コロンビア大学教授・PwC Japanグループ顧問 Anu Bradfordに聞く 米欧中の最新の地政学的変化に伴う欧州法規制動向 第1回

2025年における米中欧関係の変化と欧州法規制への影響

  • 2025-07-09

2025年1月の第2次トランプ政権発足後、ウクライナ戦争や各国に対する関税引き上げなど世界経済は大きな変化に直面しています。一般データ保護規則(GDPR)やAI規制法など世界でも先進的な法規制を作ってきた欧州がこうした変化にどのように対応しようとしているのか。「ブリュッセル効果」という用語を創出したことで知られる国際貿易法の専門家で、PwC Japanグループ顧問も務めるコロンビア大学ロースクール教授 Anu Bradfordに聞きました。

トランプ政権発足に伴う欧米中の関係の変化とは

第2次トランプ政権の発足に伴い、EUが米国や中国との関係を保っていくうえで重要な点や世界秩序にどのような変化が生じているか、見解をお聞かせください。

Bradford:
私たちは現在、世界中を席巻するパワーポリティクスの劇的な再編成の渦中にあるといっても過言ではありません。

トランプ政権は、さまざまな政策を打ち出しています。現時点で最も明白な政策は何かと言えば、トランプ政権が同盟国であるか否かに関係なく仕掛けてくる通商やテクノロジーにおける米国第一主義的な施策です。

トランプ氏からすれば、現在の国際通商体制は不公正であって、米国は都合よく利用されているとみているわけですが、米国はこうした体制の是正に動いています。

私たちは現在、世界経済が明らかにグローバル化とは反対の方向に動いている状況を目の当たりにしているわけですが、このことは地政学的にも重大な影響をもたらします。

米中間においては、冷戦やテクノロジー競争といった形で緊張が以前から高まりを見せていました。第1次トランプ政権下では双方が通商制限措置の打ち合いを演じたように、両国間での緊張の高まりは決して目新しい出来事ではありません。これまでと違っているのは、日本やEU、さらには最も緊密な同盟国であるカナダに対しても、米国が強硬な姿勢で臨んでいることです。

バイデン政権からトランプ政権への移行と、それに伴う変化について見てみると、バイデン政権の頃には、米欧が緊密に連携していかねばならないという意識がありました。

米国とEUは共通する課題を抱えていたため、お互いの相違点を棚上げする必要がありました。その課題とは、ライバル関係にある中国です。中国との経済関係では、慎重なデリスキングやデカップリングが必要とされますが、バイデン政権下では、米欧間で緊密な連携が構築されていました。

今後はEU側でも、対中関係のあり方について再検討する必要があります。EU各国首脳の中国に関する発言は、最近ではソフトになってきているようです。デリスキングやデカップリングを巡る話題は今や影を潜め、欧州がもっと現実的なスタンスを取るべきだとの議論に取って代わられています。というのは、EUと中国との経済関係における脆弱性だけに焦点を当てるのではなく、今や米国に依存するリスクを低減するための方策も考慮すべきとの考え方が根強くなっているからです。米国の技術や軍事支援その他への依存は議論の最先端にあります。

EUと米国との関係における緊張が高まる一方で、EUと中国との間では、ある程度までより現実的な対応が見られるようになっていくのではないかと予想されます。

米欧で異なるテクノロジー規制アプローチ

欧州と米国の間で、AIやIoTを対象とする規制を行う際のアプローチの仕方に何か相違はあるでしょうか。欧州市場に参入しようとする企業は、このような規制からどのような影響を受けると考えられますか。短期的観点と長期的観点の双方からお聞かせください。

Bradford:
全般的にはテクノロジーに対する規制、より具体的にはAIやIoTのような分野において、米国と欧州が採用してきたアプローチの間には際立って大きな相違点が認められます。

ざっくりと言えば、欧州では、「権利主導型の規制モデル」とでもいうべき原則に従っていると思います。テクノロジー企業が独自に設定する規制には懐疑的で、政府が介入した方が、より望ましい結果が得られるというものです。

一方、米国で採用されているのは、いわば「マーケット主導型の規制モデル」であり、その根底にあるのは、テクノロジーに関する規制は専らテクノロジー企業自身の手に委ねるという考え方です。

米国型モデルでは、しばしば創造的で効率的なテクノロジー市場の創出に資するような製品を生産するための適切なインセンティブが与えられます。その結果、企業と消費者の双方が利益を享受できることになります。

EUは新しい技術を規制する準備も進めており、IoTなどにおいて拘束力のある規制が施行されています。昨年欧州理事会で採択されたサイバーレジリエンス法の施行は徐々に進捗しており、2027年までには全て完了する見込みです。これは拘束力のある規制で、当該企業の全世界売上高に対して最大2.5%の課徴金を科す罰則規定が設けられています。これを受けて、EU域内でのビジネスを予定している企業は、製品をこの規制に適合させるために急ピッチで対応を迫られています。
この規制が世界企業に及ぼす影響は重大です。

欧州の規制はレジリエンスの強化に焦点を当てています。デジタルパーツが組み込まれている全てのハードウェアとソフトウェア製品について、そのライフサイクル全体をカバーするサイバーセキュリティ規格を底上げするというのが欧州流のアプローチです。このように規制を義務化して企業に遵守させることによって、サイバーセキュリティ規格の未整備に起因するリスクから個々の消費者や事業者を保護する方向で、企業を製品開発に向かわせるというやり方です。

一方、米国においては、連邦法レベルではサイバーセキュリティ関連の強制規格に係る規定はなく、関係する各政府機関のガイドラインが提供されています。

また、ガイドラインに類する勧告としてラベリング規制が導入されています。製品の製造者がこのラベリング規制制度に参画することで、その技術を利用するユーザーは、当該製品に係るサイバーセキュリティ規格のレベルをラベリング制度の一貫性を通じてより容易に知ることができるようになります。

EUと米国との最大の相違点は、欧州では義務的な規制が民間企業にも適用され、そこで生産される消費財にも規制が及ぶことから、消費者にもメリットがあるということです。米国では、規制が適用されるのは連邦政府の関連機関が調達する物資に限られています。ですから、規制内容は欧州よりも限定的であるといえます。

AIに関しても原則的な考え方は同様で、欧州では全世界に先駆けて包括的なAI規制が成立しています。

この規制ではリスクベースのアプローチがとられています。つまり、欧州市場に投入しようとするAIシステムのリスクレベルが高くなるに応じて、より厳しい規制が適用されるというものです。リスクの程度が極めて高いAIシステムについては、欧州市場での販売が完全に禁じられることもあります。特に、より厳格な規制要件への適合を求められるリスクを伴うAIシステム(いわゆるハイリスクアプリケーション)の動向が注視されています。この規制は2024年に採択され、現在、段階的に施行されているところです。

AIシステムを開発・展開しようとする事業者は、規制に伴って新たに発生する義務に対応していく必要があります。生成AIに対する規制にも注視が必要です。汎用目的AIモデル(general-purpose AI model)についても、検討の最終段階で欧州AI規制法の義務の対象となりました。

米国においては、個別企業の自主性に委ねるというアプローチがとられており、ここでもまた、米国と欧州の立法プロセスに相違が認められます。バイデン政権はAI権利章典(AI Bill of Rights)を発表するなど、AIに対する規制強化の方向に進んでいたようで、2023年には大統領令も公布されました。AIがもたらすリスクや権利侵害の可能性に対する問題意識が高まっていたところでしたが、これはトランプ政権が成立するや否や撤回され、今や、基本的にテクノロジー企業自身によるガバナンスに委ねるという、旧来の姿にすっかり逆戻りしてしまいました。

この変化の一部として、主たる関心は、テクノロジーやイノベーションの分野での米国の指導的役割を強化することに置かれています。基本的な考え方は、制限的内容の強い規制は避けるべきというものです。そのため、対象がIoTであれAIであれ、規制の適用に向けた動きが仮に見られるとしても、州レベルにとどまっています。このような州レベルの取り組みは、カリフォルニアのようないわば州規制の先進地域に先導される形で、一部では今後も進んでいくものと見られますが、米国全体で見れば、EUとの格差は拡大傾向にあります。

AIを巡って欧州政府が直面する課題

トランプ政権が講じようとしているAI関連の政策について、EUの各国政府は何らかの対応をとっているのでしょうか。

Bradford:
欧州では、米国との調整や合意形成に向けて細々と続けられている取り組みの火が絶えてしまうのではないかという懸念が強まっています。例えば、パリで開催されたAIサミットでは、議論が明らかに欧州側にとって好ましくない方向に展開していきました。欧州サイドでは、AIに関して、各国がさらに協力関係を強化できる分野の1つだろうとの期待があったのです。

AIに国境はありません。AIにまつわるリスクの多くは、本質的に国境を越える性質を持っています。先のG7では、日本のリーダーシップの下で各国が協調して、大きな前進を遂げることができました。AIがもたらすリスクへの適切な対処が必要であるとの基本認識の下で、世界各国が結束を強めたかのように思われました。米国もまた、このような議論に参画していたのです。ですから、欧州側ではこの変化に対して非常に懸念を強めています。

現在、欧州においては、自らが設定した規制に対するスタンスを見直し、規制緩和を加速させる方向に軌道修正しなければならないというプレッシャーが高まっています。こうした検討対象にはAIも含まれています。ですから、AIの安全性や基本的権利といった課題に対する取り組みにおいてEUが世界のリーダーであり続けられるかどうか、あるいは、世界情勢が変化したと判断し、EUが異なるアプローチも取り入れるようになるのかは、非常に興味深いところかもしれません。

欧州は規制や関税の課題にどう対応していくのか

この先EUと米国の政治的協調関係はどのくらい困難が増すと予想していますか。また、このことが、EUと米国との間の規制緩和の相違にどう影響するでしょうか。

Bradford:
私たちは欧州と米国との関係が劇的に変化する状況を目の当たりにしていると申し上げたところですが、こうした変化の結果として、テクノロジーに対する規制のあり方をはじめ、多くの課題が岐路に差しかかっています。

そうした課題の1つが、EUは米国のテクノロジー企業を不当に扱っているとトランプ大統領が明言していることです。トランプ大統領はEUの成り立ちについて最近、「米国を絞り上げる仕組みであって、欧州は非常に狡猾にふるまってきた。しかし、自分が大統領になったからには、もう許されない」と言っています。

バンス副大統領もまた、米国のテック企業に対する過剰な規制は容認しがたいと明言しています。そして、欧州側がテクノロジーに対してこのような政策目標を掲げるならば、より広範な通商戦争に引きずり込まれることになるだろうと、ごく早い段階で言及していました。そればかりでなく、EUがウクライナに対する支援を続けたいのであれば、また米国の安全保障の傘を欧州で拡張したいのであれば、米国のテクノロジー企業に干渉すべきではないと示唆さえしてきたのです。

米国のテクノロジー企業のなかには、政権のこのような発言を受けて、欧州の過剰な規制に対抗するための支援を政府に訴えかけるものまで現れてきました。こうした企業は、欧州がデジタル案件に課している制裁金を関税だとみなし、米国政府に報復措置を講じるよう促しているように見受けられます。

米国政府は、欧州側に脅威となるような施策を振りかざして、テクノロジー政策目標の見直しを暗黙的に迫っています。ここから、いくつかの進展が想定されます。欧州側がトランプ政権の圧力に屈し、懐柔策に出る可能性がその1つです。それは、欧州側が直面する通商対立と関税措置の拡大を抑えるために、何らかの妥協をするということです。妥協の余地がありそうな分野としては、例えば、米国のテクノロジー企業を対象とする調査の一部撤回などが挙げられるでしょう。

しかし、これは欧州にとってサステナブルな解決策ではないとの懸念が根強く存在します。このような妥協がもたらす政治的代償はとても大きなものになるからです。こうした欧州の規制措置は、欧州議会や欧州の一般市民、そして多くのEU加盟国から強い支持を得ています。加えて、米国政府の強硬な態度や欧州側に突き付けてくる政策の内容に照らしてみれば、このような環境のなかで、米国の圧力に屈したかのような印象を与えることも、政治的に決して好ましいものではありません。ですから、欧州側としては、政策決定をトランプ政権に主導されるような事態は回避したいところです。

欧州側にとってのもう1つの課題は、トランプ政権が欧州に対する全面的な関税強化策に出てきた場合に、どのような報復措置が可能であるか検討しておくということです。米国が対EU貿易で赤字を計上しているという現状に照らしてみるすと、対米報復措置としての米国製物品の輸入制限の余地はあまり大きなものではありません。欧州の対米貿易は、物品貿易に関しては黒字だからです。一方、サービス貿易においてはデジタルサービスも含めて莫大な赤字となっているため、デジタルサービスはトランプ政権による関税強化に対抗して欧州側が採用し得る有力な報復手段の1つとなります。

欧州内では、いわゆる「反威圧措置(Anti-Coercion Instrument)」の適用に向けた動きも出てくるかもしれません。EUでごく最近採択されたこの法的手段は既に公布済で、施行できる状態にあります。規制することで圧力を加え、欧州側の政策に影響を及ぼそうとする国に対して、この手段に基づいて広範な政策措置を実行できるようになります。米国が現在まさに行っているのはこのような威圧行為であると、欧州では認識されているのです。

この政策手段がもたらす効果の一例として、米国の大手テクノロジー企業に対するデジタル課税の導入によって、こうした企業によるデータ利用をより厳格に制限できるようになることが挙げられます。先日フランスから提案がありましたが、デジタル広告に対する規制や、もっと全般的なところでは、欧州で事業を行う米企業のビジネスモデルのあり方に対して制限を加えるなど、規制の方法はこれ以外にも考えられるかもしれません。

米国政府からの威圧行為を材料にして、または米国からのこのような圧力を米国の関税強化に対する欧州側の反応を動かす梃子として、テクノロジーに関する政策目標全体が政治的に利用される可能性もあります。

日本も有形・無形の関税障壁に関して、米国から非難されている立場です。EUとも共通の課題に直面していると考えますか。

Bradford:
それについては、欧州の例が1つの示唆となります。それは、米国政府の強硬な政策を受けて、欧州では他国との連携に対する関心が高まっているということです。その相手国は日本、韓国、オーストラリア、カナダなど、対米貿易が大混乱に陥るなか、貿易であれテクノロジー分野での規制問題であれ、各国が連携を強化していく必要性において共通認識を有している国々です。実際のところ、日本とEUとの連携は今後一層強まっていくと思われます。

ありがとうございました。第2回目では、「『ブリュッセル効果』にもたらされる変化と日本への影響」についてお聞きします。
 


{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? 'result' : 'results'}}
{{contentList.loadingText}}

本ページに関するお問い合わせ