日本企業が求められる企業活動と人権・環境デューディリジェンスへの対応-EUのコーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令(CSDDD)の発効を受けて-

【第3回】CSDDDを含む国際的潮流と企業が実施すべき環境デューディリジェンス

  • 2024-11-29

1. 環境デューディリジェンスをめぐる国際的潮流

環境デューディリジェンスは、企業が自社の事業活動やサプライチェーン全体で環境リスクを評価し、適切に管理するための重要なプロセスです。この概念は特に欧州で強化が先行しており、近年、数々の規制が導入されてきました。本コラムシリーズの第1回で述べた通り、ドイツのサプライチェーンデューディリジェンス法(LkSG)、EU森林破壊規制(EUDR)、EUバッテリー規則などは、企業に対して、より厳密に環境リスクへの対応を求めるものです。

CSDDD(Corporate Sustainability Due Diligence Directive)は、これらの流れを受け、企業が環境リスクと人権リスクを統合的に評価し、管理することを義務付けています。CSDDDの特徴は、環境課題と人権課題のつながりを認識しており、人権を損なう環境悪化を禁止するという視点も含んでいる点です。環境と人権の課題を一体として捉え、環境リスクが人々の生活や権利にどのような影響を与えるかも評価の対象に含めるアプローチは、TNFD(The Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)でも採用されています。また、国連責任投資原則(PRI)の2024年次総会でも気候変動、生物多様性、人権の課題を統合して考える重要性が語られています。これは今後持続可能なビジネスを実現する上で、非常に重要な考え方となっていくでしょう。

図表 1

2. CSDDDが規定する環境に関する禁止事項と義務事項とは

CSDDDの附属書PartⅠおよび附属書PartⅡには、企業が遵守しなければならない具体的な禁止事項と義務事項が記載されています。これらの規定は、国際条約や協定に基づき、企業がその活動において環境への悪影響を避けるための具体的な行動を求めるものです。附属書PartⅠは人権に関する禁止事項及び人権に悪影響を与えうる環境悪化の禁止事項を、附属書PartⅡは環境に関する禁止事項と義務事項を扱っています。以下、各条約に基づく禁止事項と義務事項を記載します。

附属書PartⅠの人権に悪影響を与えうる環境悪化の禁止事項

附属書PartⅠには16件の国際規約が規定する人権の内容と、人権に関する禁止事項が記載されています。そのうち15項及び16項が、人権に悪影響を与えうる環境変化を規制するものです。

15項:有害な環境変化の禁止

土壌変化、水質汚染、大気汚染、有害廃棄物、過剰な水消費、土地の劣化、森林伐採など、測定可能な環境悪化を引き起こす行為が禁止されています。特に、以下のような行為が具体的に挙げられます。

  • 食料の保存や生産基盤の破壊:自然環境の毀損によって、地域住民に食料を生産・保存するための基盤を失わせることの禁止
  • 清潔な飲料水へのアクセスの阻害:安全な水へのアクセスを阻害する行為の禁止
  • 衛生設備利用の阻害:人々が衛生設備を利用できない状況を作り出すことの禁止
  • 人の健康や財産への危害:環境変化が人々の健康や安全、合法的に取得された財産に悪影響を与えることの禁止
  • 生態系サービスの毀損:生態系が人々に提供する重要なサービス(例えば水の浄化、食料供給、気候調整など)に対して重大な悪影響を与える行為の禁止

16項:土地・資源の権利の侵害禁止

森林伐採や土地開発、水域の利用に関連して、地域住民や共同体が土地や資源に対する権利を不法に奪われないようにする義務があります。具体的には、土地からの不法な立ち退きや、土地・資源を利用する権利の侵害が禁止されています。

附属書PartⅡの禁止事項と義務事項

附属書PartⅡでは、16件の環境に関する禁止事項と義務事項が記載されています。

1項:生物多様性保護

1992年の生物多様性条約第10条(b)に基づき、企業は生物多様性に対して悪影響を与えないよう、影響を回避または最小限に抑える必要があります。企業は、バリューチェーンを通じた生物多様性への影響の評価と、必要に応じて緩和策を講じることが求められていると考えられます。これは、実務的にはTNFDのLEAPアプローチ(詳細後述)を利用することができるでしょう。また、遺伝子組み換え生物の国家間移動を規制するカルタヘナ議定書、遺伝資源から生じる利益の公正な分配に関する名古屋議定書が規定する義務の遵守も求められています。

2項:絶滅のおそれのある野生動植物種の取引禁止

ワシントン条約(CITES)に従い、絶滅の危機に瀕している動植物を対象とする国際取引において、許可を得ずに標本(個体やその部分などのこと)の輸出入を行うことが禁止されています。企業は、取引先やサプライチェーン上でこの規制が遵守されているかを確認し、適切な取引手続きを行うよう働きかける必要があります。

3、4、5項:水銀の使用および廃棄物管理

水俣条約や欧州の関連規則に基づき、水銀や水銀添加製品の製造、輸入、輸出は禁止されています。さらに、条約に則り製造工程での水銀の使用は段階的に廃止されるべきものとしています。また、水銀廃棄物の不法処理は厳しく禁止されており、企業は廃棄物が適切に管理され、環境に悪影響を与えないようにする必要があります。

6、7項:残留性有機汚染物質(POPs)及び廃棄物の不法な取り扱いの禁止

POPsは、環境中に長期間残存し、動植物に対して有害な影響を与えるため、企業はこれらを排除する必要があります。CSDDDではストックホルム条約や欧州の関連規則に基づき、企業は残留性有機汚染物質(POPs)の製造および使用、廃棄物の不法な取り扱いを禁止されています。

8項:特定有害化学物質の輸出入の禁止

ロッテルダム条約に基づき、特定の有害化学物質(DDT等の駆除剤や、アスベスト、PCBのような工業用化学物質等)の輸出入に際し所定の手続きを経ることを義務付けています。

9項:オゾン層保護

モントリオール議定書に基づき、オゾン層を破壊する物質(特定フロン、ハロン等)の生産、輸出、消費は厳しく制限されています。

10、11、12項:有害廃棄物の輸出入禁止

バーゼル条約や欧州の関連規則に基づき、企業は有害廃棄物を適切に管理することが義務付けられ、不法な輸出や処分を禁止されています。特に、他国への輸出については、輸出先の法律に従い、適切な同意を得た上で行う必要があります。

13項:世界遺産の保護

世界遺産条約に基づき、企業は自然遺産や文化遺産への悪影響を回避または最小化する事業運営を行う必要があります。開発事業や観光事業においては、これらの遺産を保護するための具体的な対策を講じることが特に必要と考えられます。

14項:湿地の保護

ラムサール条約に基づき、特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地への悪影響を回避または最小化することを求めています。

15、16項:海洋環境保護

UNCLOS(国連海洋法条約)、MARPOL条約に基づき、企業は海洋環境への有害な廃棄物の投棄や油等の排出が禁止されています。特に、海上輸送に関わる企業は、廃棄物の処理や投棄が適切に管理されているかを監視し、環境への影響を最小限に抑える必要があります。

4. 気候変動に関する対応義務

CSDDDは、指令の核であるデューディリジェンスの実施の他に、企業に対して気候変動緩和のための移行計画の策定と実施を義務付けています。移行計画は、企業が自社の温室効果ガス排出を削減し、パリ協定に沿って気温上昇を1.5度に抑制することに適合するための計画とされています。

企業は、科学的証拠に基づき、2030年及び2050年までの5年刻みで気候変動に関する期限付きの目標を設定することが要求されています。また「適切な場合には」と付記されたうえではありますが、scope1、2、及び排出量の大きなカテゴリについてscope3のGHG排出量の絶対値削減目標を設定し、企業の製品やサービスのポートフォリオの変更や新技術の採用などにより目標達成に向けて行動することが、合わせて求められています。

計画の開示については、CSRDに基づき移行計画を公表している場合、計画を「採用する」義務は満たされているとされています(「実行」については別であると解釈できます)。CSRDとCSDDDの適用年度の違いについては注意が必要です。CSRDよりもCSDDDの方が先に適用になる企業の場合、CSRD対応として移行計画策定を準備していたとしても、CSDDDの義務に応えるため先行して移行計画を策定する必要が出てきます。

5. おわりに

CSDDDは、企業が環境と人権のリスクを統合的に管理し、持続可能な事業運営を実現するための強力な枠組みです。特に、環境リスクが人権に与える悪影響を評価し、それを回避することは、現代の企業にとって避けられない課題となっています。企業は、国際的な規制に適応するだけでなく、環境保護と社会的責任を果たすことで、持続可能な成長を達成することが期待されています。

特に、CSDDDが求める気候変動に対する対応義務や、生物多様性保全、廃棄物管理などの取り組みは、単なるコンプライアンスではなく、企業が社会的責任を果たしつつ、持続可能な競争力を確保するための重要な戦略です。これからの企業は、環境課題と人権課題を統合的に捉え、それらに関するリスクを抑制し、新たなビジネス機会を見出していくことが必須であると言えます。

執筆者

小峯 慎司

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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