研究知の創造性を経営に取り込む

大学・企業・行政の三位一体による社会実装モデル

  • 2026-01-13

第1章:政策と環境の変化

日本の研究力の現状と課題

日本の大学が担う研究活動は、国際的な競争力の低下という深刻な課題に直面しています。経済協力開発機構(OECD)の統計によれば、日本の研究開発費は微増にとどまり、欧米諸国や中国などの積極的な投資と比較すると、相対的な遅れが顕著です。特に若手研究者の減少は、将来の研究力の持続性に対する懸念を生んでおり、論文数の伸び悩みや国際的な引用数の低下も研究成果のインパクト不足を示しています。

このような状況の中でも、大学はその研究成果を社会に還元し、地域課題や産業課題の解決に貢献することが求められており、社会に果たすべき役割はますます重要になっています。一方で大学の財務基盤は依然として脆弱であり、研究費の獲得や人材育成に十分なリソースが確保できていないのが現状です。

政策が求める大学の社会的役割

政府は、大学を「地域の知の拠点」として位置付け、社会課題の解決や新産業の創出に貢献することを強く求めています。文部科学省や内閣府が推進する大学改革政策では、大学発スタートアップの支援、技術移転の促進、地域との共創によるイノベーション創出が重点施策として掲げられています。

また、大学の収益構造の多様化も求められており、寄附金や外部資金の獲得が重要なテーマとなっています。しかし、未成熟な寄附文化や手続きの煩雑さ、寄附後のメリットの不明瞭さなどが障壁となる中、大学が自由度の高い資金を得るための仕組みづくりが急務です。

国際的な政策との整合性

欧州では「Horizon Europe」など、社会課題解決を目的とした科学技術政策が主流となっており、研究知の社会実装は「社会的インパクト」を重視する方向へ進化しています。また米国では、大学が知的財産の商業化を通じて財務基盤を強化し、民間企業との連携を通じてイノベーションを加速させるモデルが確立されています。

日本においても、1995年の科学技術基本法や1999年の日本版バイ・ドール制度などを通じて、大学の研究成果の社会実装が制度的に支援されてきました。近年では「第6期科学技術・イノベーション基本計画」において、人文社会科学も含めた複合的なイノベーション政策が議論されており、大学の役割は「知の拠点」から「知の企業体」へと変化しています。

第2章:研究知の創造性を生かす実践モデル

研究知の創造性とは何か

研究知の創造性とは、大学が生み出す知識や技術について、単なる成果物としての「アウトプット」にとどまらず、知が生まれる「プロセス」そのものに価値があるという考え方です。大学の研究活動は、既存の課題に対する解決策を提示するだけでなく、課題の再定義や新たな問いの創出を通じて、社会の構造や価値観に変化をもたらす力を持っています。

こうした創造性は、企業が抱える経営課題や社会課題に対して、従来の枠組みにとらわれない視点を提供し得るものです。例えば、技術的な課題において大学の基礎研究が新たなアプローチを示すこともあれば、社会的な課題に対して人文社会系の研究が価値観の転換を促すこともあります。

また、創造性については「誰が生み出すか」だけでなく、「どのように生み出されるか」にも注目すべきです。研究者が問いを立て、仮説を構築し、検証を重ねるプロセスは、企業のイノベーション活動にも応用可能です。このようなプロセスを企業が経営に取り込むことで、単なる技術導入ではなく、組織文化や意思決定の質の向上につながるかもしれません。

さらに、創造性の発揮には「場」と「関係性」が重要です。大学と企業が対等な立場で対話し、互いの目的や価値観を共有することで、創造性が相互に刺激され、より高次の成果が生まれます(図表1)。こうした関係性の構築には、コーディネーターやファシリテーターの役割が不可欠であり、第三者的な立場から共創を支援する人材の育成も求められています。

図表1:大学と企業の創造性

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社会実装に向けた5つの出口モデル

研究知の社会実装では、成果をどのような形で社会に届けるかという「出口設計」が重要です。以下5つの出口モデルが示すとおり、研究知の創造性を生かすための複数の選択肢が存在しています(図表2)。

  1. 行政施策への導入
    研究成果を政策に反映させることで、制度的な変革を促進します。例えば、教育制度や福祉政策に関する研究が、自治体や国の施策に組み込まれることで、広範な社会的影響をもたらすことにつながります。
  2. サービスの継続
    大学発のサービスやプログラムを、持続可能な形で提供し続けるモデルです。教育プログラムや地域支援活動などが、大学の枠を超えて社会に定着することで、長期的な価値を創出します。
  3. 商業化
    研究成果を事業化し、収益を生み出すことで、持続的な社会貢献を実現します。スタートアップの創出やライセンス収入の獲得などが代表例であり、大学の財務基盤強化にも寄与します。
  4. レプリケーション(複製)
    成功したモデルを他地域や他組織に展開することで、知の普及と社会的インパクトの拡大を図ります。教育手法や地域連携モデルなどが、全国的に展開されることで、波及効果が生まれます。
  5. オープンソース化
    研究知を広く共有し、社会全体での活用を促進するモデルです。論文や教材、データベースなどを公開することで、他の研究者や実務者が活用し、新たな価値創造につながります。

これらの出口は、研究知の性質や目的、対象とする社会課題によって選択されるべきであり、単一のモデルに依存するのではなく、複数の出口を組み合わせる柔軟性が求められます。

図表2:社会変革に向けた実装のパターン

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共創型エコシステムの考え方

研究知の社会実装を持続的に進めるためには、大学・企業・行政が連携し、共創型のエコシステムを構築することが不可欠です。このエコシステムは、単なる連携の枠を超えて、知の生成・共有・循環を促す仕組みとして設計されるべきです。

具体的には、以下の3つの要素が重要です。

  • インクルーシブな場づくり
    多様なステークホルダーが対話し、価値観を共有できる場を設計すること。物理的な空間だけでなく、心理的安全性や関係性の質も含めた「場」の設計が求められます。
  • 知の循環システム
    研究知が社会に還元され、再び研究にフィードバックされる循環構造を構築すること。実装された知が新たな問いを生み、次の研究につながることで、知の持続的な進化が可能になります。
  • プロセスのマネジメント
    出口モデルに応じた実装プロセスを設計し、進捗を管理すること。成果だけでなく、プロセスそのものを評価し、改善を重ねることで、実装の質を高めることができます。

このようなエコシステムは、大学の研究知を社会に生かすための基盤であり、単なるプロジェクト単位の連携ではなく、長期的な関係性と制度設計が求められます。

第3章:未来への展望とまとめ

未来志向の考え方

未来を創造するためには、単なる予測ではなく、構想・設計・実装までを含むプロセスが重要です。社会構造そのものを再設計するアプローチに対して、大学の研究知はその原動力となります。論理的な方法では捉え切ることが難しい複雑な未来に対しては、仮説を立てながら柔軟に思考を進めなければなりません。そうした中で研究知の創造性を生かしながら、新しい価値創出を目指していきます。

未来創造のプロセス

未来創造は以下のステップで進められます。

  1. 未来を描く(ビジョニング)
    社会課題や技術トレンドを踏まえ、望ましい未来像を構想します。ステークホルダーとの対話やストーリーテリングを通じて、共感性の高い未来シナリオを設計します。
  2. 未来を測る(マッピング)
    描いた未来シナリオを、不確実性と影響度の軸で分析し、実行可能性を評価します。創造性と論理性の両面から未来を検討することが可能になります。
  3. 未来を実装する(アクション)
    未来と現在のギャップを特定し、バックキャスト型のアプローチでアジェンダとロードマップを策定します。組織の文化や能力に応じた実行計画に落とし込むことで、未来創造が現実の変革へとつながります。

このプロセスにおいて研究知の創造性が発揮されていくと同時に、多様な関係者が未来像を共有し、実装に向けた役割分担と連携を行うことで、実効性の高い社会変革が可能になります。今後、大学では研究知を社会実装する主体として経営戦略を再設計し、自立的に価値創造を行う体制づくりが求められます。これは研究知の創造性を未来に生かすための基盤であり、大学の存在意義を社会に示す重要な要素となるものです。

PwCコンサルティングでは、大学知の発展と知の民主化に向けて、コレクティブインパクトに基づく共創を進めてまいります。

執筆者

草野 秀樹

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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