ここ数年、日本の半導体素材メーカーおよび半導体製造装置メーカー(以下、日系素材・装置メーカー)は、中国による「自立自強(自主可控)」政策を背景とした追い上げという現実的な脅威に直面しています。「われわれはあと何年、中国市場で競争力を維持できるのか」「どの領域が安全で、どの領域が危ないのか」という問いがさまざまな場で発せられます。本稿は、中国の自立自強政策の現状を整理し、領域別のキャッチアップ進捗と残された課題を明確にしたうえで、日系メーカーが実務に活かせる指標と具体的な対応の方向性を提示することを目的とします。
中国は国家レベルでの半導体ファンド「国家集成電路産業投資基金(通称:大基金)」と地方の優遇措置を組み合わせ、半導体産業への巨額の資金投入を続けています。大基金は第1期(2014年~2019年)、第2期(2019年設立)、第3期(2024年設立)を合わせて約6,868億元(約16兆円超)にのぼり、第3期は第1期・第2期の合計を上回る規模となっています1。これに地方政府の補助金・税制優遇や民間からの誘導資金が加わり、ファブ建設、装置導入、素材・装置メーカー支援、企業買収、研究開発補助に広く充てられています。特に第3期は、設備・材料の国産化と、先進パッケージング・HBM・AI半導体といったボトルネック領域への重点投資が設計されており、短期的には量的な能力拡大、長期的には人材確保やサプライチェーンの強化につながる構図です。
こうした追い風を受け、中国の主要ファウンドリやOSAT事業者は工場建設と量産体制の拡大を急速に進めています。新設ファブを中心に国産装置の採用比率が高まっており、エッチング・成膜・CMPといった工程では国内調達へのシフトが現実に進んでいます2。
一方、日本の主要製造装置メーカーにとって中国市場は依然として最大の単一市場ですが、世界ファブ装置投資の見通しでは、中国の設備支出は2024年の約500億ドルのピークから2025年には約380億ドルへと減速する見込みであり、現地企業による国産化の進展も背景にあると見られます3。
とはいえ、資金注入だけで技術的なハードルが越えられるわけではありません。EUV(極端紫外線)露光装置やEUV対応レジストといった、極めて高度な技術と長年の蓄積が求められる分野では、EUV露光装置は世界で事実上1社のみが供給する状態が続いており、露光装置・材料の分野では米欧・日台の企業が依然として強い優位を保持しています4。単年度の資金投入で短期間に追い抜けるものではありません。
概括すれば、中国は「量産性・コストが重視される領域」と「部材・Tier2・Tier3の標準化可能な領域」で急速に国産化を進めています。中国の半導体製造装置全体の国産化率は2021年の8%から2025年に23.2%へと上昇しており、2030年には39%に達すると予測されています2。エッチング、薄膜、CMP、薄化といった工程ではすでに「急速代替フェーズ」に入り、現地ファブでの採用が拡大しています。特にエッチング、成膜、CMP、薄化といった工程では、国産装置が技術的成熟度を高めながら現地ファブでの採用を拡大し、すでに「急速代替フェーズ」に入っています2。素材側でも、中国メーカーによる国産KrF/ArFフォトレジストが大手国内Fabの認証を通過し量産受注へと進展しているなど、ここ1〜2年で「点」が増えてきています5。中国政府はさらに、2026年にフォトレジストの国産化率を約40%まで引き上げる目標を掲げているとも報じられています6。
一方、進捗が遅いのは露光装置のコアやEUV対応材料、超高精度位置決めステージや大口径光学系といった「極めて高精度で微細な技術」が求められる分野です。こうした分野では、装置メーカーと材料メーカーが長年にわたり協調してプロセスを磨き上げてきた実績と、膨大な装置製造のノウハウが物を言います。中国国内の業界推計でも、露光装置の国産化率は3%未満、検査・計測装置は5%未満、塗布現像(コータ/デベロッパ)とイオン注入は10%未満にとどまり、依然として米欧日勢が主要シェアを握っています。EUV用フォトレジストやシリコンウエハでは日本勢の世界シェアが圧倒的に高く1,6、EDA(設計自動化)ツールやIP(設計基盤)の分野でも米欧の大手3社が中国市場の7割超を握っており、そこを完全に国産化するには時間を要します7。
ファウンドリでは成熟ノード(例:28nm以上)に関しては中国での生産が進みやすい反面、7nm前後やそれ以下の最先端プロセスは装置と材料の制約で難易度が高い状況が続きます。米国およびその同盟国による2022年以降の対中包括規制が、先端ロジック・NAND・DRAM向けの主要装置の対中輸出を実質的に遮断していることがその主因です8。
これまでの産業史と現行の技術難易度を踏まえると、領域ごとにキャッチアップに要する現実的な時間差が見えてきます(図表1)。パッケージングや後工程およびその消耗材料の国産化は、数年程度、一つの目安としては2年から5年のレンジで大きな進展が見込めます。前工程の中堅装置や中世代ノード向けの材料は5年から10年程度で品質の大幅改善が期待できます。これに対して、EUV露光装置本体、EUV対応レジスト、超高精度光学系や極低欠陥の次世代材料といった最先端分野は、10年以上、あるいは長期的に見て事実上の追随困難という評価が妥当です。
この時間軸は、EUV露光装置を供給する1社が技術確立に30年以上と巨額の投資を要した歴史的事実4や、装置の国産化率が2030年でも39%にとどまる見通しに表れている構造的な歩み2を参照しています。
図表1:量産・標準化領域の急速代替と、EUV・EDAなどコア技術の構造的優位持続
中国企業は量産・標準化領域で数年内に実質代替を達成する一方、EUV・EDAなど技術蓄積とエコシステムが不可欠なコア領域では日欧米の構造的優位が長期にわたり持続する
上述の結論は複数の論拠に基づきます。一つは技術蓄積の非可逆性です。露光装置やレジストのような分野は単年で完成するものではなく、基礎科学、材料化学、精密機械、真空工学、ソフトウェア制御が長期間にわたり積み重ねられてはじめて高信頼性の製品が作れます。1社が30年以上をかけて積み上げ、EUV市場でほぼ独占的なシェアを保つに至っていることはその象徴です4。二つめはエコシステム効果です。装置と材料、およびファウンドリのプロセス設計が相互に最適化されることで初めて高歩留まりが得られるため、単独の企業だけで完結する領域は少ないという事実です。三つめは制度的要因で、輸出規制や国際協業の有無が技術流入に大きな影響を与えます。実際、米国およびその同盟国の輸出管理措置は中国企業の先端装置入手を難しくし、EUV露光装置は依然として中国に出荷できない状態が続いており、中国側の追随困難要因として明確に観測されています8。
キャッチアップの進捗を客観的に判定するためには、「性能」「量」「品質」「市場シェア」の4軸からの指標が有効です。素材分野では、フォトレジストならば感度や線幅制御(LWR)などの技術指標、化学品であれば不純物のppb値や微粒子数(/cm2)といった品質指標が直接的な評価に使えます。装置分野ではスループット、露光精度、MTBF(平均故障間隔)や現場での稼働率、顧客ファブでの採用ノードの数といった実稼働指標が重要です。さらに、売上に占める国産材料・部品の比率や、主要な海外顧客への納入実績、特許の質や量、R&D投資比率なども定性的に有益な補助指標となります。これらのデータは企業IR、SEMI、SIA、TrendForce、VLSI Research等の業界レポートから得られます。例えば世界半導体製造装置の2025年売上は1,351億ドル(前年比+15%)と公表されており、ベンチマークとして有用です9。
中国企業が国内市場で経験とキャッシュを得た後、台湾や韓国のサプライチェーンにどの程度進出するかという点は多くの企業が注目する論点です。結論としては、進出の可能性は「領域依存的」です。後工程や低・中世代の装置・部材、あるいはコスト重視の補助材料は短中期的に進出の余地が大きいと考えます。実際、後工程やコスト重視の装置・部材の一部では、中国製の装置・部材が域外の顧客にも採用され始めており、進出の裾野が広がりつつあります2。一方、最先端のコア装置や高信頼性が不可欠な部材に関しては、顧客側(先端ロジックメモリの大手ファウンドリ)の品質・納入信頼性に対する要求が非常に高いため、短期的には限定的な進出にとどまる可能性が高いと見ています。長期的には、技術蓄積と国際的信頼が整えば進出が拡大する余地はありますが、地政学的な規制や信用リスクが進出の障壁となり得ます。
中国市場で稼いだ利益を海外投資に振り向けるかどうかは、企業の戦略と規制環境に左右されます。理論的には、得た利益を海外M&Aや生産拠点の多角化に投じることは可能であり、現地企業が実際に海外での買収や研究開発拠点設置を進めている事例も増えています。しかし中国当局の外貨管理や資本流出規制、政治リスク、そして米欧日の対中規制強化などが海外投資の自由度を制約することがあり得ます。加えて、中国市場を失った場合にすぐに代替市場で同等の稼ぎを得られるかという点は製品・市場ごとに大きく異なります。汎用品やコスト競争力で勝負する商材は比較的転換が容易ですが、ファブ向けの装置や高度な材料は顧客基盤と長期的なサポート体制が重要であり、短期で代替するのは難しいケースが多いと考えます。
日系企業がとるべき戦略として、まず短期では「顧客との深い協働」を徹底することが重要です。具体的には、ファブと共同で歩留まり改善案件や材料置換の実証を行い、顧客にとって不可欠なパートナーになることが求められます。供給の多様化も急務であり、中国依存度を下げるために東南アジアや国内の生産移管、在庫戦略の見直しを進めるべきです。中期的には差別化への投資が肝要で、高信頼性材料や工程改善のためのソリューション、トータルサービス提供への転換が有効です。長期的には、基礎研究投資と国際的な共同研究のネットワーク構築を通じて、最先端領域での技術的優位を維持・更新していく必要があります。これらの施策は単独で行っても十分ではなく、業界団体と連携して国際ルールや知財保護の整備を促すことも重要です。
図表2:日系素材・装置メーカーの三層戦略
中国企業の追い上げに対して「全領域で勝つ」ことは現実的でない。どの領域で速度と量で競い、どの領域で品質と信頼で差別化するかを領域別に見極め、そこに投資と顧客関係を集中させることが、次の10年の勝ち筋を決める
結論として、中国企業は資金と市場規模を背景に後工程やTier2/Tier3、量産指向の素材・機器分野で急速に追い上げています。エッチング・成膜・CMPなどの工程で国産装置への代替が急速に進み2、現地素材メーカーがKrF/ArFレジストの量産導入を進め5、12インチシリコンウエハの国内調達比率を2026年中に70%へ引き上げる目標が掲げられるなど、自立自強の成果は「点」から「線」へと広がりつつあります。しかし、EUV露光装置、EUV対応レジスト、超高精度光学系、先端EDA/IPといったコア領域では、特定1社による独占的シェアや日本勢の高シェアに象徴される構造的優位が依然として続いており、短中期で容易に追い抜かれる状況にはなく、日本企業が持つ高品質、高信頼性、長年の顧客協働のノウハウは依然として競争上の強みです2,4。重要なのは、どの分野で「速度と量」で競うのか、どの分野で「品質と信頼」で差別化するのかを戦略的に選択し、そのための投資と顧客関係を再設計することです。
1 Chinapost「中国・半導体基金3440億元の実態 国産化の標的は日本の装置・材料」(2025年12月)
2 Yole Group「Mainland China Semiconductor Equipment Industry 2026」(2026年6月)
3 SEMI「Global Fab Equipment Investment Expected to Reach $110 Billion in 2025」(2025年3月)
4 CSET (Georgetown University)「Tracing the Emergence of Extreme Ultraviolet Lithography」(2024年7月)
5 TrendForce「China's Photoresist: Breaking Through and Advancing」(2024年12月)
6 TrendForce「Japan Rumored to Curb Photoresist Exports as China Targets 40% Self-Sufficiency by 2026」(2025年12月)
7 CSIS「The Double-Edged Sword of Semiconductor Export Controls: Electronic Design Automation」(2025年10月)
8 CSIS「China's Localization Drive in Semiconductors Gains Impetus from Allied Chip Export Controls」(2026年3月)
9 SEMI「Global Semiconductor Equipment Billings Reached $135 Billion in 2025」(2026年4月)