連載コラム 地政学リスクの今を読み解く

日本の半導体企業にとっての中国関連インテリジェンスの読み解き方(前編)

  • 2026-04-08

本稿のポイント

  • 日本の半導体企業にとっての中国関連インテリジェンスは、①西側(米国)の対中半導体関連規制、②顧客動向(ファブおよびアプリケーション先)、③中国市場における競合企業の動向、④中国による半導体産業振興、⑤中国による技術獲得手段に分けられる。
  • 中国による半導体産業振興や技術獲得の試みについては、基本方針に変化はなく、それぞれの詳細については中国への投資を検討する際など、必要に応じて収集すればよい。
  • 日本の半導体企業が随時アップデートすべきは、西側の対中半導体関連規制の動向と顧客動向、競合企業の動向であり、前二者は地政学的リスクに係る専門家による読み解きが欠かせない。

はじめに

現在、戦闘機から家電までほぼ全ての製造業で用いられる半導体は、あらゆる国で戦略物資として位置づけられています。そのため半導体企業は国家間関係および各国政府の政策による影響を受けやすく、マクロ環境を含むインテリジェンスの収集が求められています。中でも中国関連インテリジェンスは、その特殊性から専門家による分析が不可欠です。本コラムでは、「半導体企業にとっての中国関連インテリジェンスの読み解き方」を解説します。

1. 日本の半導体企業にとっての中国関連インテリジェンスとは

中国に関するマクロ情報は、不透明な政策決定過程や法に対する概念の違いなどから、西側諸国に対する情報収集方法や分析手法を用いることができません。そのため中国を対象とする研究者は、中国の歴史に対する深い理解や米国流の理論研究などを踏まえた上で、広範な情報を収集することで中国の行動を説明します。

一方でこうした研究者による解説が、必ずしも日本の半導体企業にとって経営判断に資するインテリジェンスに直結するとは限りません。ここでは、日本の半導体企業にとってのインテリジェンスという文脈で、中国関連情報の仕分けを試みます。

まず、現状のビジネスに対する影響を分析するために必要な情報です。これには、米中対立における西側の対中半導体関連政策などが挙げられます。次に、中国への投資など今後の経営判断を行うために必要な情報です。これには、半導体産業振興や技術獲得手段に関する情報などが挙げられます。さらに、上記両方に係る情報である半導体アプリケーション市場や競合企業の動向なども重要です(図表1)。

図表1:日本の半導体企業にとっての中国関連インテリジェンスの分類

2. 大きな変化のないインテリジェンス:半導体産業振興と技術獲得の試み

上述した中国関連インテリジェンスの分類の中でも、中国による半導体産業振興や技術獲得の試みについては、それぞれ細かな動向の変化はあれども大きな変化がないものと言えます。これは、半導体産業を優先的に発展させること、またそのボトルネックとなっている技術については獲得を試み続けることという大きな方向性が不変であるからです。

そのためこの2つについては、定期的なアップデートをし続けるというよりは、基礎的な情報を理解しておくことが求められるでしょう。このセクションでは、中国政治における半導体産業の位置づけを説明した上で、中国側の半導体産業振興や技術獲得の試みについて概観します。

中国政治における半導体産業の位置づけ

半導体産業は、中国の政策文書や政府発言などにおいて、安全保障上の重要性が強調され、経済的・産業的価値にとどまらない戦略的産業分野として位置付けられています。

中国は胡錦涛政権まで続いた鄧小平時代の中で、米国に追いつくために輸出志向工業化による高度経済成長を図ります。外資導入や対外貿易の円滑化の観点から、対外環境を安定化させるため基本的には対外融和的な姿勢を取ってきました。

一方で、習近平時代が到来するころには、経済発展に伴って賃金の上昇が続き、安価で勤勉な労働力に依存する輸出志向型成長モデルの限界を迎えたことから、高付加価値化・イノベーション主導での成長モデルへの転換が図られるようになりました。また、それと時を同じくして、経済成長とともに中国社会の中で大国意識が醸成されていき、大国としての「尊厳」を獲得すべきとの声が大きくなりました。それと呼応するものが「中華民族の偉大な復興」であり、これを達成することが中国共産党による統治の正当性の新たな根拠となっています。こうした中で、「核心的利益」と位置付ける南シナ海や台湾問題において、中国は従来の状況に変化をもたらし得る行動や政策を取っているのではないかとの見方が広がりました(図表2)。

こうしたことで米国は脅威意識を高め中国を最大脅威と認識し、中国を抑止するために安全保障戦略を調整しました。さらに、中国の科学技術や産業の発展が軍事力に転用される可能性や、米国企業の競争力に対する脅威としても捉え直され、経済面でも中国との協力に否定的な姿勢を見せるようになりました。まさに、経済安全保障の時代の到来です。米国のこうした姿勢に対し、中国は対米・対西側依存から脱却し、自前であらゆる重要物資・製品を開発・生産できるよう、「自立自強」方針の下で体制の構築をより一層図ることとなりました。

図表2:中国政治構造の変化による汎安全保障化

胡錦濤政権までの中国では、経済成長が共産党統治の安定化の支柱であり、経済が優先された。
経済成長鈍化と既存秩序への挑戦による対米関係悪化によって、安全保障が最優先課題に。

半導体産業はこの文脈の中に位置づけられています。半導体は戦闘機やドローンなどの兵器自体に使用されるだけでなく、それを支える指揮統制システムの基盤としても不可欠であり、軍事安全保障上も極めて重要です。また当然ながら、民生用途でも「産業の米」として重視されており、他国の経済的威圧などに対するレジリエンスを高める上でも、自立自強・国産化を達成する必要があります。

中国による半導体産業振興

「半導体産業の自立自強」が国家目標化されてから、国家主導のファンド(国家集積回路産業投資基金)などから大量の資金が投入され、中国発のファウンドリー(半導体受託製造企業)が立ち上がりました。2020年代に入ると、成熟から準先端ノードでの存在感を強め、設計や後工程でも一定の国際競争力のある企業が誕生してきました。

その一方で、先端製造装置(EUV<Extreme Ultraviolet:極端紫外線>リソグラフィなど)や先端素材(高純度化学材料、フォトマスク、精密露光装置、プラズマ処理機器、精密計測装置など)、高性能EDA(Electronic Design Automation:電子設計自動化)などの分野では、国産化が達成できていない状況です。そのため、こうした分野に対する資金供給を進めています。

具体的には、公的ファンドや国有企業による出資、公的融資・金融支援、需要側政策(政府調達における国産品の優遇など)、研究開発投資、インフラ整備・クラスタ形成、外国からの人材誘致、外国からの技術獲得などの各政策メニューが、中央政府レベルと地方政府レベルでそれぞれ行われています。

こうした自立自強を達成していない分野に対する振興策は、その主体(中央政府や地方政府、国有企業など)やその資金量あるいは政策手段に細かい変更があったとしても、方向性に大きな変化があるものではありません。

中国による技術獲得の試み

自立自強が達成できていない分野に対する技術獲得手段のうち、各国で一般的に行われるものとしては、外国企業の誘致(合弁会社の設立や現地生産拠点の設置)や企業買収・M&Aによる取得が挙げられます。

それぞれの具体的な手法についてはここで述べませんが、「国産化」の定義に一定の解釈の幅があることを背景とした外国企業の誘致が行われる場合があります。

つまり、すでに自立自強が達成されている分野については「中国資本の企業による製造」である一方、自立自強が達成されていない分野については「(外資企業を含む企業による)中国における製造」と見なされるというものです。

外国企業に対する直接的な窓口である地方政府などが、「中央政府から国産化を指示されており、このまま輸入を続けるわけにはいかない。わが省・市に生産拠点を設置し、そこから納入すれば『国産』として扱われる」と伝えた上で、中国国内に誘致を図っているのです。

このように、市場アクセスの継続や、そのための現地生産拠点の設置を入り口として、その後さまざまな方策が取られます。

3. 随時アップデートすべき変化の多いインテリジェンスとは

上述のような、半導体産業振興や技術獲得の試みを継続・強化するという基本的な方向性に変化はなく、それぞれの詳細については中国への投資を検討する際など、必要に応じて収集すればよいものです。

それでは、素材メーカーや製造装置メーカーといった日本の半導体企業にとって、随時アップデートし続けなければならない中国関連インテリジェンスとは何でしょうか。

図表3の1~3に示すとおり、まずは米国を中心に日本を含む西側各国政府によって行われる、対中半導体関連規制の動向です。これは日本から中国への販売を直接的に規制し得るものであり、現行ビジネスに直接的な影響をもたらします。

次に、中国の顧客動向です。これは直接の売り先であるファウンドリーおよび半導体アプリケーション先の動きが含まれます。

そして、3点目は中国市場における競合企業の動向です。中国企業によるキャッチアップの状況や、西側企業による対中進出の検討動向などが挙げられます。

図表3:随時アップデートすべき中国関連インテリジェンス

後編では、この3つの中で地政学的リスクの専門家による読み解きが必要な、西側による対中半導体関連規制と、顧客を取り巻くマクロ動向について解説します。

後編はこちら

執筆者

吉田 知史

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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