内部監査におけるAI活用のポイント

  • 2025-11-25

はじめに

内部監査人協会(IIA)が公表する「2024年版グローバル内部監査基準」では、「デジタルテクノロジーを継続的に検討し、内部監査に効果的に活用すること」が明文化され、人・財務と並ぶ重要リソースとして位置付けられました。AIをはじめとするデジタル技術は飛躍的に進化し、従来の枠組みを超えた監査手法への転換を強く促しています。とりわけAIの活用は日系企業の内部監査部門でも、本コラム執筆時点で既に検討や導入が始まっています。本コラムでは、こうしたテクノロジーの発展が内部監査をいかに再定義し、次世代の監査実務をどのように変革し得るのかを概観するとともに、昨今活用の検討が進んでいるAI技術について、成果を創出するための具体的な検討ポイントをご紹介します。

内部監査の現状と変革の必要性

デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展に伴い、企業が直面するリスクは多様かつ複雑になっただけでなく、リアルタイムで日々発生しています。しかし、内部監査の対応は定期的かつ事後的に行われることから、従来の監査手法では構造的な課題が生じてしまい、組織全体のリスク管理に影響を与えています。

このデジタル時代のリスクに対処するには、リスクを未然に防ぐフォワードルッキング型の手法へと転換し、AIを活用した新たな監査アプローチの確立が必要とされています。

内部監査・内部統制の評価業務における課題とAIの活用

内部監査や内部統制の評価業務においては、以下のような課題がよく挙げられます。

  1. 業務プロセス・内部統制の複雑性
    広範囲にわたるプロセスと部門間の調整が必要で、業務プロセスや内部統制の全体像をつかむのが困難である。
  2. 多大な作業負荷
    膨大な文書化や証憑収集・レビューが必要となり、担当者の作業負荷が高い。
  3. 難解な法令・基準改訂への対応の遅れ
    規制やビジネス環境の変化への対応が遅れ、重要なリスクに対して内部統制による十分な対応ができなくなる。
  4. リソースの不足
    業務プロセスやリスク、内部統制の整備・運用評価には、複数の専門的知見が必要となり、対応できる人材が限られる。

これらの内部監査や統制評価業務の課題に対して、AIを活用して従来にない手法で課題に向き合っている企業が増えています。

図表1:企業における生成AIの推進度の推移

また、監査や評価のプロセスごとに以下のようなAIの活用が既に利用可能となっています。

図表2:内部監査や統制評価業務におけるAI活用の例

生成AIの活用例

以下では、具体的な活用例をご紹介します。いずれも従来の監査の手法を大きく変革し、内部監査に新たな価値を生み出すための手助けとなるアプローチです。

(活用例1)内部監査および内部統制テストの自動実施

内部監査のテスト基準や内部統制の内容、およびそのテスト方法を文書化します。これらと証憑ファイル一式を生成AIに読み込ませることで、テスト結果や判断根拠、根拠文章の抜粋のドラフトを自動生成することが可能です。実務担当者がこれをレビューする運用への切り替えで、業務の効率化、標準化、品質向上が期待されます。特に準拠性監査や内部統制評価など、複数の資料をレビューしてテストを実施するタイプのさまざまな業務に幅広く適用が可能です。

図表3:内部監査および内部統制テストの自動実施のイメージ

(活用例2)カルチャー監査など真因分析へのAIの活用

従業員のアンケートやインタビュー、議事録などのテキストデータから、コンプライアンスリスク評価やカルチャー監査時における組織の課題を分析します。生成AIを活用して、従来のテキストマイニングでは難しかった潜在的なリスクの発見や真因分析を、より深く行うことが可能となります。

図表4:真因分析へのAIの活用のイメージ

(活用例3)不正・異常検知へのAIの活用

データ分析にAIエージェントを活用することで、経験豊富な監査人の知見を基にした抽出ルールの作成・適用や複雑なデータ処理、さらには高度な機械学習を用いた異常検知が容易に実施できるようになりました。これにより、専門家の過去の知見では把握しにくい新たなリスクへの対応にもAI活用が進展しています。

図表5:不正・異常検知へのAI活用のイメージ

PwC Japan有限責任監査法人は、上記の他にも内部監査のAI活用に関して、多くのユースケースに取り組んでいます。

AIによる監査人および被監査部門の協働

監査人側だけでなく、被監査部門を支援するAIの活用も今後増えていくでしょう。例えば、監査人と被監査部門のAIエージェント同士の協働により、負担を軽減することが考えられます。依頼・収集・検証を自動化し、タイムリーかつ継続的な監査と協業体制の強化が実現できるだけでなく、双方の人材が重要な判断や改善業務に集中するための取り組みとしても期待されます。

図表6:AIによる監査人および被監査部門の協働のイメージ

AIエージェントの導入によって、タイムリーなリスク検知と連携の強化が実現することで、「指摘」中心の監査から「予防」重視へと進化しつつあり、監査におけるガバナンスの強化と信頼性の向上が期待されています。

持続可能な内部監査DXを実現するための構想立案の必要性

高度化の検討には多様な背景がありますが、とりわけ生成AIを含む近年のテクノロジー進化は見過ごせない大きな契機です。多くの内部監査部門では、プロジェクトレベルでのDX推進が急務となっています。

図表7:内部監査のDX化に向けた検討プロセス

①外部品質評価や内部品質評価、専門家からの最新インテリジェンス、基準・ガイドラインの改訂、ステークホルダーからのフィードバックを基に、内部監査の高度化を目指した取り組みを継続的に、また必要に応じてプロジェクト化して推進します。

②高度化検討においては、まず内部監査戦略の再定義を行い、組織体制・人材・監査プロセスを包括的に見直します。テクノロジー活用はその一要素ですが、近年の技術革新がもたらすブレークスルーの可能性を精査することは不可欠です。従来解決困難であった課題に対して、AIやデータ分析プラットフォームなどの先端技術を適用し、監査の質と効率を飛躍的に高める検討を行います。

③高度化の目的と整合性のあるDX構想を策定し、個別プロセスの最適化にとどまらず、戦略・人材・組織の各側面を統合的に改革します。また、経営戦略や全社的なIT戦略との連携・すり合わせを行うことで、持続可能なデジタル変革を通じて内部監査部門の競争力とガバナンス機能の強化を同時に実現します。

AI活用の検討では、単に技術を導入するだけではなく、経営戦略と整合しながらどのような付加価値を生み出すか、そして長期にわたり持続的に運用できるかを見据えることが肝要です。具体的には、まず組織が目指す理想の内部監査像を明確化し、経営戦略と連動した監査戦略を策定することです。その上で、DX構想を設計・実装することで、技術導入による効果を最大化し、変革を着実に定着させる道筋が描けます。

以上

執筆者

駒井 昌宏

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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田中 洋範

パートナー, PwC Japan有限責任監査法人

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吉澤 豪

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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白髭 英一

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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坂下 晃一

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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板橋 拓也

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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