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前編では、未財務価値の定量化により、「何がどれだけ企業価値に効くのか」や「改善した場合にどの程度の効果が見込めるのか」を可視化し、企業価値向上の観点から優先度を判断する考え方を説明しました。後編ではここからもう一歩進み、「数値をアクションにつなげる」という考え方に焦点を当てます。実務でより重要なのは、こうした分析結果を「よい分析だった」で終わらせず、実際の経営判断や組織行動にどのように接続するかという点であるためです。
本稿では、未財務価値の定量化を経営に生かすためのポイントを、「目的(何の意思決定を変えたいのか)」「ルート(誰をどのように巻き込んで進めるのか)」「補完材料(どのような材料を組み合わせると効果的か)」の3つの観点で整理し、実務への落とし込み方を紹介します。
なお、本稿では前編に引き続き、ESGなどの非財務要素を「財務に非ず」という意味ではなく、「未だ財務に現れていない価値」という意味を込めて「未財務」と表記します。
定量化の結果を示した時、「判断の材料として有用である」という理解には至るものの、そのデータを実際に投資判断やKPI管理・制度設計・中期計画の更新といった意思決定に反映する段階で議論が停滞してしまうという状況は、多くの企業で見られます。
このような状況に陥る背景として、主に以下の3点が考えられます(図表1)。
図表1:未財務価値の定量化をアクションにつなげるための3つのポイント
議論の停滞を避け、未財務価値の定量化を意思決定につなげるためには何に気を付けるべきか、上述した3つのポイントごとに説明します。
「経営管理に活用する」「戦略策定に活用する」といった表現だけではなく、どの意思決定の場面に、どのような形で活用するのかを最初に明確化することが重要です。
例えば、以下のような具体化が考えられます。
なお、最初から全ての意思決定に適用しようとすると議論が拡散しやすくなるため、「一つの意思決定(例:中期経営計画への組み込み)」と「一つのテーマ(例:人材の獲得・定着)」に絞り、小さく適用してから他のプロセス・テーマに展開する方が、結果として進みやすくなります。
多くの場合、未財務の取り組み推進は部門横断の施策となるため、分析結果をそのまま持ち込むのではなく、社内の戦略と整合する形で解釈しながら段階的に意思決定に接続していくことが重要です。
その上で、「誰からどのように巻き込むのか」のルート設計においては、トップダウンとボトムアップを見極めること、既存の取り組みとの整合性・連携ポイントを見極めること、同じ課題を抱えている社内部門から起点を作ることなどがポイントになります。例えば、「人材獲得」や「環境施策」などの事業部単位での施策実行と効果検証が有用なテーマは、ボトムアップで試行して社内事例を横展開したほうが進みやすい一方、KPI管理や報酬設計のような全社の方向性の統一が求められるテーマは、初期から経営レベルを巻き込んで上意下達で推進する方が、展開途中で整合が取れなくなるリスクを防げます。
前編で紹介したデータ分析事例のように、外部の視点から「どの程度企業価値に寄与しているか」や「改善した場合どれだけ企業価値が向上するか」を定量化することで、総花的な取り組みを脱却し、企業価値の視点から何から取り組むべきかを同じ軸で比較することが可能になります。
一方、外部視点で得られた定量結果を自社固有の戦略・状況に基づき解釈し、取捨選択をしていく段階では、戦略とのつながりや必要な投資の多寡など、判断に必要な別の材料と併せて社内関係者に提示することが肝要です。
例えば、未財務の取り組みが事業戦略や目標指標のどの領域に寄与するかを定性的なストーリーを基に説明する、その際に内部データによる関係性分析や現場のヒアリングにより定性ストーリーの合理性を担保する、あるいは社内事例や他社事例を基に取り組みの実効性を補強する、などが考えられます。目的やテーマの特性により必要な材料は異なるため論点に応じて取捨選択する必要がありますが、別角度からの補完材料を組み合わせることにより、取り組み意義や実効性への納得感を高めることが期待されます。
では、取り組みに成功した企業は、未財務価値の定量化をどのようにアクションにつなげたのでしょうか。以降は、複数の実践例を基に構成したモデルケースを2つご紹介します。いずれのケースも、3要素のうち(1)目的の明確化を共通の前提としつつ、特に(2)ルート設計と(3)補完材料の観点で参考になる事例を取り上げます。
一つ目は、分析を起点としてマテリアリティの再定義と未財務KPIの設計につなげたケースです。3つのポイントのうち、特に(2)ルートの設計の観点から参考となる例としてご紹介します。
A社では、全社として未財務テーマに関する方針は掲げているものの、事業部門レベルでの施策推進には十分に至っておらず、結果としてサステナビリティ部門による総花的な要請対応にとどまっている、という背景がありました。そこで、部門施策への落とし込みにつなげるべく、未財務テーマの優先度付けとKPI設計を目的として定量分析を実施しました。
しかし役員向けの報告では、「取り組みの必要性が定量的に示されたことは有用だが、自社として今このタイミングで取り組み強化を行うべきなのか」といった指摘が挙がりました。
そこで企画部では、内部で推進中であったSSBJ(サステナビリティ基準委員会)基準対応に着目し、制度対応への取り組みの一環として、マテリアリティの見直しに定量分析結果を組み込む方針を取りました。新たな施策として持ち込むのではなく、既に必要性が共有されている取り組みに乗せることで議論を前に進めること、そして、未財務情報開示への対応が求められている今だからこそ、効率的にプロセスの見直しができる好機であることを示す狙いがありました。
また、既存のマテリアリティの見直しプロセスにおいては、自社の視点から事業に与え得るリスク・機会を定性的に洗い出していましたが、定量分析で特定した情報を判断軸に加えたことにより、投資家の視点や他社との比較を踏まえた判断が可能になりました。「投資家から注目されている項目は何か(≒ステークホルダーにおける重要度)」「他社よりも劣位であり改善余地が大きい項目は何か(≒自社における重要度)」を各テーマの位置付けの判断に活用したことにより、定性情報だけでは拡散しがちだった議論を企業価値の観点から比較可能にした点が本取り組みの効果として挙げられます。
そして、「分析による外部視点での定量評価」と「マテリアリティ分析による自社戦略視点での定性評価」の2つの材料に基づき特に優先度の高いテーマを定めた上で、KPI設計の取り組みを「SSBJを開示対応にとどめず、経営管理に生かすための仕組み」として位置付け直したことにより、テーマ自体の取り組みの必要性と今このタイミングで取り組む必要性の双方を補強し、重要テーマにおける進捗KPIの設計につなげました(図表2)。
図表2:モデルケースA
二つ目は、分析を起点に人的資本の重点施策を特定し、中期経営計画・単年度計画へとつなげたケースです。特に(3)補完材料の観点における参考事例としてご紹介します。
B社では、人的資本経営や人的資本開示の要請が高まる中、中期経営計画・単年度計画の策定にあたり「人事施策がどのように企業価値に結びつくのか」を人事部から企画部に説明することが求められていました。そこで、企業価値向上に資する人事施策を策定すべく、人事部と企画部が共同オーナーとなり、分析に取り組みました。
具体的には、分析を基に企業価値向上の観点から重要度の高い人事関連テーマを抽出し、そのテーマに関するインパクトパスを作成しました。インパクトパスとは、施策が中間KPIを経てアウトカム(最終的な成果指標)に至り、企業価値に結び付くまでの経路を可視化したものです。
ただし、外部分析だけでは「自社にとって本当に有効なのか」を社内で説明する上で、納得性を十分に得られないリスクがありました。そこでB社では、社内に蓄積された人事データを活用し、施策に紐付くKPI間の相関・因果関係を分析しました。「テーマの改善に、具体的にどの施策が貢献し得るか」を検証することで、内部視点からの裏付けを補強したのです。
本事例の特徴は、外部分析でテーマを特定し、内部分析で施策間のつながりを裏付けるという「二層構造」を構築した点にあります。これにより、企業価値向上の観点から、取り組むべき人事施策を一貫して説明できる基盤が整いました。その結果、インパクトパス上で特に強化の必要性が示された人事報酬設計の施策が、単年度計画に組み込まれ、具体的な投資・実行へとつながりました(図表3)。
また、本取り組みは人事施策の選定にとどまらず、次のような効果を生んでいます。第一に、未財務テーマ全体(ESG)を企業価値との関係性から分析したため、気候変動対策やコーポレートガバナンスといった他テーマにおいても、人事として関与すべき課題が明確になりました。第二に、企業価値起点での整理そのものが、企画部と人事部の間で認識をそろえる「共通言語」として機能し、人事施策を個別最適の取り組みではなく、企業価値向上に向けた戦略テーマとして位置付けることが可能になりました。
図表3:モデルケースB
これらの事例に共通するのは、未財務価値の定量化がそれ自体で完結せず、次の施策を生み出す起点となっている点です。
未財務価値の定量化は、価値創造経営を進める上で重要な基盤です。しかし、その真価は数値を使って誰を巻き込み、どの意思決定を変え、どの管理の仕組みに落とし込むかによって決まります。
マテリアリティの見直し、KPIや目標水準の設計、投資優先度の判断など、次のアクションにつなげる実践のヒントとして、本コラムがお役に立てば幸いです。
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