「Transact to Transform――M&Aを通じた変革の実現」について語る 第10回

金融サービス業界におけるM&Aと資金循環の構造転換(中編)資金循環の構造転換とインベストメントチェーンの変容

  • 2026-07-01

金利のある世界への回帰、資産運用立国の推進、地政学リスクの高まり――日本の金融サービス業界では今、複数の構造変化が同時に進行しています。約25年ぶりの金利復帰は、金融機関の本業の実力差をあらためて浮き彫りにし、プレイヤー間の競争構造を変えつつあります。一方、プライベートマーケットの台頭やインベストメントチェーンの変容は、銀行・保険・資産運用といった業態の枠組みを超えた再編の動きを促しています。

本座談会では、PwC Japanグループの金融サービスセクターの各領域を担う4名のプロフェッショナルが、「Transact to Transform――M&Aを通じた変革の実現」をテーマに、金融サービス業界が直面するM&Aの方向性と固有の課題を議論しました。金利正常化がもたらす銀行・保険の再編圧力から、資金循環の構造転換と資産運用立国の実相、そして海外M&AにおけるPMI(Post Merger Integration)の難所まで、それぞれの現場の視点から率直に議論しました。

登壇者

PwCコンサルティング合同会社 パートナー
永野 隆一

PwC Japan有限責任監査法人 パートナー
辻田 大

PwCコンサルティング合同会社 パートナー
堤 俊也

PwCアドバイザリー合同会社 パートナー
長谷川 聖

※法人名、役職などは掲載当時のものです。

左上から、 永野 隆一、辻田 大、左下から堤 俊也、長谷川 聖

資産運用立国の成果とその先

永野:
銀行および保険会社と比較すると、規制上の制約が相対的に少ない資産運用会社やファンドといったプレイヤーが、近年著しく存在感を高めているように思います。こうした動きについて、辻田さんの考えをお聞かせください。

辻田:
この構造変化は、リーマンショックに代表される金融危機を境に生じたものと捉えています。欧米の銀行は金融危機によってリスクテイク能力が著しく低下し、その空白を埋める形でプライベートマーケットが台頭しました。今やプライベートマーケットを押さえなければ資金が回らないという構造が定着しています。

日本に目を向けると、ここ数年「資産運用立国」が掲げられ、実際に資金の流れも生まれています。岸田政権が打ち出したタイミングが株高と金利上昇という追い風と重なり、預かり資産は大きく増加しました。国民一人ひとりの資産形成を促すという側面では、成果が出ていると評価しています。

ただし、実際に資金が向かっているのはグローバル株式のパッシブファンドが中心です。日本で働き日本円で収入を得ている以上、投資まで日本に集中させるとリスクの二重取りになります。実態を見ると、個人投資家はグローバル分散という非常に合理的な投資行動を取っていると感じています。

一方で、資産運用立国にはもう1つの側面として、資金を日本の成長領域に還流させ、産業の発展につなげるという狙いがあります。こちらはまだこれからの課題という認識です。そして、資金が海外に流出し続ける構造は、国内資産運用業界の空洞化にもつながりかねません。

資金が海外に向かう構造的必然と、国内マーケットの課題

永野:
実際、日本でもオルタナティブ投資への取り組みは着実に広がっていますが、米国と比べると厚みにはなお差があります。特にプライベートアセットの領域では、グローバルな運用実績やプロダクト供給力を持つ外資系運用会社の存在感が大きく、国内勢が独自の運用ケイパビリティをどう高めていくかが重要な課題です。

また、日本には年金基金、保険会社、銀行といった長期資金を持つ機関投資家が存在しますが、国内の成長領域やプライベートマーケットに対するリスクマネー供給という点では、まだ拡大余地があると見ています。一方で、NISAやiDeCoを通じた個人投資家の資金は、グローバル分散の観点から海外資産に向かうことも自然です。だからこそ、家計の投資拡大だけに国内資金循環を期待するのではなく、機関投資家、運用会社、金融機関が一体となって、国内に魅力ある投資機会と運用ケイパビリティを育てていくことが重要だと思います。

辻田:
そもそも、日本の資本市場の構造的な問題として、投資対象となるアセットクラスは極めて限られています。債券市場は実質的に国債が中心であり、クレジット市場はほとんど存在しません。その結果、国内だけではアセットアロケーションが成立しにくく、資金が海外に向かうのはある意味で構造的な必然とも言えます。

では、国内の投資先をどう広げていけるか。プライベートアセットについては、近年ようやく外資系プレイヤーが本格的に参入し始め、真の意味でのプライベート・エクイティ(PE)のサイクルが形成されつつあります。不動産市場は引き続き堅調ですが、インフラ分野は本来もっと資金が流れてしかるべき領域です。しかしマネタイズが難しく、収益化の仕組みが整っていないという構造的なハードルがあります。

結局のところ、重要なのは投資家・事業者・社会の三者にとって持続可能な資金が循環し、収益も生まれる仕組みをいかに設計するか――つまり、投資先となるマーケットそのものをどう作るかという点に集約されるのではないかと思います。

堤:
関連して最近注目しているのが、地銀によるファンド設立の動きです。地銀が出資するファンドが増えています。事業会社へ直接出資すると政策保有株式として扱われるため、ファンドという形式を通じて地域活性化を図るという建て付けです。

この取り組み自体は、地域経済を支えるうえで意義のある試みだと思います。一方で、こうしたファンドを通じた資金供給が、本当に成長領域への資金やリソースの再配分に投じられるのかという疑問も残るので、慎重に検証していく必要があるのではないかと感じています。

永野:
辻田さん、堤さんのお話を聞くと、それぞれのプレイヤーが合理的に判断した結果が、全体としての最適な資金循環には必ずしもつながっていないという、構造的な課題を感じます。一方で、半導体のような戦略的産業への資金供給のように、民間の個別判断だけでは実現しにくい領域も存在します。NISAやiDeCoといった既存の枠組みに加えて、産業政策と連動した資金循環の仕組みをどう設計していくかという点は、今後さらに議論が深まることを期待したいテーマです。

辻田:
実際、政策の力点も徐々に変化しています。岸田政権が掲げた「資産運用立国」は主に個人の資産形成促進を軸にした概念でしたが、その後は「投資立国」という言葉も加わり、投資を受ける企業側に資金をいかに流すかという視点が強まっています。この領域は、個人投資家や民間の運用会社の努力だけで実現できるものではなく、政府が制度設計や産業政策を通じて主導的な役割を果たすことが期待されるところです。

堤:
そもそも資産運用立国が掲げた個人金融資産の活用の主目的は、その資金を国内に還流させることではなく、個人の資産形成という理解です。その成果は本来、日本の株式市場の上昇にも反映されていくのが自然な姿ですが、そこまでの好循環には至っていないように見えます。個人投資家の日本企業に対する期待値が、まだ十分に強くないからでしょう。

辻田:
マーケット自体が強ければ、資金もプレイヤーも自然と集まってきます。1980年代の日本はまさにそうでした。その意味では、運用プレイヤーの誘致と並行して、投資先としての日本市場の魅力をいかに高めるかが重要な論点だと考えています。マーケットさえ整えば、プレイヤーは自然についてくるものだと思います。

PwC Japan有限責任監査法人 パートナー 辻田 大

日本市場の可能性と「日本型PE」の姿

辻田:
一方で、日本にはまだ大きなチャンスがあると思います。日本は先進国の中でほぼ唯一、アクティブ運用が市場平均を上回るリターンを実現しやすい市場です。資本市場がいまだ非効率な部分を残しており、上場企業数が依然として多く、中小型株を中心にエクイティピッキングで収益を上げられる余地が実際に存在しています。

ただし、情報の非対称性は徐々に縮小していき、いずれ手数料水準の低下は避けられません。そこで重要になるのが、パブリックマーケットとプライベートマーケットのクロスオーバーです。企業に直接関与して変革を促し、その過程でリターンを獲得するPE的な手法との融合が、今後の資産運用業界の競争力のカギを握ります。実際、日本のアセットマネージャーの多くがその方向に向かっていますが、パブリックとプライベートは根本的に異なる領域であり、両者を同時に使いこなせるかどうかは各社の真の実力が問われるところです。

堤:
辻田さんがおっしゃった点とほぼ重なりますが、日本のPE市場が抱える課題は、「インデックス運用の資金が海外に流出している構造」と本質的に同じです。日本の産業基盤と資金を供給する資金循環システムが、海外と比較するといまだ脆弱である、という点に行き着きます。

米国でPEが隆盛を極めた背景には、エンジェル投資家が存在し、ユニコーン企業が次々と生まれ、キャピタルマーケットが高度に整備されているという、資金循環の仕組みが揃っていたことがあります。一方、日本ではディール自体の絶対数が少なく、市場参加者が限られた案件を持ち回りで手がけるクラブディールに陥りがちです。ベンチャーキャピタル(VC)が育たなければユニコーンは生まれず、ユニコーンが生まれなければPEファンドも育たないという循環の弱さが課題として残っています。その結果、日本のPEファンドが手がける案件の大半は、リストラクチャリングやカーブアウト、すなわち既存企業の再編が中心になっているのが実情だと思います。こうした構造の中で、日本のPE市場はどのような独自の発展経路を描けるのか――そこが問われているように思います。

長谷川:
その点に関しては、米国のようにPEマーケットが高度に機能している国は、世界的に見ても限られているのではないでしょうか。ベンチャーキャピタルが機能し、ユニコーンが次々生まれるという構造は、米国特有の条件によるところも大きいように思います。日本のPEマーケットを論じる際には、米国モデルとは異なる前提に立つ必要があるのかもしれません。

辻田:
そうですね。むしろ、私はリストラクチャリング、事業再生、カーブアウトといった領域にこそ「日本型PEファンド」の姿があるのではないかと思います。日本の上場企業市場にはいまだ多くの非効率性が残されています。こうした企業を非上場化し、経営改革を通じて企業価値を高めたうえで再上場させるというサイクルを確立できれば、日本固有のPE市場の在り方として十分に成立する可能性があると見ています。

永野:
私は、米国のPEマーケットが機能している背景には、特有の事情があるというよりも、優秀かつ多様なプレイヤーがインベストメントチェーン全体でつながり、総合力が発揮されているからだと理解しています。「鶏が先か卵が先か」というジレンマはありますが、インベストメントチェーンを構成するすべてのプレイヤーが揃って初めて機能するものであり、今のところそれが実現できているのは米国だけということになるのかもしれません。

長谷川:
逆に言えば、欠けているピースがあるということは、そこに新規参入の余地があるとも言えます。リスクは相応に高いものの、だからこそハイリスク・ハイリターンの機会として捉え、新たなプレイヤーが参入することでマーケットを育てていくという方向性はあり得るのではないでしょうか。

アクティビストの役割と市場改革の意義

堤:
日本企業のコーポレートガバナンスには、まだ改善の余地があると感じています。外部株主が経営に対して建設的な緊張関係を持ち込むことで、企業変革が促される側面は大きいはずです。アクティビストファンドやPEファンドが果たすそうした役割は、今後ますます重要になるでしょう。ただ、日本ではアクティビストに対する見方が必ずしもポジティブではない時期もありましたので、その点は課題として残っていると感じます。

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 堤 俊也

長谷川:
アクティビストに対する見方は、色々と意見があるところですが、以前と比べれば一定の市民権を得てきた印象を、私は持っています。

辻田:
資産運用立国は突然実現したわけではなく、長年にわたる地道な取り組みがようやく形になり始めたところだと思っています。その中で最も大きな変化をもたらしたのは、継続的に推進されてきた東京証券取引所の市場改革でしょう。上場企業に対して資本効率の改善に取り組まなければ市場から退出を求められるという規律とプレッシャーが働き始めたことが、PEマーケットやアクティビスト投資家にとっての追い風になっています。そしてそれが株価の上昇、すなわちマーケットの形成へとつながっているのだと考えます。

金融サービス業界におけるM&Aと資金循環の構造転換


{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

本ページに関するお問い合わせ