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2022-08-23
メタバースの世界では多種多様なビジネスが可能です。あらゆる機会を逃すまいと事業者の参入は後を絶たず、ベンチャー企業はもちろん、既存の大手企業、さらには国家すらも迅速な動きを見せています。メタバースビジネスの事例を紹介しながら、予測されるビジネスの動向を考えます。
米国のスタートアップである8chili社が、医療向けメタバースプラットフォームの提供を開始しました。医師と患者など、医療に関係する人々が共通に利用できるもので、例えば医師同士が手術の実施計画をメタバース上で共に考えたり、仮想現実(VR)を活用してスタッフトレーニングを行ったり、医師が患者に対して診察の内容をVRで分かりやすく説明したりと、幅広い領域での活用が期待されています。
特に、医療従事者にとって課題と言われる医療技術向上のためのトレーニングをVRで実現できるようになれば、その効果は計り知れません。一部の国では歯科や整形外科、耳鼻咽喉科などを対象に、トレーニングコースが病院に実装されています*1。研修医がVRで手本となる医師の動作を模倣しながら、触覚付きで手術のトレーニングを行う――。そうなれば、医療提供水準の高度化により、より多くの患者が高度な医療を享受することができる可能性が高まります。
患者とのコミュニケーションにおけるメタバース活用では、精神疾患を持つ患者がVR上のアクティビティに参加することで、感情の制御を含めたリハビリを行うことも期待できるでしょう。また、患者の心身の状態をモニタリングするウェアラブルデバイスとメタバースプラットフォームを接続すれば、医師と患者が同じデータをメタバース空間上で共有してコミュニケーションすることも可能になります。患者は自身の健康状態をリアルタイムに分かりやすく知ることができるようになり、医師にとってはこれまで患者の説明に頼るしかなかった病状の把握をより正確に行うことができるようになり、ヘルスケア企業にとっては薬をはじめとする製品の効能をVRでより分かりやすく説明することができるようになる――。メタバースは、ヘルスケア業界を大きく変えるポテンシャルを有しています。
昨今、メタバースに注目しているのは企業だけではありません。国家主導でメタバース活用に本腰を入れる姿勢を見せるケースも出てきています。つまり、メタバースの覇権を巡って、超大国同士の戦いが水面下で始まっているのです。2022年6月24日に欧州議会のシンクタンクであるEPRSから発行されたメタバースに関する報告書「Metaverse: Opportunities, risks and policy implications」*2や、2022年3月9日にEUから公表された「Metaverse – virtual world, real challenges」*3では、メタバースが地政学上の課題として扱われており、その主たるプレイヤーは中国と米国とされています。
中国では、全国人民代表大会と全国政治協商会議の両方の2021年のキーワードとして「メタバース」が登場し、新聞にもメタバースに関する記事が次々と掲載されるようになりました。中国国内のIT企業はメタバース関連の事業を積極的に展開すると共に、既存のメタバースプラットフォームに出資し、提携を進めています。近隣国である日本向けのメタバース関連サービスの展開も今後具体化する可能性は十分に考えられ、そうすれば日本国内でも中国発のメタバースが脚光を浴びるかもしれません。
こうした中国の動きは中国国務院が発表した、デジタル経済をGDPの10%まで引き上げて世界のトップレベルにするという目標と合致しています*4。中国は、メタバース空間上で用いられることが予想されるデジタル通貨(デジタル元)の発行でも世界をリードしており、メタバースは同国のデジタル経済において重要な産業となる確率が高いでしょう。同時に、中国当局によるコンテンツや仮想通貨などに対する規制が出される可能性も考えられるため、企業は動向を見守る必要があるでしょう。
こうした中、メタバース空間内でどの通貨を使用するかや、どういった手段で決済を行うかという議論も盛んになっています。中でも米国では2022年3月9日にデジタル通貨(CBDC)に関する大統領令にサインがなされ*5、急ピッチでデジタルドルの活用に向けた準備が整えられています。どの国のメタバースが世界的に普及するかで、どのような決済手段や通貨が世界の基軸になるかは決まります。これまでMeta社をはじめとする巨大IT企業が中心となってメタバース市場をソフトとハードの両面でけん引してきた米国ですから、デジタルドルの使用あるいは互換性も急速に進む可能性があります。
こうしたメタバースに関わる国家的な動きは、ビジネスの世界にも大きな影響をもたらし得ます。新たなる規制の遵守やプラットフォーム選定、取引のさらなる電子化など、その例は枚挙にいとまがありません。「人工知能(AI)はその成り立ちから中立的にも客観的にもなり得ない」*6との主張があります。国家や巨大IT企業がテクノロジーの発展を主導する限り、彼らのもとに情報が集まり、それを巡って覇権争いが繰り広げられることは想像に難くありません。メタバースも然りで、市場が地政学上の強者によって作られていく以上、メタバースも同様になる可能性が高いと考えたほうが妥当でしょう。
今後はメタバースや仮想通貨の研究・開発に携わる人材の争奪戦も繰り広げられると考えられます。「研究サプライチェーン」という言葉がありますが、仮に人材が一定の国や組織に偏り過ぎた場合、そうした状況は関係するさまざまな領域に不均衡をもたらし得ます。メタバースの発達は地政学上のリスクをはらむということを、企業は認識しておかなければなりません。
今後、国家的なプロジェクトとして莫大な予算が動くことになる可能性があるメタバース。ビジネスチャンスとして活用していけるよう、常に情報を収集し、大きな流れを見誤らないようにしないといけません。
*1 In a first-of-its-kind initiative in the healthcare industry, Apollo Hospitals collaborates with 8chili Inc to enter the Metaverse.(Apollo Hospitals、2022年2月25日、https://www.apollohospitals.com/apollo-in-the-news/in-a-first-of-its-kind-initiative-in-the-healthcare-industry-apollo-hospitals-collaborates-with-8chili-inc-to-enter-the-metaverse/)
*2 Metaverse: Opportunities, risks and policy implications(EPRS、2022年6月24日、https://www.europarl.europa.eu/thinktank/en/document/EPRS_BRI(2022)733557)
*3 Metaverse – virtual world, real challenges(EU ART、2022年3月9日、https://www.consilium.europa.eu/media/54987/metaverse-paper-9-march-2022.pdf)
*4 国务院关于印发“十四五”数字经济发展规划的通知国发〔2021〕29号(中華人民共和国中央人民政府、2021年12月12日、http://www.gov.cn/zhengce/zhengceku/2022-01/12/content_5667817.htm)
*5 Executive Order on Ensuring Responsible Development of Digital Assets(2022年3月9日、https://www.whitehouse.gov/briefing-room/presidential-actions/2022/03/09/executive-order-on-ensuring-responsible-development-of-digital-assets/)
*6 Atlas of AI Power, Politics, and the Planetary Costs of Artificial Intelligence(Kate Crawford、Yale University Press、2021年4月6日)