政策検証:これまでの日本の医師偏在対策は効果があったのか?―偏在の判断と是正に関する新しい考え方―

  • 2026-10-07

医師偏在対策に活用される指標・医師確保計画策定ガイドラインの変遷はこちら

【ポイント】

  • 医師少数区域に該当する都道府県の半数・二次医療圏の大部分は、「期間ごとに少数区域から離脱を繰り返すことで偏在を是正する」との従来の基準を満たしていない
  • 仮に従来の基準を満たしたとしても、医師偏在の是正効果には疑問が残る
  • 従来の基準に代わり、標準偏差と歪度を用い、全国・都道府県内の二層で医師偏在を評価する考え方を提示
  • この考え方により特定された医師不足の地域に対しては、医師多数区域からの供給強化が不可欠

1 医師偏在指標の導入決定から8年、出そろった検証材料

2026年(令和8年)4月、厚生労働省は最新の医師偏在指標を公開しました。医師偏在指標は、長らく偏在対策の指標として使われてきた「人口10万人あたり医師数」に地域の期待受療率や医師の年齢・性別ごとの労働時間などを反映させたものであり、2020年(令和2年)に初めて公表されました。今回、2024年(令和6年)に続く3度目の公表により、2期・6年の間で医師偏在がどの程度是正されたかを振り返って検討する基盤が、ようやく整ったことになります。

医師偏在指標は、医師偏在対策を推進する際の基幹指標です。厚生労働省の医師確保計画策定ガイドラインによれば、医師偏在の是正は「医師確保計画の1計画期間(中略)ごとに、医師少数区域に属する二次医療圏又は医師少数都道府県に属する都道府県がこれを脱することを繰り返す」ことで達成するとされています(図表1)。この「医師少数区域」の定義に用いられるのが医師偏在指標であり、指標の大きい順に区域を並べた際に、下位3分の1に入る都道府県または二次医療圏を医師少数区域と定義します。都道府県は47、二次医療圏は330あることから、医師少数都道府県/二次医療圏の数は、それぞれ16と110です。

図表1:医師確保計画策定ガイドラインが想定する医師偏在是正の流れ

医師確保計画策定ガイドラインが想定する 医師偏在是正の流れ

一部報道では、2期・6年間での全都道府県における医師偏在指標改善率の大小を比較していますが、政策当局の意図はそこではなく、医師数が相対的に少ない(=医師偏在指標が小さい)地域の底上げを狙っていることは、前述のガイドラインの文言からも明らかです。

それでは、ある時点で下位3分の1に入っていた都道府県や二次医療圏は、次の期間に入るまでに実際に医師少数区域を脱出できたのでしょうか。図表2は、その答えを示したものです(以降、2020年から2024年を1期、2024年から2026年を2期と呼称します)。

図表2:各年度の医師少数県一覧(灰色は前回から医師少数区域を脱せていない県)

各年度の医師少数県一覧 (灰色は前回から医師少数区域を脱せていない県)

ガイドラインが定める「医師偏在指標が下位3分の1の区域が、次期には全て前の期の医師少数区域を脱している」との基準に基づけば、都道府県については、1期で8つ、2期で9つと、16県のうち半数が達成できていません。医師の分布は「西高東低」であると言われて久しいですが、該当する都道府県は全て東日本に位置し、特に東北地方では宮城県以外の5県が全て未達となっています。

二次医療圏に関しては、110の医師少数区域のうち3分の1に当たる35医療圏(16都道府県)が1期中に脱していないばかりか、2期ではその数が81医療圏(31都道府県)に増えています。加えて、1期に医師少数区域を脱出できなかった35医療圏のうち、2期の間に外れることができたのはわずか1区域と下位層の固定化傾向が見られ、残る34医療圏のうち半数近い15が医師少数県に所在しています(図表3)。

図表3:1期・2期を通して医師少数区域にとどまる34医療圏一覧(灰色は医師少数県)

1期・2期を通して医師少数区域に留まる34医療圏一覧 (灰色は医師少数県)

このように、ガイドラインが定める方法に照らすと、2期・6年間での十分な是正効果は確認できませんでした。そもそも「下位3分の1の区域が離脱を繰り返したとしても、必ずしも偏在の緩和には結び付かないのではないか」という疑問が浮かんできます。

極端な例ですが、下位3分の1が医師少数区域を離脱したとしても、それ以上に医師多数区域に医師が集中した場合、偏在は進行していることになります(図表4)。言い換えれば、現状のガイドラインでは「偏在」が数学的な指標をもって裏付けられていないのです。

図表4:下位3分の1が医師少数区域を脱したが、偏在が進行している状態(想定)

下位3分の1が医師少数区域を脱したが、 偏在が進行している状態(想定)

2 「医師の偏在」とは何か?言葉と統計指標を用いて定義する

そこで、医師が偏在している状態とは何かを、最初に文章で説明します。医師の偏在には、主に以下2つの意味が含まれると考えられます。

①いくつかの区域の間で、医師偏在指標のばらつきが大きい

②いくつかの区域を比べた際、医師偏在指標が少ない方(または多い方)に集中している

①の「ばらつき」は標準偏差、②の「片方への集中」は歪度(わいど)という統計学的指標を用いて定量化することが可能です(図表5)。標準偏差と歪度の数式を用いた説明は統計学の教科書に譲りますが、どちらの指標も0に近づくにしたがって偏りが小さくなっていることが見て取れます。

図表5:標準偏差と歪度 概念図(平均200、要素30。歪度の分布図は標準偏差20)

標準偏差と歪度 概念図(平均200、要素30。歪度の分布図は標準偏差20)

これを踏まえ、「医師偏在の是正」の数学的な定義については、以下のように考えます。

定義1:経時的に、47都道府県の医師偏在指標の標準偏差と歪度が0に収束していること

定義2:経時的に、各都道府県における二次医療圏の医師偏在指標の標準偏差と歪度が0に収束していること

ここで、全国330の二次医療圏を同じ土俵で比較しないのは、政策は実務上、国→都道府県→市町村の順で展開される以上、遠く離れた地域同士を比べて医師が足りているかどうかを議論する実益が少ないためです。また、標準偏差と歪度が0に収束する傾向にあることと、医療現場が偏在の是正を実感していることとは別である点にも注意が必要です。

それでは、上記2つの定義に則り、医師偏在指標がどのように推移したかを分析してみます(数値は左から順に、2020年→2024年→2026年)

定義1:47都道府県の医師偏在指標の推移(図表6)

  • 標準偏差:37.3→38.4→36.0と横ばい
  • 歪度(の絶対値):0.41→0.32→0.16と縮小

図表6:47都道府県の医師偏在指標分布

47都道府県の 医師偏在指標分布

定義2:各都道府県における二次医療圏の医師偏在指標の推移(図表7)

  • 標準偏差:2020→2024は0に収束する傾向が見られたが、2024→2026で失速。また東京都内の偏在は期間を通じて顕著。
  • 医師偏在指標の歪度(の絶対値):明らかな0への収束傾向は見られず

図表7:各都道府県における二次医療圏の医師偏在指標分布

各都道府県における二次医療圏の 医師偏在指標分布

3 この6年間で、医師偏在は是正されたのか?

定義1に従えば、確かに都道府県単位で見ると歪度が0に収束しつつあることから、医師不足は一部では緩和されているようです。一方で標準偏差はほぼ不変であり、都道府県間の格差、特に医師偏在指標が最多と最小の都県の差は明らかに残存しています。他方、各都道府県において、二次医療圏単位での偏在を示す定義2によれば、偏在の是正に成功している都道府県もあるにはあるものの、全体としてみると偏在の是正は不十分と評価せざるを得ず、逆に格差が拡大している都道府県もあります(図表8)。

図表8:偏在が進んでいる県(千葉県:左)と緩和されつつある県(愛知県:右)

千葉県では、安房医療圏の続伸とそれ以外の地域の停滞・減少がみられ、偏在の進行は歪度の増加として検知される。愛知県では、最小の東三河北部医療圏と最大の尾張東部医療圏の格差が5倍近くあったところ、直近では2倍未満に縮小しており、偏在の是正は標準偏差の減少として現れる。

偏在が進んでいる県(千葉県:左)と 緩和されつつある県(愛知県:右)

ガイドラインが定める既存の基準は、もっぱら医師少数区域に着目し、また全国の二次医療圏を一括して扱っていました。これに対し、医師偏在の新しい定義は、上で見てきたように、全国と都道府県の2つのレベルでの比較を可能にし、また標準偏差や歪度という統計指標を用いて医師少数区域のみならず医師多数区域の動向や偏在も検知できる点で、より実用性が高いと言えます。

ただし、上記の評価をもって、2024年末に公表された「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」に基づく取り組みが有効でないと結論づけるのは時期尚早です。なぜなら、パッケージの内容が改正法や改訂ガイドラインに反映され、実際の運用が始まるのは2027年度からであり、その効果が現れるのは早くとも次回の医師偏在指標が公表される2029年ごろになると推測されるからです。

4 「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」によっても偏在が是正されない場合、次の打ち手は何か?

「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」に基づく施策の効果が十分ではない場合、次に何をすべきでしょうか。

まずは、医師多数都道府県の上位層を狙って、さらに強力な医師数の抑制や医師少数都道府県への派遣の枠組充実などを通じ、都道府県間での偏在是正に向けた策を講ずることが必要になるでしょう。特に医師少数都道府県においては、医師多数都道府県から捻出された医師(の労働力)が一定程度蓄積されることが、次に続く各都道府県による領域内での二次医療圏間の偏在是正に取り組むための前提条件となります。医師数が少ないままでは低位均衡に陥るか、あるいはフランスのように限られた資源の奪い合いになってうまくいかないのは明らかです。

他方、今回の第8次後期外来医療ガイドラインで規定された、外来医師過多区域における新規開業の抑制をはじめとする半強制的な措置がどの程度実効性を有するのか、これもまた未知数です。「医学部の卒業生のほとんどが保険診療医になる時代は既に終わりを迎えた。仮に規制を強めたとしても、締め出された医師は医師少数区域へ流入する代わりに自由診療や一般企業に流出するだけで、政策当局の目論見どおりにいかないのではないか。特に、医療業界の賃上げ率がその他業種と比べて低い状態が続けば、医師の保険診療からの退出はますます加速化するだろう」との危機感を示す関係者も見られます。

また、医師多数区域となっている二次医療圏は医育機関・教育病院を擁する場合も多いため、機械的に数量規制を被せるよりも、これら医育機関における研修プログラムの充実や、金銭的・キャリアパス上のインセンティブ付与など多角的な施策を通じ、医師少数区域への医師の供給を増やすことで、医師少数区域における医師偏在指標の底上げを図るのが現実的な方策かもしれません。状況によっては、外来医師過多区域の範囲拡大や、これらの地域で夜間休日輪番を医師会が担っている場合は、医師会の区域だけでなく医師少数区域にまで広げるなどの踏み込んだ策も必要となるでしょう。

実際にどの場所に医師がどれだけ必要なのかは、それぞれの地域の状況によって千差万別です。ところが、各地域での実態把握の状況について、医師確保計画策定ガイドラインは「医師派遣を必要としている医師少数区域等の医療機関や、医師派遣が可能な県内の医療機関を都道府県が十分把握していない場合もある」と厳しく指摘しています。現に、医師少数スポット(医師少数区域と同様に取り扱うことができる市町村であり、2026年度では43都道府県が90の二次医療圏内に設定)が存在しない山梨県・富山県・大阪府・兵庫県の一部の医療関係者からは、「慢性的に医師が不足し、綱渡りで当直を回している自治体の実情を数年にわたって訴えているものの、医師少数スポットの指定を検討する気配が見られない」といった訴えも聞こえてきます。

このように医師偏在対策を進めるにあたり、追加で必要な医師数を各都道府県が概算・把握しないことには、医師多数区域の医療機関や医師多数都道府県に対して具体的な派遣要求を出しようがありません。次回の論考では、これまでに提示した各種指標を活用した、必要な医師数の適切な試算方法を検討していきます。

執筆者

金野 楽

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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