日本が目指すべきテクノロジーの社会実装とその可能性(後編)

中長期を見据えたビジネスユースケースのつくり方

  • 2025-06-05

PwCコンサルティングのシンクタンク部門であるPwC Intelligenceは2025年4月、書籍『世界の「分断」から考える 日本企業 変貌するアジアでの役割と挑戦』(ダイヤモンド社)を刊行しました。世界は米中対立と経済安全保障重視の流れのなかで大きく揺らぎ、「分断の時代」に入りつつあります。本記事は同書の執筆を担当したPwC Intelligenceメンバーのディスカッションをまとめたもので、全5回のシリーズ構成です。今回お届けするのはその第3回(後編)。PwCコンサルティングの専門家たちが、「日本の課題とされるイノベーションをいかに起こし、未来を見通したビジネスユースケースをどうつくるか」について論考を深めました。後編は「R&D(研究開発)の成果は5年後。どう見据え、どう構想すればよい?」の議論から展開します。

(左から)柳川 素子、三治 信一朗、祝出 洋輔

参加者

PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence パートナー
Technology Laboratory 所長
三治 信一朗

PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアマネージャー
祝出 洋輔

PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence マネージャー
柳川 素子

※法人名、役職などは対談当時のものです。

現在を解剖して未来像を導く「IPランドスケープ」

祝出:
さて、鼎談の後半は、「5~20年先を見通して、ビジネスユースケースをどう描き、どうつくるか」を考えていきましょう。

社会課題という「種」(たね)からイノベーションを「発芽」させることができたとしても、それを実際のビジネスに成長させて「葉」を茂らせるには、「新たにどんな価値を生み出せるのか」という「果実」の姿を明確に描かなければなりません。R&D投資の効果の発現期間である5年先、さらには10年先・20年先を見据える場合、ビジネスユースケースをどう築くかが問われます。日本のテクノロジーのあり方として、三治さんはこの点をどうお考えになりますか。

三治:
そのことを考える際、私たちがまず取り組まねばならないのは、テクノロジーがどのように進化し、人間の価値観がどう変容するかを中長期的な視点でとらえる「マクロのトレンド分析」です。そのためには、現時点での技術開発の進展速度や、いまどの分野にどんな勢いで資金が集まっているかを把握する必要があります。そうした進化や集中の速度次第で、未来の振れ幅は当然変わります。

1つのヒントが、知的財産を分析して経営戦略立案に生かす「IPランドスケープ」です。PwCでは、AIベースのIPランドスケープの分析ツール「Intelligent Business Analytics」を提供しています。この分析ツールを用いて知財と投資の最新動向を分析すると、技術開発が加速し投資も集まっている領域の代表格が、「生成AI」であることが分かります。そしてそのさらに先、生成AIを上回る加速ぶりが見られるのが、「量子コンピュータ」です。

PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence パートナー Technology Laboratory 所長 三治 信一朗

柳川:
AI開発は、2017年に自然言語処理モデルが飛躍的に発展したことをきっかけに投資が加速しましたよね。2022年以降、高性能の生成AIが登場するなかで、短いサイクルでさまざまなビジネスユースケースが現れ、百花繚乱の状況に至ったのはご承知のとおりです。

三治:
こうなってくると、データ量がある産業にビジネスユースケースが集まり、新たな制約が2つ生まれます。1つは、「計算量を増やすために半導体の性能を高め続けなければならない」こと。もう1つは、半導体性能の向上に伴う「大量の電力エネルギーを確保する」ことです。後者の条件を踏まえると、グローバルでみると「核融合」「原子力発電」という技術が浮上してきます。

こうしたエネルギー系の技術に対し、まず投資が集まるようになり、それに伴い開発が進む流れが予想されます。より効率的に電力エネルギーを生み出せるようになればAIの活用がさらに進み、技術開発とビジネスユースケースが進展し、さらに投資が集まるというサイクルが回る——それぞれのプレイヤーが得意領域を生かしたビジネスユースケースの広がりを期待できます。

「日本発」と「アジア発」をつなげるリーダーシップの発揮を

祝出:
視点を変えて、テクノロジーの面から「アジアの中での日本の役割」を考えてみましょう。日本がこれまでに「経験してきたこと」と、2025年の「現在の立ち位置」を踏まえると、どんなことが言えそうですか。三治さん、いかがでしょう。

三治:
AIを例に考えると、日本は社会課題先進国であるがゆえに、AIのビジネスユースケースを構築するのに有利な「現場」を持っています。そのアドバンテージに加えて、「ロボット大国」としての経験も生かせるはずですから、AI技術を活用した乗数効果や好循環を生み出すために、リーダーシップを発揮するべきです。もちろん、日本の力だけで全てできるわけではありません。アジア各国・各地域、そして人々にはそれぞれの得意領域があり、日本に足りない部分を補える力を持っています。この認識に基づいて、互いの良さを「結合させる」「つなげる」ことも、重要なポイントです。

祝出:
柳川さんは新刊本の第8章「エンタテイメント&メディアを軸としたテクノロジーを社会全体に活かす」の執筆を担当されました。そこでは「日本発」と「アジア発」の2つの視点が提示されています。紹介していただけますか。

柳川:
まず「日本発」について。拡大基調にあるアジアのエンタメ市場で、日本のプレイヤーは「コンテンツ」に強みがあるとされています。そうしたアセットをどう活用すればアジア地域で事業を拡大展開していけるか、目の前にあるビジネスチャンスを生かし切れるか、がいま問われている段階です。

PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence マネージャー 柳川 素子

PwCでは、日本国内でのメディア生態系(エコシステム)の「5C」を提唱しています。「5C」とは、コンテンツに投資し(資本:Capital)、コンテンツを創り(創作:Creator)、配ることを通じて(配給:Channel)、生活者がコンテンツの「ファン」となって関連グッズなどを購入・所有(Commerce)したり、イベントへの参加、ソーシャルメディア上での交流(Community)といった体験として消費したりして、その経済活動が生み出す利益とロイヤリティを新たなコンテンツの創出へとつなげる循環を意味します。実際にこれはメディア生態系の一部として、複数の企業の有機的な連携で実現しています。こうした仕組みを丸ごとアジアの国・地域に──ただしその国・地域の環境や商慣習に合わせながら──持ち込んで展開すれば、日本のプレイヤーにとってのチャンスが広がるのでは、と考えています。

ただ、エコシステムをつくることは簡単ではありません。例えばエンタテイメント&メディア(E&M)であれば、コンテンツホルダーだけではなく、販路を開拓する商社やインフラを整備する通信事業者、グッズ販売に関わるメーカーや、ライセンスを活用する食品・日用品などのメーカー、小売店、金融機関や街づくりに関わる建設・不動産、モビリティ関連の業種まで──「5C」を構成するさまざまな職種のプレイヤーが広範に連携して初めて、既存の枠を超えた新しい挑戦の道が開かれるのです。これまでE&M業界とは縁遠かった業種や、一見すると関係が薄いように見える産業、国やアカデミアを含め、さまざまな連携の方法が当然ありえるでしょう。

祝出:
「アジア発」については、いかがでしょうか。

柳川:
三治さんが指摘されたとおり、いまは「先行する日本がアジアを引っ張る」時代ではありません。各国の進んだテクノロジーを使って新しいコンテンツが生まれ、それが世界に波及している事例がすでに多くあります。テクノロジーの使い方・コンテンツの中身の両面で日本とアジアが「つながる」ことで、さらに高い価値を生み出せると考えています。

「パーパス」の共有で奏でる、アジア連携の「オーケストレーション」

祝出:
「アジアとの連携」を経営の視野にとらえた場合も、やはり「パーパス」は1つのキーワードになるのではないでしょうか。企業だけではなく、柳川さんの指摘にもあったように産官学の各分野の人々がパーパスを共有しながら「オーケストレーション」するような姿が、まさにいま望まれているのだと理解できます。

さて、AIのような先端技術とは別に、ビジネスユースケースの実績がすでに豊富ないわゆる「枯れた技術」が、日本企業には蓄積されています。改めて「ビジネスユースケースのつくり方」という観点から、「枯れた技術」の活かし方について、三治さんのお考えをお聞かせください。

PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアマネージャー 祝出 洋輔

三治:
1つひとつは「枯れた」あるいは「十分にこなれた」分野であっても、先端技術と組み合わせれば飛躍的に可能性が広がる技術は多くあります。例えば、離れた場所から医師が遠隔操作する手術支援ロボットがそうですよね。これまで培ってきたロボット技術にさらに磨きをかけ、そこに最先端の通信技術が加わることで、高い価値が実現されるのです。

一方、先端技術のビジネスユースケースをつくるうえでは、「手触り感のある体験」が重要です。PwCコンサルティングのTechnology Laboratoryでは、ロボットが飲み物の缶を開けて注いでくれたり、飲みたいものを「雰囲気」で伝えると生成AIが把握してその飲み物を持ってきてくれたり、といった体験ができます。こうした「手触り感のある体験」を、あるべき未来の方向性を見極める1つのきっかけにしていただくことが私たちの狙いです。

柳川:
人手不足が深刻化するなかで、具体的なAIのビジネスユースケースとして、生産現場での「暗黙知」を「形式知」にする取り組みも注目されていますね。

三治:
生成AIの次の進化形として注目されているのが「フィジカルAI」です。これは、AIに現実世界の物理的な側面を学習させて、ロボットが周囲の状況に応じて柔軟に動けるようにする技術です。人手不足への対応という課題を解決するうえでも、今後ますます重要視されていくことでしょう。

前編で申し上げた乗数効果や複利効果は、プラスになることを前提にして考えがちですが、同様の理屈でマイナスに作用し、限りなくゼロに近づくこともあり得ます。そうならないためにも、「目的」「パーパス」を明確にして、現実的な課題と愚直に向き合う姿勢が求められるのではないでしょうか。

柳川:
テクノロジーは、「最先端」を追い続ければよいわけでは必ずしもなく、身近な課題を解決し、既存の技術も生かしてより良いものにしていかなければなりません。そのための「触媒」の役割がコンサルティング会社には求められます。PwC Intelligenceが「統合知」によって、これまで埋められなかった溝を埋め、未来を見通すための材料をご提供することの価値もそこにあります。

祝出:
PwCが掲げるパーパスは、「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」です。乗数効果や複利効果がマイナスに作用しないよう、私たちコンサルタントも常にパーパスに立ち返るべし──そんな思いを新たにしました。

(左から)祝出 洋輔、三治 信一朗、柳川 素子

主要メンバー

三治 信一朗

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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祝出 洋輔

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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柳川 素子

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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