「分断」で変わる世界──中国・インド・ASEANの実像と日本企業のチャンス(後編)

分断リスクを踏まえて見通す、日本企業の「アジア戦略」

  • 2025-06-30

PwCコンサルティングのシンクタンク部門であるPwC Intelligenceは2025年4月、書籍『世界の「分断」から考える 日本企業 変貌するアジアでの役割と挑戦』(ダイヤモンド社)を刊行しました。世界は米中対立と経済安全保障重視の流れのなかで大きく揺らぎ、「分断の時代」に入りつつあります。本記事は同書の執筆を担当したPwC Intelligenceメンバーのディスカッションをまとめたもので、全5回のシリーズ構成です。今回お届けするのはその第4回(後編)。PwCコンサルティングの専門家たちが議論し、「分断で変わる中国・インド・ASEANと日本企業のビジネスチャンス」について論考を深めました。後編では、世界の変化とリスクを踏まえた日本企業のビジネス戦略を考えます。

(左から)岡野 陽二、薗田 直孝、前田 良一

参加者

PwC中国 パートナー
前田 良一

PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアマネージャー
岡野 陽二

PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアエコノミスト
薗田 直孝

※法人名、役職などは対談当時のものです。

より高い技術・品質が日本企業の武器。中国企業との連携という選択も

薗田:
前編で議論した「分断で変化する中国・インド・ASEANの現状」を踏まえ、後編では「日本企業の取るべき戦略」を探っていきます。なお、議論する3名のうち、岡野さんの専門領域は中国・インド・ASEANを含むアジア、前田さんはPwC中国で在中国日系企業向けのコンサルティングを担当、私 薗田の専門は中国経済です。

まず、日本企業のアジア戦略を考える前提として、日本企業が今中国で直面しているビジネス状況を前田さんから紹介していただきます。

前田:
現地では、中国企業によるキャッチアップが、幅広い領域のマス・ボリュームゾーンで進んでいます。現地企業の技術・品質・コスト面での競争力が高まった結果、日本企業がつばぜり合いで苦況に直面するケースは少なくありません。他方で、外部からは見えにくくても現地で着実に利益を上げ続けている日本企業も多くあります。前編での岡野さんのお話にあったように、だからこそ、いまだに多くの日本企業が中国市場を有望視しているのです。

好調な業績を維持している日本企業が照準を合わせているマーケットは、マス・ボリュームゾーンではなく、ハイエンド、より高い技術・品質を要する領域です。そこでは日本企業の技術のガードが堅く、中国企業もなかなかキャッチアップできません。また、これとは別に、中国企業との「競合」ではなく「連携」の道を選んで、上手にビジネスを展開している日本企業の例もあります。高い技術・品質を生かして中国企業を顧客にする——これができれば、日本企業は現地で十分に戦っていけます。

PwC中国 パートナー 前田 良一

薗田:
対立構造だけにとらわれることなく、現地マーケットを熟知する中国企業との協働を模索しながら、日本企業の特質を明確に打ち出す戦略も、1つの“勝ち筋”というわけですね。

インド:STEM人材の活用が鍵。ASEAN:日本の優位性を生かし“真の需要”開拓を。

薗田:
岡野さん、東南アジアやインド、あるいはグローバルサウスに関してはどうでしょうか。日本企業は今、どんなビジネス状況と向き合っていますか。

岡野:
インドを見てみると、早い時期に進出を果たして既に現地に浸透している一部のケースを除き、日本企業のビジネスは、中国ほどには広がっていません。前編で紹介したように、多くの日本企業がインドに熱い視線を注いでいるのは確かです。ただ、「関心・興味」を持ち、情報収集した後の具体的なアクションは、「よし。インドに進出しよう」と、「やっぱりインドは駄目だ」に二極化しているように感じます。

気になるのは、「インドは駄目」とする判断の理由が、実は中国との比較に引きずられているのではないか、と疑われる点です。こうした日本企業からは、「インドにはかつての中国のような発展はできない」という声が聞かれます。

中国は一時期「世界の工場」と呼ばれたように、安価な労働力を武器に多種多様な製品を大量に輸出して経験を蓄積し、そこから少しずつ付加価値の高い製品も作れるようになり、今やハイテク分野をリードするに至ったという段階的な発展を遂げてきました。こうした中国の製造業を軸とした発展パターンにとらわれてインドを見てしまうと、労働集約的な製造業の国際競争力も決して強いわけではなく、電力・水などのインフラの脆弱性も目につき、「インドは中国のようには発展できない」と思ってしまうでしょう。さらには地理的・心理的な遠さも相まって、「インドでは中国と同じような事業はできない」との判断に至ってしまうのだと思います。

PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアマネージャー 岡野 陽二

前田:
中国の場合、インフラにせよ先端技術にせよ、中央・地方の政府や国営企業といった「官」の部門が主導して発展を遂げてきた側面と、そして今なお「官」の動向から目を離すわけにはいかない側面という、特有の事情もありますね。その意味でも、インドをはじめとするグローバルサウスの国々を、中国を物差しにして測るのは難しいところがあります。

岡野:
そのとおりで、中国を基準にした固定観念からいったん離れてインドを見ると、インドにはインドならではの発展形が考えられるのです。その1つの例はSTEM系人材です。外資系企業の中には、インドでは本業は展開しないものの、R&D拠点は置いているというケースがあります。製造業企業であれば、現地での生産には難しさがあっても、インドの高度な人材の力を開発に生かし、グローバルに活用する——中国とはまた違ったインド独自のそんな可能性を考えると、日本企業もチャンスを見出せるかもしれません。

東南アジアについては、これまでは「労働力が豊富で、人件費も安い」という魅力から、中国に代わり得る生産拠点として注目されてきました。しかし、既に域内の多くの国が一定の経済水準に達しており、中国と同様、労働集約型から、より付加価値の高いところを目指す段階に入っています。

また東南アジアでは、「中国企業はアジャイルで決断が速い。その点で日本企業は見劣りがする」と指摘されることが良くあります。ただし逆に、「日本企業は計画性に優れており、事業がサステナブル(持続可能)でフィージブル(実行可能)かどうかの見極めが得意。人材育成を含めて現地の産業の裾野も広げてくれる」といった高評価も聞かれます。日本企業としては、自らの優れた点を十分に意識した上で、中長期的な戦略眼でその国の発展の方向性を見据え、現地にしっかり「刺さる」事業を展開することが重要であると言えます。

薗田:
「現地に“刺さる”」は重要なキーワードですね。「良いモノは売れるはず」と考える日本メーカーは多いのですが、マーケットの現場感覚で言い直せば、「売れるモノのことを、良いモノと呼ぶ」となります。現地の需要サイドに寄り添い、いかに「刺さる」事業を展開できるか、資源を適切に投下できるかが問われます。

PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアエコノミスト 薗田 直孝

「中国発のイノベーション」も取り込み、したたかな戦略を

前田:
日本企業と中国との関わり方はこれまで、中国から安く原料や製品を購入する「sourcing from China」に始まり、安い労働力を生かして中国で製造する「production from China」へと進んできました。そして、経済成長で拡大した巨大な中国市場をターゲットにする「market to China」の段階を経て、現在では中国を起点にグローバルサウスを照準に合わせる「globalisation from China」の段階に入っています。日本企業はこうした流れにも上手に乗りながらビジネスを伸ばしていくべきでしょう。

さらにこれからは「innovation from China」、中国発のイノベーションの動きを取り込むことが重要です。例えば、前編でご紹介した電気自動車(EV)、電動垂直離着陸機(eVTOL)、人型ロボット(ヒューマノイドロボット)以外にも、軽くて折り曲げられる「ペロブスカイト太陽電池」に関する中国の取り組みなどは示唆に富むものです。「ペロブスカイト太陽電池」は日本発の技術として注目されています。ところが、中国が現在の太陽光電池市場をグローバルで圧倒するなか、ペロブスカイト太陽電池でも既に技術開発や量産化に向けた動きで日本企業を上回るスピードでの展開を見せています。

中国企業は、注力すべき先端領域を絞り込んだ上で重点的に研究開発し、自国内でテストマーケティング的に導入を推し進め、コストを下げてからグローバルに展開していきます。それが、イノベーション分野での中国の勝ちパターンなのです。日本企業としても、こうした中国の動きにうまく食い込むことができれば、そこで得た知見をグローバルサウスでの事業展開に生かせ、次の成長に向けた大きなレバレッジをかけられます。求められているのは「したたかに戦う」ことです。

薗田:
岡野さん、東南アジアやインド、あるいはグローバルサウスの動向を見据え、日本企業が取るべき事業戦略のヒントはありますか。

岡野:
実は「中国をしっかり見ておく」ことも重要なポイントだと思います。前田さんが指摘したとおり、中国では新たなイノベーションが続々と生まれており、東南アジアのプレーヤーはその動きをしっかりと見ています。中国発の潮流は、時を移さず東南アジアに流れ込み、新規のビジネスへと発展する可能性が高いからです。それはEVのような「モノ」だけとは限りません。ライブコマースやライドシェアのように、中国発のサービスやビジネスモデルも東南アジアに浸透しています。

中国との政治的なあつれきを抱えるインドの場合は、中国の製品やサービスが直接的には国内に入って来にくい。それが日本企業にとってのチャンスとなります。中国での潮流をしっかりとウォッチし、そこから生まれる新たなビジネスの可能性を、中国に代わって日本企業がインドで生かすこともあり得るでしょう。

もう1つ、インドの場合は「いま自分がどこを見ているのか」を自覚しておくことも重要です。例えばインドの首都ニューデリーに行くと、東京を上回る地下鉄網が広がり、高層ビルが林立し、日本の大手ブランドが進出するショッピングモールもすぐに見つかります。まさに伸びゆく「新興国」です。一方、少し足を延ばせばまだまだ貧しい農村地帯もありますし、発展の遅れた「途上国」の側面も色濃く残ります。つまり、同じインドとはいえ、見える景色が全く異なるのです。多様であり格差も大きいインドでは、自分が「どこを見ているか」を常に意識していないと、ビジネスの可能性にも気付けないかもしれません。

薗田:
海外での事業戦略を展望する場合、中長期的な観点も踏まえた大方針が重要であり、目指すべき方向を研ぎ澄ます必要があります。一方で、過度に抽象化・一般化してしまうと、うまくマーケットを取り込めなくなります。具体と抽象を行ったり来たりするなかで、高い視座で現実を踏まえた形・あるべき姿を捉え、事業の方針を指し示していくことが大切だと改めて痛感しました。

その意味では、本日の議論で指摘された「現場を見る」ということは示唆に富んだキーワードだと思います。「分断」が進行する世界のなかで、私たちは今激動の時代を生きています。経営トップは自ら現場を見て、実際に現地で働いている仲間たちの肌感覚を共有した上で、経営戦略を描かねばなりません。さらには、一極集中を避け、全体のバランスを見ながらリスクを分散させて収益を極大化すること、つまりコンティンジェンシープラン(緊急時の対応計画)の策定のような難しいかじ取りも求められます。

「統合知」を巡って意見を交わした今回のディスカッションが、皆さんのビジネスのヒントとして少しでもお役に立つことを願っています。

『世界の「分断」から考える 日本企業 変貌するアジアでの役割と挑戦』(ダイヤモンド社)

主要メンバー

前田 良一

パートナー, PwC China

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岡野 陽二

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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薗田 直孝

シニアエコノミスト, PwCコンサルティング合同会社

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