
持続可能な化学物質製造への道筋
化学産業の脱化石化は、世界的なネットゼロを実現する上で最も重要な要素の1つといえます。本レポートでは、基礎化学物質の脱化石化に向けた具体的な道筋を示し、予想されるCO2排出削減効果や必要な投資について説明します。
※本稿は、2023年4月1日号(No.1673)に寄稿した記事を転載したものです。
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有価証券報告書においてサステナビリティ情報の開示が義務化されるなど、カーボンニュートラルを目指した脱炭素の取組みが待ったなしの状況となっている。経理部門は、気候関連の情報開示やグリーンボンドによる資金調達など、脱炭素の取組みに関与する機会が増えると予想され、ある程度の知識が必要となる。しかし、伝統的な財務会計に基づく情報の開示とは異なる分野であるため、理解が進みにくい状況にあると推察される。そこで、脱炭素の基礎的な事項および経理部門に関連する事項を、わかりやすいQ&A形式で解説していく。
第1回は、どうして企業が脱炭素に取り組むのかについて解説する。なお、記載については、筆者の私見であることをあらかじめ申し添える。
地球温暖化はよく耳にするが、実際どのような原因で進んでおり、どのような問題が生じるのか。
地球温暖化は、人為的に排出される温室効果ガス(Greenhouse Gas(以下、「GHG」という))によってもたらされものとされている。
地球温暖化に伴う気候変動は、気温上昇、暴風雨の激化、干ばつの増加など、社会に対して、さまざまなリスクを高めると予想されており、すでに一部が顕在化している。この影響は、企業にも及び、洪水等の発生リスクや気候変動に対する機会創出など、財務的な影響を生じる可能性が認識されている。投資家をはじめとする幅広いステークホルダーからの要望により、まず欧州や米国で企業のGHG排出量の開示を義務化する動きが活発化した。
脱炭素とは、地球温暖化の要因である二酸化炭素(以下、「CO2」という)をはじめとするGHGの排出量をゼロにしようとする取組みである。GHGとは、大気中にあって、地表から放射された赤外線の一部の吸収により、温室効果をもたらす気体であり、京都議定書における排出量削減対象となっている。GHGは、CO2、メタン(CH4)、亜酸化窒素(または一酸化二窒素)(N2O)、ハイドロフルオロカーボン類(HFCs)、パーフルオロカーボン類(PFCs)、六フッ化硫黄(SF6)、三フッ化窒素(NF3)の7種類で、GHG排出量のうち約91%を占めているのがCO2である。GHGの排出が実質ゼロになった社会を「脱炭素社会」といい、現在、地球温暖化の加速を受けて、世界全体で脱炭素に向けた取組みが推進されている。
脱炭素社会でいうGHG排出量の「実質ゼロ」とは、フローの考え方によるゼロを意味する。財務会計の損益計算書でいえば、「当期損失ゼロ」のような表現がイメージしやすいだろうか。問題は、この「実質ゼロ」をいつ達成するかだ。遠い将来に「実質ゼロ」の目標を達成したとしても、それまでに蓄積されるGHGという負債は、増加を続け、気温上昇を引き起こすだろう。気候変動の影響を最小限にとどめるため、できる限り早く、遅くとも2050年には「実質ゼロ」の達成が望まれている。
日本におけるCO2の排出の状況については、図表1のとおりである。
日本のGHG排出量は、2008年度および2009年度においては、世界的な経済危機の影響もあり大きく減少したが、2010年度に景気回復で増加に転じた。2011年度および2012年度には東日本大震災後の原発停止の影響で火力発電量が増加し、排出量が大きく増加した。これに対し、2014年度以降は、節電や省エネの進展、再生可能エネルギーの導入や原発の再稼働などにより、排出量は減少し続けている。
図表2に表すとおり、現在、年間350億トンを超えるCO2が排出され、継続的に増加している。OECD加盟のG20国および地域からの排出量は、1990年から2019年の間で、微増の状況にある。大幅な増加がみられるのは、OECD非加盟のG20国においてである。これらは、いわゆるBRICsを含む国々であり、1990年から2019年の間の30年間で、経済発展が著しく進んだ国々ともいえる。
なお、森林や海洋によって、年間200億トン強のCO2が吸収されているといわれている。ただし、伐採や火災などにより破壊される森林も拡大しており、大きな問題となっている。
世界の平均気温は2020年時点で、工業化以前(1850年~1900年)と比べ、すでに1.07℃の上昇が示されており、このまま気候変動対策を行わない状況が続けば、さらなる気温上昇が見込まれる。
近年、国内外でさまざまな気象災害が発生している。個々の気象災害と気候変動問題との関係の明確な紐づけは容易ではないとされているが、気候変動に伴い、今後、豪雨や猛暑のリスクがさらに高まる状況が予想されている。日本においても、台風や豪雨被害が頻発している状況にあり、保険金の支払が急増している。このため、各損害保険会社とも保険料の値上げをせざるを得ない状況が生じている。たった1℃と感じるかもしれないが、影響は甚大である。
2021年8月にIPCCが公表した第6次評価報告書では、前述の平均気温上昇に関する記載の他、1850年から2019年にかけての過去の累積CO2排出量が、2,390(±240)GtCO2となったとされている。残余カーボンバジェットの推定値は、1.5℃まで地球温暖化を抑制できる可能性を反映し、図表3のように見積られている。
産業革命以前と比べて1.5℃、1.7℃および2.0℃の制限温度が設定され、すでに1.07℃の温度上昇を控除した制限への余裕温度が算出されている。制限温度を1.5℃、83%の達成可能性を前提とすれば、残余カーボンバジェットは、300GtCO2と推定され、年間のCO2排出量を40GtCO2と仮定すれば、森林等による吸収があったとしても、あまり余裕はない。ウイルスの蔓延や戦争があったとしても待ったなしである。
CO2排出量を表示する単位として、tCO2やGtCO2などが使用される。tCO2は、気体である二酸化炭素の重量1トンを意味する単位で、「トンCO2」と呼ばれる。同じように、国際的な統計などでは、より大きな単位である、GtCO2「ギガトンCO2」が使用されている。
また、主な単位の関係を表すと、図表4のとおりである。
空気中におけるCO2の存在は理解できても、見ることも手に取ることもできないため、存在するものとして実感しづらいかもしれない。仮に、CO2の排出量を1トン削減したとしても、それがどのくらいの規模なのかが直感的に理解しにくいと思われる。標準状態(0℃、1気圧)、重量1トンのCO2の体積は、約509㎥であり、およそ25mプール1杯分となる。
図表4:単位の関係
1tCO2 = 103kgCO2 = 1,000kgCO2 |
1ktCO2 = 103tCO2 = 1,000tCO2 |
1MtCO2 = 106tCO2 = 1,000,000tCO2 |
1GtCO2 = 109tCO2 = 1,000,000,000tCO2 |
地球温暖化に対して、世界的・日本国内でどのような取組みがされてきたのか。
1970年代に起こったオイルショックでは、エネルギーを大切に使わないといけないという反省から、1979年に「省エネ法(エネルギーの使用の合理化等に関する法律)」が制定された。これは一定以上のエネルギーを消費する事業者に対して規制をかける法律だが、時代の流れに合わせて改正され、現在に至っている。
1997年に京都で開催された国連気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)で採択された京都議定書は、温暖化に対する国際的な取組みのための国際条約である。この取り決めに基づき、世界各国でGHGの排出量削減目標を掲げ、削減の活動が展開された。日本でも2008年から2012年の5年間に6%のGHG排出を削減する目標が掲げられた。また、国、地方公共団体、事業者、国民が一体となって地球温暖化対策に取り組むための枠組みとして1998年、「温対法(地球温暖化対策の推進に関する法律)」が制定された。
日本では、省エネ法と温対法の両輪で、省エネルギーと脱炭素化が図られてきた。その後、2015年4月に開催された20カ国財務大臣および中央銀行総裁会議G20および12月にパリで開催された国連気候変動枠組条約第21回締結国会議(COP21)が現在の枠組みの起点となっていると考えられる。
2015年4月に開催されたG20のCommunique(共同声明)のAnnex(付属書類)におけるIssuesfor Further Actionとして、「G20は、金融安定理事会(FinancialStability Board:FSB)に対して、公共部門および民間部門の参加者を招集し、気候変動関連問題について金融セクターがどのように考慮するかについて検討を要請する」との一文が入れられた。FSBは、2009年4月に金融安定化フォーラムを改組し設立され、国際金融に関する措置、規制、監督などの役割を担う機関である。
2022年(令和4年)末時点で、主要25カ国および法域の中央銀行、金融監督当局、財務省、主要な基準策定主体、IMF(国際通貨基金)、世界銀行、国際決済銀行(BIS)、経済協力開発機構(OECD)等の代表が参加している。
このFSBがG20の要請に基づき設置したのが、気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Forceon Climate-related FinancialDisclosures:TCFD)であり、2017年6月に、TCFDは、最終報告書であるTCFD提言を公表した。TCFD提言は、企業や金融機関が気候変動のリスクと機会を認識し経営戦略に織り込む対応は、ESG投融資を行う機関投資家や金融機関が重視しているとし、企業や金融機関に財務上の影響を及ぼす気候変動の開示を促している。
2015年12月12日にパリで開催された国連気候変動枠組条約第21回締結国会議(COP21)において、地球温暖化対策の新たな枠組みが合意された。これがパリ協定とよばれている。パリ協定における主な合意事項は、次のとおりである。
パリ協定は、途上国を含むすべての参加国に、排出削減の努力を求める枠組みとされている。国連気候変動枠組条約第3回締結国会議(COP3)で採択された京都議定書では、排出量削減の法的義務は先進国にのみ課せられていた。しかし、京都議定書が採択された1997年以降、途上国は急速に経済発展を遂げ、それに伴い排出量も増加している状況を反映し、排出削減の努力を求める対応が行われた(図表5)。
2020年10月に、当時の菅義偉内閣総理大臣が所信表明演説のなかで、「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」とし、明確な目標の設定を明らかにした。
2021年4月に、気候変動リーダーズサミットにおいて2030年度、GHG46%削減(2013年度比)を目指し、さらなる削減への継続を表明した。この表明を受けて、2021年10月には、地球温暖化対策計画が閣議決定された。この地球温暖化対策計画は、地球温暖化対策推進法に基づく政府の総合計画で、2016年5月の閣議決定による前回の計画を5年ぶりに改定したものである。改定された地球温暖化対策計画は、この新たな削減目標も踏まえて策定している。二酸化炭素以外も含むGHGのすべてを網羅し、新たな2030年度目標の裏づけとなる対策や施策を記載し、新しい目標の実現への道筋を示している。
2021年7月に日本銀行は、気候変動問題が将来にわたって社会および経済に広範な影響を及ぼす可能性のあるグローバルな課題であり、物理的リスクと移行リスクを通して金融システムの安定にも大きな影響を及ぼす可能性があるとの認識のもと、「気候変動に関する日本銀行の取り組み方針について」を公表した。また、同年9月には、金融機関に対して脱炭素の投融資を支援する「『気候変動対応を支援するための資金供給オペレーション基本要領』の制定等について」を公表した(図表6)。
この制度は、日銀が貸付利率0%で民間の金融機関に長期資金を提供するしくみである。金融機関は、資金を適格な気候変動対策に関する投融資に充てる。貸付期間は原則1年間とされているが、繰り返し利用する対応により長期の資金調達を可能にしている。
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