社会とのつながりを、持続可能な事業として設計する

企業の人的資本・地域共創テーマとしての高齢者の「役割」

  • 2026-09-01

はじめに

高齢者の社会参加は、孤立予防や地域福祉の文脈だけで語られるものではありません。就労、地域活動、ボランティア、学びの場、店舗・施設での役割づくりなどを通じて、高齢者が無理なく社会との関係性を持ち続けることは、本人のウェルビーイング向上に加え、企業にとっても人材活用、顧客接点、地域共創、サービス継続性に関わる重要な事業テーマになり得ます。本稿では、高齢者の「役割」を、企業がどのように事業として設計できるのかを考察します。

「社会参加」は、善意や地域貢献だけでは続かない

高齢期における社会とのつながりは、単に人と会うことや孤立を防ぐことにとどまりません。仕事を続ける。地域活動に参加する。ボランティアとして役割を持つ。学びの場で誰かと関わる。店舗や施設で案内役になる。地域の子どもや若い世代に経験を伝える。こうした関わりは、高齢者本人にとって、自分がまだ社会の中で必要とされているという実感につながります。

一方で、企業がこの領域を事業として考える際には、「良いことだからやる」という発想だけでは続きません。高齢者本人の善意、地域団体の努力、企業のCSR予算、自治体の単年度事業に依存すると、取り組みは一時的なイベントにとどまりやすくなります。社会とのつながりを事業化するには、「参加機会を増やす」だけでは不十分です。重要なのは、高齢者が無理なく関わり続けられ、受け入れる側にも事業上の価値がある仕組みとして設計することです。

企業が見るべきは、「働けない人」ではなく「関われるが、設計されていない人」である

高齢者の就労や社会参加を考えるとき、議論はしばしば「何歳まで働けるか」「どのような業務なら任せられるか」「健康リスクをどう管理するか」に向かいます。もちろん、これらは重要です。しかし、それだけでは高齢者の社会参加を十分に捉えられません。

企業が見落としやすいのは、働けない人ではなく、まだ関われるが、関わり方が設計されていない人です。高齢者本人の働く力が足りていないわけではありません。課題は、企業や地域側の仕組みが、現役世代を前提としたままになっていることにあります。

例えば人材活用の仕組みは、長時間・定期的・安定稼働を前提に作られがちです。地域活動は、自分から情報を取りに行き、自発的に参加できる人を基に設計されています。ボランティアや学びの場も、参加者の体力、移動負荷、心理的ハードル、役割の重さに十分配慮されていないことがあります。

その結果、「参加したい」「働きたい」「関わりたい」という意欲があっても、本人の中で「続けられなかったら迷惑をかけるのではないか」「今さら自分が出ていってよいのか」という遠慮が生まれます。受け入れる側にも、「任せて大丈夫か」「急に来られなくなったら困る」「どこまで配慮すべきか分からない」という不安があります。

ここに、事業機会があります。高齢者の社会参加を広げる上で必要なのは、「参加してください」と呼びかけることではありません。本人と受け入れ側の双方にとって、ちょうどよい関わり方を設計することです。

Case 1:小売・商業施設は、高齢者を「顧客」から「地域接点の担い手」に変えられる

小売業や商業施設では、高齢者は重要な顧客層です。一方で、店舗や施設側は人手不足、来店頻度の低下、地域コミュニティとの接点不足といった課題を抱えています。

ここで考えられるのが、高齢者を単なる来店客ではなく、地域接点を支える担い手として位置づけるモデルです。

例えば、商業施設や食品スーパーにおいて、地域の高齢者が週数回、短時間だけ「地域案内役」や「買い物サポート役」として参加する仕組みが考えられます。その役割は、重い品出しや長時間のレジ業務ではありません。来店した高齢顧客への売場案内、地域イベントの案内、スマートフォン注文の使い方サポート、休憩スペースでの声かけ、地域講座の受付などです。

このモデルでは、高齢者本人は、生活リズムができ、外出理由が生まれ、地域の中で役割を持つことができます。店舗側にとっては、同世代顧客に寄り添った接点を作ることができ、来店頻度の向上や地域密着ブランドの強化につながります。さらに、家族にとっても、親が地域の中で関わりを持ち続けていることは安心材料になります。

重要なのは、「高齢者を雇用する」こと自体ではありません。店舗の既存業務をそのまま任せるのではなく、高齢者が無理なく価値を出せる役割を切り出すことです。ここに、企画部門・事業戦略部門の設計力が問われます。

このような取り組みは、単なる地域貢献ではなく、来店頻度、顧客満足度、店舗滞在時間、地域イベント参加者数、高齢者顧客の継続利用といった事業KPIにも接続し得ます。

Case 2:不動産・住宅事業者は、居住者の「役割」をエリア価値に変えられる

不動産・住宅・まちづくり領域では、高齢居住者の孤立や生活機能低下は重要な課題です。一方で、居住者を単に見守りや支援の対象として捉えるだけでは、住宅やエリアの価値向上にはつながりにくい面があります。

ここで考えられるのが、高齢居住者が地域や物件内で役割を持つ仕組みです。

例えば、分譲マンション、賃貸住宅、高齢者向け住宅、ニュータウン、複合開発エリアなどで、居住者の中から希望者が「コミュニティサポーター」として、共用部イベントの運営補助、新入居者への案内、趣味サークルの立ち上げ、子育て世帯との交流イベント、地域防災活動などに関わるモデルが考えられます。

この場合、高齢者本人にとっては、住まいの中で役割を持ち、外出が難しくなっても社会との接点を維持できます。住宅事業者にとっては、コミュニティ形成、居住満足度向上、退去抑制、物件ブランド向上につながる可能性があります。自治体にとっても、孤立予防や地域活動の担い手確保につながります。

特に不動産事業者にとって重要なのは、高齢居住者を「将来の管理リスク」としてだけ見るのではなく、エリアの関係性を支える資産として位置づけ直すことです。高齢者が地域の中で役割を持ち続けられる住宅やまちは、単に設備が整っているだけでなく、「住み続けたい」と思える価値を持ちます。

このモデルを事業として成立させるには、管理会社、自治体、地域団体、見守りサービス、保険、デジタルツールなどとの連携が必要になります。イベントを開催するだけでなく、誰が担い手を発掘し、負荷を調整し、継続状況を見て、必要な支援につなげるのかを設計することが重要です。

Case 3:人材サービスは、高齢者の「マッチング」から「継続支援」へ進化できる

高齢者の就労支援というと、まず人材紹介やマッチングが想起されます。働きたい高齢者と、人手不足の企業をつなぐモデルです。これは重要ですが、それだけでは十分ではありません。

高齢者の就労で難しいのは、仕事を見つけること以上に、無理なく続けられる状態を保つことです。

例えば、ある企業が高齢者人材を短時間勤務で採用したとします。当初は本人も意欲的で、企業側も期待しています。しかし、数カ月後に疲労が蓄積する、家族の事情で出勤が不安定になる、業務量が少しずつ増えて負担になる、周囲に遠慮して相談できない、といったことが起こり得ます。企業側も、どの程度配慮すればよいか分からず、結果として本人が静かに離脱してしまう場合があります。

ここに、人材サービス企業の新しい事業機会があります。単に人を紹介するのではなく、就労後の負荷調整、相談、役割変更、一時休止・再開、企業側への運用支援まで含めた「高齢者就労継続支援サービス」として提供するモデルです。

具体的には、以下のような機能が考えられます。

  • 本人の希望、経験、体力、生活リズムに応じた役割設計
  • 就労開始後の定期フォロー
  • 勤務頻度・業務量・時間帯の調整
  • 企業側への高齢者受け入れガイドライン提供
  • 体調や生活変化があった場合の一時休止・再開支援
  • 離脱理由の分析と、次のマッチングへの反映

この場合、企業が支払う理由は明確です。採用費をかけて受け入れた人材が早期離脱しにくくなる。現場が過度に配慮を抱え込まなくて済む。人手不足の中で、短時間でも安定して関われる人材を維持できる。これは人材戦略上の価値です。

高齢者の社会参加を事業化する上で、今後重要になるのは「誰をどこにつなぐか」だけではなく、つないだ後に、どう続けられる状態を作るかです。

PHRは、就労可否の判定ではなく「関わり方の調整」に使う

社会参加領域でPHR(Personal Health Record)などのデータを活用する際には、特に慎重な設計が求められます。

高齢者の就労や地域活動に健康データを用いると聞くと、就労可否の判定、人事評価、能力評価、参加制限に使われるのではないかという懸念が生じます。企業がこの懸念を軽視すると、当事者からの信頼を失い、サービスそのものが受け入れられなくなる可能性があります。

したがって、PHRは「この人が働けるか/働けないか」を判定するために使うべきではありません。むしろ、どのような関わり方であれば無理なく続けられるかを考えるための情報として使われるべきです。

例えば、次のような活用が考えられます。

  • 活動量や生活リズムを踏まえ、週何回程度の参加が無理ないかを考える
  • 睡眠や疲労感の傾向を踏まえ、午前・午後・短時間など参加時間を調整する
  • 出勤や参加の変化から、負荷が高まりすぎていないかを早めに把握する
  • 本人が「少し休みたい」と言いやすい仕組みを用意する
  • 受け入れ側には詳細データではなく、配慮事項や推奨される調整内容のみを共有する

ここで重要なのは、データの使い方を、評価ではなく調整に限定することです。

企業が高齢者を受け入れる際、「健康状態が見えないこと」は不安になります。一方で、高齢者本人にとっては、「健康状態を見られること」自体が不安要素です。この緊張関係を解くには、データの粒度、共有範囲、利用目的を明確にする必要があります。

事業設計上の原則は、次のとおりです。

  • 医療判断、人事評価・能力評価、参加可否の一方的な判断には使わない
  • 本人が共有範囲を理解し、選べるようにする
  • 受け入れ側には、必要最小限の配慮情報のみを提供する

データを排除ではなく継続支援の目的で使うように設計できれば、PHRは監視や管理の道具ではなく、高齢者本人と受け入れ側の双方が安心して関わり続けるための情報基盤になり得ます。

支払い理由は、「社会的意義」ではなく「続けられる参加者を維持する価値」に置く

高齢者の社会参加サービスを事業として成立させる上で、最も重要な論点の一つは、誰がなぜ支払うのかです。

この領域は、社会的意義だけで語ると、自治体予算やCSR予算に依存しがちです。しかし、継続的な事業にするには、受益者ごとの支払い理由を明確にする必要があります。

企業にとっての支払い理由は、高齢者を受け入れることによる人材確保、稼働安定、離脱防止、現場負荷の低減です。特に人手不足業種では、短時間でも継続的に関われる人材を確保できること自体に価値があります。

小売・商業施設であれば、地域接点の強化や高齢者顧客の来店促進。旅行・観光であれば、地域ガイドや伴走者による体験価値の向上。不動産であれば、居住者の満足度やエリア価値の向上。人材サービスであれば、高齢者人材の継続稼働。保険・金融であれば、高齢顧客との長期接点や将来的なリスク低減。業種によって支払い理由は異なりますが、いずれも「良いことだから」ではなく、事業上の合理性として説明できます。

本人にとっての価値は、収入だけではありません。役割を持てること、生活リズムができること、人と関われること、自分の経験が生かされることにも価値があります。ただし、本人負担だけでサービスを成立させるには限界があります。そこで本人は参加費や会費の一部を負担しつつ、企業・自治体・地域事業者がそれぞれの便益に応じて費用を分担するモデルが考えられます。

自治体にとっての価値は、孤立予防、地域活動の担い手確保、介護予防、地域包括ケアの補完といった点です。ただし、上と同様に自治体だけが支払うモデルでは継続性に限界があります。民間サービスや地域企業と組み合わせることで、より持続的な仕組みにすることが必要です。

このように、社会参加サービスの費用負担は、単独の支払者に依存するのではなく、複数の受益者がそれぞれの価値に応じて分担する形で設計する必要があります。

社会参加を「人材」「顧客」「地域」の交点で設計する

高齢者の社会参加は、一つの業界だけで完結するテーマではありません。就労、人材、地域活動、自治体、健康、保険、交通、小売、不動産、学習、観光など、複数の領域が関わります。

そのため、企業が参入する際には、自社の事業を単独で拡張するという発想だけでは不十分です。自社のアセットが、どの接点で価値を持つのかを見極める必要があります。

例えば、人材サービス会社は、高齢者人材のマッチングだけでなく、継続支援や負荷調整の仕組みを提供できるかもしれません。小売や観光事業者は、高齢者を顧客としてだけでなく、案内役、地域活動の担い手、同世代向け接点として位置づけられるかもしれません。不動産事業者は、高齢者居住者が地域とつながり続ける場や活動を提供できるかもしれません。保険会社は、社会参加を通じた孤立予防や顧客接点維持を付帯サービスとして設計できるかもしれません。自治体は、地域課題と民間サービスを接続する基盤になり得ます。

ここで重要なのは、社会参加を「人材活用」だけに閉じないことです。

高齢者が社会の中で役割を持つことは、企業にとって以下の3つの戦略テーマの交点にあります。この3つを横断して設計できる企業ほど、高齢者ウェルビーイング領域で持続的な事業機会を見出しやすくなります。

  • 人材戦略:人手不足の中で、高齢者人材をどう無理なく活用するか。フルタイム雇用ではない、短時間・低頻度・経験活用型の関わり方をどう設計するか
  • 顧客戦略:高齢者を顧客として理解するだけでなく、同世代顧客との信頼形成やサービス改善に関わる担い手としてどう位置づけるか
  • 地域共創戦略:自治体、地域企業、住民、NPO、保険者などと連携し、孤立予防、外出支援、買い物支援、観光、学習、防災などの地域課題をどう事業として支えるか  

「役割」を設計できる企業が、高齢社会の事業機会をつかむ

高齢者の社会参加を考えるとき、私たちは「場を用意すること」に目を向けがちです。交流の場、働く場、学ぶ場、ボランティアの場――もちろん、こうした場は重要です。

しかし、企業の事業戦略としてより重要なのは、場そのものではなく、役割を設計することです。どのような業務や活動なら無理なく取り組めて価値を出せるのか、受け入れ側の不安を考慮し何を整備するか、誰が何に対して費用を負担するか、などを設計しなければ、社会参加は一時的なイベントや善意に依存した活動にとどまります。一方で、役割、負荷、データ、運用、費用負担、KPIまで設計できれば、高齢者の社会参加は持続可能な事業になり得ます。

高齢者ウェルビーイングの本質は、高齢者を支援対象として囲い込むことではありません。本人が社会との関係性を持ち続け、自分に合った形で役割を持てるようにすることです。

企業が問うべきは、次のようなことです。

  • 自社は、高齢者を顧客としてだけでなく、担い手として捉えられているか
  • 高齢者人材の活用を、単なる人手不足対策ではなく、顧客接点や地域共創の戦略として設計できているか
  • PHRや生活データを、評価ではなく関わり方の調整に使えているか
  • 社会参加を、自治体やCSR任せではなく、事業として続くモデルにできているか

高齢者の「役割」は、本人の生きがいだけでなく、企業の人的資本、顧客接点、地域共創をつなぐ起点になり得ます。

社会とのつながりを、善意で支えるものから、持続可能な事業として設計する。そこに、高齢者ウェルビーイング向上エコシステムの次の可能性があるのではないでしょうか。

執筆者

浅野 泰史

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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