高まる無形資産の重要性と権利侵害を防ぐ体制構築

  • 2026-05-08

はじめに

知的財産(知財)が企業における無形資産の中心的資源として認識される場面が多くなっています。企業価値の源泉が有形資産から無形資産へとシフトする中で、技術情報や知的財産の管理・戦略的活用は、企業の持続的成長を左右する重要なテーマとなっています。

こうした認識の変化は、知的財産を含む無形資産への投資の推移にも表れています。世界知的所有権機関(WIPO)の「World Intangible Investment Highlights 2025」によると、2008年以降2024年までの無形資産投資の年平均成長率は約4.1%でした。同期間の有形資産投資の年平均成長率は約1.1%であり、その4倍近くの成長率を見せていることから、いかに企業が無形資産を重視しているかがうかがえます。

このトレンドを受けて求められるようになったのが、知財ガバナンスの高度化です。特に近年ではサプライチェーンやESG調達の文脈において、権利侵害への対応状況が企業評価に影響を及ぼすケースも増えています。本コラムではこうした背景を踏まえ、知財管理の中でも特にガバナンス面で重要な論点である権利侵害の防止に着目していきます。なお、本稿では「権利侵害」を、第三者が保有する特許権・実用新案権・意匠権・商標権・著作権といった知的財産権や営業秘密を十分に把握しないまま利用した結果、他者の権利侵害に至るリスクとして定義します。

企業価値における無形資産の重要性と知的財産

権利侵害について詳細を説明する前に、まずは知的財産がどういうものなのかについて、俯瞰的に確認していきます。

知的財産の根拠となる法律には、特許法、実用新案法、意匠法、商標法、著作権法に加え、不正競争防止法などが挙げられます。

また法体系だけでなく、近年ではガイドラインの整備も進んでいます。まず押さえておくべきなのが、持続的に企業価値を高めるための指針として金融庁と東京証券取引所が2015年にまとめた「コーポレートガバナンス・コード」です。経営の透明性や説明責任、ステークホルダーとの関係性といった原則を整理したものですが、ビジネスにおける無形資産の重要性が高まりつつあることから、2021年6月にはサステナビリティの観点も踏まえて開示強化の改訂が行われました。

この改訂を受け、翌2022年に内閣府と経済産業省が策定したのが「知財・無形資産ガバナンスガイドライン」です。これは「コーポレートガバナンス・コード」の2021年の改訂内容を実務に反映させるためのガイドラインですが、さらに2023年には取締役会の具体的なチェック点や事例・テンプレートなどを増補した「知財・無形資産ガバナンスガイドライン Ver.2.0」も発表されました。

知的財産というと、特許や著作権などの法律上明確に権利化されたものを連想しがちです。しかし、企業価値の源泉という観点から捉えると、法的権利に限らず営業秘密やノウハウ、データ、ブランド力といった無形資産も重要な構成要素となります。とりわけ、これらは競争優位の確立や持続的な収益創出の基盤となるものであり、企業の成長戦略や中長期的な価値向上に重要な影響を及ぼします。

こうした背景から、「コーポレートガバナンス・コード」や「知財・無形資産ガバナンスガイドライン」においても、無形資産の適切な把握・活用・開示が企業の持続可能性と結び付けられていると理解できます。

知財ガバナンスの高度化を求める社会的要請

こうした背景を踏まえ、企業に求められる知的財産に関するガバナンスの高度化をどう考えるべきかを見ていきます。

知財ガバナンスを考える上で重要なのが、社会的要請の変化です。かつて知的財産は主として権利保護の対象と捉えられ、無形資産の活用方針やそのための体制について社外に説明することまでは求められていませんでした。しかし、企業価値の源泉が在庫や設備といった有形資産から、データや技術、ブランドなどの無形資産へとシフトする中で、これらが財務諸表上は十分に可視化されにくいにもかかわらず、ステークホルダーへの説明責任が強く意識されるようになっています。その結果、持続的成長に向けた取り組みとして、統合報告書や知的財産報告書、経営計画などで無形資産への言及を充実させる企業も増えています。

知財ガバナンスの高度化は、当然ながらサプライチェーンにも深く関係します。一例を挙げると、サステナビリティ推進のプラットフォームであるGCNJ(グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン)が開発・提供しているESG調達の自己評価ツール(Self-Assessment Questionnaire:SAQ)があります。これは、サプライヤーが自社のESG活動の状況を可視化し、ステークホルダーや取引先に対して説明責任を果たすためのツールであり、設問には「第三者の知的財産の無断使用等を防止する取り組みがあるか」といった項目も含まれています。こうしたことから、サプライチェーン全体においても知財ガバナンスの高度化が求められていることが分かります。

権利侵害対応を巡る動向と課題

PwCコンサルティングは、知的財産管理に関するさまざまな支援を提供していますが、サステナビリティへの対応の中で見えてきたのが、ESG調達の文脈における権利侵害防止の論点です。目指すところは侵害を予防する体制の構築と、侵害が発生した場合の対応プロセスの確立の大きく2点であり、どちらも運用状況のモニタリングおよび継続的な改善が求められます。

本稿の冒頭で示した「無形資産投資の成長トレンド」を踏まえ、日本企業における知財ガバナンスの取り組み状況を整理することを目的として、私たちは以下6つの論点を基に企業の公開情報の分析や有識者インタビュー等を通じた市場動向の考察を行いました(図表1)。その結果、主に2つの課題が明らかになりました。1つは日本企業の対応の遅れ、もう1つは知財ガバナンスに関する先進的な取り組みを進める企業とそうでない企業との格差です。

図表1:知財ガバナンス評価における6つの論点

日本企業の対応については、欧米に比べて相対的な遅れが浮かび上がってきました。欧米では制度・資本市場・企業文化・デジタル戦略が無形資産の活用を前提として設計されている側面が強く、知的財産をはじめとする無形資産を企業価値向上の源泉として積極的に開示・活用する枠組みが整っています。

これに対し、日本では無形資産への投資は、長期的な低成長環境が続いてきたこともあり、単年度のPLを重視した経営判断が優先されやすい側面があります。その結果、研究開発、人材育成、ブランド構築、データ基盤整備といった短期的な収益への影響が見えづらい無形資産は、戦略投資として位置付けられづらい状況です。加えて、リスク回避志向の強い企業文化や、労働人口の減少に伴う人材不足といった構造的要因も、無形資産を戦略的に活用するための組織的な投資や挑戦を抑制する方向に作用します。

その結果、知的財産やデータ、ブランドといった資産は、価値創出のドライバーとして積極的に活用されるというよりも、管理・保全の対象として位置付けられるようになります。こうした認識や位置付けの差が、知財ガバナンスやESG調達における対応水準の差として顕在化するのです。

さらに、企業間での格差については図表2に主なポイントを示しました。これは知的財産管理に関する6つの論点を軸に、公開情報の分析や有識者インタビューなどのリサーチを進める中で各社の取り組みを類型化し、整理した結果から明らかになったものです。こうして導いた評価水準を用いて、企業における知財ガバナンスの現状を可視化することができます。

図表2:知財ガバナンスの各論点におけるリサーチ結果

分析の結果、知的財産、特に技術研究・開発に関する特許を強みとする製造業界や、知財ガバナンスに関する先進的な取り組みを進める企業では、体制・プロセス・情報開示等が一体的または部分的に整備・運用されており、一定の水準に到達している事例が多数確認できました。一方で、技術研究・開発が活発でない、あるいは知的財産が事業成果に直結しにくい業界では、体制整備やプロセスの明文化、情報開示の面で対応が十分に進んでいない企業が依然として多く存在することが分かりました。こうした差異は、6つの論点それぞれで取り組みの実態を整理し、評価水準として可視化することで浮き彫りになったと言えます。

しかし、知的財産が事業に直結しにくい業界でも、それぞれ自社にとっての営業秘密やノウハウ、データなどがあるはずです。他者の知的財産を取り扱ったり、ライセンスを受けて事業を行ったりするケースも想定されます。また、知的財産が身近ではない企業にとっては、知的財産を扱う部署自体がないため、何から着手すべきかが分からないといった課題もあるでしょう。

こうした点を踏まえると、他者の権利侵害を未然に防止し、万一発生した場合にも迅速に対応できるよう、必要な手続きを確実に遂行できる体制を幅広い業界で整備しておくことが重要です。

権利侵害防止体制構築に向けたアプローチ

PwCコンサルティングでは、他者の権利侵害を防止する体制構築と知財ガバナンスの高度化のために、大きく3つのフェーズで支援を提供しています(図表3)。ここでは全体アプローチと各フェーズの位置付けについて簡単に紹介します。

図表3:知財ガバナンス高度化のアプローチ

フェーズ1で行うクイックアセスメントは、リサーチや過去支援事例の分析を通じて設定した評価指標に基づいて行われます。あるべき姿を可視化し、課題抽出と実効性のある対応方針の導出を可能とするものです。フェーズ2では、フェーズ1の対応計画を踏まえて優先度の高い施策から整備を行い、整ったものから順次運用を開始します。フェーズ3では、フェーズ2で整備した施策に対しPDCAサイクルを通じたガバナンスのさらなる強化を図ります。

このアプローチは、知的財産が事業に直結しにくい業界や、知的財産を扱う部署自体がない企業などにおいても効果的です。まずは自社の知財ガバナンスの状況を整理・可視化し、各部門の役割分担や発明・ブランドの管理方法、契約や情報管理に関する基本的なルールの整備状況などを確認、現状の管理・対応の実態を把握します。その上で、強みや不足している点を整理し、課題の洗い出しと方針の検討を行います。こうしたプロセスを通じて優先的に取り組むべき事項を見極め、無理のない対応計画を策定するとともに、スモールスタートでガバナンス体制の土台を構築していきます。これにより、知財ガバナンスの高度化に向けた段階的な取り組みが可能となります。

※詳細なサービスへのリンク:IPガバナンスコンシェルジュ

おわりに

社会全体での知的財産の重要性が高まる中、対応の遅れを放置してしまえば、先行して体制構築やガバナンスの整備を進める企業との格差は広がっていくのではないでしょうか。この差は将来的に企業価値評価や事業機会の獲得力の差として顕在化するおそれがあり、知的財産が事業に直結しにくい業界であっても、知財ガバナンス体制の整備や戦略的活用の検討を進めていくことが求められます。

また、すでに知財ガバナンスの体制が構築されている場合でも、法規制やガイドラインの改正、サステナビリティ要請の厳格化といった環境変化を踏まえ、定期的なメンテナンスを行い、継続的にアップデートしていくことも重要です。

PwCコンサルティングは、先進テクノロジーの情報を集約し支援に生かす「Technology Laboratory」を有しており、PwC弁護士法人などPwCメンバーファーム間での連携も可能です。こうした専門性を組み合わせることで、企業の知財ガバナンス高度化に向けた幅の広い支援を提供しています。

執筆者

山崎 幸一

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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橘 了道

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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椿 祥隆

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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眞島 陸

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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小林 真耶

アソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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