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組織の変革を推進するリーダーの思考に迫り、ヘルスケアの未来をともに創り上げるためのnext agendaを深耕するLeader's insight。第18回の今回は第17回に引き続き(持続可能な医療提供体制を考える)、医療経済学を専門とする慶應義塾大学大学院商学研究科教授の伊藤由希子氏をお迎えします。内閣府の規制改革推進会議における健康・医療・介護ワーキング・グループ専門委員でもある伊藤氏に、医療の現場におけるタスクシフト・シェアの必要性や進め方、円滑な現場運営に必要なマインドセットを中心にお話を伺いました。
(左から)小田原 正和、伊藤 由希子氏、惣角 凪
登壇者
伊藤 由希子氏
慶應義塾大学大学院商学研究科 教授
小田原 正和
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
惣角 凪
PwCコンサルティング合同会社 アソシエイト
※所属法人名や肩書き、各自の在籍状況については掲載当時の情報です。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 小田原 正和
小田原:
日本では少子高齢化の進行により、医療・介護需要がピークに向かう一方、生産年齢人口の急減によって医療従事者の確保は一層困難になります。特に、ここ数年は医師以上に看護師不足を耳にすることが多いように感じます。持続可能な医療提供を見据えると、業務そのものを見直して圧縮することはもちろん、限られた人的資源を最大限に活用することが不可欠であり、テクノロジーの活用を含むタスクシフト・シェアの促進が重要です。
伊藤氏:
日本の生産年齢人口は減少傾向にあり、2040年ごろには労働者の5人に1人が医療・介護の担い手になると予測されています。他産業の人材不足を悪化させることで、日本の産業全体を圧迫させないためにも、今後は医療・介護分野において、ICTの活用や限られた人員の効率的配置、役割分担の工夫など、業務のあり方を柔軟に変化させていくことが求められています。ですが、労働力不足を補うために自動化の推進が進む他のサービス業に比べ、医療・介護分野の業務効率化や業務自体を見直す革新のスピードは遅いように思います。
小田原:
直近の国の調査結果によれば、ここ30年間で医療・介護産業においては労働投入量が増えた一方で、労働生産性は低下しています*1。医療の質と安全を確保するため、従来の「人の配置ありき」という考え方から、徐々にDXの進展や「アウトカム」を重視した考え方が議論されていますが、早急かつ抜本的な見直しが必要と言えるでしょう。
医療の現場で可能な生産性向上の手段として、従前からタスクシフト・シェアの重要性は叫ばれていますが、他職種への業務のシフト・シェアとなると、法的に可能なタスク範囲の確認、タスクを受ける側の負担、渡し手と受け手の双方の関係性、医療の質への影響、何かあった時の責任などが論点となり、実行に移すとなると一筋縄ではいきません。病院の収益につながる診療報酬上も、行為者が医師に限定されていたりします。現場の意識改革だけではなかなか進まず、組織的な取り組みが不可欠です。こうした中で、特に大きな投資を行なうことなく他職種へのタスクシフト・シェアを進めるためには、どのようなマインドセットを持ち、どのように取り組むべきでしょうか。
慶應義塾大学大学院商学研究科 教授 伊藤 由希子氏
伊藤氏:
組織的な取り組みは不可欠ではあるものの、どの職種が担当しても問題ないような業務について、現場で働く方たちが気付き、補い合うような形で自然発生的にタスクシフト・シェアが生じるような状態が理想的ではありますね。「手術セットの準備」を一例にすると、本来は誰がやっても問題ない業務のはずが、手術室看護師など特定の職種だけの担当になっており、当該職種にとっては大きな負荷となっています。にもかかわらず、臨床工学技士など他の職種が実施するにはお伺いを立てなければならないような状況は非効率的ですし、そういった中ではタスクシフト・シェアは促されません。まずは現場でできる範囲のタスクシフト・シェアを進めることが足がかりになるのではないでしょうか。
タスクシフトを阻む壁は大きく2つあります。1つは「作業的に他職種へのシフトが可能かどうか(実効性の壁)」ですが、これは日本の医療職のスキルが高いこともあり、実質的な壁はほとんどないと言ってもよいと思います。もう1つは「タスクシフトを受ける側にインセンティブがあるかどうか(動機付けの壁)」です。受ける側には責任やリスクを負わされることへの懸念がありますから、任せる側が「やってもらって当然」という意識では現場が回らないという問題です。タスクシフト・シェアを機能させるためにはタスクの受け取り手に対するリスペクトや感謝をきちんと示すことが重要です。
惣角:
タスクシフト・シェアが決まった後も、「やってもらって当たり前」と考えるのではなく、感謝の気持ちを忘れずに接することが現場での円滑な運用につながりますね。こうしたことが、まさに「動機付けの壁」を越えるための鍵になるのでしょうね。
伊藤氏:
現場を見聞きしていても、「ありがとう」「ご苦労さまです」という配慮の言葉一つでうまく回るのではと感じる部分はたくさんあります。
小田原:
私たち自身もねぎらいの声掛け一つあるかないかで、心理的にもだいぶ違います。当たり前のことをばかにせずちゃんとやれているのか、という点は今一度見直したいですね。働きやすい職場や改善が進みやすい職場は互いへの配慮の文化が根付いているように感じます。
伊藤氏:
もう一つ、すぐにタスクを報酬に結び付けるというのは難しい。けれども、少なくとも、責任を押し付けないことには配慮したいものです。例えば、あなたがセットした道具でミスが起きたと責められることにならないよう免責してあげるような仕組みがあると進みやすくなるでしょう。これは組織的な支援が必要です。
小田原:
非常に重要な視点ですね。私たちコンサルタントもタスクシフト・シェアの支援を行う場合がありますが、単純にタスクシフト・シェアありきで進めるのではなく、関連する業務全体のイシューを捉え、双方に利がある形で着地させることが大事だと捉えています。例えば、看護師ないし看護補助者が病棟の患者さんを放射線科の検査室に搬送する業務を他職種にシフトできないかという問いに対して考えた時のことです。患者さんの搬送に関連する業務を俯瞰してみたところ、放射線科側のスケジューリングに改善余地があり、それは実は医師のオーダーの仕方に起因していたため、これを改善することで放射線科の業務負荷軽減にもつながるといった場合もありました。要するに、タスクシフト・シェアをテーマに掲げたとしても、実行に移す際の検討においては、業務改善の切り口の一つと捉えて進めるのがいいのではと考えています。
PwCコンサルティング合同会社 アソシエイト 惣角 凪
惣角:
現場においては、責任感の強い方がなかなか他職種に仕事を任せられない場面も散見されます。
伊藤氏:
責任感を持って業務に向き合うことは非常に重要ですが、タスクシフト・シェアの文脈ではバランス感覚も求められます。例えば、ある業務を移管したにもかかわらず受け取り手を信用できずダブルチェックをするような形になると、二度手間にもなりますし、受け取り手のモチベーションも下がりかねません。ある程度のリスクを許容し、完璧を求めないというマインドチェンジも必要ではないでしょうか。
惣角:
責任感の強さがゆえに一時的であっても医療の質を落としたくないという思いが、現場でタスクシフト・シェアやICTの導入といった変化の推進を難しくしている側面があるように思います。医療の質を不安視する背景には、その行為の意味やリスクに対する認識が、渡す側・受ける側の双方で同じレベルで十分に認識されていないことが根底にあった場合もあり、十分に議論を交わし、着地点を見いだしながら進めることが大事だと学びました。
伊藤氏:
バランス感覚が大事ですよね。制度面においての例を一つ挙げると、日本における救急隊員のプレホスピタルケア(病院に運び込まれる前の応急処置)の規制は諸外国に比べて厳しく、病院に到着するまでに実施できることが限られています。例えば、気管挿管や薬剤の投与などは、その適用範囲が限定されています。日本救急救命士会によると、ロサンゼルス市消防本部では、救急救命士が使用できる薬剤は16種類、しかも郊外の救急救命士は病院までの搬送時間が長いことを踏まえ50種類近く認められています。日本の場合、救急救命士の養成期間は同程度ですが、使用できる薬剤はわずか3種類ですし、原則として医師の具体的指示が必要です。訓練を積めばできるようになる、あるいはすでにできることであっても、救急隊員の医療行為によりトラブルが発生した場合の責任の所在に対する懸念から制限されているのです。
この点について、内閣府の規制改革推進会議では、救急救命士の処置範囲拡大が継続的に議論されています*2。しかし、現状では規制当局である厚生労働省の救命救急処置の検討委員会での「何かあったらどうする」というリスク回避の思考が先行し、結果として「やることのリスク」だけが過大評価され、「やらないことのリスク」―すなわち、現場での処置が遅れることで救えるはずの命が救えなくなる機会損失―が軽視されがちです。安全のための規制が、かえって本末転倒を引き起こしかねないという問題意識が、現場からの訴えでも浮かび上がっています。
小田原:
「どうやったらできるのか」という思考や「やらないことのリスク」に目を向けることなく、「何かあったらどうするんだ」という思考で検討が終わってしまうことが、制度を硬直的にさせている要因の一つとも言えそうです。また、医療の質の担保という観点でいうと、タスクシフト・シェアと同時に研修や訓練を行う仕掛けも忘れてはいけません。それらを経てうまくできるようになることも多くあります。研修や訓練なく、最初から「はいどうぞ」になっていないか、今一度見直す必要があるかもしれません。
伊藤氏:
変化に伴うリスクは見えやすいですが、変化できていない現状にどれだけのリスクがあるのかについては現状に慣れている分、見えにくいと感じます。タスクシフトを巡っては「変化しないことで生じる機会損失(やらないことのリスク)」、すなわち医療従事者間の仕事の重複や空白、患者が受ける医療において待機時間や症状の悪化が生じるといった側面にも目を向けるべきです。制度検討や現場における改革のためには、情報の出し方も大事です。
惣角:
環境が変化する中では私たちも変わっていかなければなりません。本日はタスクシフト・シェアをテーマにお話を伺い、多くのインサイトをいただきました。貴重なお話をありがとうございました。
*1 財務省 財政制度分科会(令和8年4月17日開催)資料
https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/20260417zaiseia.html
*2 規制改革会議 健康・医療・介護ワーキング・グループ(第2回、令和7年3月14日)議事次第・資料
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/2501_02medical/250314/medical02_agenda.html
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