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AIを成長ドライバーと位置付ける企業が増える中、その利活用を支えるガバナンス体制の構築は重要な経営課題となっています。求められているのはAIポリシーの策定だけでなく、グループ全体や海外拠点の現場で「使えるルール」へと具体化することです。AIを全事業の中心に据え、世界のリーディングフィジカルAI企業を目指す日立製作所では、グループ横断のAI統括委員会と各事業部門・グループ会社のAI倫理委員会を組み合わせた体制を構築し、国内外のグループ全体への展開を推進しています。本セッションでは、同社法務本部CLOオフィス担当部長の元谷良弘氏に、AIガバナンスの推進体制からリスクベース運用、海外展開の実務までを伺いました。(本文敬称略)
登壇者
株式会社日立製作所
法務本部CLOオフィス 担当部長
元谷 良弘氏
PwCコンサルティング合同会社
パートナー
内田 一栄
PwC Japan有限責任監査法人
パートナー
田中 洋範
※ 本稿は「Digital Trust Forum 2026」(2026年3月公開)のセッション5「日立製作所が語る成長ドライバーとしてのAI活用を支えるガバナンス体制の強化」の内容を基に、再構成したものです。
左から、田中 洋範、元谷 良弘氏、内田 一栄
田中:
最初にAIガバナンスの最新動向を整理します。
まず押さえたいのは、「AIの恩恵を大きく享受している企業ほど、ガバナンス面の備えも進んでいる」という事実です。下図にあるように、その差は指数関数的に広がりつつあります。「ガバナンスは成長のブレーキではなく、AIの価値を持続的に引き出すエンジンである」という認識が主流になりつつあります。
図表1:AI導入による機体効果を上回る成功要因
一方で、AIの進展と並行してインシデントも加速度的に増えています。
図表2:加速度的に増えるAIインシデント
現在はその影響が広範囲に波及しており、ステークホルダーへの影響の質・量ともに看過できないレベルに達しています。もはや単発の注意喚起や一時的な禁止では対応しきれません。
こうした状況に企業として備えるためには、正負両方のインパクトを見極め、組織としてどのレベルの統制と説明責任を負うのかをあらかじめ体系立てて設計しておくことが不可欠です。すでに多くの企業ではAIポリシーやガイドラインの骨子を示し、有価証券報告書でも方針に触れています。
その一方で、立派なAIポリシーやガイドラインを策定したものの、グループ全体の運用に落とし込む段階でつまずく事例も見られます。そうならないために留意すべきは以下の3点です。
これらを実現するには「ビジネス推進とガバナンスのバランス」「ガバナンスの仕組みづくり」「海外グループ会社を含むグループ全体への展開」が不可欠です。ここからは、これら3つの観点から日立製作所の取り組みを伺っていきます。
株式会社日立製作所 法務本部CLOオフィス 担当部長 元谷 良弘氏
田中:
1つ目のテーマは、AIビジネスの推進とガバナンスのバランスです。
AIをミッションクリティカルやセンシティブな領域に適用する際は、高いメリットが期待できる一方、負のインパクトも大きくなり得ます。そのため、正負の影響を同時に評価し、インパクトの質と大きさに応じて統制レベルを設計することが重要です。
また、AI活用の拡大に合わせて、ガバナンスも固定的に運用するのではなく、アジャイルに強化・改善し続けることが求められます。具体的には、業務効率化などの価値を評価する一方で、人権侵害や誤作動、説明責任といったリスクも可視化し、AIの成熟度に応じて統制レベルを調整していくアプローチです。
図表3:テーマ1 AIビジネス推進とガバナンスのバランス
この点について、日立製作所ではどのように取り組まれていますか。
元谷:
当社ではAIの価値を阻害しないことを前提として活用を加速させるため、インパクトの質と大きさに応じたガバナンスを基本方針としています。具体的には、ユースケースを高インパクト領域とそれ以外に分け、それぞれに必要な確認、承認、監督のレベルを定義しています。
効率化など低インパクト領域では、迅速な実装と軽量な確認プロセスを優先し、学びを早く回収することを重視しています。一方、社会的影響の大きい領域では、設計段階からレビュー項目を明確化し、説明可能性や偏り、エラー影響への対策を織り込んでいます。
重要なのは、AIサービスの成長や利用拡大に合わせて統制を固定化しないことです。事業ごとに扱うAIの性質やリスクは異なるため、各事業体に適した統制をアジャイルに組み立てる必要があります。特に社会や会社全体に大きな影響を与えるユースケースは、想定外の事象を早期に検出・是正できる仕組みにしています。
ガバナンスは、AI利活用を推進する組織「AI Center of Excellence(AI CoE)」とも連携しながら運用しています。例えばフィジカルAI領域では、鉄道や送配電網、工場設備の最適運転や予知保全などの効果を定量的に把握する一方、人権や身体の安全、財産への影響、説明の不透明化といったリスクも継続的にモニタリングしています。こうした正負両面の評価を通じて、ステークホルダーの信頼を維持しながらAI活用を推進しています。
田中:
正と負の両輪を実現するために、アジャイルな強化・改善をどのように運用しているのでしょうか。
元谷:
重要なのは、AI利活用の状況とリスクの変化を継続的に把握することです。事業内容によってAIの進展度合いやリスクは異なるため、それを見極めながらガバナンスの強度を調整していく必要があります。
内田:
その際には、ビジネス価値の計測とリスク兆候のモニタリングをバランスよく並走させることが鍵になります。ビジネス価値が出ているなら継続し、リスク兆候を発見した場合はガバナンスの強度を一段強める。そうした意思決定が必要です。
田中:
「止める」「進める」の二択ではなく、リスクに応じてガバナンスの強度を調整していく考え方ですね。一方で、現場の納得感はどのように醸成しているのでしょうか。
元谷:
現場の納得感を得るためには、ルールを一方的に押し付けるのではなく、事業特性に応じた運用をあらかじめ合意しておくことが重要です。その上で事業部門に一定の裁量権を与えつつ、レビュー項目や承認レベルをインパクトに応じて事前に整理しています。想定の範囲内で評価するぶんには現場も腹落ちしやすく、想定外が出た場合はルール自体を見直して、強化する。この繰り返しで信頼が積み上がっていくと考えています。
PwCコンサルティング合同会社 パートナー 内田 一栄
田中:
次に、AIガバナンスを支える具体的な体制と仕組みについて伺います。
AIガバナンスを実効性のある形で運用するにはルールだけでなく、それを支える組織体制と運用プロセスの整備が不可欠です。短期的には企画部門などが主導し、AI利活用の推進とリスク管理をアジャイルに並走させます。一方、中長期的には、事業部門・管理部門・内部監査が役割分担する「3線モデル」を確立し、継続的に統制を運用していくことが重要になります。
図表4:テーマ2 ガバナンスの仕組みの構築
具体的には上図の左側にあるとおり、「AIポリシー」「基準」「手続」を階層的に整備した上で、取締役会やAI倫理委員会などのガバナンス機関が監督と報告のサイクルを回し、内部監査が独立した立場からアシュアランスを提供します。さらに、EU AI Actの適合性評価やISO/IEC 42001などの外部認証を組み合わせ、達成度を客観的に示すことも選択肢となります。元谷さん、日立製作所ではこの仕組みをどのように構築されていますか。
元谷:
当社のAIガバナンスは、「体制」と「ドキュメント体系」の両面で整備しています。
体制面では、グループ横断で統括する「AI統括委員会」を設置しています。ここではリスク情報の収集、規則・ガイドラインの整備、相談窓口の運営、全社教育、生成AIを含む知見の集約、外部有識者との連携、レピュテーションリスク対応支援などを担っています。重要事項が発生した場合にはCEOや経営会議にも報告する仕組みとなっています。
また各事業部門・グループ会社には「AI倫理委員会」を設置し、個別案件の審査やリスク管理、教育、高リスク案件への対応を行っています。必要に応じてAI統括委員会へエスカレーションする仕組みです。
一方、ドキュメント体系は階層的に整備しています。最上位に「AI倫理原則」、次に基本方針を定めた「AI倫理方針」、さらに実務に落とし込む「AI倫理実践規則」を配置しています。加えて、手引きやAI倫理チェックリストも用意し、事業部門・グループ会社の業務に合わせて現場で使える形にカスタマイズしています。全社としての整合性を保ちつつ、現場の機動力を損なわない形でガバナンスを実装している点が特徴です。
田中:
現場で高リスクと判断された案件は、どのようなプロセスでAI統括委員会へ報告されるのでしょうか。
元谷:
高リスクと判断された案件は、各事業部門・グループ会社のAI倫理委員会が対策を検討しながら、AI統括委員会へ報告します。報告を受けたAI統括委員会は、全社ルールとの整合確認や知見提供、外部有識者との連携、レピュテーションリスク対応支援などを行っています。
内田:
各事業の自律性を保ちながらガバナンスのばらつきを抑えるために、どのような工夫をされていますか。
元谷:
基本的な枠組みはAI統括委員会で定め、事務局が論点を集約しています。一方、事業部門やグループ会社は、自組織に合わせて運用を整備し、重要論点や更新内容をAI統括委員会へ報告する仕組みです。AI統括委員会は各組織からリスク情報を横断的に収集し、必要に応じてルールやガイドラインを改定して全社へ展開します。
こうして全社共通の枠組みを保ちつつ、教育面でも全グループ会社向けのeラーニングを展開し、AIリテラシーの底上げを図っています。
田中:
事業部門やグループ会社に対して、共通して求める事項と各社の裁量に委ねる事項は、どのように線引きしているのでしょうか。
元谷:
各事業部門・グループ会社には、AI倫理委員会の設置と、AIリスクの評価・審査、インシデント対応を求めています。特に高リスク案件や重大インシデントは、AI統括委員会への報告を義務付けています。ただし、具体的な手順やチェック内容は、事業特性に応じて柔軟に運用できるようにしています。
また、一度評価して終わりではなく、利用範囲の拡大や外部への影響の変化といったタイミングで再評価を求めています。AI統括委員会とAI倫理委員会が連携し、グループ全体に影響を及ぼすリスクを早期に検知・是正することで、AI活用を止めることなく継続的に展開できる体制を整えています。
PwC Japan有限責任監査法人 パートナー 田中 洋範
内田:
3つ目のテーマは、この仕組みをグループ会社、特に海外へどう展開・浸透させるかです。法規制や商習慣、言語などが国・地域ごとに異なる中で、本社とグループ会社の役割分担をどう設計するかが鍵になります。元谷さん、日立製作所ではどのように取り組まれていますか。
元谷:
重要なのは、海外グループ会社を含め、リスクがグループ全体へ波及し得ることを前提に、体制と規則を共通の型で展開することです。そのためには、各事業部門・グループ会社のステークホルダーや管轄範囲を整理し、どの単位で統括組織を設けるべきかを明確にする必要があります。
経営側はAIポリシーを策定し、組織としての方向性やゴールを示します。一方、現場ではAIの開発・運用・利用を推進し、各事業部門・グループ会社のAI倫理委員会が、規則運用やレビュー、リスク評価、モニタリングを担います。また、グループ会社や海外拠点には、全社ポリシーに基づく実務規則の整備とガバナンス体制の構築に加え、高リスク案件や重大インシデントの報告ラインを明確に示しています。
田中:
その統括組織はどのような手順で立ち上げ、展開していくのでしょうか。
元谷:
まずステークホルダーや管轄範囲を整理した上で共通の型としてグループ方針を説明し、AI倫理委員会の立ち上げをお願いします。設立のめどが立てば規則類の整備、実務開始へと、期日を切って段階的に進めます。
最も重要なのは、報告ラインの設計です。国内外のグループ会社で高リスク案件や重大インシデントが発生した際に、それが確実にAI統括委員会へ報告として上がってくる。この経路を明確に示すことが、グループ全体のガバナンスの要になります。
内田:
共通の型を先に示し、AI倫理委員会の設置、規則整備、実運用の順で進めるアプローチは、機動力と整合性の両立に有効です。特に、報告ラインとエスカレーション基準を最初に明文化し、共通フォーマットを全社でそろえておくことが、展開のばらつきを抑える鍵になります。
図表5:テーマ3 グループ会社(海外グループ会社を含む)への対応
田中:
海外展開では、言語や文化の違いによって本社の意図が正しく伝わらないケースもあると思います。理解のギャップや、「統制によってビジネスが止まる」といった誤解は、どのように防いでいるのでしょうか。
元谷:
原則・方針・実務規則は多言語で整備し、導入時には規則類の説明に加え、AI倫理委員会の立ち上げや文書化に関する質問に対応する専用窓口、Q&Aを用意しています。
また、当社ではAI活用そのものを経営戦略の一つと位置付けているため、ガバナンスの目的を単なる規制や統制ではなく、「AI活用を持続的に推進するための仕組み」として伝えることを重視しています。背景や目的を丁寧に説明することで、「過度な要求をされている」「ビジネスが止まる」といった誤解を防いでいます。そのために、言語力と専門性を備えた海外対応チームを設置し、文書作成や翻訳だけでなく、各拠点とのコミュニケーション全般を支援しています。
田中:
海外展開では、言語やコミュニケーションだけでなく、各国・地域の法規制への対応も重要になります。海外規制への対応について伺います。各国・地域の規制と、全社共通のルールはどのように接続しているのでしょうか。実務上のポイントを教えてください。
元谷:
グループ共通の規則で全ての国・地域の規制を網羅するのは現実的ではありません。そのため、全社として最低限のベースラインを定めた上で、各事業部門・グループ会社のAI倫理委員会が関連法規を取り込み、実務ルールや手順へ反映する形にしています。必要に応じて追加対応も行っています。
一方で、EU AI Actのように複数の事業部門・グループ会社にまたがる規制については、調査や対応が重複しやすい点を課題と認識しています。現在はAI統括委員会が主要法令に関する注意喚起を行っていますが、より効率的な対応の仕組みについては検討を進めている段階です。
田中:
本日のお話のポイントを整理すると、以下の4点になります。
図表6:まとめ
なかでも重要なのは、全社共通の方針と統制を持ちながらも、事業特性・地域特性に応じて柔軟に運用すること。そして、リスクを抑えるだけでなく、AI活用を継続的に前進させる仕組みとしてガバナンスを設計すること。この2つが、本日の議論を貫く本質だと理解しました。最後に、お二人から一言ずつお願いします。
元谷:
日立製作所では、AIを全ての事業の中心に据えています。だからこそ、共通のガバナンス基盤を整備しつつ、事業特性・地域特性に応じた柔軟な運用を重視しています。高リスク案件や重大インシデントを早期に把握し、必要に応じてガバナンスを強化しながら、AI活用を継続的に推進していきたいと考えています。
内田:
AI活用が急速に進む中で、リスクへの過度な反応によってビジネスを止めないことが重要です。変化に合わせてガバナンスを継続的に見直しながら、企業自らが社会的な規範形成にも関与していく姿勢が求められると考えます。
田中:
本日はありがとうございました。
左から、田中 洋範、元谷 良弘氏、内田 一栄
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