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近年、製薬・医療機器業界では、従来の医薬品やハードウェア医療機器のみならず、ソフトウェアを併用した製品やサービスモデルが徐々に増えてきています。AIを組み込んだ診断・治療機器はその一例で、患者の服薬コンプライアンスを高めるために製薬メーカーがスマートフォンアプリを開発するケースなどもこの動きに含まれます。これらは、アプリやソフトウェアといった、あくまで従来の医薬品や医療機器を用いる上での補助的な形をとることもあれば、薬機法の承認・認証を得た、いわゆる「SaMD:Software as a Medical Device(ハードウェア医療機器の一部ではなく、医療目的で使用されるソフトウェア)」として単独で販売されるケースもあります。いずれにしても、こうした新しい動きが徐々に活発化していることは、ヘルスケア業界の中である種のトレンドとして認識されています。
こうしたトレンドを作り出してきた担い手には、製薬企業や医療機器メーカーのみならず、数多くのスタートアップ企業やそれを支える国やファンド(VCなど)も含まれています。しかし、このトレンドにおける、いわゆる「勝ち筋」はまだはっきりとは見いだせていないというのが実態ではないでしょうか。
もちろん、この事態はソフトウェアの領域に限定されるものではなく、ハードウェアの領域、中でもまだ明確な形になっていないプロトタイプをどう製品化・事業化するかという文脈においても同様です。特に、ヘルスケア以外の製造業系の企業が新たにヘルスケア業界に参入するというケースでは珍しくありません。
本コラムでは、このような新しい技術・コンセプトを基に開発された新たなソフトウェアやハードウェアが、なぜ日本市場でなかなか「勝ち筋」を見いだすことができないのか、そして、そのハードルを乗り越え、成功裏に導入・展開していくための要諦は何かについて論考します。前編ではまず、新しい技術・コンセプトが分化し、医療に役立つものとして発展していく道程と、それを取り巻く日本市場の状況を見ていきます。
図表1:Emerging MedTechとは
はじめに、この後の議論の見通しをよくするために、暫定的に「Emerging MedTech」という概念を導入します。(図表1)「MedTech(メドテック)」はMedical Technology(医療技術)の略で、医療分野におけるテクノロジーやイノベーションを示し、最近では比較的一般的な用語となっていますが、どちらかというと「医療機器」を意味するケースが多く見られます。一方で、「Emerging MedTech」という表現は、あくまで本稿の議論を整理するためのものであり、一般に流通している用語ではないことをあらかじめお断りしておきます。ここでは、次のような内容を指す概念として定義します。
「Emerging MedTech」のイメージ:
恐らく上記のような「概念」は、従来あまり明確に言語化され、意識されることはなかったはずです。実用化市場に流通されていない以上、医療現場で話題に上らないのも当然です。しかし近年、AIなどの情報技術や、3Dプリンターやナノテクノロジーに代表される新たな製造技術の台頭に加え、それらの事業化を加速する資金調達の手法も多様化・高度化しています(例:VC、クラウドファンディングの発達)。これにより、製品化する遥か前段階の技術やコンセプトに関する情報が、ヘルスケア業界の、特に新規事業開発の場面では、むしろ過剰と言えるほどあふれています(コンサルティング業界でもその傾向は例外ではありません)。このため本稿では、Emerging MedTechという概念を出発点として、考察を試みます。
前段で定義したように、Emerging MedTechはその形状、すなわちソフトウェアであるかハードウェアであるかにかかわらず、日本市場においては「医療機器」にカテゴライズされる可能性が高いと考えられます。したがって、このような製品やコンセプトを開発した企業や研究機関がそれらの事業化を志す場合、まず日本の「医療機器」市場に注目することは自然な流れと言えるでしょう。そこで、日本の医療機器市場のトレンドについて概観します。特にここでは、Emerging MedTechにとって恐らく追い風となる可能性がある要因や変化について触れます。
日本の医療機器市場は年々成長していますが、中でも今後はSaMD市場が伸びることが予想されます。確かに現在、医療に触れる頻度が高い高齢者におけるインターネット利用率は低い傾向にありますが、それでも60代での利用率は87%程度です(図表2)。一般に高齢者はデジタルテクノロジーに弱いと言われていますが、あと10年もすれば、日本の全ての年齢層がパソコンやスマートフォンなどの情報端末を通じて提供される医療機器、すなわちSaMDのターゲットになりえます。いずれSaMD市場が成長すると期待されるのはこのためです。
図表2:年齢階層別インターネット利用率
(出典)「令和5年版 情報通信白書」(総務省)
現時点では、日本のSaMD市場はまだ小さく、臨床試験が行われている製品の数は、海外と比べて極端に少ない状況です。しかし、上記のような人口動態の将来予測を前提にすれば、市場の拡大は必須であり、参入自体は間違った選択ではないと言えるでしょう。問題となるのは、「この領域への参入を急ぐべきかどうか」という点です。これは企業の技術特性や資本力によって判断が分かれるところです。しかし、SaMD市場そのものに成長余地があること自体は否定できないでしょう。
日本政府も、生産性向上や経済成長は、イノベーションによって担われるという思想の下、ヘルスケア業界におけるイノベーション創出に向けた環境整備に取り組んでいます。その主な施策をまとめると図表3の通りです。これらはごく一例に過ぎず、医療機器市場において政府からの多角的な支援が追い風であることは間違いありません。
図表3:Emerging MedTech発展に寄与する施策
他方で、日本での事業展開を考える以上は、先進国の中で最も顕著と言われる「少子高齢化」がSaMDや上記で述べたEmerging MedTechの領域に与える影響についても触れておく必要があります。
「少子高齢化」は既に少なくとも2つの「社会課題」を引き起こすことによってこの領域に新たな事業機会を創出しつつあります。
1つ目は、労働者人口比率の低下という現象によって引き起こされた、健保組合などの保険者の財政逼迫という「社会課題」です。特に保険者の間では「疾病予防」や「疾病の増悪予防(二次予防)」を目的とする新しい技術・仕掛けへの需要が喚起されつつあり、これがEmerging MedTechに開かれた事業機会となっています。例えば、健康増進による疾病予防や、疾病の早期発見を目的としたヘルスケアアプリの増加は、その1つの傾向と言えるでしょう。
もう1つは、ケアを必要とする患者・要介護者に対する医療・介護資源の相対的不足という「社会課題」です。この課題をめぐっては、日本の医療政策においては20年以上前から「社会的入院の削減」すなわち「医療機関における在院日数の短縮」が進められ、実際に日本の急性期病院における在院日数は1995年から2020年の間に約50%(約17日)短縮されています。こうしたいわゆる「社会的入院」の減少を補完するかのように、近年では「地域包括ケアシステム」の構築が推進されています。
「地域包括ケアシステム」とは、急性期を終えた慢性期・回復期の患者や、要介護状態となった高齢者に対し、医療機関ではなく、住み慣れた地域・家庭の中で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援を一体的に提供する社会システムのことを指します。大雑把な表現ですが、要するに「これまで病院で診てきた高齢者を病院の外でケアしよう」ということです。これによって、医療機関ではより高密度な医療が提供されることが期待されています。
他方で、地域に戻った患者・要介護者が、「地域包括ケアシステム」のもとで十分なケアを受けられるような仕組みが必要です。そのためには、病院・診療所・地域の介護事業者・行政、そして患者・要介護者の家族が、互いに緊密に連携・協力していくことが不可欠となります。しかし、そのための仕組みは決して十分とは言えません。そこで注目されてきたのが、患者情報のスムーズな連携を支援するテクノロジーです。例えば、カルテの電子化・クラウド化や、患者・要介護者の容体を継続的に観察しQOLと安全性を確保するような技術が挙げられます。具体的には、利用者の落下や起床を感知するベッドや、医療従事者が在宅の患者を遠隔で診療できる、いわゆる遠隔医療システムと、それに接続されるさまざまな検査・モニタ機器などが該当します。
本編ではEmerging MedTechという言葉を導入し、その概念と、それを取り巻く日本市場の状況について理解を深めました。次回のコラムでは、Emerging MedTechを日本で事業として展開する際の独特の「ハードル」について、詳しく探っていきます。
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