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「自社がウェブ上で公開している記事と非常によく似た文章を、生成AIが出力している」――そのような事象を発見したとしても、その記事が実際にAIの学習に利用されていたのかを、外部から確認することは容易ではありません。
どのウェブサイトからデータを収集したのか、どのデータセットを利用したのか、さらに、それらのデータがどのモデルの学習に使われたのか。生成AIの開発過程には、利用者や自らの著作物等が学習に利用された可能性のある権利者からは見えにくい部分が依然として多く残されています。
もっとも、AI事業者に対して、こうした情報を全て開示するよう求めればよいわけでもありません。学習データの構成や取得方法、モデルの設計や学習手法などには、AI事業者の競争力を支えるノウハウや営業秘密が含まれ得るためです。
こうした中、2026年8月25日、内閣府は「生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関するプリンシプル・コード」を公表しました1。
このコードは、新たな知的財産権侵害の判断基準を定めるものではありません。生成AIの開発者・提供者に対し、どのようなAIを利用し、どのようなデータを用い、また知的財産権を保護するためにどのような措置を講じているのかについて、一定の透明性を確保することを求めるものです。その手法として採用されているのが、原則を実施するか、実施しない場合にはその理由を説明する「コンプライ・オア・エクスプレイン」です。
プリンシプル・コードの背景には、権利者や利用者に必要な透明性を確保しながら、AI事業者自身の営業秘密やノウハウをどのように守るかという、AIガバナンスと知財ガバナンスの双方に関わる課題があります。
なお、AIと知的財産を巡っては、AIを利用した発明における発明者の認定や進歩性の判断、生成AIを用いたデザインの意匠制度上の取り扱いなど、当プリンシプル・コードとは別の論点もあります。これらについても別途検討が進められていますが、本稿では、今回のプリンシプル・コードが直接扱う生成AI事業者による透明性の確保と知的財産権の保護に焦点を当てます2。
プリンシプル・コードの趣旨を理解するには、内閣府・知的財産戦略本部「AI時代の知的財産権検討会」における議論を振り返ることが有用です。
2025年10月の第8回検討会では、生成AIの学習やモデル開発の過程が外部から見えにくいことにより、著作権者等が自らのコンテンツの利用状況を把握し、必要に応じて権利を行使することが難しくなるとの問題意識が示されました。同時に、透明性を高める際には、AI事業者が保有する営業秘密やノウハウとのバランスにも配慮する必要があるとの指摘がなされています。
その後の検討では、権利者側から、学習データやクローラーに関する情報をより具体的に開示してほしいとの要望が示された一方、AI事業者側からは、モデルのアーキテクチャやトレーニング方法、使用データ等には営業秘密やノウハウが含まれ得るため、過度な開示は競争力やセキュリティを損ないかねないとの懸念が示されました。
2025年12月にプリンシプル・コード案が提示された後に実施されたパブリックコメントには、2,161件、99法人・団体から意見が寄せられました。議論となったのは開示内容だけではありません。本コードの対象範囲についても、「公衆への提供」を基準とすれば、AIを本業としない企業が自社ウェブサイトに生成AIチャットボットを設置した場合まで対象となり得るのではないか、といった懸念が事業者側から示されました。
最終的なプリンシプル・コードでは、対象をいわゆるAI専業企業に限定するのではなく、対象となる生成AI開発者・提供者を定義するとともに、対象外となる類型として、研究開発のみを行う場合や、一部工程のみを受託する場合、特定の一社専用の生成AIサービスなどが整理されています。
このような策定経緯を見ると、プリンシプル・コードは透明性を一方的に高めることを目指したものではなく、権利者・利用者が必要な情報を確認できる仕組みを設けながら、AI事業者の営業秘密や実務上の負担にも配慮するというバランスの上に設計されていることが分かります(図表1)。
図表1:プリンシプル・コード策定までの流れ
プリンシプル・コードが対象としているのは、「生成AI開発者」と「生成AI提供者」です。
生成AI開発者は、「生成AIシステムを構築し、そのシステムを公衆に実質的に提供する者」とされています。一方、生成AI提供者は、「生成AIをアプリケーション、製品、既存システム、ビジネスプロセス等に組み込んだサービスを公衆に提供する者」です。
ここでいう「公衆」は、「不特定の者又は特定多数の者」と定義されています。そのため、対象はBtoCサービスに限られず、複数の法人顧客を対象とするBtoBサービスも含まれ得ます。
自社で基盤モデルを開発し外部へ提供する企業は、比較的分かりやすい生成AI開発者の例です。一方、他社が開発した生成AIを自社のSaaSに組み込み、多数の法人顧客にAI機能として提供している企業や、メーカーが自社製品・サービスの一部として生成AIを利用した顧客支援機能を提供する場合には、生成AI提供者に該当し得ます。
したがって、プリンシプル・コードにおける「生成AI事業者」と、一般に想起される「AI企業」の範囲は必ずしも一致しません。自社がAI企業に該当するかという業種区分ではなく、生成AIをどのような形で、誰に提供しているかを確認する必要があります。
他方、生成AIに関係する事業者が全て対象となるわけでもありません。モデル開発やデータ収集、学習などの一部工程のみを受託して納入する者や、システム連携・運用支援等の一部のみを担う者については、原則として対象に含まれないことが整理されています。また、特定の一社が保有するデータを用いて、その一社専用の生成AIを開発し、その一社にのみ提供する場合なども、対象外となる類型として示されています(図表2)。
図表2:対象事業者の整理
プリンシプル・コードは、3つの原則から構成されています。
原則1では、生成AI事業者が、使用するモデル、学習データ、アカウンタビリティ、知的財産権を保護するための措置などについて、自社ウェブサイト等で概要を公開することが想定されています。利用者や権利者を含む幅広い関係者に対する、平時からの透明性確保と位置付けることができます。
原則2は、自らの権利または法律上保護される利益を実現するため、法的手続きを行っている、またはその準備をしている権利者等から個別に照会があった場合の対応を定めています。
例えば、出版社が、自社のウェブ記事と非常によく似た文章を生成AIが出力していることを発見したケースを考えてみます。
出版社から見れば、自社の記事がAIの学習データに含まれていたのか、AI事業者自身がウェブ上から収集したのか、あるいは第三者が提供したデータセットに含まれていたのかを外部から確認することは容易ではありません。
著作権侵害の成否を検討する際には、生成物と既存著作物との類似性だけでなく、既存著作物に依拠して生成されたのかという点も問題になります。そのため、自社の記事が学習データに含まれていたかという情報は、権利行使の必要性を検討する際の重要な手掛かりとなり得ます。
原則2では、このような場合に、一定の要件を満たす権利者等が記事掲載ページのURL等を示し、その情報が学習・検証データに含まれているかについて、生成AI事業者に回答を求めることを想定しています。
もっとも、学習データに含まれていたことのみをもって、直ちに著作権侵害が成立するわけではありません。原則2は権利侵害を認定する仕組みではなく、これまで権利者側から把握することが難しかった事実関係について、一定の情報を得られるようにする仕組みと捉えることが適切です。
これに対して原則3は、生成AIの利用者側からの照会を扱います。利用者がAIで生成したコンテンツについて、既存コンテンツとの同一性・類似性等に疑義が生じた場合に、学習データとの関係について生成AI事業者へ照会することが想定されています。つまり、利用者が意図せず他者の権利を侵害するリスクを事前に確認・低減し、生成物をより安心して利用できるようにすることを意識した仕組みと捉えることができます。
図表3:適用される3つの原則の論点
これら3つの原則は、平時にどのような情報を公開しておくか、権利者から個別の照会を受けた場合にどう対応するか、生成AI利用者から照会を受けた場合にどう対応するかという3つの場面をカバーしていると整理できます。
なお、原則2・3は、誰でも自由に学習データの開示を求められる仕組みではありません。原則2では、法的手続きを行っている、またはその準備をしていることなどが求められ、原則3でも、生成物やプロンプト、利用目的、照会対象となるURLなどを具体的に示す必要があります。また、照会の対象も、生成AI事業者が容易にアクセス・確認できる情報に限られます。
さらに、濫用的な要求を防ぐため、一定の手数料や回数制限を設けることも想定されており、技術的な課題やコスト等を踏まえて事業者が過大な負担を負わないよう、対応方針を定めることも認められています。権利者・利用者に必要な確認の機会を確保しつつ、生成AI事業者の負担にも配慮した仕組みとなっている点は、プリンシプル・コードの特徴の1つと言えます。
プリンシプル・コードと併せて公表された「概要開示対象事項 具体例」を見ると、求められる透明性の水準をより具体的に把握することができます。
例えば、使用するモデルについては、名称やバージョン、来歴、アーキテクチャ等が例示されています。学習データについても、利用したデータの種類、ウェブクローリングの有無、第三者データセットの利用状況、クローラーの目的や名称・識別子等が挙げられています。
知的財産権を保護するための措置についても、かなり具体的です。
例えば、有料会員等にアクセスを限定するペイウォールへの対応、ウェブサイト運営者がクローラーに対して情報収集の可否を機械的に示すための“robots.txt”への対応、その前提となるクローラーの名称・識別子等の開示、海賊版サイトへのクローリング回避などが挙げられています。
また、知的財産権の侵害につながる生成物を抑制するための技術的措置や、AI生成コンテンツについて作成・編集等の来歴を確認できるC2PA(Coalition for Content Provenance and Authenticity)等の仕組みも例示されています。
一方で、プリンシプル・コードは、こうした情報を全て無条件に公開することを求めているわけではありません。
具体例では、第三者とのモデルライセンス契約について、契約上の秘密保持義務や事業の根幹に関わる情報であることを理由に、相手方の名称等を開示できない場合の説明例も示されています。
求められているのは、単純な「開示か、非開示か」という二者択一ではありません。どの情報について透明性を確保できるのか、どの情報は営業秘密やセキュリティ等の観点から開示すべきでないのか。その判断と理由を説明できる状態にしておくことが重要になります。
プリンシプル・コードの直接の対象は、生成AI開発者・提供者です。他社の生成AIサービスを社内で利用しているだけで、直ちに当コードの対象となるものではありません。
一方、コードで示された開示事項を利用企業の側から見ると、AIサービスの導入やベンダー選定の際に確認しておきたい事項とも重なります。
使用されているモデルは何か。学習データはどのように取得・管理されているのか。権利者の利用可否の意思表示をどのように扱っているのか。知財侵害を抑制するためにどのような措置が講じられているのか。問題が生じた際の責任主体や問い合わせ先は明確か。さらに、自社がAIに入力した情報がどのように利用されるのかも重要な確認事項となります。
特に、生成AIが単なる文章作成ツールから、社内情報を参照して回答する仕組みや、一定の業務を自律的に処理するAIエージェントへと広がれば、AIがアクセスする情報の範囲も拡大します。設計情報、研究開発データ、顧客情報、業務上のノウハウなど、自社の重要な情報をAIが取り扱う場面も増えていくことが想定されます。
そのため、利用企業にとっては、AIサービスそのものの安全性や利便性だけでなく、「どのAIに、どの情報を、どの条件で扱わせるのか」まで含めて導入・利用を判断することが重要になります。
一方で、今回のコードによって、「透明性」と「知的財産の保護」を両立させるために企業が考えるべき事項は、これまでより具体的になりました。
自社はどのAIを利用し、どのデータを使って開発・提供しているのか。どの情報を外部に説明し、どの情報を競争力の源泉として保護するのか。他者の知的財産権をどのように尊重し、それらの判断について誰が責任を持つのか。
こうした問いは、知財部門だけで完結するものではありません。AI・DX部門、情報セキュリティ部門、法務、研究開発、事業部門などが、それぞれの観点から関与する必要があります。
AIを安全かつ適切に開発・利用するためのAIガバナンスと、企業の知的資産を保護し、活用し、説明するための知財ガバナンスは、生成AIの普及に伴って重複する領域を広げています。
プリンシプル・コードは、直接的には生成AI開発者・提供者を対象としたものです。しかし、そこで示された考え方は、生成AIを利用する企業にとっても無関係ではありません。どのAIを利用し、どの情報へのアクセスを認め、他者の知的財産権をどのように尊重し、自社のノウハウや営業秘密をどこまで守るのか。さらに、こうした判断について誰が責任を持ち、社内外に説明できる状態をつくるのか。生成AIの利用が企業活動の深い部分に入り込むほど、これらを個別のルールとして管理するだけでは十分ではなくなります。
今後企業に求められるのは、AI利用のルールと知財管理のルールをそれぞれ整備するだけではなく、AIを通じてどの情報を利用し、どの知的資産を守り、第三者の権利にどのように配慮するのかを、一つのガバナンスとしてつなげていくことです。プリンシプル・コードは、生成AI事業者への要請を示すと同時に、こうしたAIガバナンスと知財ガバナンスの接点を企業が改めて見直す契機になるものと考えられます。
1 内閣府 知的財産戦略推進事務局「生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関するプリンシプル・コード」(2026年8月25日)。生成AI事業者が行うべき透明性確保および知的財産権保護のための措置の原則を定め、コンプライ・オア・エクスプレインの手法を採用している。正式版および「概要開示対象事項 具体例」は「AI時代の知的財産権検討会」ページで公表されている。
2 内閣府 知的財産戦略推進事務局「知的財産推進計画2026」(2026年6月12日)。プリンシプル・コードの策定とは別に、AI技術の進展に伴う特許・意匠分野の実務上の課題について検討を進める方針を示している。策定過程では、AI利用発明の発明者の定義や生成AIによるデザインの意匠該当性等も独立した検討課題として整理されている。
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