「営業秘密」の保護と利活用

第6回前編:退職者に対する情報漏えいの禁止および競業避止:情報漏えいの禁止および競業避止に関する法的整理

  • 2025-12-08

前回の記事では、IPA(情報処理推進機構)が公表した「企業における営業秘密管理に関する実態調査」について紹介しました。その中で、営業秘密の漏えいルートの一つとして、中途退職者が大きな割合を占めており、退職者管理の重要性が増していることに触れました。本稿(第6回前編)および次稿(第6回後編)では、退職者に対する情報漏えいの禁止および競業避止について解説します。

退職者による情報漏えいおよび競業(使用者と競合する業務を行うこと)は現実に重なり得る(すなわち、退職者が競業を行う場合、情報漏えいも併せて行っている場合がある)ところですが、法的観点からは、情報漏えいの禁止と競業避止とで分かれており、その有効性の判断基準や違反時の制裁として認められる範囲も異なります。また、情報漏えいの禁止および競業避止に関する退職者管理を実効的に行うためには、在職中から適切な対応をしておくことが肝要です。

そこで、まず本稿では、在職者および退職者に対する情報漏えいの禁止および競業避止に関する法的整理について解説します。そしてこの法的整理を前提に、次稿の後編で、効果的な退職者管理に向けた在職中および退職時における実務的な対応について解説する予定です。

Section1:情報漏えいの禁止

1)不正競争防止法による営業秘密の保護

情報漏えいの禁止に関しては、法令に規定されているものとして、不正競争防止法上の営業秘密の不正開示の禁止があります。

  • 営業秘密の定義・意義
    営業秘密は、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義されており(不正競争防止法第2条第6項)、秘密管理性、有用性および非公知性の3つの要件を満たす「技術上または営業上の情報」であるとされます。
  • 営業秘密の保護の範囲
    不正競争防止法は、「営業秘密を保有する事業者(中略)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、またはその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、または開示する行為」を不正競争の一類型として定めており(同法第2条第1項第7号)、図利加害目的での不正使用・開示行為に対する営業秘密の保護を与えています。
  • 違反に対する制裁など
    不正競争防止法に違反する営業秘密の不正開示が行われた場合、営業秘密を保有する事業者は、当該不正開示行為の差止め(同法第3条第1項)、侵害行為を組成した物の廃棄など(同条第2項)、損害賠償請求(同法第4条)、信用回復措置の実施(同法第14条)を求めることができます。加えて、違反者に対する罰則(10年以下の拘禁刑または2,000万円以下の罰金)も定められています(同法第21条)。
  • 法律上の保護が与えられていることの意義
    上記のとおり、営業秘密については、不正競争防止法という法律上の保護が与えられています。そのため、従業員(労働者)が在職中か退職後かを問わず、かつ、当該従業員(労働者)との間で情報漏えいの禁止についての契約の締結などを行っていなかったとしても、当該従業員(労働者)に対しては、法律上の義務として、営業秘密についての情報漏えいの禁止が課せられていることになります。

2)営業秘密に該当しない情報の保護

営業秘密に該当しない情報(例えば、秘密管理性の要件を満たさない情報)については、不正競争防止法では保護の対象とはなりません。このような情報の保護については、以下のとおり、従業員(労働者)の在職中か退職後かで法的整理が異なります。

  • 従業員の在職中(=労働契約の継続中)
    従業員(労働者)については在職中、つまり労働契約の継続中は労働契約に付随する義務として、信義則上使用者の秘密を守る義務を負うと一般的に考えられています。この秘密保持義務は、就業規則や労働契約上、明示されていない場合においても存在し、かつ営業秘密に該当しない情報にも及びます。
    この秘密保持義務の違反があった場合、使用者は、懲戒、解雇、損害賠償請求、違反行為の差止請求などを行うことができます。
    もっとも、この秘密保持義務は労働契約が存在することが前提となっており、退職後は消滅すると考えられます。
  • 従業員の退職後(=労働契約の終了後)
    従業員の退職後、つまり労働契約の終了後は、上記の信義則上の秘密保持義務は消滅すると考えられます。そのため、就業規則や個別の契約などで退職後の秘密保持義務を定めている場合に限り、使用者は、この契約などの不履行を理由に損害賠償請求や違反行為の差止請求を行うことができるにとどまります。

Section2:競業避止

従業員(労働者)に対し、使用者と競合する業務を行わないようにする競業避止義務(自ら競業事業を行うことの他、他の競合他社への就職などもこの義務違反となる)については、特段法令に規定されておらず、解釈の問題となります。この点についても、従業員の在職中と退職後とで、異なる整理がなされています。

  • 従業員の在職中(=労働契約の継続中)
    従業員(労働者)は在職中、つまり労働契約の継続中、労働契約に付随する義務として、信義則上競業避止義務を負うと一般的に考えられています。この競業避止義務は、就業規則や労働契約上、明示されていない場合でも課せられます。
    この競業避止義務の違反があった場合、使用者は、懲戒、解雇、損害賠償請求、違反行為の差止請求などを行うことができます。
    もっとも、この競業避止義務は労働契約が存在することが前提となっており、退職後は消滅すると考えられます。
  • 従業員の退職後(=労働契約の終了後)
    従業員の退職後、つまり労働契約の終了後は、上記の信義則上の競業避止義務は消滅すると考えられます。そのため、就業規則や個別の契約などで退職後の競業避止義務を定めている場合に限り、従業員(労働者)が競業避止義務を負うことになります。
    さらに、秘密保持義務とは異なり、競業避止義務については、これが使用者の営業上の利益を保護する一方で、退職した従業員(労働者)の職業選択の自由(憲法第22条参照)を制限する側面や、競争制限により独占集中を招き、一般消費者の利益を損なう可能性もあるため、その有効性・公序良俗違反性(就業規則に定められる場合は、その合理性<労働契約法第7条>)が問題となります。
    この点について裁判例では以下の要素を総合的に考慮し、合理性のない制限については無効と判断されています。
    ①競争制限の目的の正当性(使用者固有の知識・秘密の保護を目的としているか否か)
    ②従業員(労働者)の職務内容や地位(使用者の正当な利益を尊重すべき職務・地位にあったか否か)
    ③競争制限の範囲の妥当性(期間、地域、制限される行為の内容が妥当か否か)
    ④代償の有無と内容(在職中の競業避止手当の支給や退職金の水準など)
    ⑤違反時の効果(損害賠償請求と比較して競業の差止請求の方が職業選択の自由との抵触の度合いが大きい)

Section3:義務付けの可否と実際のエンフォースメント

Section1および2に記載のとおり、情報漏えいの禁止については、法令(不正競争防止法)上の義務が在職中か退職後かを問わず発生します。また、契約上の義務として退職後にも情報漏えいの禁止を課すことについても特段の問題はありません。一方、競業避止義務については、その内容などによっては退職後の義務が無効となる場合があります。

このような義務付けの可否という観点では、情報漏えいの禁止の方が有用に思われるかもしれません。もっとも、実際の執行(エンフォースメント)の観点、例えば、そもそも違反行為を発見できるのかという点では、競業避止義務の方が優れている部分もあります。すなわち、情報漏えいの禁止義務が及んだとしても、特に退職者の場合、使用者が情報の不正使用を発見し、その客観的な証拠を収集することは、必ずしも容易ではありません。一方で、競業避止義務については、その違反行為(競合他社への就職など)が客観的に明らかになる場合が比較的多いと考えられます。

このように、情報漏えいの禁止と競業避止にはそれぞれ一長一短があり、相互に補完し合う関係にあります(図表1)。そのため、退職者管理においては、両者を組み合わせながら対応することが重要です。

図表1:情報漏えいの禁止と競業避止の義務付け可否

まとめ

本稿(第6回前編)では、在職者および退職者に対する、情報漏えいの禁止および競業避止に関する法的整理について解説しました。

次稿(第6回後編)では、この法的整理を前提に、退職者管理を実効的に行うための在職中および退職時の実務的な対応について解説します。

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執筆者

日比 慎

パートナー, PwC弁護士法人

 

柴田 英典

PwC弁護士法人

 

橘 了道

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社


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