「Transact to Transform――M&Aを通じた変革の実現」について語る 第10回

金融サービス業界におけるM&Aと資金循環の構造転換(後編)M&Aの方向性と統合の成否を左右する固有の課題

  • 2026-07-02

金利のある世界への回帰、資産運用立国の推進、地政学リスクの高まり――日本の金融サービス業界では今、複数の構造変化が同時に進行しています。約25年ぶりの金利復帰は、金融機関の本業の実力差をあらためて浮き彫りにし、プレイヤー間の競争構造を変えつつあります。一方、プライベートマーケットの台頭やインベストメントチェーンの変容は、銀行・保険・資産運用といった業態の枠組みを超えた再編の動きを促しています。

本座談会では、PwC Japanグループの金融サービスセクターの各領域を担う4名のプロフェッショナルが、「Transact to Transform――M&Aを通じた変革の実現」をテーマに、金融サービス業界が直面するM&Aの方向性と固有の課題を議論しました。金利正常化がもたらす銀行・保険の再編圧力から、資金循環の構造転換と資産運用立国の実相、そして海外M&AにおけるPMI(Post Merger Integration)の難所まで、それぞれの現場の視点から率直に議論しました。

登壇者

PwCコンサルティング合同会社 パートナー
永野 隆一

PwC Japan有限責任監査法人 パートナー
辻田 大

PwCコンサルティング合同会社 パートナー
堤 俊也

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー
長谷川 聖

※法人名、役職などは掲載当時のものです。

左から、 堤 俊也、永野 隆一、辻田 大、長谷川 聖

左から、 堤 俊也、永野 隆一、辻田 大、長谷川 聖

人材のリテンションと「のれん」の適切な評価が鍵

永野:
ここまでの議論を踏まえて、日本の金融機関のM&Aの方向性について総括をお願いします。

長谷川:
金融機関の二極化が鮮明になる中で、M&Aの動きは今後、2つの方向で加速すると思います。

1つは、単独では生き残りが難しいプレイヤーが、互いの弱点を補完するための再編型M&Aです。もう1つは、強いプレイヤーがさらなる成長を目指し、資金力を生かした買収を重ねていく拡大型M&Aです。

資産運用立国という文脈でも、各プレイヤーが自社に欠けている機能やケイパビリティを補うための買収は実際に行われています。完全なオールラウンダーは存在せず、どのプレイヤーも何らかの不足を抱えているからこそ、その穴を埋めるためのM&Aには一定の合理性を見出せます。

辻田:
資産運用ビジネスの目線で言えば、買収目的は突き詰めると2つしかないと思っています。「ケイパビリティを買うか、顧客基盤を買うか」です。

ケイパビリティについて言えば、上場市場に関しては世界のどこにいても運用能力を構築できるようになりつつあります。ただし、プライベートアセットの領域はいまだ情報の非対称性が高く、現地に根を張ることが不可欠です。実際、日本の金融機関が海外で買収しているのはこうしたプレイヤーが中心であり、プライベートアセットのケイパビリティ獲得が主な目的です。

一方、顧客基盤の買収は主に外資系運用会社同士の案件で見られます。日本の金融機関が運用資産残高(AUM)の拡大を目的に買収を行うことには、あまり合理性がありません。国内トップの運用会社でもグローバルのトップ50に入らない規模であり、スケールメリットの競争では根本的に不利だからです。

なお、ケイパビリティ買収については見落とせない問題があります。資産運用ビジネスの本質的な資産は人材です。買収後に中核人材が離脱すれば、獲得したケイパビリティは一瞬で失われます。買収はゴールではなく出発点に過ぎず、その後のPMIをいかにうまく進められるかが成否を分けます。

長谷川:
私も同感です。運用資産残高が大きくても、アセットマネジメント会社そのものの貸借対照表上の資産は極めて軽い。人材とブランド、そして運用契約がほぼすべてであり、有形資産はほとんど存在しません。また別の論点ですが、アセットが軽くキャッシュを生むという観点から、マーケットで高く評価されていることも多く、その収益力に対して買収価格が高くなると同時に「のれん」が生じやすい構造があります。

したがって、資産運用業界における買収において最も重要になるのは、人材のリテンションと「のれん」の適切な評価です。特に日本基準では、のれんを一定期間で償却する必要があるため、高値での買収は長期にわたって収益を圧迫します。また、海外のアセットマネジメント会社は、日本の金融機関の本社が採用する画一的な人事制度とは全く異なる、成果連動型の特殊な報酬体系を持つケースが大半です。こうした会社をグループに取り込み、人材をつなぎとめながら経営を安定させるには、本社の人事制度との整合性をどう図るかという難題が避けられません。

これらの問題は案件ごとの個別要因にもよるので、画一的な妙案のようなものがあるわけではありませんが、買収や出資を検討する段階において、しっかりとデューデリジェンスを行い、リスクや問題点を洗い出しておくことが、PMIをいかに上手く進めるかという観点からも大事だと思います。

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー 長谷川 聖

M&Aは変革のための手段

永野:
最後にこれまでの議論や論点を踏まえて、ご自身の立場から提言や日本企業へのメッセージをお願いします。

堤:
日本はこの20年近く、ゼロ金利という極めて特殊な環境に置かれ、個人・法人・金融機関のいずれもが、金利のない前提でバランスシートや事業モデルを最適化してきました。いわば「全く違う世界」に突入していたわけです。金利のある世界への回帰は、こうした構造を根底から揺さぶり、金融機関にとってはM&Aを通じた事業ポートフォリオの抜本的な再構築を不可避にしています。単独では生き残れないプレイヤーの再編、強者によるケイパビリティ獲得型の買収――いずれも、新しい金利環境下で収益構造を作り直す動きとして加速していくはずです。

同時に問われているのが、長期の低金利下で金融機関のリスクをとる筋肉が痩せてきたのではないか、という点です。リスクマネーの供給者としての存在意義が改めて問われる中で、M&Aは単なる規模拡大の手段ではなく、与信・投資の目利き力を取り戻し、産業変革を資本面から支える担い手へと自らを変革するための戦略的な打ち手であるべきだと考えています。

辻田:
金利の回復・株式市場の好調に政策的な後押しも加わり、日本の資産運用業にとって千載一遇の成長機会が訪れていると考えています。ただ、その成長機会はすべてのプレイヤーが平等に享受をできるものではなく、人口動態の変化やテクノロジーによる創造的破壊といったメガトレンドから引き起こされる不可逆な業界の構造変化を積極的にとらえ、その変化に抵抗するのではなく、むしろ変化を起こす側に回る意識が必要なのではないかと感じています。そのためには、集中すべき自らの強みを定義したうえで、足りないピースについては、従来の発想にとらわれることなく外部のパートナーと連携することで補完していくような発想も必要になってくるでしょう。

長谷川:
金利がある世界という市場環境の変化を通じて、金融セクターにおいても大胆な構造改革や戦略を検討して実施する機運が高まってきているのではないかと感じています。良い意味での市場のプレッシャーがある中で次の世代に何を残せるか、さまざまなステークホルダーとの対話を通じて、短期的な目線だけではなく、中長期的な目線も意識した取り組みに少しでも役に立てればと考えています。

永野:
本日の議論を通じて明らかになったのは、金利のある世界への回帰、資産運用立国、プライベートマーケットの台頭、テクノロジーの進化といった環境変化が、金融機関に対して、事業ポートフォリオ、資本配賦、人材、ガバナンス、オペレーティングモデルを一体で見直すよう求めているということです。

その意味で、M&Aは単なる規模拡大や市場シェア獲得の手段ではなく、「Transact to Transform」、すなわち金融機関が自らの変革を実現するための重要な手段として位置付けられます。

PwC Japanグループとしては、M&A戦略、ディール実行、デューデリジェンス、バリュエーション、PMI、規制対応、テクノロジー実装までを横断的に支援し、金融機関が次の成長モデルを描くためのパートナーでありたいと考えています。

金融サービス業界におけるM&Aと資金循環の構造転換


{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

本ページに関するお問い合わせ