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かつてコスト管理やオペレーション効率化の領域とされてきたサプライチェーン。今、その位置付けが大きく変わろうとしています。地政学リスクの高まり、サステナビリティや人権への要請――外部環境の激変を背景に、サプライチェーンマネジメントは企業の存続と成長を左右する「経営アジェンダ」へと押し上げられました。本シリーズ「未来のサプライチェーンが導くビジネスモデルの進化」では、先進企業のキーパーソンとともに「サプライチェーンマネジメントに今、何が起きているのか」を読み解きます。第1回は、パナソニック コネクトでサプライチェーン事業を推進する勝川宏明氏を迎え、PwCコンサルティングの田中大海、本鼎談者兼ファシリテーターのPwCアドバイザリー 西田雄太が、来たるべき未来と企業の次の一手を探りました。前後編に分けてお届けします。
(左から)西田 雄太、勝川 宏明氏、田中 大海
出演者
勝川 宏明氏
パナソニック コネクト株式会社 サプライチェーン事業総括部 エグゼクティブコンサルタント
田中 大海
PwCコンサルティング合同会社 パートナー
西田 雄太
PwCアドバイザリー合同会社 パートナー
※参加者の肩書き、所属法人などは掲載当時のものです。
※本文中は敬称略。
西田:
本シリーズでは「未来のサプライチェーン」というテーマを考えます。第1回の開始にあたり、近年の「大きな変化」の動きをまず押さえておきましょう。世界情勢の不透明化に伴い、各種産業のサプライチェーンで不確実性が高まっています。例えば半導体では2020年ごろから供給不足が指摘されるなか、PC・スマートフォン向けは供給が追いついてきました。一方、AIや自動車向けの供給逼迫は引き続き深刻な状況にあるなど、需給状況は二極化しているものと認識しています。このように、サプライチェーンのあり方そのものが複雑化したことで、かつてコストセンターとして捉えられていたサプライチェーンが、重要な経営アジェンダの1つとして扱われ始めています。企業の最前線でこの変化に向き合ってきた勝川さんは、ここ数年の変化をどう分析していますか。
勝川:
「潜んでいたリスクが今や完全に顕在化した」状況だと捉えています。サプライチェーンマネジメントとは本来、「素材の調達から最終消費者に製品を届けるまでの全体を効率化し、偏りや目詰まり、無駄を排して円滑に回す」ための「経営戦略」です。しかし、特に日本では「オペレーション」の一環として捉えられがちでした。ここにきてさまざまなリスクが一斉に顕在化したため、「サプライチェーンマネジメントを経営戦略として考える。即ち、サプライチェーンマネジメントを経営の中核に据え、競争優位を創出する」必要性を多くの日本企業が再認識しつつあるのだとみています。
西田:
サプライチェーンマネジメントを「経営そのもの」と捉えるか否か――日本企業はその分岐点に立っている、というわけですね。保護主義の台頭などを含め、国内回帰を起点としたサプライチェーン強靭化などが検討される中、より戦略的な観点でサプライチェーンマネジメントを捉える必要があると感じます。
勝川:
おっしゃるとおりです。そしてもう1つの大潮流が、「サステナビリティ」です。取り組みが奏功し、各種機材や工場単位での省エネは着実に進み、生産設備も改善されました。しかし機材と機材の間、工場と倉庫の間、企業と企業の間――すなわちサプライチェーン全体にはまだ多くのエネルギーロスがあります。個々の「点」は最適化されたが、それをつなぐ「線」「面」には未対応のロスが大量に残されている。サプライチェーンは、サステナビリティの観点からも見直されるべき時期にきています。
西田:
田中さんは、大手家電メーカーで購買・生産・サプライチェーンマネジメント関連業務などの経験を重ねた後にコンサルティング業界に転じ、クライアントの支援を通じてさまざまな企業のサプライチェーンマネジメントに一貫して携わってきた専門家です。ここ数年の変化をどう感じていますか。
田中:
サプライチェーンマネジメントは、もともと現場の知見に基づく判断が求められることの多い業務領域でした。ただ10年ほど前、当時すでに広がりつつあったIT活用を重視する考え方が、現場起点の発想に基づく業務フローよりも優位になったことで、扱える情報/扱うべき情報の量が桁違いに増え、業務のあり方が変容し始めたのです。加えて、その後に発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックや、欧州・中東情勢の不安定化がこの変化を加速させました。
そんな状況下で登場したのが、生成AIです。業務が一変した他のさまざまなビジネス領域と同様、サプライチェーンマネジメントの抜本的な見直しに向け、「扉が一気に開いた」感があります。ただしサプライチェーンの根っこにはQCD(Quality, Cost, Delivery)があることを忘れてはいけません。今はそこに、政治・経済・社会・技術・法規制・環境などの外部要因や、新たな分析手法が絡み合い、AIやデータ処理の力が二次関数曲線のように効く局面に入ったのです。「これまではこうだった。だからこの先もこうなる」と過去の延長で未来を読めれば従来の手法で事足ります。しかし、いくつもの要素が変数となって複雑に絡み合う今の世界で「延長線」の発想はもう通用しない――それが、ここ数年の変化の特徴です。
西田:
「AI」というキーワードが提示されました。サプライチェーンマネジメントにおけるAI活用の現在地を考えてみましょう。例えば一部の小売大手では、画像や温度センサーなどのデータを活用し、商品の鮮度や残存Shelf life(販売可能期間)をAIが見極め、傷みやすい商品を中心に適切な店舗・配送先へ振り分ける「動的なルーティング」により、食料廃棄を抑制するような動きもあります。このようなAI活用は今後どこまで広がるとお考えですか。
勝川:
サプライチェーンマネジメントには複雑かつ膨大な数のパラメータが介在します。また、それらは多くの場合トレードオフなので、「一得一失」の関係性を踏まえて最適解を導く難しさがあります。以前はその設定にエキスパートが当たり、週次・月次で見直しながら最適化を図っていました。現在はそれをAIが担っています。状況に応じて、一定の閾値内ならAIが自動対応し、超えた場合は人間に判断を求める――そんな活用がすでに広がっています。
田中さんがご指摘のとおり、そこに大転換をもたらしたのが生成AIです。従来はAIをシステム内部のパラメータ調整などに使っていたため、利用者にはその働きが見えにくかった。今は、オペレーターが「普通」の言葉で問いかければ、生成AIが回答やレコメンデーションを普通の言葉で提示してくれます。今後は、汎用の大規模言語モデル(LLM)よりもさらにサプライチェーンマネジメントに特化した「特化型AI」が主役になるとみています。サプライチェーンマネジメントのプラットフォームを提供している当社の傘下企業もこの領域に注力し、開発を進めています。
パナソニック コネクト株式会社 サプライチェーン事業総括部 エグゼクティブコンサルタント 勝川 宏明氏
西田:
特化型AIが1つの軸になるとすれば、さらに重みを増すのが現場データの質と量です。特に、設計・調達・製造・物流・販売・アフター領域などの各現場における暗黙知を、End-to-Endデータとしていかに取り込めるかが肝になると考えます。それらのデータを自社固有のアセットとして捉え、自社の特化型AIの「頭脳」にいかに取り込むか――この点が鍵になりそうです。
勝川:
そのとおりです。サプライチェーンでは物が動く。物が動けば、業務固有のワークフローが必ず発生します。ただしその流れを汎用AIがあらかじめ理解しているわけではありません。ワークフローを前もって学習させることが1つのポイントです。
もう1つのポイントが、「数字の解釈」です。例えば「倉庫でピッキングしたら、商品が2つ足りなかった」とします。しかし、汎用AIはこの数字「2」の業務上の意味を理解できません。一方、サプライチェーンマネジメントに特化したAIなら、「2」が「欠品の数」を意味すると理解し、追加発注や別在庫の探索につなげられる。1つの数字の意味をワークフローという文脈の中で解釈し、業務の流れに乗せられるのです。
田中:
従来、現場がサプライチェーン関連業務を回せてきたのは、経験豊かな担当者が培ってきた「暗黙知」に基づいて「仮説」を立て、局面に応じてパラメータを調整していたからです。今AIがもたらしたのは、属人的だったその能力を自らに取り込み、誰もが活用することを可能にする動きです。特化型AIへの流れが加速し始めたこれからは、サプライチェーンマネジメントのアプリケーションがさらに高度化するでしょう。注目に値する動きです。
西田:
「数字の解釈」というご指摘は、特化型AIにインプットする現場データの「質」と「つながり」の重要性を改めて示唆しているように思われます。サプライチェーンマネジメントがカバーする広範なファンクション――設計に始まり、調達・製造、倉庫管理、顧客への配送までの各段階の間で「データの意味」をリレーしていくのは、マネジメントにとっての難所です。もっとも、最新のAIを用いたデータ処理技術では、データとデータの「行間」に潜む意味を読み解き、データの質を高めることが徐々に可能になってきているように思います。
とはいえ、現場データの質を高めてインプットすることは、今のところそう容易ではありません。勝川さん、田中さんはそれぞれどのような点に着目していますか。
勝川:
確かに、散在するデータを拾い集め、業務上の流れに沿って可視化する仕組みにはかなりの進歩が見られます。以前は粒度もばらばらだった情報が、今は迅速に収集・整理された状態で一覧できる。それ自体は素晴らしいことです。問題はその先、「業務プロセスの改革」です。サプライチェーンマネジメントの本質であるそこに踏み込まなければ、本当の意味で無駄はなくなりません。実際、データの可視化が高度に進んだ現場でも、データを把握した後に人がやっていることは以前と同じというケースが少なくない。データ表示画面が何十種類もあるということは、プロセスが旧態依然だからそれだけの数が必要だということでもあります。今はまだ、「可視化はできた。業務を変えるのはこれから」のフェーズ。それゆえ、データ処理の先端技術をプロセスの見直しや標準化に向けてサプライチェーンマネジメントに生かせる余地は多々あると感じます。
田中:
業務プロセス改革の鍵は、「判断をどう支えるか」でしょう。可視化された情報を把握した上で、さまざまな経営課題――例えば新たな進出先をどこに定めるか、調達が難しくなりそうな部材をいかに先んじて確保するか等々――をサプライチェーンマネジメントとして解くための判断をサポートするところまで、業務を見直す必要があります。
先進的なデータ処理技術、それを支えるプラットフォーム、現場視点でのソリューションの3層がそろえば、判断を支える「オントロジー」(ontology:概念とその関係を体系化し、データの意味を定義する枠組み)が生まれる。3層に加え、データの意味を定義するこのオントロジーを重ねた4層を積み上げられるかどうかが、業務プロセス改革の成否を分かちます。
もう1つ、日本企業には、QCDの水準を徹底的に高めてきた強みがあります。QCDのレベルの高さが製品に反映され、メイド・イン・ジャパンへの信頼が確立されました。この信頼は、多種多様なデータに基づきさまざまな判断をする必要が増す今後の時代でも基盤になり得る。製造業で一定以上の規模がある日本の企業グループがこの点を踏まえて動き出せば、サプライチェーン再構築の主導権を日本が取り戻す足がかりになると考えます。
PwCコンサルティング合同会社 パートナー 田中 大海
勝川:
そのときにもう1つ考えておきたいのが「コトづくり」の大切さです。日本は「モノづくり」に長けている半面、顧客が得る価値まで設計する「コトづくり」の発想や努力は不十分でした。どれだけ良いものをつくっても、それが他社製品に組み込まれるだけでは、価値の取り分はかなり限られます。世界には、モノづくりを他社に委ねてコトづくりに徹し、市場を席巻するプレーヤーさえいます。
実はサプライチェーンマネジメントとは、まさに「コトづくり」の領域なのです。経営トップが「コトづくりの価値」に目を向けてサプライチェーンマネジメントの設計に取り組むことが、世界市場を席巻することにもつながるのではないかと私は感じています。
西田:
後編での議論に向け、「サプライチェーンマネジメントの未来像」について触れていきましょう。その題材として提示したいのが、進化した予測ツールとしての「サプライチェーン全体のデジタルツイン」です。現在でもデジタルツインの取り組みは日進月歩で進化を続けていますが、これが究極的な経営インフラとして進化した世界観を議論のテーマにしたいと考えています。この世界では、例えば、部品供給リスクが高まると欠品を未然に防ぐために代替原料や代替部品を提案したり、代替設計を検討する。あるいは、カーボン排出量が閾値を超えたら設計BOM(Bill of Materials)を自動で再構成するような世界――これは設計を含めた領域が静的なアウトプットから動的に最適化され続ける状況への変化であり、そのような世界ではCTO(Chief Technology Officer)、CMO(Chief Manufacturing Officer)、CPO(Chief Procurement Officer)などの権限境界が再編されるようなイメージも、究極的には描けます。
そこで求められることになるのが、研究→設計→調達→製造→倉庫管理→配送の各工程に一貫して目配りする存在、「CSCO(Chief Supply Chain Officer)」のような立場からの意思決定関与ではないでしょうか。勝川さんはどのように予見しますか。
PwCアドバイザリー合同会社 パートナー 西田 雄太
勝川:
西田さんは慎重に「究極的に」と表現されましたが、それこそが「本来あるべきサプライチェーンマネジメントの姿」だと私は考えます。お客さまから「ERPとサプライチェーンマネジメントは何が違うの?」と問われることがしばしばあります。ERPは実行系をカバーし、出てくるのは基本的に「結果」のデータです。それだけに基づいて経営を回せば、過去のデータで経営することになる。それに対しサプライチェーンマネジメントには、「計画」系の領域もあります。現状と将来予測を見ながら判断し、その計画に基づき実行する。実績とのギャップを確認し、次の計画に反映する。そうしてPDCAを回すわけです。
もちろん、どこの企業でも計画は立てますが、実際には表計算ソフトを用い、あとは経験と勘と度胸でやっているケースが少なくありません。そこをもっと科学的に変える必要がある。そのためにはご指摘のとおり、全体を見て判断するCSCOのような人材がぜひとも必要になります。
西田:
そのPDCAのサイクルも、現状では月次サイクルといったものが大半かと思いますが、このような世界においてはシミュレーションのように継続的に回り続け、経営会議から「データの持ち帰り」が消えるような状況かもしれませんね。田中さんはこの未来像をどうみますか。
田中:
現下のサプライチェーンマネジメントでは、地政学リスクのような「自社がコントロールできない外部要因」が多くあります。よく見ていれば「この地域の情勢はやや危うい」などの兆候に気づくこともある。ただし重要なのは、その後です。監視にとどめるのか、複数の打ち手をすぐに講じるのか。これこそが経営判断です。何が起きるか分からない段階でも「GO」と判断しなければならない局面は必ずありますし、それは「計画」段階で行われなければなりません。「実行」段階では間に合わないからです。
実際、この10年ほどの間に多くのクライアントが「資機材の供給が急に止まる」「自社が確保していたはずの分が他社に流れる」といった事態を経験しました。そのなかで、確証がなくても先手を打った企業が市場を取る一方、いったんシェアを失えば取り戻すのは簡単ではない。だからこそ、実行に先立つ計画とシナリオプランニングが重要になります。さらに、S&OP(Sales and Operations Planning)も、モノの動きを金額換算した影響まで含めて捉え、経営判断につなげる考え方として改めて重要になっていると感じます。
西田:
サプライチェーンは自社だけで完結しません。その意味で、サプライチェーンの可視化の意味――何を「見る」のかも、変わり始めています。自社を頂点としたサプライヤー連携において、Tier-1の先に連なるTier-Nの各企業について、さまざまな情報を捕捉しきれていないケースは、現状で少なくありません。これまでなら、品質水準、調達価格、在庫量、リードタイムといった伝統的な指標が把握できれば済みました。しかし今は、経済安全保障などの観点を含め「どこで造っているのか」、あるいは人権保護を念頭に「製造環境に問題はないか」といった、よりTier-Nの「会社のあり姿」を可視化することにニーズが向いていると感じます。「自社のネットワーク上にその企業が存在していること」の意味合いが問われる。QCD以外にもさまざまな価値が、サプライチェーンに上積みされるようになってきたと感じます。
勝川:
サプライチェーンが本当の意味で「End-to-End」であるためには、ご指摘のとおりTier-1、Tier-2といったサプライヤーだけでなく、その間に存在する物流事業者や倉庫事業者まで含め、ネットワーク全体を見えるようにする必要があります。
ただし、「ネットワーク全体の可視化」を実現するには、参加企業同士の関係性という課題があります。OEM、サプライヤー、販売会社などが互いにメリットを得られる関係を構築し、自社データを一定の範囲で共有しなければ、真の意味でのネットワーク化は進まないでしょう。そこをどう乗り越えるかは今後の課題ですが、方向性としては必ずそちらへ向かうはずです。
西田:
ここまで、「サプライチェーンマネジメントの位置付け」から始まった議論が、「AI活用」「業務プロセス改革」「未来のサプライチェーンマネジメント像」へと進んできました。後編の議論ではまず「人間に残される仕事とは何か」から始め、「日本のハイテク製造業の強化」「教育と人材育成」「企業間連携(ネットワーク)」まで話し合っていきたいと思います。
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