シリーズ:経理財務業務のDX

グループ標準システム導入の勘所

  • 2023-09-25

経済産業省は2019年6月に「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)」を取りまとめ、発表しました。

この背景には、第四次産業革命の進展による産業構造の急激な変化や少子高齢化に伴う国内市場の縮小などにより、海外におけるM&Aを含めた機動的な事業ポートフォリオマネジメントに代表される「攻め」のガバナンスの重要性の高まりがあります。それに加え、子会社の不祥事問題を契機とした、グループ経営における「守り」としての子会社管理の実効性確保が問題となるなど、日本企業のグループガバナンスの在り方が新たな課題となっていることが挙げられます。

技術革新の一層の加速や地政学リスクの増大など、不確実性が年々高まっている現在においては、グループとして迅速にデータドリブンな意思決定を行うことの重要性がより一層高まっています。

本稿では、迅速かつデータドリブンな意思決定を可能とするための基盤となる基幹系システムのグループ標準化をテーマに、「システム構成」「導入・展開」「プロジェクト推進」の3つの観点から解説します。

なお、基幹系システムを構築するにあたっては、ERPパッケージを利用することが主流であるため、本稿においてもERPパッケージをベースとしたグループ標準システムの構築を前提としています。

会社ごとの特性に対応できるシステム構成が重要

ベースとするERPパッケージを1つに統一することが最善とは限らない

「グループでシステムを標準化する」と聞くと、同一のシステムを導入することが想定されますが、会社数が多く、規模に幅がある場合にはそれが最善策になるとは限らず、規模に合わせたシステムを導入することが合理的な選択になり得ます。

世の中には数多くのERPパッケージが存在していますが、ターゲットとしている会社規模に差異があります。大規模向けのパッケージの場合、複雑な要件に対応できる機能性を有していますが、それに応じて導入の難易度も高くなり、TCOも高くなります。一方、中小規模向けのパッケージの場合は、大規模向けに比べて対応範囲が狭くなる分、コンパクトで安価な導入が可能になります。近年はSaaS型のERPパッケージも増加してきており、SaaS型の場合、導入の難易度は一層低くなると考えられます。

また、ERPパッケージは国産のものと海外製のものに分類されます。国産の場合、「日本の商習慣にマッチしている」「日本の法改正への対応が早い」「製品要望への対応が柔軟である」「ドキュメント(日本語)が充実している」といったことがメリットとして期待できる反面、多言語・多通貨や海外法規への対応が限定的であると考えられます。規模に加え、導入する会社の地域(国内または国外)を考慮することが、ERPパッケージを選定する上での重要なポイントになります。

ERPパッケージと周辺システムの組み合わせを検討する

ERPパッケージに対してアドオン開発を行う場合、開発コストが発生するだけでなく、開発内容によっては容易にバージョンアップができなくなるなどの影響も発生します。そのため、ERPパッケージは標準機能のまま利用することが理想です。

近年、RPAやノーコード/ローコードツールを活用することで、標準機能では実現できない要件にERPパッケージの外側で対応するケースや、特定業務に対する専用パッケージの方が機能に優位性があるケース(経費精算における領収書のAI-OCR読取など)が増えており、ERPパッケージとの組み合わせを検討することが重要になってきています。

会社ごとにERPパッケージのモジュールの利用範囲が異なることを想定する

導入対象とする各会社には既存システムが存在し、ロジスティクスの領域については各社の特性がシステムに強く反映されているため、ERPパッケージに置き換えることが困難である場合が多々あります(既存システムが強みであり、置き換えないほうが良い場合もあります)。

既存システムの利用を継続することになる場合、次の要件を求めることになります。

  • 外部システムとのインターフェース機能を有しており、会社単位での設定ができること
  • 会社単位でモジュールの利用有無を選択できること(例えば、ロジスティクスと密結合しているために、既存システムの請求書発行機能や回収消込機能を継続利用することとした場合、当該会社においてはERPパッケージの債権管理モジュールを利用しないことになります)

アドオン開発要件には各社共通のものと会社固有のものがある

標準機能のままERPパッケージを利用できるのが理想ですが、親会社の既存の業務要件やシステム要件をベースに、グループとして目指すべき姿を実現するための新規要件を加味して要件定義を行った結果、アドオン開発により必要な機能を追加し、グループ標準システムとすることが通例であると考えられます(親会社が主導して推進すべきであり、そもそも会社数が多い場合は、関係会社の要件をヒアリングして進めることが困難であるため)。

そのため、関係会社への導入を進める中で、追加のアドオン開発が必要になる可能性があります。複数の会社に共通する要件の場合はグループ標準のアドオン機能として追加し、当該会社固有の要件の場合は個別のアドオン機能とすべきであると考えます。アドオン機能について、グループ標準機能であるのか、個別機能であるのかを管理できることがポイントになります。

マスタデータにはグループ共通のものと会社固有のものがある

勘定科目や金融機関の情報はグループ共通データとして管理されるべきであり、組織や社員の情報は会社固有のデータとなります。さらにこの2パターンに加えて、両方の側面を持つデータも想定され、それには取引先が該当すると考えられます。例えば、名称や住所などの基本情報は共通となりますが、回収・支払条件などの属性情報は固有になることが考えられます。また、グループ共通の情報であっても、勘定科目や取引先(基本情報)は全ての会社が全てのデータを利用するわけではありません。勘定科目の場合は業種により利用する科目に差異があり、取引先の場合は当然のことながら取引がない相手先のデータは利用しません。

マスタデータを管理するにあたっては、グループ共通と会社固有の考え方があり、かつグループ共通データについては会社ごとに利用の是非を選択できることがポイントとなります。

パイロット導入により展開準備を行うことが重要

会社数が多い場合、段階的に導入する必要がありますが、規模や事業セグメント、システム構成などを考慮してグループ分けを行い、各グループより代表の会社を選抜し、パイロット導入を行うことが重要です。

パイロット導入では親会社主体で構築したシステムを評価し(必要に応じて追加のアドオン開発を実施)、後続の本格展開に向けて「導入テンプレート」を作成することを主な目的とします。「導入テンプレート」はマスタデータを含むシステム設定、およびマニュアルなどのドキュメントで構成されます。

パイロット導入を行い、「導入テンプレート」を準備することで、品質を保ちつつ効率の良い展開が可能になると考えます。

コミュニケーション計画およびチェンジマネジメントを踏まえたプロジェクト推進が重要

グループ標準システムの導入に限ったことではないですが、会社が目指すべき姿が先にあり、それを達成するための手段の1つとしてシステム導入が選択されることになります。これは当然のことであり、あえて強調すべきことではありませんが、実際のプロジェクトにおいては、導入を進めていく中で本来の目的が横に置かれ、システムを導入すること自体が目的になってしまうことが珍しくありません。

グループ標準システムを導入する場合、ステークホルダーが多く、その分だけ調整事項も多くなります。経営主体で自グループとして目指す姿を描き、関係会社の経営層も腹落ちし、目的に向かって舵取りをできる状態になっていることが、導入を円滑に進める上での大きなポイントになります。

また、関係会社の担当者において、既存システムに不満がないためにシステム導入の意義が見出せず、導入作業に主体的に取り組めない場合があります。例えば、システム導入により業務が自動化・効率化された後の役割の高度化を示すなど、担当者目線でのコミュニケーションもプロジェクトの成否を左右する重要な要素となります。

以上のように、関係会社(複数の会社)へのシステム導入では、自社(単体の会社)へのシステム導入とは異なる視点が必要になります。自グループの特性を十分に把握した上でシステム構想を策定し、数多く存在するステークホルダーの意識を合わせ、展開に必要な準備を入念に行うことが、グループ標準システムを構築し、関係会社への導入を成功させるための鍵であると考えます。

執筆者

中嶋 範人

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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