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DEI(Diversity, Equity and Inclusion)およびDEIB(Diversity, Equity, Inclusion and Belonging)は、企業経営における重要テーマとして長らく注目されてきました。しかし、2025年には米国を発端とした「反DEI」の動きが広がるなど、その推進をめぐる潮流は世界的に揺れ動いており、日本企業もまた「自社にとってのDEIBとは何か」「どこまで、どのように進めるべきか」を改めて問い直す局面にあります。
本シリーズでは、社会心理学や産業・組織心理学の領域でDEIBを研究する東京女子大学の正木郁太郎准教授とPwCコンサルティングが、日本企業におけるDEIB推進の在り方について、学術研究の知見と実務の視点を交えながら、全3回にわたって掘り下げます。
第1回となる本稿では、DEIによる効果の二面性と、「DEIの発展段階」にある日本企業が目指すべき組織づくりの考え方について、コラム形式でまとめました。そして、続く第2回、第3回では、正木氏とPwCコンサルティングの共同調査の結果を基に、日本企業のDEIB推進を阻む「見えない壁」やインクルーシブな組織風土の醸成、DEIBを企業成長の土台として位置付けるための視点などを対談形式でお届けします。
DEIBに「唯一の正解」を求めるのではなく、自社の現在地を見極めながら最適なアプローチを探る──そのための手がかりを示します。
私たちは、DEIBの浸透の障害となる要因の一つに、DEIやDEIBの考え方の「あいまいさ」があると考えています。具体的には、定義や自社が取るべき施策についての「あいまいさ」を指します。そこで、本コラムでは、DEIBをめぐる学術研究で明らかになっている知見や得られた仮説を基に、日本における企業のDEIB推進の指針をどのように考えることができるかについて解説します。
そもそも、「ダイバーシティ」、つまり多様な価値観や属性の人が同じ組織やチームで一緒に働くことには、良い影響もあるものの、いわば副作用もあることが、多くの研究で指摘されています。
まず、ダイバーシティが高まることの良い影響としては、豊富な情報や視点が集まること(情報・意思決定パースペクティブ:information/decision-making perspective)があります。考え方や属性が画一的な人から成る集団では、持っている情報や視点、発想が偏りがちです。他方、さまざまな考え方や属性の人で組織やチームを構成することにより、違う情報や視点が持ち寄られ、クリエイティビティやイノベーションの種が得られる可能性が高まるといわれています。
一方で、ダイバーシティが高まることに付随して発生する「副作用」も指摘されています。代表的なものが、コミュニケーションや集団の一体感(集団凝集性:group cohesiveness)へのマイナスの影響です。社会心理学では、人には「身内」と「それ以外」の線引きをしがちな傾向があり、これを「社会的カテゴリ化」と呼んでいます。似たような属性や価値観のメンバーから成る組織・チームでは、メンバー間を分断する要因が顕在化しにくいために、組織・チーム全体が「身内」としてまとまることが比較的容易です。しかし、ダイバーシティが高まった状態では「自分と似た人」と「そうでない人」という線引きが生まれ、本来一つだったはずの組織やチームの中でコミュニケーションの食い違いや対立が増えやすくなる(社会的カテゴリ化パースペクティブ:social-categorization perspective)といわれています。
このように、組織やチームにとってダイバーシティは二面的な効果があります。だからこそ、ポジティブな影響を増やし、ネガティブな影響を減らすために必要な「条件」(コンテクスト:context)を整える工夫やマネジメントが重要です。さらに、「これを前提とするならば、強い組織をつくるためにはダイバーシティだけでは不十分であり、インクルージョンも必要だ」と議論が展開されることもあります。
では、日本でビジネスを展開する企業は、ダイバーシティを生かす、つまり互いに異なる考え方や属性の人が力を発揮できる組織・チームをつくるために、どのような組織づくりが必要なのでしょうか。手がかりの一つになるのが、正木氏が行った調査結果1です。
この研究では約10社のグローバル企業や日系企業を対象に、特に性別ダイバーシティ(女性活躍推進)をテーマとして調査を実施しました。協力を得た企業の状況はさまざまで、(1)女性の採用と管理職登用が進む企業と、(2)女性の管理職登用が相対的に少ない企業に大別できました。これらを対象に、各社内において「ダイバーシティが高く、かつ成功している2職場」の特徴を質問紙調査と統計分析で検討しました。その結果、各社が置かれた状況によって、有効な組織・職場づくりの方針が異なることを示唆する結果が得られました(図表1)。
一つ目のパターンは、性別などの属性よりも「個性と平等」を重視する職場づくりが有効なケースです。属性と関係なく、一人一人の構成メンバーによって個性や望む働き方が違うのだから、属性に応じて育成・登用や支援の方針を変えるよりも、個性や人柄、能力を重視し、「機会平等」を実現することが大事だという考え方です。
二つ目のパターンは、むしろ性別などの属性を重視し、ときに平等よりも「配慮」を重視する職場づくりが有効なケースです。女性活躍推進への取り組みを例に挙げると、ロールモデルの有無をはじめ、その時点で社内における前提となっているキャリア意識が男女間で大きく異なるので、さまざまな育成・登用施策を対象となる「女性に」特化して行うといった考え方です。ある意味では、男性優位な働き方が長らく続いたがゆえに、「機会平等」よりも「結果平等」に着目するという考え方とも置き換えられるかもしれません。
図表1:調査結果の概略
※出所:正木氏(2019)の調査結果などから作成
あくまでも限られた数の企業から得られた結果にすぎませんが、この図では横軸に従業員に占める女性の割合、縦軸に管理職に占める女性の割合を取り、簡便な形で、企業内での男女の昇進の平等さを表現しています。
図表1内「女性の採用または登用が相対的に少ない企業」のように、明確な多数派と少数派が組織内に存在する場合は、二つ目の「配慮」や「積極的な支援・登用」を中核とした職場づくりが有効となる傾向にありました。これにはさまざまな要因が考えられます。例えば、性別による役割分業の歴史が長かったために「女性が仕事で活躍する」というイメージが男女ともに薄く、まずそれを覆すところから始めなくてはならないという前提があります。この状況においては、男性優位の組織文化や働き方が浸透してしまっており、機会平等を推進するだけでは取り組みが不十分であるといったことが考えられます。こうした企業でいきなり「個性を生かす」「機会平等」と訴えても従業員には響かないでしょう。
一方で、完全ではないにしろ男女が平等に昇進し、活躍しやすい土台がすでに築かれているような企業では、一つ目の「個性や機会平等を重視する」という職場づくりが有効な傾向にありました。こうした企業では、そもそも性別に関わらず能力や個性を発揮して日々働いている、あるいはそのように働きたいと考える従業員が多いために、ことさらに「男性が」「女性が」と属性を強調することはかえって反発を招くことも考えられます。
このように、DEIB推進の方針には少なくとも2種類があり、どちらが有効なのかはその会社が置かれた状況や、所属している従業員の働く価値観、あるいはこれまでの会社の歴史などにも左右されると推測されます。
これと似たことを、少し異なる角度から指摘した研究もあります。「ダイバーシティ・イデオロギー」(diversity ideology)という概念の研究です。この概念は、広く「ダイバーシティをどのように捉え、どうすればより良い社会や組織を実現できるか」に関する信念を指します。このいわば「ダイバーシティ観」のようなものは、二つに大別されると言われています。一つ目は「アイデンティティ・ブラインド」(identity-blind)と呼ばれる考え方で、属性をあえて考慮せず、一人一人の個性や能力を強調する考え方です。二つ目は「アイデンティティ・コンシャス」(identity-conscious)と呼ばれる考え方で、あえて属性による文化や価値観の違いを重視するものです。女性活躍推進への取り組みの例を挙げると、男女関わらず「その人ならでは」の発想を重視するものが前者、「女性/男性ならではの視点」を重視するものが後者にあたります。
ダイバーシティ・イデオロギーの効果は現在も研究が続いていますが、結局のところ一長一短なのではないかと考えられています。例えば、アイデンティティ・ブラインドの考え方には属性に基づく偏見を抑止する働きがあるのに対して、アイデンティティ・コンシャスの考え方には、社会や組織において少数派を重視された側とした場合の、そのエンゲージメント向上につながる働きがあります。一方で短所もこれと対応しており、例えば、アイデンティティ・コンシャスは属性による偏見や決めつけを強化する恐れもあります。
まだ研究の結論は出ていませんが、前述の日本の企業での調査結果も踏まえると、「ダイバーシティ観」は一様ではなく、目指す姿も各社が置かれた状況に依存すると言えるでしょう3。
それでは、以上の議論を踏まえて日本企業はどのような組織づくりを目指すことが望ましいのでしょうか。大規模かつ長期にわたる調査と分析が必要なために、現時点で完全な結論を実証的に得られてはいませんが、前述の研究結果や理論からの示唆をまとめます(図表2)。
図表2:図表1の結果を基にした「DEIBの発展段階」仮説
※出所:正木氏(2019)の調査結果などから作成
まずは、自社を取り巻くビジネス環境や従業員のキャリア観、多数派・少数派が置かれる状況を冷静に分析することが重要です。例えば図表2のように、男女の機会・結果の平等がどの程度実現されているかによって、目指すべき組織の在り方が異なります。「DEIBの絶対の正解」を求めるのではなく、「現在」「自社に」求められている組織づくりや施策が何かを探る必要があります。
さらに言えば、指針はずっと同じものである必要はなく、むしろ定期的に大規模な見直しをするのがよいと考えられます。特に日本はDEIBの推進が発展途上にあるため、企業の置かれている状況はさまざまであり、今後も大きく変化し得ます。女性活躍推進への取り組みの例で言えば、管理職として働き続ける女性の絶対数が少ない会社では、まずは「配慮型」またはアイデンティティ・コンシャスな(属性による差異を重視し尊重する)アプローチが有効になる可能性が高いと考えられます。一方、そうした施策を続けていく中で、働く女性の絶対数が増え、男女の差が意識されにくくなってきたタイミングでは、「平等型」の施策への転換も求められるでしょう。ただし、この移行は一直線に進むとは限りません。配慮型から平等型へと切り替わる過渡期には、多数派・少数派の母数がそろっていく段階を経て、「配慮」と「平等」を両立させたり、両者を行き来したりしながら組織文化が成熟していく局面もあると考えられます。このように、DEIB推進の取り組みにも「発展段階」があり、変化を恐れない姿勢が必要です。
発展段階に合わせた対応を考えるうえで、一つ重要なポイントがあります。それは、DEIBの「発展段階」を量的な指標のみで捉えるのではなく、結果に至るプロセスや土壌を含めて本質的なDEIBが実現できているかという定性的な視点でも捉えることです。昨今ではDEIB推進の実現度を測る指標として、多くの企業が女性管理職比率などの数値目標を設定していますが、数値はあくまでも結果として現れるものであり、背後には、組織や経営層・従業員一人一人が「ダイバーシティにどう向き合っているか」という、より深層のプロセスやベースとなる価値観があります。施策の有効性は、最終的には組織のダイバーシティへの向き合い方そのものが、どこまで成熟しているかに左右されると言えるでしょう。
実際、私たちが多くの日本企業のDEIB推進に伴走する中で目にするのは、女性活躍推進がある程度進んだ段階で多くの企業が共通してぶつかる「壁」です。以下に一例を挙げます。
これらの壁に共通するのは、制度設計や数値目標の追求といった、技術的に解ける課題の延長では乗り越えられない壁だということです。技術的課題とは、自分を課題から切り離し、外側にある問題として対処できるもの──「制度をつくる」「研修を実施する」「比率を上げる」といった打ち手で解決に近づけられるものです。一方、ここで起きている事象は性質が異なります。「女性管理職がなかなか増えない」「逆差別ではないかとモヤモヤする」「登用された女性が疲弊する」といった現象は、実は経営層も、管理職も、男性社員も、女性社員も──自分自身がその状況を作り出している当事者であり、無自覚のうちに加担しているからこそ起きているのです。
だからこそ、制度や他者を自分の外側にある問題として変えようとするだけでは、真の解決には至りません。自分自身の態度や価値観、日々の関わり方を見直し、変えていくことが求められます。こうした課題こそ、組織開発でいう適応課題です。DEIB推進が一定の段階を超えると、その本質は技術的課題から適応課題へと移行していきます。組織風土のような、一見すると「外側にある問題」のように見えがちなものも、実際は個々人の態度や価値観、行動、そして、それらの相互作用の積み重ねで成り立つものです。だからこそ、問題を単に技術や構造・制度として理解するのではなく、その根本にある働く人や組織の心理と行動を考慮したアプローチも必要になるでしょう。日本企業には、自社が今どの局面にあるかを正しく認識したうえで、技術的課題と適応課題への対応のバランスを調整していくことが求められます。
それでは、適応課題にはどのように向き合えばよいのでしょうか。有効なアプローチの一つが「対話」です。対話は、正しい・正しくないという論点を一旦脇に置き、自分と相手の認識の違いを理解し合うことから始まります。対話の中では、自分の前提も相手の前提も揺さぶられ、双方が少しずつ変容していく。そして、気づきや発見の積み重ねの先に、「ともに目指したいもの」が立ち現れてくる。これが対話のプロセスです。
ところが、企業の現場で日々交わされているコミュニケーションのほとんどは、対話ではなく「議論」です。何が正しいかを論じ、結論を出し、意思決定する──ビジネスの世界では当たり前のこの営みは、技術的課題を解くためには極めて有効です。そのため、適応課題に向き合おうとする際も、私たちはつい同じやり方を持ち込んでしまいます。「DEIBの正解は何か」「結局どうすればいいのか」と、答えを早く出したくなってしまうのです。
しかし、議論と対話は、その目的も前提もまったく異なります。議論は、正しい答えがどこかに存在することを前提に結論を出し、決定するための営みです。一方、DEIB推進のように、組織の根底にある価値観や前提を問い直す適応課題に取り組む場合、求められるのは議論ではなく対話の姿勢です。経営層と従業員、男性と女性、多数派と少数派。互いの見ている景色の違いを「どちらが正しいか」で裁くのではなく、「なぜそう見えているのか」を理解し合うところから、組織は変わり始めます。
もっとも、対話は簡単な営みではありません。日々の業務に追われる中で、すぐに結論の出ない対話に時間を割く余裕は、多くの企業にとって決して潤沢ではないでしょう。さらに、対話を始めても明確な正解がすぐには見えてこないことに、参加者がモヤモヤを募らせる場面もあります。だからこそ、答えの出ない不確実な状態にしばらくとどまり続ける力、いわゆるネガティブ・ケイパビリティが、経営層にも従業員にも求められます。
組織サーベイなどを活用して従業員の意識や声を定量化し、現状を冷静に分析することは、対話の出発点として有効です。その上で、「どうしたいのか」「どうすればよいか」という問いを、経営層と従業員の双方が自分ごととして語り、聴き合う場をつくっていく。社会心理学や組織行動論の研究でも、DEIB推進においてはこうした対話や明確なメッセージ発信を通じた、「この組織はどこに向かおうとしているのか」というセンスメイキングが重要なカギになると指摘されています。
DEIB推進は、ときに組織の推進力や持続可能性を高める一方で、感情的な対立にもつながりやすい営みです。だからこそ、丹念な対話と、「今、この組織にとって何が望ましいのか」をともに探っていく姿勢こそが、これからの日本企業のDEIBに求められるでしょう。
1 正木郁太郎, 2019.『職場における性別ダイバーシティの心理的影響』東京大学出版会.
2 昇進意欲や組織コミットメント(組織愛着)等が高いことや、生産性を妨げる感情的な対立(関係性コンフリクト)が少ないこととして定量化
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