証を求める流れを踏まえ、当該情報に対して保証を求めていく方向性を認識している。そして、次などのいくつかの主要な論点を説明している。

  • サステナビリティ情報については、その外縁が拡張し続けているなか、どの範囲に対して保証を求めるかについて検討する必要性
  • 有価証券報告書のサステナビリティ情報に対して保証を求める場合における金融商品取引法における規定の必要性
  • 国際的な開示基準と整合的なわが国の開示基準に基づいて作成されたサステナビリティ情報に対する保証についても、国際的な保証基準と整合的な基準により実施される対応による比較可能性の確保

また、現在でも、企業が、サステナビリティ情報について監査法人やそのグループ会社等から任意で保証を受ける動きがみられている。今後、有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の「記載欄」において、保証を受けている旨を記載する際には、投資家の投資判断を誤らせないような取扱いの明確化が考えられる(たとえば、保証業務の実施者の名称、準拠した基準や枠組み、保証水準、保証業務の結果、保証業務の実施者の独立性等について明記が重要であるとされている)。

④ 保証の対象

すべてのサステナビリティ情報が保証の対象となるのか、トピックおよび側面から決定される情報が対象となるのかなど、保証の対象が異なる場合が想定される。トピックおよび側面は、図表3に記載する項目が想定される。

トピックおよび側面により決定される開示は、定性的情報である可能性もあれば定量的情報である可能性もある。さらに、主観的情報または客観的情報、過去情報または将来予測情報、もしくは、特定時点に関する情報または期間を対象とする情報が求められる可能性もある。

図表3:トピックと側面

トピック 側面
  • 気候(排出量を含む)
  • 労働慣行(多様性と機会均等、訓練と教育など)
  • 人権と地域社会との関係(地域社会への関与、影響など)
  • 水と排水(水の消費量や排水量など)
  • エネルギー(エネルギーの種類や消費量など)
  • 生物多様性(生物多様性への影響や保護および復元された生息地など)

など

  • ガバナンス
  • 戦略と事業モデル
  • リスクと機会
  • リスク管理またはリスクの軽減
  • リスクと機会に対処するイノベーション
  • 指標と重要業績評価指標
  • 目標
  • リスクの監視と管理に対する内部統制
  • シナリオ分析
  • 影響分析(影響の大きさを含む)

など

⑤ 第三者による保証における限定的保証と合理的保証

第三者による保証には、限定的保証と合理的保証の2種類があり、次にこれらの概要を説明する。

(a)限定的保証

限定的保証限定的保証は、消極的形式による結論の報告による保証を意味する。保証の実施により生じるリスクの水準は、消極的形式による結論の報告を行う基礎として受入れが可能な程度に抑えられている。限定的保証の利用における一般的な長所は、合理的保証と比較すると費用が抑えられる点であり、企業が保証を受けるために要する社内リソースも少なくて済む傾向にある。短所は、保証の範囲と程度は、合理的保証よりも小さくまた低く、手続が合理的保証ほど堅牢ではない点である。情報の利用者は、この点を十分に考慮する必要がある。

限定的保証の実施者は、対象とされる情報が妥当と思われると結論づけるのに十分な適切な証拠を収集し、対象となる事項に重大な虚偽表示があると結論づける事項を何も識別してないという結果を示す、消極的な保証の形式で意見を表明する。

限定的保証か合理的保証かの水準は、実施者により行われる使用保証手続の深さについても影響する。企業がサステナビリティ情報を作成する方法、内部プロセスおよび統制の品質は、限定的保証か合理的保証かに関係なく同じである。つまり、限定的保証か合理的保証かの違いは、企業のサステナビリティ情報の整備および運用における水準の違いを表していない。また、限定的保証においては、保証手続を実施した結果、虚偽表示の可能性があると認められる事項を識別した場合、その結果をフォローアップする必要があるため、合理的保証に近いより多くの保証手続の実施につながる可能性がある。

(b)合理的保証

合理的保証は、積極的形式による結論の報告による保証を意味する。保証の実施により生じるリスクの水準は合理的な低い水準に抑えられ、保証の水準は、限定的保証に比べると高くなる。合理的保証の長所は、実行される堅牢な手続にあり、これにより、提示される情報の信頼性は高くなる。短所は、コストと労力が必要とされる点である。合理的保証は、サステナビリティ情報をどれほど真剣に受け止めているかを示すために、先進的な企業により使用される可能性がある。

合理的保証の実施者は、対象とされる情報がすべての重要な点において基準に準拠している旨を積極的形式による肯定的保証で表明する。

現在、透明性のある、整合した、そして国際的に比較可能なサステナビリティ情報に対する期待と需要の高まりに対して、独立した第三者による保証が担う重要な役割が議論される途上にある。非財務情報の検証と保証において、報告基準だけでは対処できない固有の課題が認識されている。しかし、投資家およびその他の利害関係者の期待に応えるためには、最終的に、特定の指標や情報ではなく、重大なサステナビリティ関連のリスクと機会に関するサステナビリティ情報全体に対する合理的保証の必要性も予想される。

(3)ESG評価・データ提供機関

金融庁は、2021年6月に公表された「サステナブルファイナンス有識者会議報告書(持続可能な社会を支える金融システムの構築)」の提言を踏まえ、2022年2月より、ESG評価・データ提供機関等に係る専門分科会(以下、「専門分科会」という)において、幅広く議論を行った。

議論の範囲としては、ESG評価およびデータに係る現況、ESG評価およびデータが適切に提供および利用されるための関係者の課題、今後見込まれる展開等を含んでいる。議論を踏まえ、金融庁は、意見募集を行い、さらに議論を行った結果、2022年12月に「ESG評価・データ提供機関に係る行動規範」(以下、「行動規範」という)を公表した。

① ESG評価およびデータをとりまく現状と課題

サステナブルファイナンスの急速な拡大を受けて、企業のESGに関する取組状況やESG関連の債券や融資の適格性等について、情報を収集および集約し、評価を行うESG評価・データ提供機関の影響力は大きくなってきている。

生命保険会社等のアセットオーナーやアセットマネジメント会社等の資産運用機関では、投資方針の策定やポートフォリオの選定にあたって、いわゆるESGインテグレーション等、ESG要素を投資判断に織り込む動きがみられるようになっている。また、個別にESG評価・データ提供機関によるESG評価およびデータを用いて投資判断を行うほか、評価機関等がESG評価およびデータに基づき、企業の指数(ESG指数)を組成、これに連動する投資の実施も増えている。

ESG関連債等の発行にあたっても、国内外の各種基準への適合状況やESGに関する適格性の評価等の入手が行われている。たとえば、グリーンボンドに係る国際的な基準として参照される、国際資本市場協会(ICMA)による「グリーンボンド原則」では、調達資金の使途や対象プロジェクトの選定方法等について、同原則への準拠状況を個別に評価機関が確認するよう、推奨している。

機関投資家等による株式や債券等の発行体との間における、ESG関連の取組みに関する目的をもった対話(エンゲージメント)が広まりつつあるなかで、ESG評価およびデータは、エンゲージメント対象の選定や、エンゲージメントの内容や方法等を検討するにあたって広く参照されている。

これに対し、ESG評価およびデータの対象および利用が拡大するなかで、サービスの提供のあり方については、いくつかの課題が指摘されている。たとえば、有識者会議の2021年6月の報告書では、次の4点を課題として掲げている。

  • 各社で基準が異なる評価における透明性や公平性の確保
  • 評価対象の企業に有償でコンサルティングサービスを提供する等の利益相反の懸念への対応
  • 評価の質を確保するための人材の確保
  • 多くの評価機関から評価内容の確認を求められる企業の負担への配慮

国際的にも、2021年11月に、証券監督者国際機構(IOSCO)において、報告書「ESG格付け及びデータ提供者」を公表し、ESG評価・データ提供機関と、これを利用する投資家、ESG評価およびデータの対象となる企業に関して期待される行動を提言としてとりまとめ、公表している。この報告書では、ESGのパフォーマンスを評価する際のESG評価およびデータの需要が急増するなかで、潜在的に、投資家保護、市場の透明性および効率性、適切な価格づけ等に係るリスクが懸念される可能性があるとしている。そのうえで、ESG評価およびデータの利用者の視点からみて、サービスの信頼性の確保、評価手法に関する透明性の確保、利益相反への対応、企業とのコミュニケーションに改善の余地を認識している。

② 行動規範の概要

サステナブルファイナンスにおいて、市場関係者の情報の媒介役となる評価機関等の役割は大きいと考えられている。しかし、転々流通する評価やデータが誤認を招き、幅広い投資家の意図と異なる企業や事業に投資を行ってしまう可能性があるとの意見もある。評価の品質の基本的な考え方が明らかにされれば、各社によって異なる評価結果自体は必ずしも問題ではないとの意見もある。その際、さまざまな考え方が存在するESG評価は、評価の正誤を一律に定められない。このため、評価の手法を明らかにし、これに応じた評価の実施の確保により、品質の確保を図っていく対応が重要であるとの意見もある。

ESG投資のすそ野が急拡大するなかで、ESG評価・データ提供機関に対する期待が大きくなっている。ESGをめぐる社会全体の動きを理解しつつ、合理的な根拠と専門的および職業的な判断に基づく適切な評価およびデータの提供が期待されている。また、ESG評価・データ提供機関においては、自らのサービス提供や関係者との対話が市場全体の改善に寄与する点を理解し、自らの経営方針のもとでの、こうした取組みの実施が期待されている。

行動規範の対象となるESG評価・データ提供機関は、株式や企業単位で行われるESG評価(企業評価、ESGレーティング等)と、債券や融資等の単位で行われるESG評価(債券評価等)、およびこれらに係る定量および定性を含むデータ提供を行う主体を包括的に取りまとめている。

③ 行動規範への賛同の呼びかけ等

行動規範は、他分野における同種の規範と同様に、ESG評価・データ提供機関に期待される事項を詳細に規定するのではなく、各機関が自らのサービスおよび市場環境に応じて、適切な実施のあり方を検討する、原則主義に基づいている。このため、行動規範は、法令等に基づき一律に対応を求めるのではなく、各機関に、規範の趣旨に賛同しこれを受け入れる旨の表明(公表)を呼びかけている。受入れ機関においては、規範の諸原則や指針を実施するか、実施しない場合、それぞれの原則や指針を実施しない理由を説明する、いわゆる「コンプライ・オア・エクスプレイン」の手法によっている。

Q2 今後の取組みにおいて留意すべき事項は何か?

今後の脱炭素に向けた取組みにおいて、留意すべきことに何があるか。

脱炭素は、ESG、およびサステナビリティにおける課題の一部として取り扱われており、脱炭素の取組みの着実かつ継続的な進展が期待されている。そこで、今後の取組みにおいて経理部門が留意すべき、主な事項について次に説明する。

(1)国際的動向

サステナビリティ情報の基準設定に関する国際的動向を要約すると次のとおりである。

国際サステナビリティ基準審議会(以下、「ISSB」という)は、サステナビリティ開示基準(S1およびS2)を2023年前半における最終化を目指して、公開草案後の議論を行っている。さらに、ISSBは、次の2年間の作業計画の優先事項についてのフィードバックを求めるため、2023年5月4日に情報要請「アジェンダの優先度に関する協議」を公表した。本情報要請は、コメント期限を2023年9月1日とし、次の4つのリサーチ・プロジェクトに対するフィードバックを求めている。

(a)生物多様性、生態系および生態系サービス
(b)人的資本
(c)人権
(d)報告における統合プロジェクト

ISSBは、グローバルに比較可能なサステナビリティ関連財務情報に対する投資者のニーズを満たすISSB基準の公表を使命としている。

ISSBは、「まずは気候だが、気候のみではない」との方向性により、気候以外にも、ISSB基準を公表する予定である。そのために、トピックをリサーチし、それが適切な場合には、気候以外のサステナビリティのトピックに対する投資者の情報ニーズを企業が満たす基準の公表を目標としている。

国際会計基準審議会(以下、「IASB」という)は、企業が財務諸表において気候関連リスクに関するよりよい情報を提供できるかどうか、およびその方法を検討するプロジェクトを作業計画に追加した。このプロジェクトの開始は、財務諸表における気候関連リスクの報告を強化するために、IASBが最近行ったアジェンダ協議から受け取ったフィードバックへの対応を目的としている。このプロジェクトを開始するにあたり、IASBは、提案がIFRSサステナビリティ開示基準と適切に連繋し、両審議会が要求する情報の相互に補完する関係を確実にするために、ISSBの取組みを考慮する。

欧州では、2021年4月に公表した企業サステナビリティ報告指令(以下、「CSRD」という)案が2022年11月に最終化された。CSRDに基づく具体的な開示基準である欧州サステナビリティ報告基準案を欧州財務報告諮問グループが公表した。この基準設定の最初の1組(1st batch)は、市中協議を経て、2022年11月に欧州委員会に送付された。米国では、証券取引委員会も気候関連開示を義務化する規則案を公表して市中協議を行った。正確な日付は不明であるが、最終規則の公表が予想されている。

今後、国際的な整合性を図りつつ、充実したサステナビリティ開示の着実な進展が重要である。そのため、国内の開示基準の検討や有価証券報告書への取込み、保証のあり方の議論、さらにはこれらを支える人材育成等が必要となる。

(2)国内動向

① グリーントランスフォーメーション

政府は、GX(グリーントランスフォーメーション)を通じて脱炭素、エネルギー安定供給、経済成長の3つを同時に実現するべく、GX実行会議や各省における審議会等における議論を踏まえ「GX実現に向けた基本方針」を取りまとめ、2023年2月に閣議決定がされた。

このなかで、特に次の(b)に関しては、該当する取引が生じる場合には、適切な会計上および開示上の対応が必要となる。

(a)エネルギー安定供給の確保に向け、徹底した省エネに加え、再エネや原子力などのエネルギー自給率の向上に資する脱炭素電源への転換などGXに向けた脱炭素の取組みの推進

(b)GXの実現に向け、「GX経済移行債」等を活用した大胆な先行投資支援、カーボンプライシングによるGX投資先行インセンティブ、新たな金融手法の活用などを含む「成長志向型カーボンプライシング構想」の実現および実行

② サステナビリティ開示基準

ISSBは、開発中のサステナビリティ開示基準について、2023年前半における最終化を目指している。わが国では、このISSBにおける基準開発の方向性を見据えながら、国内の開示基準の開発に向けた議論の推進が重要であるとされている。この国内で検討される開示基準に関し、市場区分や規模等に応じた段階的な対応の検討が考えられるとの意見があった。これに関して、サステナビリティは社会課題に関する事項であり市場区分等に関わらないとの意見や、ISSBによる基準開発の背景には投資家から国際的な比較可能性を求める声の高まりがあるとの意見もあった。このほか、ISSBの基準開発のなかで「スケーラビリティ」が検討されている状況等を踏まえて検討すべきとの意見もある。

企業によって社会全体へのインパクトが異なり、さまざまな業態の存在、企業負担の観点、さらに、欧米では企業規模に応じた段階的な適用の提案を踏まえると、わが国においては、最終的にすべての有価証券報告書提出企業による、必要なサステナビリティ情報の開示を目標としつつ、今後、円滑な導入の方策を検討していく対応が考えられるとの意見がある。

SSBJは、「現在開発中のサステナビリティ開示基準に関する今後の計画」を公表した。主な内容としては、SSBJが開発する基準を国際的に整合性のあるものとする取組みの一環として、ISSBのS1基準に相当する基準(日本版S1基準)の開発とS2基準に相当する基準(日本版S2基準)の開発を行うとしている。

(3)要求事項の高度化

サステナビリティ情報に対する第三者による保証については、国際的には、欧州や米国において限定的保証から導入し、合理的保証に移行するアプローチが提案されている。すでに説明したとおり、監査および保証に関する国際的な基準設定主体であるIAASBにおいて、基準開発に向けた審議が開始されており、2024年9月における最終化が予定されている。

有価証券報告書において、わが国の開示基準に基づくサステナビリティ情報が記載される場合には、法定開示において高い信頼性の確保に対する投資家のニーズや、国際的に保証を求める流れを踏まえ、将来的に、当該情報に対して保証を求めていく対応が考えられる。まず、サステナビリティ情報については、領域が拡張し続けているなか、どの範囲に対して保証を求めるかについての検討が必要である。

これは、記述情報に記載する個別の情報が対象となるのか、記載欄などの一定の領域全体が対象になるのか検討が予想される。さらに、保証の対象は、サステナビリティに関して開示された記述情報にとどまるのか、それとも、これらに関する内部統制や全社的リスク管理の整備および運用も対象となるのかについても検討される可能性が考えられる。

また、金融商品取引法の規定により、有価証券報告書の財務諸表に対して公認会計士または監査法人による監査が義務づけられている状況を踏まえると、同じ有価証券報告書のサステナビリティ情報に対して保証を求める場合には、金融商品取引法における規定が必要になると考えられる。

(4)リソース

① 人材

人材育成については、中長期的な取組みが必要になると予想される。たとえば、サステナビリティ情報の作成や利用等に関する教育および研修の充実等により、社会全体で人材育成に取り組んでいく対応が重要である。企業においては、サステナビリティ開示の充実に向けて対応できるような人材育成とともに、人材の適切な配分も重要である。

② システム化およびシステム投資

情報作成の必要に迫られ、当初は表計算シートによる手集計による対応になるかもしれないが、継続的な開示が実施され、社内的には開示の効率化が求められるようになるであろう。開示の適用当初には、当面の取扱いとして、財務諸表とサステナビリティ情報の同時開示の負担を軽減する措置が適用されるであろうが、これもいつまで維持されるのであろうか。将来においては、サステナビリティ開示の国際的な制度比較において、開示情報の信頼性を損なわないためにも、システム化やシステム投資が必要になると思われる。

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執筆者

川端 稔

監査事業本部 パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

Email

石川 剛士

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

Email

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