
医彩―Leader's insight 第9回 900のアイデアを原動力に――中外製薬が実践する生成AI活用とは【後編】
中外製薬では、全社を挙げて生成AIの業務活用に取り組んでいます。後編では現場にフォーカスを移し、900件を超えるユースケース提案の選定プロセスや生成AI導入時の課題、それらを乗り越えるために採用した「大規模アジャイル」の運営手法について伺いました。
PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)のPublic Services(PS:官公庁・公共サービス)部門は、多様な領域に対応する専門性を有する15のイニシアチブチームから構成されています。この連載(全10回)では、テーマごとにさまざまなイニシアチブからメンバーが集まり、より良い社会をつくるために社会課題解決へのアプローチ、新たな価値創出のアイデアなどについて語り合います。
第7回のテーマは「持続可能な未来と環境保全」です。世界各国が脱炭素に向けた政策や取り組みを進めていますが、産業・地域の発展と環境保全を両立させるためには、どのような観点が必要なのでしょうか。エネルギー、モビリティ、農業、教育のそれぞれを専門とする4人のコンサルタントが議論しました。
(左から)中山陽介、菊池瑛梨世、菊池雄介、清水優佳
菊池 雄介
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
日系シンクタンク、事業会社を経て入社。ソーシャル・インパクト・イニシアチブ(SII)、インダストリー&テクノロジー(I&T)のイニシアシアチブ活動に参加し、「サステナビリティ×エネルギー」「産業×技術」の領域をメインに活動。
清水 優佳
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー
日系不動産サービス会社、外資系不動産サービス会社を経て入社。PwCコンサルティングでは不動産・観光・航空領域を中心に活動。
中山 陽介
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー
化学系SIer、外資系ITコンサルティング会社を経て入社。PwCコンサルティングでは、ITからサステナビリティ経営、環境課題・生物多様性などへ領域を広げ、SII、SII-SX、Agri & Foodのイニシアチブで活動。社内およびプライベートで長期にわたりソーシャルベンチャーへのプロボノに携わる。
菊池 瑛梨世
PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト
日系シンクタンクを経て入社。一貫して中央省庁の初等中等教育、高等教育領域の調査研究に従事。現在は、教育委員会や学校向けのコンサルティングにも携わる。
菊池(雄):
私が携わっている環境・エネルギー分野では、2015年に採択されたパリ協定以降、国や大企業だけでなく、中小企業までもが脱炭素を経営テーマの1つに挙げるようになり、脱炭素の必要性に対する認識が浸透してきました。中でも大企業に対しては気候変動に関連する情報開示の義務化、脱炭素に向けた目標設定といった具体的な動きが見られ、脱炭素に向けた機運が高まっていると感じます。
一方で、脱炭素に取り組むことは、そのままビジネス上のメリットにつながるケースばかりではありません。脱炭素化に向けた施策によってコスト増になるのであれば、何らかの政策的誘導が必要になります。特に中小企業においては、人手不足やコスト増が重荷になり、CO2排出量の測定もできていないのが実態です。脱炭素の3ステップ「知る・測る・減らす」のうち、「知る」の段階ですら不十分であるため、地道な啓発活動は今後も必要だと考えます。
欧州や米国では、トップダウンでのルール作り、環境分野への投資、ビジネス拡大が進んでいますが、日本では、まだそこまでドラスティックな変化は起きていません。大きなビジョンとそこに向かうプロセス、インセンティブがまだ見えていないのが日本の課題だと感じます。
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 菊池雄介
清水:
私が担当するモビリティ分野でも、環境に配慮した機材・設備への更新や燃料転換が進み始めています。航空機ではSAF(Sustainable Aviation Fuel:持続可能な航空燃料)への転換が少しずつ実現していますが、調達価格が従来の燃料に比べて高いため、世界的に見てもSAF導入率はまだ1%にも届いていません。中長期的には、SAFの開発技術が進歩し、従来の燃油と価格がイーブンになれば、環境に配慮した燃料を使うメリットが大きくなるので、転換が加速度的に進むものと考えますが、当面はコストをどのように価格転嫁できるかがポイントとなります。ツーリズムの観点からは、サステナブルな手段を選択することが新たなトレンドであるため、今後は特に感度の高い利用者から選ばれやすいというメリットも期待できると考えます。
バスを中心とした地域公共交通の維持と脱炭素の両立も大きな課題です。菊池(雄)さんが中小企業の課題にも言及していましたが、地域公共交通は需要減少とコスト増の影響で経営改善に課題を抱えており、エネルギー転換をする財務的余裕がありません。今後脱炭素を加速させるためには、地域住民のみならず観光需要を増やすなど、地域特性を踏まえて最適化・施策検討が必要です。
中山:
私が担当する食料・農業分野では、生産現場における環境面での持続可能性の向上や、国際的な面では先住民族や女性の人権保護といった社会課題に向き合っています。その背景には、気候変動の影響が高まる中で、世界全体で人口が増えており、いかに食料安全保障を強化するかという課題があります。現状の食料システムでは安定的な供給は難しくなっている面もあり、環境により優しい農業への転換との両立は急務となっています。
日本は小規模農家が多く、農地も小さく点在しており、作物の生育環境がさまざまなため安定した収量が確保しにくいという特有の課題を抱えています。生産現場の高齢化も進んでいるため、農業のスマート化については、大規模農地が広がる他国とは違うアプローチが必要です。
菊池(瑛):
教育分野では、環境教育や開発教育という形で環境保全を扱う学校がある中で、2015年にSDGs(持続可能な開発目標)が示されて以降、ESD(持続可能な開発のための教育)という包括的な概念で環境問題を取り扱う学校が増えてきた印象です。さらに、直近改定された文部科学省の学習指導要領では、文言の中に「持続可能な社会の担い手」が追加されたことで、従来の環境教育や開発教育から、持続可能な未来づくりという大きな枠組みの中で環境保全や地域発展などを取り扱う教育に大きくアップデートした印象です。
一方で、一部の現場の教師にとっては自身も学んだことのない内容な上、どういう教育をすれば子どもたちが持続可能な社会に必要な資質や能力を得られるかがまだ見えておらず、手探り状態です。評価方法も確立していません。取り組みの姿勢や内容も各校の指針や教師の属人性に依拠する形になっています。
菊池(雄):
日本には戦後長きにわたって培われてきた産業基盤があり、この仕組みに則って国が成長し、インフラが整備され、便利で、治安も良く、暮らしやすい社会ができあがりました。一方で、このように確立されたシステム、基盤が存在することが、ドラスティックな変革を伴う脱炭素に向けた障壁になっているという面も否めないように思います。
大切なのは、全産業一律・全国一律で物事を進めるのではなく、それぞれの産業や地域の特性を踏まえた脱炭素シナリオに基づいて成長戦略を描き、ルールや産業を形成していくことではないでしょうか。ステークホルダー同士の対話を促し、産官学が歩調を合わせて戦略を浸透させる必要があると考えます。
清水:
産官学連携はもちろんのこと、より大きなインパクトを生み出すためには組織が相互に補完し合いながら持続可能な社会を作っていく必要があります。脱炭素に向けた取り組みを通じて自社のサービスや利益にどの程度つながるのか可視化し、協業の流れを推進していくことが必要だと思います。
菊池(瑛):
初等中等教育では、地場の企業と学校がコラボレーションし、住んでいる地域の持続可能性を考える授業を行う事例が見られています。自分が身を置いている地域の未来を考えることは、子どもたちにとって実感が湧きやすく、前向きに取り組みやすいと思うのです。
PwCコンサルティング合同会社シニアアソシエイト 菊池瑛梨世
中山:
いかに自分事にするかが大切ですね。食料分野も同じく、食品表示や食育を通じて持続可能な農業のあり方を考えるなど、生活に直結したテーマのコンテンツがあると、浸透が進むのかもしれません。
中山:
農業分野ではモビリティの活用が進んでおり、急速に発展するテクノロジーを次々に取り込んでいます。農業は手間のかかる作業が多いので、自動化を進めるのは長期的な課題ですが、生産現場に取り入れやすそうな発展中の技術がいくつもあることは明るい兆しです。
現場で使われている農業機械の中には化石燃料を使っているものが多い状況です。環境負荷が課題となっている中、EV化や電動化はまだコストの課題はあるものの将来的には農業に取り入れられると思います。あるいは、AIを活用して天候や土壌などの条件をもとに農作業を自動制御する技術も進んでおり、近い未来には大きな恩恵を受けられると思います。
ただ、農業機械は1台当たり数百万円規模のコストがかかるものが多いので、小規模な現場でもテクノロジーを少しでも導入しやすくなるよう、サブスクリプションやシェアリングなどのサービスが増えていくことは必要だと考えます。
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー 中山陽介
菊池(雄):
ソーシャルインパクトと教育を掛け合わせた取り組みも進んでいます。その一例として、環境省から脱炭素先行地域に採択されたある自治体では、教育旅行の受け入れが盛んで、それを通じて、子どもたちに脱炭素の必要性を学んでもらおうという取り組みを始めています。教育を通じて、今の子どもたちが大人になった時までを見据えて、行動を変容させていく、息の長い取り組みになります。
菊池(瑛):
教育分野においては、大学と企業のコラボレーションをさらに進める必要があると考えます。地域産業を活性化させるためには、その地域にある大学単独で取り組むのは難しいのが実情です。企業等と連携した教育プログラムを提供する大学に補助金を出す動きも見られるので、この流れが加速することが期待されます。
企業にとってはアカデミアの知見を得られ、大学にとってはアカデミア人材だけでなく、経済界に人材を送り出せる強みが作れますので、ビジネスになりやすいメリットがあります。さらに初等中等教育も含めた形で連携スキームを作れると、より継続的に実施しやすくなるでしょう。
清水:
PwCコンサルティングには、国内の部門間だけでなくグローバルでもコラボレーションの文化があり、国内外問わず、幅広い仕事ができることが醍醐味です。プロフェッショナル同士の知見を掛け合わせることで、自分だけでは思いもよらなかったアイデアが生まれ、クライアントへの価値提供につなげることができます。このようなダイナミックさは、当社ならではの経験だと思います。
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー 清水優佳
菊池(雄):
私自身が所属するイニシアチブや部署の枠を超え、部門横断で仕事をするケースが大半になっています。これまで日本社会が向き合ってきた課題はコストダウンや効率化など、単一の企業や産業内で解決策を考えるものが大半でしたが、部門横断で問題解決にあたるスタイルは、正解が決まっていない、変化の激しい時代に即していると思います。
クライアントからいただく要望も、業界専門的な知識だけでなく、官公庁のプロジェクトの流れを熟知していることが求められるなど、必要な知見が多岐に渡ります。そのような時、当社の体制であれば複数の専門家を集めてスピーディーにプロジェクトを組成できるので動きやすいですね。
菊池(瑛):
私は前職から教育分野に関わってきましたが、PwCコンサルティングでは携わる幅が広がりました。初等中等・高等教育といった段階の広がり、そして教育委員会や省庁の観点といった関わり方の広がりの双方を実感しているところです。さらには、他産業を専門とするコンサルタントとコラボレーションして新しい教育の姿を提案し、実現しています。
中山:
PwCコンサルティングでは自分が興味をもつ分野で専門性を磨けますし、ゼネラリストとしてさまざまな経験を積むこともできる働きやすい環境だと思います。皆さんが言うように、個々人がいろいろな役割を担えるからこそコラボレーションも進むと感じており、各イニシアチブの枠を超えて解のない社会課題に向き合うことで、尖った提案もできると考えています。
中外製薬では、全社を挙げて生成AIの業務活用に取り組んでいます。後編では現場にフォーカスを移し、900件を超えるユースケース提案の選定プロセスや生成AI導入時の課題、それらを乗り越えるために採用した「大規模アジャイル」の運営手法について伺いました。
中外製薬では、全社を挙げて生成AIの業務活用に取り組んでおり、現場からの900件を超えるユースケース提案を取りまとめています。前編ではDX戦略の全体像から生成AI推進体制の構築、さらに「アウトカムドリブン」による戦略目標と現場ニーズの両立について伺いました。
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