
テクノロジーとサプライチェーンの複雑化に伴う課題 ―求められるIT環境とエコシステムの管理―
テクノロジーとサプライチェーンの複雑化に伴い、IT環境とエコシステムの管理が求められています。そのための要点を、ライセンスコンプライアンス、セキュリティ、サプライヤー管理、データの有効活用の4つの観点から解説します。
近年、企業のIT環境は急速な変化を遂げています。クラウドコンピューティング、人工知能(AI)など、新たなテクノロジーにより、ビジネスの在り方自体が大きく変わりつつあります。これらの進化は企業にとって大きなチャンスをもたらしていますが、同時に、これらの新しいテクノロジーや、それを支えるエコシステムを管理するための新たなフレームワークや手法が必要となります。本稿では、テクノロジーとサプライチェーンの複雑化に伴うIT環境およびエコシステムを管理するにあたっての要点を、ライセンスコンプライアンス、セキュリティと責任共有、サプライヤー管理、データ管理の4つの観点から解説します。
最初に考えるべきポイントは、ライセンスコンプライアンスです。多くの企業では、ビジネスを支えるためにさまざまなソフトウェアを使用していますが、それぞれのソフトウェアはベンダーごとに異なるライセンス契約を結んでいます。これらのライセンス契約を理解し、ソフトウェア資産を適切に管理することが、企業にとって大きな課題となっています。
特に、現代のIT環境では、オンプレミスのインフラからクラウドベースのインフラへと移行が進んでいます。このようなハイブリッドな環境では、ソフトウェアのライセンス管理が一段と複雑になる傾向があります。クラウドベースのソフトウェアは、従量課金制やサブスクリプションベースのライセンスモデルを採用していることが多く、これらのモデルは、従来のパーペチュアル(永続的)ライセンスとは異なる管理方法を必要とします。
また、企業が使用するソフトウェアの中には、第三者へサービスを提供するライセンスモデルを採用しているものもあります。これらのモデルを、サービスの提供元と利用者の双方が適切に理解し、管理・利用することが求められます。
こうしたライセンスの複雑性により、企業に予期せぬ使用許諾違反を犯すリスクが生じます。多くの企業では複雑なライセンスを適切に管理する体制を構築するのが困難であるため、結果として気づかずに使用許諾違反を起こしている場合があります。
このような課題に対処するためには、全てのIT資産とライセンスの保有状況を把握し、適切に管理することが重要です。
次に重要なポイントとなるのが、セキュリティと責任共有です。ビジネス環境のデジタル化が進むにつれて、企業は今まで以上に多くのテクノロジーとそれを支えるエコシステムを利用せざるを得なくなっています。ハードウェアからソフトウェア、データ、サプライチェーンに至るまで、これら全てが企業のセキュリティにおける重要な要素となっています。しかし、それらを管理し、組織の責任範囲を特定し、保護するのは容易なことではありません。
企業のIT環境が複雑化し、分散化するにつれて、セキュリティ対策もそれに合わせて進化させなければなりません。例えば、リモートワークの普及により、従業員が企業のネットワーク外からIT資産にアクセスするケースが増えています。このような状況では、従来のネットワークの境界防御ではなく、ゼロトラストという新しいセキュリティモデルが適していると言われています。ゼロトラストでは、全てのユーザーやデバイスがネットワークに接続する際に認証を行い、それぞれのアクセスを細かく制御します。このモデルを採用することで、企業はデータのセキュリティを強化し、不正なアクセスを防ぐことが可能となります。
しかし、ゼロトラストを適切に実装し、管理するためには、企業のIT資産を網羅的に把握すること必要があります。それぞれのIT資産がどのように保護されているか、誰がどのように利用しているかを管理することが、セキュリティを確保する上で不可欠となります。
IT環境の複雑化とともに、サプライヤー管理も重要となっています。多くの企業はIT製品やサービスを外部のサプライヤーから調達しており、それぞれのサプライヤーと適切な契約を結び、サプライチェーン全体を管理することが求められています。この課題は、単にコストの観点からだけでなく、セキュリティやコンプライアンスの観点からも重要となります。
例えば、サプライヤーから調達したソフトウェアが企業のセキュリティ基準を満たしているかどうか、また、そのソフトウェアを利用することで企業がリスクを負う可能性があるかどうかを確認する必要があります。また、サプライヤーがデータを適切に管理しているか、プライバシーを適切に保護しているかを確認することも重要です。これらを確認するためには、企業はサプライヤーとの契約を詳細に把握し、継続的に管理する必要があります。
さらに、サプライヤー管理には、サステナビリティやESG(環境、社会、ガバナンス)といった観点も求められています。企業は、自身のビジネスが持続可能であることを証明するため、また、ステークホルダーからの信頼を獲得するために、これらの観点を取り入れることが求められています。サプライヤーがこれらの基準を満たしているかどうかを確認することは、企業の社会的な責任を果たす上で重要です。
サプライヤー管理の課題に対処するためには、全てのサプライヤーとの契約を一元的に管理し、それぞれの契約が企業の基準やポリシーに適合しているかを確認することが求められます。また、サプライヤーが提供する製品やサービスのエコシステム全体を把握して管理することも重要です。
データ管理は、現代のビジネスにおいて重要な要素となっています。特に、AIの進化に伴い、企業は大量のデータを取得し、それをビジネスの戦略や意思決定に活用することが求められています。しかし、データを有効に活用するためには、データを適切に管理できていることが不可欠です。
データ管理は、その収集、保存、利用、廃棄といったライフサイクル全体をカバーします。企業は、どのようなデータを持っているのか、それはどこに保存されているのか、どのようにアクセスできるのかを把握する必要があります。また、それぞれのデータがどのように利用されているか、そしてそれが企業のポリシーや法規制に適合しているかを確認することも重要です。
また、AIの活用においては、インプットデータの管理が特に重要となります。AIの性能はインプットデータの質と量に大きく依存しており、適切なデータをインプットすることができなければ、AIのポテンシャルを十分に引き出すことはできません。また、AIに不適切なデータをインプットすると、その結果は偏ったものになる可能性があります。
以上、テクノロジーとサプライチェーンの複雑化に伴うIT環境とエコシステム管理のポイントについて解説してきました。ライセンスコンプライアンス、セキュリティと責任共有、サプライヤー管理、データ管理といったポイントは、企業において重要性の高い課題です。これらの課題に対処するためには、いずれにおいてもIT資産やサプライヤーを網羅的かつ適切に管理することがスタートラインとなります。
IT資産やエコシステムを管理することは、単に企業のIT環境やサプライチェーンを整理し、コストを抑制するためだけのものではありません。これらは、企業のビジネス価値を最大化し、競争力を高め、予期せぬリスクを低減するための重要な要素です。そして、その重要性は今後さらに増していくことでしょう。
本連載では、次回以降でライセンスコンプライアンス、セキュリティと責任共有、サプライヤー管理、データ管理の4つのポイントをそれぞれ掘り下げて解説します。
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