IPCCが第6次評価報告書(自然科学的根拠)を公表

2021-10-26

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は2021年8月9日、「第6次評価報告書第1作業部会報告書(自然科学的根拠)」(以下、AR6)の政策決定者向け要約(SPM)を公表しました(報告書の本体などは、IPCCが2021年12月頃公表予定)。本コラムでは、「第5次評価報告書」(以下、AR5)や「1.5℃特別報告書」(以下、SR1.5)との違いを中心に、AR6の重要ポイントを整理するとともにビジネスへの影響を考察します。

【重要ポイント(AR5およびSR1.5との主な違い)】

  • 人間の影響による温暖化を断言
    ① AR5は「人間の影響が温暖化させてきた可能性が極めて高い」(95%以上)と表現していましたが、AR6は「人間の影響が温暖化させてきたことは疑う余地がない」と断言しました。
    ② 平衡気候感度*1について、AR5では範囲が1.5~4.5℃(幅3℃)だったのが、AR6では2.5~4.0℃(幅1.5℃)と狭まりました。つまり、CO2濃度上昇と温度上昇の相関性が上昇しました。
  • 将来の気候への影響をより詳細かつ長期的に描写
    ③ AR5では、4つの将来シナリオのうち2℃未満シナリオ(RCP2.6シナリオ)が緩和型に相当していましたが、AR6ではさらなる緩和型のシナリオとして1.5℃シナリオ(SSP1-1.9シナリオ)が追加されました。
    ④ AR6では、1.5℃に達する時期がSSP1-1.9シナリオでも2021~2040年となり、概ね10年前倒し(SR1.5シナリオでは2030~2052年)となりました。
    ⑤ AR6では、2300年までの海面水位の変化の見通しが示されました(SSP5-8.5シナリオでは最大15mとなる可能性を否定していません)。

*1:大気中のCO2濃度が倍増した後で気候システムが再び平衡に戻ったときの地球全体の地表気温の上昇量

1.【気候の現状】

「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない。」AR6では、世界の平均気温は産業革命前から1℃以上上昇していますが、自然起源による駆動要因(変動要因)は-0.1~+0.1℃であり、近年の温暖化の原因は人間であると断言しました。これは、AR5の「人間の影響が20世紀半ば以降に観測された温暖化の支配的な要因であった可能性が極めて高い(95%以上)」との表現から大きく踏み込んだ形となっています。またCO2濃度と気温の上昇の相関を示す平衡気候感度という指標は、米国の研究機関が初めて推定した1979年からAR5公表時まで1.5~4.5℃(幅3℃)でしたが、AR6では、2.5~4.0℃(幅1.5℃)と、範囲が大幅に狭まりました。これはCO2濃度の上昇と気温の上昇の相関性が大きく上昇し、人為的なCO2排出増加が気温の上昇につながることの確実性を示すものです。

現在の気温の状態は、過去何百年、何千年もの間に前例のなかったものとされており、こうした分析結果は、「1850~1900年を基準とした世界平均気温の変化」のグラフ(図1)からも読み取ることができます。

左のグラフは「ホッケースティック曲線」と言われているもので、長年その真偽が論争の的となっていましたが、1850年以降の気温上昇が観測により裏付けられたことを示しています。また右のグラフは1850年以降を切り出したものですが、特に1950年以降、気温の上昇傾向が顕著になっていることが示されており、21世紀最初の20年間(2001~2020年)における世界平均気温は、1850~1900年の気温よりも0.99℃高く、2011~2020年の世界平均気温は、1850~1900年の気温よりも1.09℃高かったことを示しています。すなわち1.5℃まではあと約0.4℃、2℃まではあと約0.9℃に迫っている状況にあるということです。

図1:1850~1900年を基準とした世界平均気温の変化

図1 1850~1900 年を基準とした世界平均気温の変化

(出典)IPCC第6次評価報告書第1作業部会報告書 政策決定者向け要約 暫定訳(文部科学省及び気象庁)より、図SPM.1を転載

2.【将来ありうる気候】

AR5では、将来ありうる気候シナリオとして、緩和型シナリオとして「RCP2.6シナリオ」、安定化シナリオとして「RCP4.5シナリオ」と「RCP6.0シナリオ」、非常に高い温室効果ガス排出量となるシナリオとして「RCP8.5シナリオ」の計4つが示されています。「RCP2.6シナリオ」は、工業化以前と比べて21世紀末における世界平均気温の変化が2℃を超える可能性は低いとするもので、最も温暖化が進む「RCP8.5シナリオ」は4℃前後上昇するもの、「RCP4.5シナリオ」と「RCP6.0シナリオ」は4℃を上回る可能性は低いとするものです。

一方、AR6では1.5℃シナリオに相当する「SSP1-1.9シナリオ」が追加され、計5つの排出シナリオが示されています(表1)。また表2が示す通り、世界平均気温は全ての排出シナリオにおいて2040年までに1.5℃に達し(ピンク枠部分)、その後も少なくとも今世紀半ばまでは上昇を続け、全てのシナリオにおいて1.5℃を超えます(赤枠部分)。また、21世紀末には「SSP1-1.9シナリオ」のようにGHG排出が大幅に減少しない限り、「SSP1-2.6シナリオ」でも1.5℃を超え、他の3つのシナリオでは2℃を大きく超えることが示されています(オレンジ枠部分)。

表1:AR6で示された5つの例示的なシナリオの概要

シナリオ名

シナリオの概要

SSP1-1.9

CO2排出が2050年頃に正味ゼロになり、その後はSSP1-2.6より低い水準で正味負になるGHG排出が非常に少ないシナリオ

SSP1-2.6

CO2排出が2050年以降に正味ゼロになり、その後はSSP1-1.9より高い水準で正味負になるGHG排出が少ないシナリオ

SSP2-4.5

CO2排出が今世紀半ばまで現在の水準で推移するGHG排出が中程度のシナリオ

SSP3-7.0

CO2排出量が2100年までに現在の約2倍になるGHG排出が多いシナリオ

SSP5-8.5

CO2排出量が2050年までに現在の約2倍になるGHG排出が非常に多いシナリオ

(出典)IPCC第6次評価報告書第1作業部会報告書 政策決定者向け要約 暫定訳(文部科学省及び気象庁)を加工して作成

表2:AR6のシナリオ別の短期・中期・長期の世界平均気温の変化

表2 AR6のシナリオ別の短期・中期・長期の世界平均気温の変化

(出典)IPCC第6次評価報告書第1作業部会報告書 政策決定者向け要約 暫定訳(文部科学省及び気象庁)より、表SPM.1を加工して作成

3.【ビジネスへの影響】

前述の通り、現時点における世界平均気温は産業革命前から既に1℃以上上昇しています。また、将来のさらなる温度上昇が避けられない状況にあり、熱波、大雨、干ばつ、熱帯低気圧などの極端現象が増加する可能性があると分析されています。一部の極端現象(物理リスク)の発生は、例え1.5℃の地球温暖化であっても、観測史上例のない水準で増加すると予想されており、また気候変動緩和に向けた政策やエネルギーなどの需給構造の変化(移行リスク)のビジネスへの影響は将来のシナリオではなく、現実になりつつあります。(表3)

表3:極端現象とビジネスへの主な影響

主な極端現象

ビジネスへの主な影響

【気温上昇:50年に1℃の暑い夏は既に約5倍】

  • 「10年に一度の暑い日」は現在の1℃上昇で2.8倍、1.5℃上昇で4.1倍、2℃上昇で5.6倍、4℃上昇で9.4倍 ※産業革命前比較(以下同じ)
  • 「50年に一度の暑い日」は現在の1℃上昇で4.8倍、1.5℃上昇で8.6倍、2℃上昇で13.9倍、4℃上昇で39.2倍
  • 不動産、鉄道、道路などインフラの劣化
  • 高温による農作物への悪影響や森林火災の増加
  • 屋外労働環境の悪化による生産性低下、冷房需要の増加による電力コスト増

【大雨増加:21世紀中頃には強雨は1.5~1.7倍程度に】

  • 陸域における大雨(10年に1回の現象)の頻度は、既に頻度は1.3倍、強度は6.7%増加。1.5℃上昇で頻度は1.5倍、強度は10.5%増加。2℃上昇で頻度は1.7倍、強度は14.0%増加
  • 洪水の増加による農産物への被害
  • ビル・工場・車・インフラ(鉄道や道路)などの棄損が増加

【海面上昇:2150年に最大5m】

  • 2100年に最低0.28m(SSP1-2.6シナリオ)~最大1.01m(SSP5-8.5シナリオ)
  • 2150年に最低0.37m(SSP1-2.6シナリオ)~最大1.88m(SSP5-8.5シナリオ)。また、5m(SSP5-8.5シナリオ)の可能性も否定できない
  • 2300年に最大15m(SSP5-8.5シナリオ)の可能性も否定できない
  • 港および沿岸部輸送インフラ・工場の浸水。または浸水対策のためのコスト増
  • 土壌へ塩分が侵入することによる農産物への塩害、生産性の低下など

なお、日本でも21世紀末には強雨(1時間降水量50mm以上)の年平均発生回数は現在の2倍以上に増加すると予想されています。近年は毎年のように日本のどこかで洪水が発生していますが、それが2倍以上に増加するという未来があり得るということを示しています。(図2)

図2:日本の地域別の短時間強雨の発生頻度の変化

図2 日本の地域別の短時間強雨の発生頻度の変化

(出典)気象庁・地球温暖化予測情報 第8巻を加工して作成

GHG排出に起因する多くの変化、特に海洋、氷床および世界海面水位における変化は、百年から千年の時間スケールで不可逆的であると分析されています。世界の平均海面水位が21世紀の間、上昇し続けることはほぼ確実であり、さらにGHG排出が非常に多いシナリオ(SSP5-8.5シナリオ)の下では、氷床の変化の不確実性が大きいため、可能性の高い範囲を超えて2100年までに2m、2150年までに5mに迫る可能性も否定できないとされました。世界の平均海面水位は、その後2,000年にわたり、温暖化が1.5℃に抑えられた場合は約2~3m、2℃に抑えられた場合は2~6m、5℃の温暖化では19~22m上昇する可能性があり、その後も数千年にわたり上昇し続けるとされています。

パリ協定で「努力目標」とされた1.5℃が、SR1.5の発表以降「必達目標」に変貌し、欧州、米国、日本などの政府が2050年ネットゼロ、カーボンニュートラルを目標に掲げています。またSBT(Science Based Targets: 科学的根拠に基づく温室効果ガス排出削減目標)や金融のネットゼロアライアンスなど民間イニシアティブのビジネスへの影響もますます強くなっています。AR6では人間影響による温暖化の確実性(相関性)がさらに高まったとする研究成果が示され、また将来のさまざまな極端現象による悪影響がより精緻に、また長期にわたって示されました。温暖化に対する懐疑的な意見は依然として一定数存在するものの、気候変動に関する最新の科学的な知見であるAR6の公表が、そうした懐疑派を巻き込みGHG排出ネットゼロ実現に向けた潮流を加速させることは確実と思われます。企業としては、そうした潮流をリスクと捉えるのではなく、新規事業や競争優位性確保の機会と捉えてトランジッション戦略を構築していくことが必要です。

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