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暗号資産やステーブルコイン、ETFなど、ブロックチェーンを活用したビジネスが再び注目を集めています。一方で、暗号資産流出をはじめとするセキュリティインシデントは後を絶たず、事業の信頼を揺るがすビジネスリスクになっています。資産を安全に管理・移転するには、何をどう守るべきなのでしょうか。本セッションでは、ビットバンクの野田直路氏と楽天ウォレットの佐々木康宏氏を迎え、流出事案の変遷、システムとオペレーションのリスク、侵害を前提とした設計、業界全体の「共助」について議論します。(本文敬称略)
登壇者
ビットバンク株式会社
取締役COO
野田 直路氏
楽天ウォレット株式会社
執行役員 CISO
佐々木 康宏氏
※ 2026年4月時点の所属組織
PwC Japan有限責任監査法人
ディレクター
須田 真由
※ 2026年3月時点
※ 本稿は「Digital Trust Forum 2026」のセッション10「ビットバンク、楽天ウォレットが語る、ブロックチェーンビジネスを取り巻くサイバー脅威とセキュリティガバナンス」の内容を基に、再構成したものです。本文記載の自己紹介や出演者の役職を含めたコンテンツ内容は、「Digital Trust Forum 2026」が公開された、2026年3月時点のものとなります。
(左から)野田 直路氏、須田 真由、佐々木 康宏氏
須田:
最初に自己紹介をお願いします。現在、どのような業務を担当されていますか。
野田:
私は2015年にビットバンクに参画し、エンジニアとして暗号資産取引所のシステム開発やウォレット管理基盤の構築に携わってきました。現在はCOO(最高執行責任者)として、事業全体を管掌しています。併せて、JVCEA(Japan Virtual and Crypto Assets Exchange Association:一般社団法人日本暗号資産等取引業協会*1)のセキュリティ委員長を務め(登壇時点につき現在は退任済み)、自主規制規則のうち、セキュリティ基準である暗号資産安全管理標準の策定および改定を担当していました。JPCrypto-ISAC(一般社団法人JPCrypto-ISAC*2)では代表理事として、関連事業者間の情報共有や業界横断の活動にも携わっています。自主規制規則と事業者の情報共有のいずれも、暗号資産業界全体の安全性・信頼性向上に取り組んでおり、本日は現場と業界の双方の観点からお話しします。
佐々木:
私も野田さんと同様にIT領域を出発点としてキャリアを重ね、2017年に楽天グループへ参画しました。楽天グループでは楽天証券でIT、フィンテック領域に携わった後、楽天ウォレットにて暗号資産事業に携わり、従来の金融とは異なるリスクや運用に向き合ってきました。現在はJPCrypto-ISACの立ち上げや、暗号資産業界全体のセキュリティ水準の向上に向けた業界横断の活動を推進しています。
須田:
では、最初にブロックチェーンビジネスの動向を紹介させてください。
図表1:変革期を迎えているブロックチェーンビジネス
ポイントは、関連法規制の整備と関連市場の拡大の二つです。暗号資産やトークンを中心に、ブロックチェーン技術を用いたビジネスへの注目が再び高まっています。資金決済法の改正に伴う暗号資産仲介業の創設や、金融商品取引法(金商法)上の規制の議論など、産業全体が変革期を迎えています。
一方でビジネスの拡大に伴い、セキュリティインシデントも増加しています。警察庁が公表したインターネットバンキング関連の不正送金事案では、流出金額のうち暗号資産関連の取引が37%近くを占めており、この問題は暗号資産業界にとって他人事ではありません。そこでお二人に伺います。こうした環境変化を、事業者側はどのように捉えているのでしょうか。
野田:
暗号資産交換業者の立場では、金商法化による市場拡大に期待しています。分離課税の適用などが進めば、投資家層の広がりも見込まれます。一方で、交換業者に求められる対応は確実に増えると見ています。システム対応が必要になるのは、主に以下のような領域です。
いずれも人、コスト、時間を要する対応であり、事業環境の難易度はこれまで以上に高まります。規制対応を前提に、事業を前に進める推進力とリスク管理のバランスをどう取るかが、経営上の重要な論点になると考えています。
佐々木:
私からは、セキュリティの観点でお話しします。暗号資産を巡っては、法規制の見直しや金商法化の議論が進む中、金融審議会でもセキュリティが大きな論点になっています。
もちろん、セキュリティは既存の金融でも重要です。ただ、暗号資産にはブロックチェーン特有の事情があります。例えば、一度送金すると取り消せない不可逆性です。こうした特性があるため、既存金融とは異なるリスク対策が求められます。実際に、交換業者を狙ったセキュリティインシデントも継続的に発生しています。
こうした中で重要になるキーワードが「三助」です。三助とは「自助」「公助」「共助」を指します。自助は各社による対策、公助は監督官庁による対応、共助は暗号資産業界全体で取り組む枠組みです。業界としては、特に共助が重要になると考えています。
楽天ウォレット株式会社 執行役員 CISO 佐々木 康宏氏 ※ 2026年4月時点の所属組織
須田:
次に、暗号資産の流出事案の概観を説明します。
図表2:暗号資産流出事案の変遷
暗号資産の流出事案は、暗号資産業界全体を揺るがす問題として継続的に発生しています。上表のとおり、2014年以降は1件あたりの被害額が数百億円規模に達する大規模事案も相次いでいます。
これらの事案は、流出要因の変化に応じて大きく三つの時期に整理できます。
第1期の2014年から2019年ごろは、ホットウォレット*3への不正アクセスなど、取引所の内部管理体制の不備を突いた攻撃が中心でした。第2期となる2021年から2022年ごろは、DeFi*4やクロスチェーンブリッジ*5などで使われるスマートコントラクトの脆弱性を悪用した攻撃が目立ちました。そして第3期の2024年以降は、委託先やサードパーティを侵害し、そこを起点に攻撃する事案が増えています。
外部委託先への依存度が高まる中、攻撃対象も交換業者本体から周辺のステークホルダーへ広がっています。図表に示した主要事案だけでも、流出額の合計は約7,330億円に上ります。
ただし、企業が負う影響は流出額だけにとどまりません。流出後には、原因究明、是正対応、関係各所への説明、信頼回復に向けた対応などにも大きなコストが発生します。暗号資産取引におけるセキュリティインシデントは、単なるシステム障害ではなく、ビジネスリスクに直結する問題だと言えます。
PwC Japan有限責任監査法人 ディレクター 須田 真由 ※ 2026年3月時点
須田:
続いて、セキュリティリスクの事例を紹介します。資料は流出シナリオの一例です。
図表3:セキュリティリスクの事例
昨今の流出事案では、外部からの攻撃によるシステム侵害と、人の確認・判断に関わるオペレーション上の問題が重なり、適切な対応が取れないまま暗号資産が流出するケースが見られます。ここでは流出に至る要因を、システム面とオペレーション面に分けて考えます。
システム面では、SNSなどの情報を基にしたソーシャルエンジニアリングにより、攻撃者が社内ネットワークへ侵入するケースがあります。その結果、認証キーやQRコードを扱う処理に不正なコードが混入し、送金先情報や数量が改ざんされます。署名担当者が気付きにくい形で、不正な送金内容が指定されてしまうのです。
一方、オペレーション面では、システムが侵害されていることに気付かないまま、経理・管理部門の担当者が暗号資産の移動を進めてしまうケースがあります。マニュアル管理や異常検知後の対応手順が不十分な場合、違和感があっても処理を止められず、そのまま流出につながるおそれがあります。
つまり、担当者の確認を経た処理であっても、実際には誤った送金先に暗号資産が移動してしまう事案が起きています。野田さんに伺います。この原因として、どのようなものが考えられるでしょうか。
野田:
紹介いただいた事例は、近年の暗号資産流出リスクの変化を示す典型例だと思います。過去の事例を振り返ると、暗号資産交換業者のセキュリティリスク――特に流出リスクの性質は、ここ数年で大きく変化しています。
前述のとおり、オンラインで管理されるホットウォレットが侵害され、暗号資産が流出するという、比較的シンプルな構図が大半でした。しかし近年は、オフラインで管理されるコールドウォレットからの流出も発生しています。つまり、ウォレットそのものを直接狙うというよりも、その管理に関連する機器やシステム、オペレーション、外部委託を含めた構造全体が攻撃対象になっているのです。
先の事例も、この構造に当てはまります。問題となるのは、主に次のような点です。
暗号資産の流出事案は、単一の原因で起きるとは限りません。複数の要素が連鎖して発生する構造だと捉えるべきです。
須田:
野田さんのお話では外部攻撃だけでなく、出庫時の確認・承認プロセスや人の判断も重要な論点として挙がりました。佐々木さん、オペレーション面ではどのように見ていますか。
佐々木:
暗号資産では、ブロックチェーン上で送金・出庫する際のオペレーションが流出リスクに直結します。攻撃手法が高度化する中ではシステムだけでなく、日々の出庫業務を定められた手順どおりに実行できるかが重要です。
特に出庫時の確認や承認は、不正な送金を防ぐ最後の防衛線です。ここでミスや判断の遅れが起きると、被害額が大きくなるだけでなく、ブロックチェーンの特性上、一度移動した暗号資産を元に戻すことはできません。だからこそ暗号資産交換業者にとって、オペレーションはセキュリティ上の要なのです。
ビットバンク株式会社 取締役COO 野田 直路氏
須田:
ここからは、対策のアプローチについて伺います。まず私から、汎用的に考えるべき対策のポイントを整理します。ここでもシステム面とオペレーション面に分けて見ていきます。
図表4:セキュリティ対応策の概要
システム面では、認証や署名機能、不正なQRコードの検知・記録など、ブラックボックス化しやすい領域を可視化し、検証できる状態にしておくことが重要です。さらに、外部からの侵害を前提にした多層防御、通信ログの取得、監視・検知の仕組み、被害発生時のリカバリ対策も欠かせません。
オペレーション面では、確認手順の整備がポイントです。IT部門だけでなく、経理や管理部門などの業務部門も関わるため、エラーや異常に気付きやすい設計や、ミスが起こりにくい業務環境を整える必要があります。
野田さん、システム対策の観点からさらに伺います。ここまでの事例を見ると、従来のホットウォレット単体の侵害とはかなり様相が変わってきています。近年の流出事案を踏まえると、システム面ではどのような考え方が求められるのでしょうか。
野田:
近年のインシデントは、ホットウォレットかコールドウォレットかという区分を超え、ウォレットを管理する構造全体が攻撃対象になっています。そのため、「特定の対策を入れれば安全」という発想では不十分です。
図表5:対応策の概要―システム
例えば、コールドウォレット自体はオフラインで管理されていても、周辺機器や署名に至るまでのシステム、データの受け渡し方法などにはリスクが残ります。設計や運用の前提次第で、攻撃の余地は生まれてしまうのです。
重要なのは、侵害される可能性を前提に設計することです。仮に侵害が起きても、不正な操作や改ざんに気付けること、そして後から何が起きたかを検証できることが必要になります。
具体的には、不正なQRコードの混入や署名内容の改ざんをシステム側で検知できること、出庫に至るまでの操作や判断をログ・証跡として確実に残すことです。併せて、万一侵害が起きても影響範囲を限定できるよう、権限設計や環境分離も欠かせません。
これは、特定の製品やツールを導入すれば済む話ではありません。どのような前提でシステムを設計し、どこで異常に気付き、どの段階で人の判断につなげるのか。その土台を作ることが重要です。
須田:
続いてオペレーション面について伺います。実際の送金や署名では、システムだけで完結せず、人による確認や承認が欠かせません。この点について、佐々木さんはどうお考えでしょうか。
佐々木:
重要なのは、出庫業務を担当者個人の経験や判断に依存させないことです。日々の業務を定められた手順に沿って確実に実行し、異常や違和感があれば止めて確認できる状態を作る必要があります。
特に出庫業務では、慣れによる確認不足や承認ミスが起こり得ます。そのため、作業を行う一線、内容を確認する二線、監査を担う三線というスリーラインディフェンスの考え方が重要です。これまで金融業界で重視されてきた基本的な管理体制を、暗号資産のオペレーションにも徹底する必要があります。
須田:
スリーラインディフェンスは、監査法人の立場でも重視するポイントです。ただ、現場の確認・承認プロセスに目が向く一方で、経営としてどう判断し、責任を持つのかという視点は後回しになりがちです。経営層は、どのように関与すべきでしょうか。
佐々木:
暗号資産のセキュリティでは、経営層の認識が欠かせません。送金・出庫などのオペレーションに伴う事故は、ひとたび起きれば大きな損失に直結するためです。経営層は、これを自社の経営課題として捉え、どのような事象が起きたときに誰が判断し、どう対応するのかまで、具体的に決めておく必要があります。
須田:
最後に、ブロックチェーンに関連するリスクを俯瞰して整理します。
図表6:ブロックチェーンに係るリスク
ブロックチェーン関連のリスクは、「セキュリティリスク」と「法規制リスク」に大別できます。資産保護や管理体制といったビジネスオペレーションに目が向きがちですが、近年の暗号資産流出事案を踏まえると、まず重視すべきは情報セキュリティです。
ブロックチェーン技術自体には高い信頼性があります。ただし、ブロックチェーンを使っているからといって、全ての処理や運用が自動的に正しくなるわけではありません。実際のビジネスでは、技術を動かすシステムがあり、それを支える運用保守があり、そこには必ず人が関わります。
だからこそ、IT部門だけでなく、経理や管理部門などの業務部門も含めた全社的なルールと体制づくりが欠かせません。人材育成やコンプライアンス意識の向上も含め、リスクを適切に管理できる状態を整えることが、ブロックチェーンビジネスの持続的な発展につながると考えています。
ここまで、暗号資産流出事案の変化と、システム・オペレーションの両面から見た対策について議論してきました。最後に、今後の暗号資産セキュリティに向けて、お二人の考えをお聞かせください。
野田:
暗号資産のセキュリティでは、環境や攻撃手法の変化に合わせて、リスクの所在を継続的に見直すことが重要です。一度対策を講じて終わりではなく、事業の成長に合わせて設計や運用を更新し続ける姿勢が求められます。
佐々木:
暗号資産業界では、セキュリティは各社だけで完結する課題ではありません。金商法化が進む中で、経営層の理解を深めるとともに、業界全体で知見や情報を共有する「共助」の取り組みが重要になります。
JVCEAやJPCrypto-ISAC、監査法人などの外部専門家との連携も活用しながら、業界全体で安全性を高めていくことが必要です。一交換業者として、こうした共助の取り組みにも関わりながら、業界の発展に貢献していきたいと考えています。
須田:
ありがとうございました。
(左から)野田 直路氏、須田 真由、佐々木 康宏氏
*1 JVCEA:資金決済法・金融商品取引法に基づく認定団体。暗号資産交換業等の自主規制団体として、業界の健全な発展と利用者・投資者の保護を目的に自主規制ルールの整備などを行う。
*2 JPCrypto-ISAC:日本の暗号資産業界におけるサイバーセキュリティ強化と情報共有を目的とする業界団体。
*3 ホットウォレット:インターネットに接続した状態で暗号資産を管理するウォレット。利便性は高いが、外部攻撃のリスクがある。これに対しコールドウォレットは、インターネットから切り離して管理する方式で、安全性が高い反面、運用に手間がかかる。
*4 DeFi(分散型金融):銀行や取引所などの中央管理者を介さず、スマートコントラクトで金融取引を行う仕組み。
*5 クロスチェーンブリッジ:異なるブロックチェーン間で資産やデータを移転させる仕組み。
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