第15回 「孤独戦略」の限界と、エコシステム形成の重要性

  • 2025-05-08

孤立したビジネスモデルの落とし穴

ビジネス環境の変化が激しすぎる――日々私たちが向き合う多くのクライアントに共通する嘆きです。テクノロジーの急速な進展を背景に、市場変化はより大きく、そして加速度的に進行しています。持続的な成長を遂げるには計画的な戦略だけではなく、予期せぬ市場の変動にも迅速かつ柔軟に対応する「市場適応力」が欠かせなくなりました。

では、この市場適応力を養うには何が必要でしょうか。それにはまず、現在のビジネス環境を概観する必要があります。産業間の垣根が低くなったことで、異なる業種と技術が入り混じる「ビジネスの汽水域(淡水・海水が混ざり合う水域)」が広がりました。その中でさまざまな技術やサービスが有機的に結びつくエコシステムが形成され、今まで存在しなかったビジネスを次々と生み出しています。また、少数の勝者により市場を寡占される構図が形成されています。

例えば自動車業界はどうでしょうか。長らく車体やエンジンと言ったハードウェアが性能を決める要素でしたが、今ではソフトウェアによって幅広い機能が補完・提供される時代へとシフトしつつあります。こうしたSDV(Software Defined Vehicle)を、自動車メーカーが系列企業と共同開発しても長い時間とコストがかかるでしょう。仮に完成したとしても、ユーザーを満足させる質をタイムリーに提供できるかは不透明です。実際、自動車メーカーではテクノロジー企業と有機的に連携することで、新しいサービスを矢継ぎ早に生む流れが主流になっています。

かつては個別企業やグループ企業全体で生み出す付加価値を競う構図でしたが、今では「連携する異業種との掛け合わせによる付加価値」の創出により競う構図へと市場が変化しているのです。今日においては異業種と構成するエコシステムこそが、市場適応力の源泉と言えます。

独自の強みを発揮して単独企業で一定のシェアを切り拓く選択肢もあるでしょう。
しかし、現在のビジネス環境において「単独は孤立と同義」です。中長期的には下記に示すリスクに見舞われかねず、結果として市場競争力を失いかねません(図表1)。

図表1:孤独戦略を選択した際に陥りがちなケース

孤独戦略からエコシステム形成戦略への転換

自社の資源とコンピタンスを最大限に活用し、市場で競争優位を維持するためには、エコシステム形成戦略の適切な設計・運用が不可欠であり、これは、孤独戦略に伴う課題を解決する鍵となります。そして、エコシステムを効果的に形成するためには、ネットワークを基盤とした企業連関のビジネスモデルやアーキテクチャを視野に入れることが重要です。

具体的には、自社にとっての「戦略適合性」と「実現可能性」を踏まえ、「協業手法」「収益モデル」や「ガバナンス健全性」など、多面的な観点から総合的に検討する必要があります。
特に、エコシステムの持続的な成長と競争優位性の確立に直結する、3つの観点(戦略適合性・実現可能性・協業手法)に対しては、徹底した評価が求められます。

図表2:「戦略適合性」および「実現可能性」の評価軸

戦略適合性

戦略適合性の評価においては、自社の戦略・アセット・市場ポジションが、エコシステムにおいて欠かすことのできない要素となっているか、つまり、自社が中長期的な優位性をエコシステムの中で確立可能かどうかを判断します。戦略適合性が高くない場合、短期的な協業は可能であるものの、市場・エコシステム内での自社の地位が脆弱化するリスクがあり、長期的な事業継続・発展は困難となるでしょう。

実現可能性

実現可能性の評価においては、パートナー候補にとっての「エコシステム参加理由」の見極めとともに、同候補が中長期的に協働するパートナーとして「価値観・行動様式・文化」を共有できる相手かどうかの見極めも重要です。また、エコシステム形成に際して必要となるリソースの有無(資金・人財・技術・インフラなど)に加え、変化に対する適応力(市場環境、顧客ニーズ、規制、技術進化など)に対応できる意思決定システムを備えているかを評価することも重要です。これが欠如している場合、構想が実行段階で頓挫するリスクが高まります。

図表3:協業手法

協業手法

協業手法観点では、企業間の意思決定プロセス、役割分担、市場変化や新規プレイヤーの参入に対応できる柔軟性を備えているのかなどを評価します。これが不十分な場合、パートナー間の摩擦が生じ、エコシステムの機能不全を招きます。

これら3つの要素が適切に機能しなければ、ガバナンスの健全性や収益モデルを整えたとしても、エコシステム全体が持続可能な形で成長することは非常に困難です。

このように、エコシステム形成戦略は、多くの企業が競争優位性を確立するための重要な手段となっています。しかし、それは決して「魔法の杖」ではなく、適切な設計と運用がなければ機能しません。日本においては、「日の丸連合」と呼ばれる企業連携がいくつも誕生しましたが、成功例の一方で最終的に失敗に終わるケースもみられました。その原因はネットワークを基盤とした企業連関のビジネスモデルやアーキテクチャの欠如にありました。

単独企業の孤独戦略が市場適応力の低下や技術革新の遅れを招くのと同様、エコシステム形成においても、適切な設計がなければ「単独企業の寄せ集め」で終わるということです。

多様なビジネスモデルの創出を促進し、新規事業の機会を拡大するためにも、孤独戦略に固執するのではなく、柔軟なパートナシップを構築しながら競争力を高めることが、これからの企業経営において求められると言えるでしょう。 

執筆者

源田 真由美

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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「デジタルエコシステムの最前線」コラム

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「デジタルエコシステムの最前線」コラム 第14回 なぜ今、エコシステムビジネスが必要なのか。経営者が知るべき理由

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