動く、新興アジアのエンタメ市場(前編)

各国の経済発展と「コト消費」の今を捉える

  • 2026-06-18

アニメ、マンガ、ゲームなど、日本のコンテンツの海外展開への期待がかつてなく高まっています。中でも経済成長が著しく若年人口の多い新興アジアは、エンタテイメント市場の拡大が最も期待されるエリアの一つです。そうした中、韓国、中国、東南アジア各国においてオリジナルコンテンツ制作が活発化し、自国発の作品を世界へ発信する動きが加速しています。アジアの中でも国や地域によって市場特性や消費者の傾向には差異があり、その本質を把握し効果的なアプローチを行うことが必要です。今回の統合知対談は、日本企業の海外進出を支援するDOU Creations Pte. Ltd. 代表の吉地大氏を迎え、PwC Intelligenceマネージャーの柳川素子とともに、アジアのエンタテイメント市場の動向とコンテンツビジネス展開の要諦について議論を行いました。モデレーターはPwC Intelligence シニアマネージャーの岡野陽二が務めました。

(左から)柳川 素子、吉地 大氏、岡野 陽二

参加者

DOU Creations Pte. Ltd. 代表
武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所 客員研究員
吉地 大氏

PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアマネージャー
岡野 陽二

PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence マネージャー
柳川 素子

※法人名・役職などは対談当時のものです。

変化の最中にあるアジアのエンタテイメント市場

岡野:
今回はインドや東南アジアといった新興アジアのエンタテイメント市場を深掘りしながら、日本コンテンツの展開可能性について議論していきます。ゲストにはシンガポールを拠点に日本企業の海外進出を支援されているDOU Creations Pte. Ltd. 代表の吉地さんをお招きし、PwCからはテクノロジー・メディア・通信分野を担当する柳川と、インド・東南アジアを含むアジアを専門領域とする私岡野がモデレーターとして参加します。

まずは柳川さん、アジアのエンタテイメント市場について注目しているポイントを教えてください。

柳川:
アジアのエンタテイメント市場では近年さまざまな変化が起きています。その1つがデバイスやサービス利用の「リープフロッグ」です。日本ではいわゆるガラケー(フィーチャーフォン)からスマートフォンへと段階的に移行しましたが、アジア各国ではスマートフォンが急速に普及し、ストリーミングやクラウドサービスを利用できる環境が非常に速いスピードで整ってきています。

また、若年層や中間層の増加による「人口ボーナス」は、今後の経済成長やエンタメ消費を支える注目すべきポイントです。

一方、同じアジアでも国や地域ごとに市場動向は異なります。モノ消費からコト消費への移行傾向にあることは共通していますが、そのスピードやニーズにはばらつきがあり、インドや東南アジア発のコンテンツが世界でヒットするといった事例も出てきています。

この他、欧米のプラットフォーム依存からローカルプラットフォーム構築への新たな動きや、7億人を抱える東南アジア全体を一つの巨大市場として捉えたビジネス展開の可能性、クリエイティブ人材の流動、日本コンテンツの海外展開チャンスなど、さまざまな論点が挙げられます。

PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence マネージャー 柳川 素子

岡野:
吉地さんはシンガポールを拠点に活動していますが、アジアのコンテンツ産業では今どのようなことが起きているのでしょうか。

吉地:
2025年にDOU CreationsとGMOリサーチ&AI社が共同で実施した市場調査では、アジアの若者の60%以上がマンガやアニメを日常的に視聴しているという結果が出ています。調査対象はインド、インドネシア、マレーシア、タイ、シンガポール、ベトナムの16~39歳の若者で、回答者は3,000名以上に上ります。

「マンガやアニメを見ますか」という質問への回答は国ごとに大差はなく、どの国でも60%前後の若者がエンタテイメントに触れていることが分かっています。

20~30年前の日本では多くの子どもがマンガ雑誌を読み、アニメを見て育ちましたが、同じ時代にインドやインドネシアではコンテンツに日常的に触れる環境は整っていませんでした。それがテクノロジーの急速な進化により、ここ5~10年ほどでアジアのどの国でも日本とほぼ同じようにアクセスできる環境ができたことは大きな変化と言えるでしょう。

東南アジアでは以前から日本の紙のマンガ単行本が広く流通していますが、インドはローカルコンテンツが非常に強く、2010年代に入ってもポケットモンスターですらほとんど知られていない状況でした。しかし今回の市場調査から、アジア全域でコンテンツとの関わり方について急速な変化、均質化が進んでいることが見て取れます。

マンガは縦読み、アニメはサブスクリプション。各国の共通点と違い

岡野:
アジア各国ではどのようなコンテンツが人気なのでしょうか。

吉地:
ドラえもん、ポケットモンスター、ドラゴンボール、FAIRY TAIL、NARUTO、進撃の巨人、ONE PIECEなど、日本でもレジェンドタイトルとなっている10年以上前の日本作品がどの国でも上位を占めています。近年の作品では鬼滅の刃、呪術廻戦、SPY×FAMILYなどが20位までをみるとランクインしてきます。

岡野:
視聴者はどのようなサービスを使ってマンガやアニメを見ることが多いのでしょうか。

吉地:
グローバル大手の動画共有プラットフォームサービスが85.2%と最多で、グローバルOTT(大手配信サービス)に代表される有料サブスクリプションサービスの利用率も42.8%に上っており、高品質な作品に対価を支払う層が確実に存在していることが分かります。

10年ほど前には海賊版の流通が懸念されていたベトナムやインドネシアでも、利便性の高い正規のプラットフォームの活用が急速に進んでいます。

DOU Creations Pte. Ltd. 代表、武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所 客員研究員 吉地 大氏

柳川:
非正規サービスの流通は何年にもわたって問題視されてきましたが、確実に時代が変化しつつありますね。

吉地:
おっしゃるとおりです。日本もその一つですがタイやベトナムといったローカル言語が強い国では非正規サービスが流通しやすい傾向があり、現地語に吹き替えたアニメの海賊版が正規版に先行して流通するといったケースもありました。正規サービスがマジョリティになってきたこのタイミングこそ、非正規対策のチャンスではないかと見ています。実際に今回の調査では、海賊版サイトなどの非正規サービスについて「利用したことがない」と回答した人は58.4%に上っています。

また、デジタルと紙のどちらでマンガを読んでいるかという質問では、「ネットコンテンツ(アプリ/Web)」の利用率が76.5%となり、「紙のコミック(単行本/雑誌)」の42.8%を大幅に上回る結果となりました。この背景にあるのは、スマートフォンの普及や「待てば無料」といったビジネスモデルの定着です。若年層ほど「紙よりデジタル」の傾向が顕著であり、単行本などの物理媒体を購入しない層も増加しています。

ネットコンテンツの中でも78.4%(2025年DOU Creations調べ)と圧倒的な利用率を誇るのが、韓国発のマンガプラットフォームです。従来の横読み形式や紙のスキャン画像を大きく引き離し、スマートフォンに最適化された「縦スクロール体験」がマンガ消費の標準フォーマットとして定着していることがうかがえます。また、この人気を先導しているのが日本のマンガではなく韓国発のマンガであることにも注目しています。

柳川:
韓国のウェブ向けのマンガ制作方法は非常に興味深いと感じています。漫画家と編集者が二人三脚でつくり上げる従来の日本方式のスタイルではなく、企画、キャラクターデザイン、ネーム、着彩など工程ごとに分業制となっている点や、ユーザーデータに基づいて次回の内容や物語の結末が変わる点から、日本のマンガ産業とは別世界と言えるのではないでしょうか。

吉地:
まさに韓国プラットフォーム発のマンガ制作はこれまでにない新たな産業モデルによって動いています。こうしたスタイルが東南アジアで広がっている一方、日本のマンガ産業がどのように魅力的なコンテンツを生み出し、世界に届けていくかは直近の課題となっています。

岡野:
アジア各国の消費動向が見えてきましたが、特に注目しているポイントはありますか。

吉地:
視聴習慣という観点では日本と東南アジア、インドの差はほぼなくなってきていますが、依然として大きく違うのが所得水準です。今回の調査対象はインドと東南アジアの16~39歳の若者ですが、おおよその月収をヒアリングしたところ、最も多かったのが「5万~10万円」でした。金額だけを見れば日本人の平均月収の半分以下となります。

シンガポールについては「20万円以上」という回答が半数を超えましたが、その他のインド、インドネシア、マレーシア、タイ、ベトナムの若者については5万~10万円程度の予算の中からサブスクリプションサービスの利用や推し活をしていることになります。

一方、マンガやアニメの視聴や推し活などに関連する月額支出額が「0円」という回答は25.4%に上り、支出がある場合も「5,000円以下」という低~中価格帯が半数以上で、「5,000円以上」の高額消費者は限定的となりました。今回の調査結果からアジアのエンタテイメント市場の消費力についてのリアルな側面が見えてきます。

リープフロッグが消費行動に与える影響とは

岡野:
アジアのコンテンツ産業の現状について伺ってきましたが、より大きな視点でアジアを見ると、日本の一人当たりGDPは3万ドルを超える先進国で、シンガポールはその3倍ほどで先を行きます。一方インドは2,700ドル、インドネシアは5,000ドル、マレーシアは1万4,000ドル、タイは8,000ドルほどとなっています。

各国の経済発展が進む中で、エンタテイメントに関する消費行動に関して、インドや東南アジアは日本と同じような道筋をたどっていくのか、あるいは現地ならではの文化や習慣に応じて独自の消費行動がなされていくのか、吉地さんはどのようにお考えでしょうか。

PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアマネージャー 岡野 陽二

吉地:
この問題を考える上では、エンタテイメント体験に関する各国の歴史を理解することが重要です。冒頭で柳川さんからお話があったように、東南アジアの国々はリープフロッグを経験しています。今から10年前、特にベトナムやミャンマー、カンボジアなどでは都市部ですらネットカフェに行かなければインターネットが使えないような状況でした。

それから急速に環境整備が進み、どの国でも多様なコンテンツを手軽に視聴できるようになりました。ただし、日本人のようにビデオやDVDをレンタルしてコンテンツを楽しむといった経験がなく、ドラえもんなど各国でも地上波で放送されていた数少ない有名なタイトル以外は見ることも知ることもないまま現在に至っているという点で、日本とアジア各国が歩んできた道は大きく異なります。

共通のコンテンツを楽しめる環境があるという点では、各国のユーザーのエンタテイメント体験は今後リアルタイムに同期していくと考えられますが、これまでの歴史の違いが消費行動にどう影響するかは、慎重に見ていく必要があると考えます。

柳川:
おっしゃるとおりだと思います。例えば30年ほど前の日本の若者の音楽消費を考えると、はやりのCDを選んで買い、カラオケを楽しむといったエンタテイメント体験が主流でした。学生から社会人になる過程で、可処分所得の中から何にどれだけお金を使うかを決めるという経験を、多くの日本人が段階的に積み重ねてきたともいえます。その経験を踏まえた上で、多様化するデジタルサービスや付加的なコンテンツにどう投資し、消費するかという行動につながっていきます。また、大人になって趣味に使える金額が増え、昔は買えなかったものが買えるようになると消費行動が変わります。マンガやプラモデルなどの「大人買い」や「推し活」への投資も、過去の消費経験を経た行動として、興味深いと考えます。

一方、リープフロッグを経験したアジアの人々は、膨大なコンテンツを安価で手軽に楽しめる状況に突然置かれたことになります。しかし使えるお金と時間は限られています。そうした中で何にどれだけ投資するのかは、未知数の部分があります。そもそもの消費額自体にいまだ大きな開きがある中、日本人と同じ割合で推し活に支出するようになるといった、単純な展開にはならないでしょう。

吉地:
視聴環境の整備が進んでいるとはいえ、日本とアジア各国では一人当たりGDPも平均月収も異なりますから、日本との乖離状況を踏まえた上で議論を進めることが必要ですね。

岡野:
環境の違いという点で、アジア各国において大都市と地方に住む人々との消費行動に明確な差はあるのでしょうか。

柳川:
特に大都市とそれ以外の地域の経済状況に大きな差がある新興アジアでは、想像以上に差があると言ってよいでしょう。日本においても「民放が2~3局しかなく、このアニメが見られない」といった地域特有の制約は徐々に解消されつつありますが、大都市で開催されるアニメイベントへの参加や、店舗でのグッズ購入といった体験については、依然として地域差は残っているのではないかと考えます。

岡野:
広くコンテンツを届けるという点ではプラットフォームが有効ですが、実際に利用するユーザーは増えているのでしょうか。

吉地:
これまでは動画共有サービスを無料で見ていたユーザーが、自国へのグローバルOTT参入に伴い、初めて有料サービスに加入するといった現象が新興国でリアルタイムに起きています。アジアのエンタテイメント市場は変化の最中にあり、多くのチャンスがあると言えるでしょう。

日本のサブカルがアジアのメインカルチャーになった理由

岡野:
東南アジアは7億人を抱える巨大市場です。ただ、それは11カ国の集合体でもあります。コンテンツビジネスを展開する上で東南アジア全体を見るのか、あるいは国別に見るのか、どのような戦略が有効と考えられるでしょうか。

吉地:
非常に面白い視点です。グローバルOTTのプラットフォーム目線では、7億人に受け入れられるようなコンテンツをつくり上げることが求められるでしょう。一方、アーティストがアジア各国でライブを開催するとしたら、その国で人気の曲や再生回数を基にセットリストを決める、国内のライブチケットの平均価格を踏まえて価格設定をするといったミクロな視点が必要です。そのコンテンツをどこに届けるかによって、フォーカスすべき点が大きく変わってくるのではないかと考えます。

柳川:
ターゲットによって施策を変える点はグッズ展開にも共通しています。日本ではアニメやマンガのキャラクターを模したフィギュアやアクリルスタンドなどが、推し活などに代表されるファン向けのアイテムとして定着していますが、そうした文化がまだ根付いていないアジアの国々では、食品や日用品といった身近な製品とキャラクターのコラボレーション企画を展開するといったケースが多く見られます。

吉地:
日本のようにオタク気質の強い国ではフィギュアや限定品などコレクターアイテムが好まれる傾向があり、一方でアニメやサブカルチャーがよりカジュアルに受け入れられる国ではティッシュボックスやTシャツなど日常で使えるアイテムが人気の傾向がありますね。

例えば東南アジア各国ではマンガやアニメはマジョリティの文化として非常にカジュアルに消費されています。これが顕著に表れているのがコスプレイベントです。日本では着替えは必ず会場で行うようルールが敷かれる一方で、シンガポールではコスプレしたまま電車やバスに乗ってもクレームや問題が起きにくい。周囲の人も当たり前に受け入れています。マレーシアやインドネシアでも同じ現象が起きており、こうした文化の捉え方の違いが消費行動にも関係するのではないかと見ています。

柳川:
日本には古くから伝統文化があり、その後ポップカルチャーやオタク文化が生まれ独自の発展を遂げてきました。一方、日本のコンテンツに親しむようになった東南アジアの人々にとっては、多様な外国文化の一つとして日本のアニメやマンガが当たり前にあるという点で、日本人とはまた異なる感覚を持っているのかもしれませんね。

吉地:
そうですね。日本や米国には小説や映画のように長い歴史を持つ文化がいくつもあり、それを自分たちでつくり上げて世界に発信してきました。だからこそ、その後に生まれたマンガやアニメが「サブ」という位置づけにあると言えます。他方、東南アジアの国々は他国がつくったカルチャーやエンタテイメントを受容するのが当たり前で、そもそも自分たちがつくるという意識が薄い。それゆえにマンガやアニメがメインカルチャーになり得たと言えますし、日本人が持っている「サブ」という概念自体があまりないのかもしれませんね。

柳川:
同じアジアでも国ごとの違いを深掘りしてみると、新たな気づきがあって面白いですね。

吉地:
これまでアジア各国は海外作品として米国や韓国の映画を輸入することが多かったですが、実はそこに日本のアニメ以外のコンテンツがじわじわ増えている点も注目しているポイントの一つです。日本の実写映画やドラマは長年、海外における放映枠の獲得に苦戦してきましたが、グローバルOTTなどのプラットフォームの活用により急速に海外への道が開けています。こうした環境変化をいかに追い風にしてコンテンツビジネスを展開していくかが日本にとっての大きな課題と言えるでしょう。

岡野:
ここまで新興アジアのエンタテイメント市場と消費動向について議論を深めてきました。後編では、各国のコンテンツ制作の現状と日本IPの活用可能性について考えたいと思います。

主要メンバー

岡野 陽二

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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柳川 素子

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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