不確実性が常態化し、既存事業の「賞味期限」が刻一刻と短くなる今、新規事業の創出は単なる選択肢ではなく、企業の生存戦略として位置付けられつつあります。一方で、新規事業の大半は拡張フェーズで停滞を迎えてしまい、主力事業化までたどり着けません。その主な要因は「どこを、どう拡張するのか」という戦略的な設計の不在にあります。成長を阻む壁を突破して主力事業のフェーズにたどり着くには、どのような戦略設計が必要なのでしょうか。本コラムでは、PwCコンサルティングが約1,000社に実施した調査結果を基に、その道筋を解説します。
図表1:新規事業における推進到達率
図表1は、新規事業が主力事業に成長するまでの流れと到達率を、企業規模別に分析したものです。企業規模を問わず、確立フェーズのリリース段階から拡張フェーズの投資回収達成の段階で停滞が見られます。また、最終的に主力事業化までたどり着けるのは中小企業で6.4%、超大手企業であっても17.1%にとどまります。
拡張を鈍化させる要因は、営業努力の不足や市場環境の不透明さといった表層的なものではありません。問題は、拡張を「偶発的な成長の延長」と見なし、戦略的に設計をしていないことにあります。つまり、成長の壁を突破できるかどうかは、拡張を構造として捉えられているかにかかっているとも言えます。
例えば、ある製造業は特定製品の販売に注力し、国内市場で一定のシェアを確立していました。ここで止まっていれば「製品供給」という現行事業(A)の領域でとどまっていたはずです。しかし同社は、自社の保有データを俯瞰的に分析し、製品が顧客の行動に与える影響を全体的に可視化した結果、製品単体から運用支援サービスやメンテナンス契約へと幅を広げ、さらにはデジタルによる稼働最適化プラットフォームへと提供価値を再定義することが可能となりました。これは隣接拡張(B)の取り組みであり、既存資産を生かしながら投資回収性を高めた事例です。さらに同社は、非連続領域(C)の成長オプションとして、業界をまたいだ異分野のパートナーシップを構築し、新しいサービスプラットフォーム事業を立ち上げました。こうして同社は、従来の製造販売モデルでは到達できなかった市場を開拓し、結果としてA・B・Cを組み合わせたポートフォリオ経営を実現したのです。
こうした事例がレアケースではないことは、図表2が示しています。図表2は、拡張フェーズの取り組みをしている企業が注力している課題に対する結果を表したものです。新規事業であるため、アイデア創出が1位となることは当然でもあり、その点を省けば、次フェーズへ進化する際には必ず異なる壁が存在していることがわかります。
また、多くの企業が新規事業開発の各段階で、営業強化や組織連携から、ビジネスモデル刷新や協業拡大へと注力をシフトしています。特に丸印の部分には、多くの企業が直面する「拡張の設計課題」が集約されているので注意が必要です。
図表2:拡張フェーズでの取り組みがある企業におけるステージアップ時の主な注力項目
この調査結果からも明らかなように、1から10への確立段階では「顧客開拓・営業拡大」課題への取り組みが中心でしたが、10から100への拡張フェーズでは「ビジネスモデル刷新」「協業拡大」などを視野にいれた、より構造的かつ戦略的な取り組みが重みを増します。つまり、拡張フェーズに至るかどうかは、ビジネスモデル刷新などによる提供価値の拡張と顧客基盤の拡大を、戦略的設計に基づき進められるかにかかっており、これこそが新規事業の拡張フェーズに潜む最大の構造的課題と言えます。
気を付けたいのは、提供価値および顧客基盤の拡張は単発の施策ではないということです。既存資産をどう次の収益機会に結び付けるか、という経営判断としての投資設計の問題であり、「提供価値の拡張」「顧客基盤の拡張」のどちらか一方に偏れば成長は一過性で終わりかねません。
ここで言う拡張は、単なる機能追加にとどまりません。既存事業が持つ資産を、社会構造における隣接領域にもフィットするように再定義することが求められます。
例:
ここで問われるのは、どの隣接領域なら政策シグナルや制度変化と連動し、既存資産を高い資産効率で転用できるのかという判断と設計です。つまり、提供価値の進化とは、「資産を社会構造の変化に重ね合わせ、収益機会を拡張する再定義のプロセス」にほかならないのです。
一般的に新規事業は、参入時点で一定の顧客を前提に立ち上がります。拡張フェーズでは、その基盤をどこまで収益構造として厚くできるかが問われることになります。単なる顧客数の増加ではなく、クロスセルを通じてARPU(1契約あたりの月間平均収入)や1顧客あたりの経済価値・収益性を高める、既存事業の延長で投資回収可能な市場を優先しながら周辺セグメントを段階的に取り込む、海外進出でネットワーク効果を高める、などといった「基盤を資産として強化する戦略」が必要となります。経営にとって顧客基盤の深化とは、新規事業を一過性の売上源から、企業全体を支える収益ドライバーへと格上げする設計なのです。
事業の限界と可能性を把握することが、拡張成功の出発点になります。まずは収益構造を分解し、サービスや事業、エリアなどセグメントごとの利用実態を定量的に可視化します。その上で、既存の延長で伸ばせる領域と、非連続の手段が不可欠な領域を峻別します。非連続の領域には、M&A、技術導入、大規模提携が必要になるでしょう。拡張を全て自前で賄うのは非現実的であり、内製と外部リソースの使い分けを設計し、到達の速度と再現性を基準に比較することが肝要です。
図表3:拡張フェーズにおける拡張の方向性
図表3は、A(現行事業)・B(隣接拡張)・C(非連続領域)に分類し、それぞれに異なる投資ロジックを当てはめた設計図です。
Aは、現在の収益基盤において投資余力を安定的に生み出す領域です。ここでは収益性の改善、資産効率の向上、コスト構造の最適化など、経営管理指標に基づいた取り組みが中心となり、短期的なキャッシュフローを確保する「拡張の土台」と位置付けられます。Bは、既存事業に隣接する市場・顧客群に対する進出です。ここで重要なことは、すでに自社に存在するデータや実績を俯瞰し、どの市場に進出すれば投資回収期間が短く、資産の再利用効果が高いかを経営目線で判断することです。例えば、既存の販売網やブランド力を横展開できる市場、すでに獲得している顧客層と購買行動が近い市場、ライフサイクル視点で統合的にサービス提供が可能な市場などは拡張候補として合理的です。つまりBは「既存資産を最も効率的に投資回収できる拡張先」を特定する領域と言えます。そしてCは、既存資産の拡張では到達できない新市場であり、M&A、JV(ジョイントベンチャー)、大規模投資といった非連続的手段を要します。ここは短期的な収益確保よりも、中長期的な成長ポテンシャルを確保するための領域であり、投資判断にはリスク許容度と資本政策の整合性が問われます。
経営の視座で見れば、Aで収益基盤を確保し、Bで効率的な成長を実現し、Cで将来の成長オプションを組み込む、この三層をポートフォリオとして運営することが持続的拡張の本質です。拡張は勇ましいスローガンではなく、緻密な計画によって初めて持続します。これらを仕組みとして埋め込むことで、失敗の損失は抑えられるでしょう。
拡張が持続するか否かは、社会の大きな流れと接続できるかにも左右されます。
社会構造に沿った拡張は、政策の後押しと顧客受容の双方を得やすく、持続性の高い拡大につながりやすいと言えます。逆に社会の流れに背を向けた拡張は、コスト拡大と市場摩擦に直面します。
新規事業の拡張は偶然には起こりません。提供価値と顧客基盤を戦略的に拡張し、事業拡大の余白を分析から見抜き、非連続な手段を織り込む必要があります。そして、社会構造の延長線上に隣接を見出し、政策や市場の後押しを得ることが重要です。この一連の設計なくして、拡張は持続しません。拡張とは「規模を大きくすること」ではなく、「成長曲線を次へとつなぐ構造を描くこと」です。拡張の壁を越えられるか否かは、拡張の構造設計に向き合う意思にかかっている、と言えるのではないでしょうか。
日本では、既存事業の成長に停滞感を抱く企業が、新たな柱となる事業の姿を模索しています。PwCは「新規事業開発の取り組みに関する実態調査2025」を実施し、日本企業における新規事業の取り組み動向や課題、成功企業から学ぶべき方策を明らかにしました。
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