「Transact to Transform――M&Aを通じた変革の実現」について語る 第10回

金融サービス業界におけるM&Aと資金循環の構造転換(前編)金利正常化が映し出す実力差と再編の加速

  • 2026-06-30

金利のある世界への回帰、資産運用立国の推進、地政学リスクの高まり――日本の金融サービス業界では今、複数の構造変化が同時に進行しています。約25年ぶりの金利復帰は、金融機関の本業の実力差をあらためて浮き彫りにし、プレイヤー間の競争構造を変えつつあります。一方、プライベートマーケットの台頭やインベストメントチェーンの変容は、銀行・保険・資産運用といった業態の枠組みを超えた再編の動きを促しています。

本座談会では、PwC Japanグループの金融サービスセクターの各領域を担う4名のプロフェッショナルが、「Transact to Transform――M&Aを通じた変革の実現」をテーマに、金融サービス業界が直面するM&Aの方向性と固有の課題を議論しました。金利正常化がもたらす銀行・保険の再編圧力から、資金循環の構造転換と資産運用立国の実相、そして海外M&AにおけるPMI(Post Merger Integration)の難所まで、それぞれの現場の視点から率直に議論しました。

登壇者

PwCコンサルティング合同会社 パートナー
永野 隆一

PwC Japan有限責任監査法人 パートナー
辻田 大

PwCコンサルティング合同会社 パートナー
堤 俊也

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー
長谷川 聖

※法人名、役職などは掲載当時のものです。

左から、 堤 俊也、永野 隆一、辻田 大、長谷川 聖

左から、 堤 俊也、永野 隆一、辻田 大、長谷川 聖

金利のある世界で、金融サービス業界はどう動くのか

永野:
金融サービス業界におけるM&Aについて、『PwC Global M&A Trends in Financial Services 2026』によると、2025年の取引額は前年比25%増となる一方で件数は4%増にとどまり、10億ドル超あるいは50億ドル超の大型案件が増加しました。

2026年の見通しは、テクノロジーの進化、金利のある世界への回帰、規制の見直しなどを背景に拡大が続くとされています。銀行は国内再編や中核事業強化、保険は低収益分野から撤退し、年金やデジタル事業へ集中、資産運用会社は中堅同士の統合を進めています。各業態で共通する狙いは、規模拡大、コスト効率化、テクノロジー活用による変革です。特にプライベートクレジットの成長が、銀行・保険・資産運用の境界を曖昧にし、資金供給、提携、買収戦略を再定義しています。

その後、イラン情勢に大きな変化が生じたため、リスク許容度の変化も気になりますが、今後のM&A市場の展開について、ディールアドバイザリー、監査法人、戦略コンサルティングの立場で金融部門のM&A支援に携わるみなさんはどのように見ていますか。

長谷川:
地政学リスクの高まりが投資家心理に一時的な影響を与え、M&A市場が短期的に変動する局面はあるかもしれません。ただ、イラン情勢が長期化するシナリオは想定の範囲外として、ある程度の収束を前提とすれば、M&Aが増加傾向をたどるという中長期のトレンドは大きく変わらないと見ています。

その背景として、日本の金融市場における大きな潮流の1つが、約25年ぶりの金利復帰です。超低金利・超低スプレッドの環境下では、利息収入という観点からは量をこなして収益を積み上げるビジネスモデルが見られました。しかし利ざやが回復する局面では、量よりも質が問われます。融資ビジネスにおける目利き力や信用リスク管理、そして顧客への提案力といったコアビジネスの強みが、あらためて評価される時代になります。低コスト調達を支える強固な預金基盤と、融資ビジネスにおける実力――その両方を備えた金融機関がプレゼンスを高めていくでしょう。

つまり、これまでは低金利環境の中で「いかに工夫・差別化するか」という競争でしたが、これからは本業の実力そのものが競争の軸になります。その結果、プレイヤー間の二極化が進む可能性があり、その差を埋めたり優位を強化したりする手段として、M&Aの活用が加速すると見ています。

辻田:
私は、金利の回帰については「功罪半ばする」と見ています。低金利時代は収益を上げることが極めて困難であり、そうした厳しい環境が業界の淘汰を促し、再編への圧力として機能していた側面がありました。

ところが金利が上昇に転じたことで、多くのプレイヤーが一息ついてしまう。その結果、本来であれば進んでいたはずの業界再編が、かえって停滞するリスクもあると感じています。金利の回帰は、強者にとってはオポチュニティをもたらす半面、本来は変革を迫られていたはずのプレイヤーを延命させてしまう可能性もある。この両面が同時に進行するという点で、「功罪半ばする」という見方をしています。

堤:
実際にクライアント支援の現場で調査を進める中で、二極化は今後ますます鮮明になると感じています。

メガバンクや有力な第一地銀は、低金利が続いた過去30年間においても一定の体力を維持しながら、システムと顧客基盤の両方をメンテナンスし続けてきました。その積み重ねが今、アセットとして機能しています。一方、そうした投資を継続できなかったプレイヤーとの差は、金利環境が正常化した現在、収益力の差として顕在化しつつあります。

加えて、低金利環境下で法人向けビジネスを実質的に諦め、リテール領域に特化して生き残ってきたプレイヤーも少なくありません。流通系銀行やネット銀行もその文脈で捉えることができます。顧客基盤を十分に育てられなかったプレイヤーや、手数料収入に軸足を移してきたプレイヤーのROEやROAは、今後さらに厳しくなるでしょう。その結果として進むのが合従連衡であり、上位プレイヤーによる寡占化が生じるのではないでしょうか。

地銀はいまだ100行超ありますが、統合の動きはこれから一段と加速すると見ています。直近だけでも、越境的な連携を模索し始めた地銀が複数現れています。5年前の地銀連携はコスト分担を軸にした防衛的なものでしたが、今は「このままでは生き残れない」という危機感を共有したうえで、実際のビジネスを創り上げていく、より本質的な協働へと変わってきています。

【銀行】海外展開と事業ポートフォリオの入れ替え

永野:
これまで日本の金融機関は国内人口減少を背景に海外展開を進めてきましたが、金利が正常化した今、こうしたアウトバウンドの流れは今後も続いていくと考えられますか。

長谷川:
海外展開の動きは継続していくでしょう。国内市場は人口減少が続く限り縮小トレンドを避けられず、その前提は変わりません。

ただ、今後新たに注目されるのは、事業ポートフォリオの入れ替えです。収益性の高い資産は維持しながら、パフォーマンスの低い資産を売却・整理していく動きが出てくると見ています。足元では、特に東南アジアにおける欧米の金融機関でそうした動きが見られましたが、日本の金融機関も同様の方向に向かうのではないかと考えます。ROEやROAといった資本効率の指標を意識し、事業ポートフォリオを能動的に管理・最適化していく経営姿勢が、一層求められるでしょう。

堤:
日本の金融機関が海外事業において「何かを捨てる」という選択を行うことは、特に規模の大きなプレイヤーほど難しいかもしれません。ただ、国内に目を向けると、事業の選択と集中は着実に進んでいます。例えば、ネット取引サービスを譲渡したり、子会社のアセットマネジメント会社を整理したりと、不採算領域を手放して経営リソースを集中させる動きが見られます。

長谷川:
一方で、国内メガバンクが海外のリテール事業から撤退する動きも出てきています。規模の大小にかかわらず、海外市場においても「撤退もしくは譲渡する必要があれば、決断する」という局面に入りつつあるのではないでしょうか。

永野:
大局的に見れば、海外展開一辺倒だった金融機関の資金の流れが、国内に戻りつつあるということでしょうか。

長谷川:
そうした印象はあります。コロナ禍前後は、肌感覚で8割方が海外案件でしたが、足元では国内ディールが増えてきている印象です。

永野:
国内ディールの増加は、特定の機能やケイパビリティの獲得を目的とするM&Aが多いのでしょうか。

長谷川:
異業種提携という文脈では、フィンテックやAIといった領域でのM&Aは確かに増えています。一方で同業間においては、先ほどの「金利の回帰によって勝ち負けが鮮明になる」という流れの中、互いの弱点を補完するための同業間M&Aも増えていくと見ています。

【保険】規模の論理と構造的制約

永野:
ただ、機能補完の観点で言えば、国内だけで完結できるとは限りません。保険会社では海外市場における成長機会や専門性の高い領域へのアクセスを目的として、出資や買収を活用するケースも見られますが、その点はいかがでしょうか。

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 永野 隆一

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 永野 隆一

長谷川:
保険会社については構造上の制約が一定あると考えています。保険ビジネスの本質は、統計的な観点からいかにリスクを集めて評価し、再保険も活用して、いかにリスク分散できるかという点にあります。海外市場の成長を取り込むために海外の保険会社を買収するにしても、相応の規模とケイパビリティを有する会社を取得するのでなければ、投資目的を果たせるとはいえません。少し乱暴な言い方ですが、一つは結局は規模がものを言う世界であり、意味のある買収とは、スタンドアロンでも一定の競争力を持つ相応の規模の会社を取得することに他なりません。もっとも、そうした案件はそれほど多くないのが実情です。

一方で、必ずしも大型買収だけが答えではないとも思っています。特定の領域に強みを有する会社の買収であったり、運用や再保険を巧みに組み合わせるケイパビリティを有する会社の買収を通じて、グローバルで自社グループ内のリスクを上手くコントロールできる仕組みを構築できれば、外部への資金流出を抑えることも可能でしょう。

金融サービス業界におけるM&Aと資金循環の構造転換


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