CRE戦略を進めるうえでの落とし穴と対処―体制整備・情報収集・合意形成

  • 2026-07-15

不動産起点で企業価値を向上させるCRE戦略

企業不動産(Corporate Real Estate:CRE)は、コラム「「資本コスト・株価」要請に、CRE戦略とIRでどう応えるか」に記載のとおり、企業の財務・非財務価値向上に資する極めて重要な経営手段です。資本効率の改善や投資資金の創出、新たな収益源泉の創出などを通じた財務資本への貢献に加え、活用の仕方によっては地域社会とのつながりや従業員の帰属意識の強化など、形を持ち、多様なステークホルダーとの接点を生む資産であるがゆえ、非財務領域にも影響を及ぼします。とりわけ、CREを多く有し、本業が成熟期に差し掛かる事業者では、CREが持つ含み益を企業価値向上に結び付ける動きは不可欠です。

企業価値を構成する諸要素、特に全社・事業・機能戦略に対し、不動産起点で補強・補完する取り組みを、本稿では「CRE戦略」と位置付けます。

図1:企業価値を構成する要素とCRE戦略の位置付け

企業価値を構成する要素と CRE戦略の位置付け

多くの企業でCRE戦略の推進主体が明確でない実情

CRE戦略が企業にとって重要な位置付けにある一方、国内企業の多くでは、その推進主体が明確に定まっていません。経営企画・財務・総務・人事・事業などの各部署が部分的に関与しているものの、情報をそろえて戦略を統合的に管理・運営し、気付きを得て旗振りを担う部署が不在であり、機動的なCRE戦略の推進に難儀する企業が多くみられます。下記は、CRE戦略推進において責任者不在の状態に陥りがちな構造の一例です。

<CREに関する各部署の立ち位置(一例)>

経営企画・財務
ROIC・ROAなど全社横断のKPIを主管する経営企画は、全体最適の視点から各事業/部署にCREの点検/見直しを指示し得る立ち位置にあります。ただし、不動産知見・事業理解双方の乏しさから、事業/部署へCRE売却や利活用を要請するといった具体的な提言をすることに難しさがあります。財務はより定量的なデータを把握しているものの、経営企画と同様に、CREのあり方を具体的に提言するケイパビリティを有していません。

総務
多くの企業において、CREの運営管理は総務部門の専門人材が担っています。総務は、CRE活用状況や定性/定量情報を最も把握しており、不動産企業との関係性も強いことが多いためです。一方で、組織構造上、事業部をはじめとする他部署に対して十分な影響力を発揮しにくい部署でもあります。多くの場合、総務部門は、CREに関する経営判断が行われたのち、売却や賃貸、利活用などの実行局面を主に担う位置付けです。

人事・広報/渉外
人事はCRE戦略とその実行を主導する立場ではないものの、社宅やオフィス環境などは雇用条件、働き方、従業員の帰属意識に影響するため、CREのあり方に対して一定の意向を持つ立場にあります。また、CREは地域社会や取引先などとの社外接点を形成し、企業ブランドの発信にも関わることから、広報/渉外担当も同様の立ち位置となります。

事業部・営業
製造・物流・販売拠点ならびに本社・事業所は、事業の業績を左右する重要な経営資源であり、その配置や活用には事業サイドが一定の裁量を有しています。拡大局面では事業サイドから出店・拡張に向けた要望が強く出やすい一方、縮小局面かつ事業サイドで資本効率を十分に管理できていない場合には、売却や転用などの動機付けが働きにくく、迅速な判断が難しくなる場面があります。

CRE戦略の進め方―体制整備・情報収集・ステークホルダーの巻き込みが肝要

CRE戦略の推進機能は、経営企画を中心とした経営直轄組織に据えることが望ましいと考えます。当該組織では経営+不動産の専門人材を軸に、全社最適の観点からCREのあり方を総点検し、事業部をはじめとするステークホルダーへの方針提言、(特にアクティビスト対応としての)CREに関するアカウンタビリティ(説明責任)の確保、CRE施策の実行などを一体的に進めるべきでしょう。社内の関連各所への接し方も意識的に変えていく必要があるため、経営層による権威付けの他、内部のしがらみに左右されにくい外部人材を登用することも一案です。ここからは具体的な進め方を紹介します。

1 初期体制整備・権威付け

まず、経営+不動産の専門人材を軸としたCRE専任組織を設けます。社内の各ステークホルダーへの影響力を担保できるよう経営直轄組織とすること、管掌役員を設けること、人材要件充足に向けて一部業務の外部委託も視野に入れた予算を確保することが肝要です。CRE戦略の策定・遂行においては特に、事業サイドを中心とした各ステークホルダーとの間で提言や協議が成立する信頼関係の構築が不可欠です。組織の持つ歴史的な文脈に合わせ、既存の体制・人員では難しい権威付けや機動力をいかに担保していくかを設計する必要があります。

2 CRE戦略の初期検討ならびにCRE情報の収集

CRE戦略の具体施策として、不動産単体の「拡大」「現状維持/保全」「他用途への利活用」「収益物件化(賃貸)」「売却」と、複数拠点をみた際の「再編・統合」「分散化」「縮小」などが挙げられます。CRE専任組織は、どのような条件下でどの施策を実行するかの初期イメージを持ちながら、自社のCRE情報を収集します。収集すべき情報は細部にわたり、一定の工数が掛かることから、各事業所・拠点ならびに各ステークホルダーの合意・協力を得て進める必要があります。専任組織にはこうした交渉を果たす権威・調整力・機動力が求められます。また、環境やリスク関連の情報取得に向け、必要に応じて専門家への環境・リスクDD(デューデリジェンス)の委託も視野に入れるべきです。

図2:CRE戦略の策定・遂行に必要な情報(例)

CRE戦略の策定・遂行に必要な情報 (例)

3 CRE各種施策の基本方針策定

CREに関する情報の一元化が完了したのち、CRE専任組織は基本方針ならびに、企業価値向上に向けた施策案を検討します。まず、財務資本への貢献に主眼を置き、「企業における戦略的有用性」「財務貢献・市場性」「実行の難易度・リスク」などの軸を基本方針として設けます。そのうえで、物件ごとの施策を検討するのが定石です。下記は一例となります。

図3:CRE施策検討の具体例

CRE 施策検討の具体例

他方で、財務資本に着目しすぎるあまり、CREが支える人材確保や社会との関係性を損なわないよう、各施策がもたらす定性的インパクトも十分に考慮する必要があります。売却や収益化によって厚くした財務資本を人的資本へ還元することも重要ですが、拠点再配置や福利厚生の充実、用途転換などがもたらす定性的インパクト(従業員の帰属意識や生産性への寄与)も無視できない要素です。

図4:CRE戦略と人的資本の関係性

CRE戦略と 人的資本の関係性

4 各ステークホルダーとの合意形成

CRE戦略の基本方針と具体的な施策案を検討したうえで、CRE専任組織は社内の各ステークホルダーと合意形成を図る必要があります。社内のモメンタム形成が重要なため、経営会議などであらかじめ基本方針を握ることが肝要です。

5 CRE施策の実務

合意形成を行ったのちに(特に売却や収益物件化、再編・統合、分散化など大型施策について)、CRE施策をプロジェクト化し、推進します。体制構築においては、助言提供者・実務支援者としてのデベロッパーや仲介、各種アドバイザーなどとの連携が必須となります。

CREを一つの事業として捉え直す

中長期的にはCREを新たな収益源として位置付け、不動産の保有・活用を事業化することも一案です。近年では金融・インフラ関連企業などを中心に、CREの事業化を企図する動きもみられます。外部の人材や資本も取り込みながら不動産事業を子会社化/JV(共同事業体)化し、独自の投資スキームや判断基準を整備することで収益化を図るケースです。特に日本の伝統的な企業においては、駅前などの一等地や首都圏に広大な土地・物件を保有し、グループ内に不動産会社を有しているケースも少なくありません。一方で、不動産専業ではないため、人材や投資ルールなどの整備が十分でなく、保有資産の本来のポテンシャルを発揮し切れていないケースも見受けられます。こうした企業では、自社が抱える不動産事業の構造そのものを見直すことも視野に入れるべきでしょう。

執筆者

岡山 健一郎

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

鈴木 安輝

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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