地政学やESG リスク増すサプライチェーン管理 死角を信頼に転ずるには

  • 2026-01-19

企業のサプライチェーンを取り巻く環境は複雑さを増しています。潮目が急速に変わる地政学リスクに加え、ESG関連の相次ぐ法規制の整備などが背景にあります。こうした要素は死角となり平時には目にとまりにくいものの、ひとたび問題が生じれば企業活動が滞る事態を招きかねません。不確実性が強まる経済環境の中、サプライチェーンが抱える新たなリスクを企業はどのようにして管理するべきでしょうか。ステークホルダーからの信頼にもつながる実践的な手法を、PwC Japanグループの専門家が議論しました。

(左から)山崎 幸一、北村 導人、田中 大海

(左から)山崎 幸一、北村 導人、田中 大海

PwC弁護士法人
パートナー
北村 導人

PwCコンサルティング合同会社
パートナー
田中 大海

PwCコンサルティング合同会社
パートナー
山崎 幸一

※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。

複合化する供給網リスク「4象限」で状況整理を

――企業のサプライチェーンを巡るリスクが急速に高まっています。

山崎:
ESG関連の対応や地政学リスク、テクノロジーの進展など外部環境の変化が激しくなっていることが背景にあります。こうした変動や社会的要請を複合的に捉えて経営判断に反映しないと、グローバルビジネスにおける成長は難しくなるでしょう。対応できなければ社会的なレピュテーションを損なう危険性も高まります。

近年を例にとってもコロナ禍のようなパンデミックや国家間の争い、ESG関連の法規制強化など、これまでにいくつもの大きな変動がありました。こうした事象の影響を特に受けやすいのがサプライチェーンだということを企業の経営陣は身をもって体感したはずです。複眼的な視点でサプライチェーンを管理していくことが求められる時代になったと言えるでしょう。

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 山崎幸一

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 山崎幸一

北村:
そのためにも企業活動に関して把握・分析すべきリスク情報を明確にし、自社を取り巻くリスクや企業活動から生じるステークホルダーのリスクなどを経営陣が俯瞰的・機動的に把握した上で、適切な判断を下すという動きが必要不可欠になってきました。とりわけ、国際情勢や社会情勢は想定以上に早く変化しており、経営陣へのリスク情報のインプットをタイムリーかつ頻度を高めて実施する必要があります。経営陣は、そのようなリスク情報に基づき、短期的な視点のみに振り回されず、中長期的な視点を持って経営の舵取りをしなければなりません。テクノロジーの活用なしのマニュアルでは対応が難しい時代になってきていると言えます。

田中:
リスクというワードは大きくて遠いものと捉えられがちなので、物事が複雑化する中でサプライチェーンリスクを俯瞰するには、4象限で整理すると分かりやすいと考えています。縦軸の上が経営陣で下が現場の作業者、横軸の右側が長期で左側が短期というイメージです。部署で言えばコーポレート部門やホールディングス機能を担う役職が右上、現場でサプライチェーンを回す担当者は左下といった分類になります(図表1)。

リスクについては、政情不安や地政学リスクなどマクロかつ経営者観点での事象が右上、意図しない法令違反や不正など普段からのオペレーションにダイレクトに起因するものが左下です。この立ち位置を互いに理解し、今どの範囲のリスクについて話をしているのかを念頭に置かないと議論が前に進みません。

問題はプロットするべきリスクが目まぐるしく変わることです。これについては変化を適切に捉えて自社の立ち位置や状況を確認・整理し、次に何をするべきかを検討しなければなりません。

図表1:サプライチェーンリスクを俯瞰する4象限

攻めへの鍵握るESG リスクを競争力に変えよ

――サプライチェーンの管理においては、ESG関連の法規制への対応に頭を悩ませる企業が少なくありません。

PwC弁護士法人 パートナー 北村導人

PwC弁護士法人 パートナー 北村導人

北村:
欧州を中心にESG関連の法令やルールの整備が進められています。足元で注目を集めているのが、「コーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令(CSDDD)」でしょう。一定の要件を満たすEU内外の適用対象企業に対して、人権および環境デューディリジェンスの実施や開示などを義務付けています。適用対象企業の負担を軽減するオムニバス法案が公表されましたが、どの程度簡素化されるのかは注意が必要です。また、「欧州森林破壊防止規則(EUDR)」は、EU市場での輸出入がある企業に対して、森林破壊と関連する製品などについてデューディリジェンスの実施や報告などを義務付けています。これらのように対応するべき法規制はいくつもあります。

さらには、「米国ウイグル強制労働防止法(UFLPA)」、EUの「強制労働製品禁止規則」など、通商ルールを通じて強制労働の防止を徹底する法規制についても適用される可能性があります。

日本企業としては、そもそも自社は適用対象になり得るのか、適用対象になるとして、いかなる対応を取るべきか、などを分析・検討しなければなりません。これらの法規制は必ずしも取るべきアクションの細部まで規定に落とし込まれていないことがあり、何をどこまで対応すればよいかがわからず困惑する企業も少なくないでしょう。法規制を読み解いた上で、自社にどう影響してくるかを専門家の助力なしに見極めるのは困難な状況です。

――企業はどこまで対応するべきでしょうか。

北村:
ここまでやれば安心(適法であるというお墨付きが得られる)というラインは明確には存在しないと考えた方がよいでしょう。ただ、企業としては何もアクションを起こさなければ法規制に抵触するリスクもありますし、サプライチェーンの安定性確保や市場での生き残りが難しくなる可能性があります。例えば、人権尊重の取り組みについては、国連のビジネスと人権に関する指導原則をベースに、ソフトローを含めたさまざまな国際ルールの動向や内容を踏まえながらも、「なぜこうした法規制が設けられたのか」という根本を企業は見据えなければなりません。これに対してはロードマップを作成して、着実に対応を積み上げていくしかないでしょう。

山崎:
ESG関連の法規制を自社で読み解いて対応するのはもちろん大事ですが、サプライヤーにも目配りをしなければ予期せぬ対応を迫られることになるかもしれません。地政学リスクもにらみながら代替戦略を用意して柔軟に動ける態勢を取っておくなど、サプライチェーンのリスク管理が経営戦略の重要な要素になったと言えるでしょう。

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 田中大海

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 田中大海

田中:
ここでうまく立ち回れれば、リスクがチャンスに変わります。大切なのは発想の転換です。サプライチェーンにおける重要な課題は長らくQCD(品質、コスト、納期)とコストダウンでしたが、その前提が崩れてきました。

これまでQは高い、Cは安い、Dは短いのが当たり前でした。しかし、Qは人の好み次第、CやDも顧客が納得できるなら高くても長くても受け入れられる世の中になりつつあります。また、インフレの局面においてコストカットは至難の業です。

こうした状況でESGという新しい軸が台頭してきた点は見逃せません。従来と全く違う価値の訴求が可能になりますし、サプライチェーンの領域でも収益増に貢献できる道筋が開けます。

山崎:
QCDが主軸だったサプライチェーンに、ESGという新たな軸が組み合わさったイメージですね。複雑化した一方、環境や人権といったESGの対応を差別化要素として組み込める企業は競争力が高まりそうです。

北村:
人権や環境への配慮がサプライチェーン全体に行き届けば、法規制の影響から予期せぬ形で企業活動が滞るといったリスクは低減します。それだけ信頼性が高い安定したサプライチェーンの構築につながるわけですから、取引先の拡大だけでなく資金調達の面でもメリットはあるでしょう。

また、最近の企業や消費者はESGを念頭に置いた購買行動を取る傾向にあるため、ブランド構築やトップラインの増加にも寄与します。若年層の就職や転職でも人を尊重する企業かどうかを見極めようとする傾向が強まる中、企業による人権に配慮する姿勢は人材の呼び水や生産性の向上にもつながります。

見えぬ上流サプライヤー テクノロジーで追跡

――サプライチェーンのリスクを管理するための具体策は。

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 山崎幸一

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 山崎幸一

山崎:
重要なのはティア2(2次取引先)以降の情報の可視化です。自社からは見えづらいだけに、サプライチェーンにおける地政学やESG関連のリスクが潜んでいる可能性が高いと言えます。何も手を打っていないまま問題が起きて企業活動がストップしたら、顧客だけでなく投資家からも厳しい目線が向けられるでしょう。

北村:
CSDDDでは、オムニバス法案によりデューディリジェンスの範囲が狭められる可能性はあるものの、バリューチェーン全体のリスクを特定し、その対応を実施するのが基本姿勢です。また、米国ウイグル強制労働防止法は上流までのトレーサビリティを確保することを求めています。

山崎:
法令対応するにも効率的にサプライヤーのデータを捕捉して、社内システムと連携・管理する仕組みが必要になりますね。AIエージェントといったツールによって、データの自動的な収集・分析もしやすくなりました。ESG対応を自社の強みに変えていくには、AIを含むテクノロジーの活用が極めて重要です。

田中:
AIを活用すれば企業が公表している情報や資料から主要な取引先を自動で集められますし、異常気象や災害の発生情報とサプライヤーの立地場所を踏まえて、供給が止まりそうだというアラートを受けることもできます。リスク管理に役立つ公開情報は数多いので、うまく活用できれば情報感度はかなり高まるでしょう。

北村:
外部環境の変化が激しいので、タイムリーな情報収集は極めて重要ですね。集めた情報からリスクを分析し、対応策まで考えるという基本動作が身に付けば、不測の事態に慌てることも少なくなります。

――上流のサプライヤーまでさかのぼって情報を管理するのはハードルが高い作業です。

PwC弁護士法人 パートナー 北村導人

PwC弁護士法人 パートナー 北村導人

北村:
まさにティア2以降の上流のサプライヤーまでたどり着かないという悩みを多くの企業が抱えており、そのブレークスルーとしての解決策が求められています。

田中:
それもテクノロジーの活用で、負荷を下げられます。現状の問題は、苦労して上流サプライヤーの情報を得ても、アップデートし続けられず元の状態に戻ってしまうことです。必要な情報を更新してもらうためのシステムを整備すれば、追加のコストや工数はほぼかけずに情報の鮮度を維持できるでしょう。

ただ、自社の期待する水準で情報を集めようとしても、サプライヤーの腰は重いはず。その重い腰を上げてもらう理由としてESGが役立ちます。対応が遅くなれば顧客が離れていってしまうという脅威を丁寧に説明すれば、協力してもらえる可能性は高まります。

まずは受注した商品に関するトランザクションの情報、その次に商品を構成する成分情報を提供してもらえるようになるのが理想です。仕入れ先企業の国や素材の原産国まで把握できれば、調達リスクを警戒しやすくなります。

山崎:
ESG対応が求められる社会になった一方、その対応に役立つテクノロジーも同時に進化している状況ですね。上流のサプライヤーを追うことが難しいという長年の課題も解決しやすくなっているわけですから、きちんと取り組めば自社のチャンスにつながるという点に気付いて動き出してほしいと思います。

また、地政学リスクや取引先の情報、ESG関連の法規制などは、これまでばらばらに把握していました。それらをシステムで総合的に可視化できれば、不測の事態が生じてもより納得した形で意思決定しやすくなるでしょう。

定量+定性のリスク管理 基準確立に向け「第一案」を

――定量的なデータでは対応や判断が難しい法規制もあります。

北村:
2024年9月に発足した「不平等・社会関連財務情報開示タスクフォース(TISFD)」が典型例です。TISFDでは企業活動と人や社会との関わりを、IDRO(影響、依存、リスク、機会)という観点で分析して開示することを求めています。ただ、人権やウェルビーイング、そして人的資本の領域を、意義のある開示情報にまとめるのは簡単ではありません。将来的なリスクを含めて、どのように定量化するのか、定性的にまとめるにはどう表現するべきかといった点に悩む企業は今後も増えるでしょう。

山崎:
たしかに難しい点です。企業が被る損失という物差しだけでは、多くの企業では自然災害による被害の方が大きく評価され、ESG対応の優先度合いは下がってしまいます。だからこそ、複合的な視点での評価が必要です。

まず、ESG対応の不備によって、どの程度の損失がどのくらいの確率で起きそうかというインパクトを試算します。その上で、顧客のスイッチングやレピュテーションの棄損といった定性的な観点および、環境変化による機会も分析し、それらの要素も加味して総合的に影響を評価するという考え方です。

AIを使えば定性的なリスクの評価も精度が高まるので、財務と非財務の融合したリスク判断もしやすくなるでしょう。企業としてどこまでリスクを許容できるのか、姿勢を事前に明確にしておく必要もあります。

――そのようなリスク評価・管理の手法は、企業の間でどの程度広まっているのでしょうか。

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 田中大海

PwCコンサルティング合同会社 パートナー 田中大海

田中:
どこの企業もまだ模索の段階です。ここで一歩先に手法を確立して、世の中に開示できるかどうかが重要だと感じています。そうすれば踏襲する企業が後に続くからです。単なる数字上の試算ではなく定性情報も交えた評価・管理の手法なので、デファクトスタンダードになってしまえばひっくり返されにくいとも言えるでしょう。

その上で事前に対策しておくもの、起きてから対応すればいいもの、仮に発生しても静観するものなどをリスクごとに整理しておけば、いざという時のスムーズな対処にもつながります。

北村:
そうしたリスク評価・管理の手法にせよ、事前の対応方針の検討にせよ、自社の目線と価値判断だけで決めきるのは極めて困難ですし、バランスを欠く危険性も伴います。専門家を含めて外の目線を取り入れる必要がありますね。

山崎:
テクノロジーもうまく組み込んでいかなければならないので、複合的な視点を持った外部の専門家の力を借りるのが近道だと思います。

田中:
最大の懸念は、欧米の企業に先んじられてデファクトスタンダードを確立されることです。外部の知見も取り入れてとにかく第一案を作り、クライアントやサプライヤーとも議論して形にしていくことが大切でしょう。その一歩が、将来の安定成長やステークホルダーからの信頼につながるはずです。

主要メンバー

北村 導人

パートナー, PwC弁護士法人

Email

田中 大海

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

山崎 幸一

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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