DXで直面するカベを突破せよ ITのシステムアジリティー向上を阻むカベを突破せよ

2025-07-17

筆者の所属するPwCコンサルティングが発表した「2024年DX意識調査―IT モダナイゼーション編」の分析結果からは、「DXの成果が期待通り、もしくはそれ以上」と回答した企業が41%にとどまることが分かった。これは、顧客動向、法規制、地政学リスク、新技術動向など企業を取り巻くビジネス環境の変化が日を追うごとに加速する一方で、ITシステムがこれらの変化に迅速に対応できていないことに起因していると想定する。

従来のウォーターフォール型の開発では、プロジェクト開始時に策定した計画に基づいてプロジェクトを実施することが求められるが、現実にはプロジェクト中にさまざまなビジネス環境の変化が起きてしまう。こうした変化の激しい状況においては、変更を前提としたアジャイル開発の活用が企業に求められる。

実際にPwCコンサルティングの調査では、「DXの成果が期待通りもしくはそれ以上」と回答した企業のうち、90%がアジャイル開発を活用しており、その効果は「不要な開発の削減」「変更要求への柔軟な対応」「サービス提供開始時期の早期化」が上位の回答となった。この結果から、ビジネスが激変する環境におけるアジャイル開発の有用性を確認できる。そこで本稿は、どのようにアジャイル開発を組織に浸透させ、ITシステムのアジリティーを向上させるか、そして、それらを阻害する要因への対処方法に関して解説する。

図表1:DXの成功と親和性の高いアジャイル開発

出典:「2024年DX意識調査 - ITモダナイゼーション編 -」を基にPwCにて作成

ITシステムのアジリティー向上を阻む要因とその対応策

まず、アジャイル開発の採用により「開発が早くなる」「組織の意思決定が早くなる」と期待していたが、実際にはそこまでの効果を感じられないと悲嘆する声がある。以下では、その典型的な要因と対応策について2つ紹介する。

なお本稿では、アジャイルを「マインドセット」、スクラムを「アジャイル開発の手法(フレームワーク)」と区別して扱う。

図表2:アジャイルとスクラムの関係性

出典:「アジャイルソフトウェア開発宣言」を基にPwCにて作成。
「アジャイルソフトウェア開発宣言」については、こちらから引用しています。

第1のケース:名前だけアジャイル

とある企業は、従来のウォーターフォール型開発から一部をアジャイル開発に移行した。スクラムを手法として採用し、プロダクトオーナーやスクラムマスターを任命。週次報告会は「スプリントレビュー」と名前を変え、朝会は「デイリースクラム」と呼ぶようになった。プロダクトオーナーやスクラムマスターは、これまでにはない役割のため、プロダクトオーナーは企画部門の課長、スクラムマスターはプロジェクトマネージャーと、既存の役割や役職に当てはめ任命した。

ところが、スクラムにおけるスプリントレビューなどのイベントの本質的な意味や、目的を理解しないままイベントを移行したり、個人の能力や特性を考慮せずに役割を画一的に当てはめたりしたことで、スクラムチームが機能せず、自社には合わないと判断して諦めてしまったのだ。このケースが失敗した要因と、望ましい対応方法を以下に説明する。

スクラムでは、プロダクトオーナーやスクラムマスターと呼ばれる役割を定義する。これは、役職や職階ではなく役割である。既存の役職と対比できるものではない。無理に既存の役職に当てはめるのではなく、個人の能力や特性に応じて適切に任命するのがポイントとなる。

各種スクラムイベント(会議)にしても、デイリースクラムは次の24時間の再計画を行う場であり、1日1回の報告を行う朝会とは異なる。また、スプリントレトロスペクティブはチームの最も重要な1つの課題を特定しアクションを決定する場であり、反省会や振り返りではない。「Keep」(良かったこと)、「Problem」(より良くしたいこと)、「Try」(改善案)を出す「KPT法」などの特定の手法を用いたからといって、スプリントレトロスペクティブが機能するわけではない。

既存の枠組みに無理に当てはめた結果、スクラムが合わないと断念する前に、まずはスクラムをそのまま実践してみることが必要である。組織への影響が大きいのであれば、小さなところ――例えば、1チームや短期で終わるプロジェクトでスクラムガイド通りに実践してみてほしい。そして効果が見えてきた段階で、より大きな効果を出すために、スクラム自体をカスタマイズする。つまりはプロダクトオーナー、スクラムマスターと開発者のみでスクラムチームを構成し、別の役割(例えばプロジェクトマネージャー)を作らない、兼務を避けるなど、スクラムガイド通りに行うことが肝要であり、最初から独自のカスタマイズは避けるべきである。

第2のケース:従来のマネジメントスタイルを踏襲

アジリティー向上の鍵は、課題や目標に最も近い現場に権限を委譲し、一つ一つの判断の速度を上げることである。これによりチームの学習速度は上がり、さらなる改善のサイクルが回りだす。この方法はチームの自主性や自律性を重んじることになるため、アジャイル開発では、マネジメント層の役割を従来のコマンドアンドコントロール型(現場への指示と統制による管理)からサーバントリーダーシップ型(現場の判断を尊重し実行をサポート)へと変革する必要がある。プロダクトオーナーの判断を信じて開発する機能や優先度付けを任せる、開発チームでは解決が困難なものをマネジメントレベルで解決する、顧客をチームに紹介するなど、「下支えする役割」へのマインドチェンジが求められる。

この変化を理解せずにスクラムを導入した場合、チームにはマネジメント層への従来型の報告が求められ不必要な作業に忙殺される、マネジメント層の好みが優先され顧客が求めていない機能がプロダクトに追加されるなどといった事態が散見されることになる。結果としてチームは疲弊し、プロダクトも顧客に十分な価値を提供できずに失敗に終わってしまう。

このケースを避ける方法は以下の通りである。

スクラムにおけるマネジメント層の役割は、チームの「コントロール」からチームへの「サポート」に変わる。チームが自律的に動けるようになるために、マネジメント層はコーチングをしながら気付きを与えて、チームの成長を後押しする。最も現場に近いチームが変化を察知できるようになること、その変化に対応できるようになることこそが、アジリティー向上のためには重要である。

この変化のためには、マネジメント層に対する教育が必要になってくる。従来であれば計画を立て、進捗(しんちょく)を管理し、計画との隔たりが発生した際には、対策を講じて計画通りに進むよう是正するのがマネジメントの役割だったが、アジャイルではチームの成長を妨げる要因を取り除くことが役割となる。マネジメント層は自身の役割の変化を学び、主にチームへのコーチングを行うことで、チームの自律性とアジリティーは向上していく。

チームレベルで対応できるものは素早くチームで対応し、マネージャーはより大きな範囲、例えば、チーム間にまたがる課題や、組織のルールがアジリティー向上の妨げになっているといった課題に集中するべきである。

図表3:マネジメントスタイルを変革する

今までのマネジメントスタイルからの脱却には長い時間がかかるだろう。長期にわたってマネジメント層への継続的な教育や支援が必要となる。また、権限移譲の範囲もチームと継続的にコミュニケーションを取り、チームが無理なく成長できる範囲で段階的に行う事が重要である。

まとめ

アジリティー向上の鍵は、現場のスキルおよび自律性の向上である。これを実現するには、チームに学習の時間と支援、自律性を育むために権限を与えることが重要となる。そのためには、組織レベルにおいても現場レベルにおいても多くのことを変える必要がある。既存のしがらみやルールなどとの整合を取ることは無視できないが、最優先すべきはアジリティーの向上と、その結果としてのビジネスバリューである。

アジャイル導入を名前だけの変更など表面的なやり方にとどめるのではなく、原理原則を理解した上で導入してほしい。

※本記事は2025年6月10日にZDNET Japanに掲載されたものです。
※発行元の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。

執筆者

鈴木 直

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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